のびしろ20 封書の中身、お茶会の招待状。
お茶会の招待状を貰ったノビシロは、準備に手間取るようだ…。
白い上質な紙に包まれた、どこかの家紋が入った赤い蝋の封書をナイフで切り、中から手紙を取り出した。そこにはお茶会の招待状と一通の手紙が入っていた。
『
親愛なるノビシロ様、貴方をお茶会にお招き出来ること、心より嬉しく思います。この度、27日に≪クラブ41≫にて、午後二時からお茶会を開催いたします。
お茶と共に、楽しいお話やお菓子も用意しております。ぜひご参加いただきたく、あなたのあなたのご都合をお知らせいただければ幸いです。
ご返事は11日までにお願いいたします。
敬具
サルート・ウォーカー
』
コチラはどうやらお茶会の招待状のようだ。サルート・ウォーカー……知らない方だったので、フォーリンに知っているか聞いた。
「知ってる? 」
「あー大貴族の―――なに? 手紙の差出人? 」
「うん。どんな人? 」
「私もあんまり詳しくは知らないけど、ウォーカー家って言えば確かエリート軍人ばかり輩出してる名門よ。今この国を魔物から守護している騎士団の団長様もウォーカー家じゃなかったかしら」
「じゃあこのお茶会はその騎士団長から? 」
「えー? でもサルートなんて名前じゃないわよ、確か…オラシオン……オラシオン・ウォーカーって人よ」
じゃあいよいよサルートさんは一体誰なんだ。
不審に思いながらもう一枚の手紙を開いた。コチラはカスカからだった。なぜサルートさんからの招待状と一緒に入っているだろう。
『単刀直入に書き記す。私が出席するこのお茶会に出ろ。服は上等なモノを用意し、無作法は許さなれないからそのつもりで。講師を呼ぶから、期日までに貴族式の作法を学んでおくように』
手紙というより命令書だった。僕とカスカ君はまだそんなに話をしたこともないし、仲良くもなかったはずだけど、いつの間にこんな命令をされるような関係になったんだ。
「フォーリンも一緒に行こう」
僕は行きたくないという気持ちを抑えつつ彼女に伝えた。
「招待されたのはアンタだけでしょ。…それに断ろうなんて考えないことね。貴族からの誘いなんて断ったら後で何されるか分かったものじゃないわよ。我慢して行ってきなさい。アンタの仕事は代わりに私がしといてあげるから」
フォーリンにも断られ、僕はそのよく分からないお茶会というのに一人で参加しなければならなくなった。
「そう言えばマナー講師が来るらしいけど、一体どんな人だろう」
「そんなことよりアンタ、スーツ持ってないじゃない。買いに行かないと」
「スーツは別に既製品のモノ適当に見繕ったら…」
そういうとフォーリンは大きなため息をついて、
「バカね…貴族のお茶会はレディメイドのスーツを着ていくに決まってるじゃない。常識よ」と、言われた。
四カ月この町で暮らしているけれどいまだに常識と言うモノが身についた気がしない。
「そうなんだ、じゃあせっかくだしカッコいい全身赤か紫のスーツにでもしようか」
アクセにシルバーもっと巻いたりとかさ。したいよね。
「お茶会に? …センスを疑うわ。こういう場は目立たないように無地のダークスーツか深い緑色って決まってるの。お願いだから頭がおかしい奴ってバレないように静かにしてて。黙ってたらカッコいいから」
「むう…」
「それで髪型はセンター分けのカーテンヘアね」
フォーリンはそう言って洗面所からワックスを持ってきて朝から髪の指導を受けた。
「髪型なんて好みじゃないの? 」
「ホント馬鹿ね。その人にあった一番いい髪型ってものがあるの。アンタはセンター分けのカーテンヘアなの。お分かり? 」
フォーリンが小さい手で、髪の毛を持ち上げてセットしていく。どうせカッコよくするならオールバックなんてオラオラしていて憧れるという意見を彼女に話すと、笑顔で、「チンピラみたいで嫌」と一蹴された。
「この髪型が単にフォーリンの癖とかじゃあなくて? 」
「それは………否定出来ないけど―――でも、絶対そっちの方がイイから。コレは本当に。分かった? 」
妙な圧に屈して僕は結局言われたような髪型でお茶会に出席することになった。
「うん。じゃあこの髪型でスーツを着たら準備オッケーか…」
「化粧もするに決まってるでしょ」
そう言って道具を彼女が持ってきそうな雰囲気を察して僕は席を立った。
「勘弁して」
「ちょっと、どこに行くつもりよ? 」
「仕事」
そう言ってジャケットを羽織る。周りに木がない砂漠のせいかこの町の春はまだ少し肌寒い。
「どうせ今逃げてもするのが夕飯後になるだけよ? 」
「人に見られるぐらいなら……」
「大丈夫、心配しないで。悪いようにはしないから」
「そっか。じゃあ、仕事行ってくるね」
妖精の玩具になる前に僕は家の向かいにある事務所へと逃げ込んだ。
カスカめ、お茶会のセッティングをすることが君の示す力なのか?
