のびしろ17 炊き出し2
今日も今日とてノビシロは炊き出しにやってきた。
炊き出しに汗を流すノビシロだったが、そんな教会前に馬車が止まった。
出てきたのは豪奢な身なりの男だった…。
シジュウの言うようにこのコハギアの町で禁酒法を律儀に守っている人は少ない。だからと言って率先して破るようなことがあってはならないだろう。
コレは僕が集団に属している意識があるせいかも知れないけど、この国で生活して税金を納めている以上ルールを守られるべきだ。
だから僕は心苦しく思いながらもシジュウの言葉に首を振った。
「つい最近もそれで首を吊ることになった人がいただろう」
「んなヘマしねえって。捕まるなんざぁドンくさいヤツのすることさ」
明日は我が身となぜ思わないのか、僕はシジュウがこれからも飲酒を続けるだろうと思い何か策を講じる必要があると考えた。
「せめて僕が行きつけにしている酒場で飲めない? 」
「長命族がやってる酒場にか? 俺が行ったら袋叩きに合うっつーの」
シジュウは鼻を鳴らして、机に並べてあったリカーのビールを飲んだ。飲む場所も選ばず、タイミングも分からないとなると、いよいよ彼が捕まるのも近いような気がした。
僕は対策を幾つか思いついたけど今の自分ではどれも実行できないモノばかりだった。とてもじゃないけど、罪のある人間を庇うことは出来ない。
「相棒は心配性だな」
アルコールが入ってご機嫌なのか、シジュウは適当に肉を焼いて食べている途中でそのまま酔いに任せて寝息が聞こえてくるようになった。
肉も食って酒も飲んで食欲が満たされたのだろう。幸せそうな寝息が隣で聞こえてきたので、「部屋に入ってから眠れ」と、肩を揺すって起こした。
「あー寝てた……わりぃ……」
ノシノシ歩いてベランダから家の中へに入ると、そのままリビングで倒れるように彼は眠りに落ちた。
「今ならまだ起こして二階に運べるんじゃない? 」
呆れた声でフォーリンは言った。そして腕から這い上がるように彼女はポケットの中に入った。
「あれはもう無理かな。…それよりフォーリンはまだ寝たらダメだよ」
「もうお腹いっぱいでム・リ。一ミリだって羽を動かしたくないわ」
「ポケットの中だと酔わない? 」
「だから気をつけなさい……むにゃむにゃ……ゲロまみれにされたくなかったらね…むにゃむにゃ…」
いつもであれば、後片付けを手伝ってくれるフォーリンだけど、今日だけは焼肉ということもあって飲む量を誤ったみたいだった。
僕は肉の油で黒くなった金網や野菜の余ったトレイなんかを腕に挟んで家に戻った。
そしてふとポケットの中で眠るフォーリンを見て、夜ということもあり邪悪な悪魔が耳元で囁いていた。
「いまいたずらをしたら、きっと面白いよ」と。
僕はその悪魔の言葉に抗う術を持たなかった。
フォーリンを妖精専用の小さなベッドに寝かしつけると、残っていたトマトをペーストにして、彼女の股下に垂らすと茶色い染みを作った。
僕はそのリアルさに静かに笑うとその夜は気持ちよく眠ることが出来た。
翌朝。
「ヒィア!? 」
「どうかした? あぁ…忘れてたの? 」
股から血が出ていると勘違いしたフォーリンが、布団で下半身を隠しながら状況を必死に整理している。
その姿を見て思わずニヤリと笑ってしまった。それがよくなかったのか、フォーリンは気づいて僕に聞いてきた。
「…コレあんたがやったの? 」
「フォーリンすぐ寝ちゃったから、面白くなくてつい」
すぐにドッキリだと言えたことはよかったけど、それだけでは彼女の怒りは収まらないようだった。
「アンタねぇ…! 本気でしていいことと悪いことがあるでしょうが!!! 」
本気で怒った顔でフォーリンは僕にビンタをして、彼女は洗面所にシーツを持って駆け込んでいった。一応の確認をしに行ったのだろう。
それから全ての確認が終わったのか「〇ね」と言われた。これは今回が初めてだ。
だけど、フォーリンのあの半泣きで絶望した顔が見られて僕は最高に面白かった。
それから三日間、彼女は口を一切利いてくれなかったし、寝床もリカーのところに泊って姿を見せなかった。
一週間後。
今日は炊き出しをする日と共に、偉いさんにも合わなければならない日だ。
正直面倒この上ないのだけれど、コチラとしても会う理由が一つできていた。
いつも通りに炊き出しのために教会の敷地内で準備をしていると、すでに大勢の労働者階級の人々が食事を待っていた。
以前には準備中を狙って襲い掛かってきた輩もいたけど、セラヌス神の名の下制裁を加えると、一人では無理なことを悟