僕はカスカに対して深い疑念の目を向けざるを得なかった。
そしてしばらく日数が過ぎた後、僕の仕事場にやってきたのはガリガリ貧乏神父こと、リーンダート神父だった。
彼は僕が異世界に来てから数少ない尊敬できる人物の一人だ。
多くないお布施をひたすら子供達のために使い、自分は水や道に生えた草などを食べて生活している。
炊き出しの時でさえ、彼は「他の人にお恵み下さい」の一点張りで食事を受け取ろうとしない。言い方はよくないけど、狂人に片足を突っ込んでいる御方だ。そんな彼が一体何の用だろう。
「どうされました、リーンダート神父」
「やぁ、ノビシロ。元気かい」
そう言ってカタカタ骨を鳴らすように笑う神父。
そんな笑うなんてカロリー消費の多そうな行動をしても大丈夫なのかと思いつつ、彼を観察すると前よりもなぜか貧乏度合いが増しているような気がした。寄付の額も教会からの支援も手厚くなっただろうに…なにか金銭以外に問題があるのだろうか。
「元気ですけど…珍しいですね。炊き出しの時以外で神父に合うのは。お茶を出します、どうぞ座って下さい」
そう言って僕はいつも人に仕事を紹介しているデスクの前に彼を通した。四人のシェアハウスの体面にある僕の事務所はとても小さな1DKの家で、部屋も僕のデスクと長机が一つに、椅子が体面で三席入る程度の大きさしかなかった。
「ありがとう! カスカ様から手紙が来ていないかい? マナー講師の件だけど」
いつもニコニコしていて神父は楽しそうだ。だけど神父の口からマナー講師の話が出てくるとは思わなかった。
「手紙にあったマナー講師ってリーンダート神父のことだったんですか」
「私ももとは貴族の生まれですから。礼儀作法もバッチリ」
そう言ってリーンダート神父は眉を上げてほぼ骨と皮の親指でサムズアップした。まさか神父が元貴族とは驚きだった。
そして礼儀作法を教えて下さるということで、少しでもそんな彼に恩返ししたく僕は焼いて置いたオヤツのチョコ味のパウンドケーキを紅茶と共に彼に振る舞うことにした。
「どうぞ、紅茶に合うと思います」
このカロリー爆弾を食べれば、たちまちどんな人でも脂肪を蓄えることができるはず。
「こんなに高そうなケーキいただけません」
リーンダート神父はそう言ったけど、実際には仕事を紹介して貰ったお礼にと貰った材料で作ったお菓子なので、材料費は砂糖の分しかかかっていない。
手間も、他のケーキ類と違ってそんなにかかっているわけではないので、むしろこれで遠慮されては申し訳ない気持ちにすらなる。
「大丈夫。頂き物ですから」
「では持ち帰って子供達に…」
「ソレは別に焼いてお渡ししますので。ぜひ、僕の前で食して頂きたい。ぜひ」
リーンダート神父にそう言うと、彼は「では…」といって一口食べ、そして咽た。
「ゴホッ! ゴホッ! 」
はははっ、むせてる。
そう思いつつ僕は彼に水を飲ませた。
「すいません、久しぶりに固形物を食べたせいか ゴホッ! 飲み込めなくて! ゴホッ! 」
「お気になさらないでください」
彼は水を飲んだ後も、その水で今度はむせていた。その苦しそうな姿を見て笑いを堪えるのに必死だったけど、彼が落ち着くにつれて僕も落ち着くことが出来た。
「ゴホッ…それで、マナー講師についてなんですが」
リーンダート神父は呼吸を整えながら僕にそう言う。今彼に背後にいる僕の顔を見られていないのは幸運と言えた。僕は彼の信用を失いたくはなかった。
「落ち着いてからで結構ですよ。待っていますので」
背後からそう声をかけると、僕は水の御代わりが沢山出来るようにサーバーを持って彼の正面の席に座った。
リーンダート神父が事務所にやってきた。
どうやらマナーについて教えてくれるらしい。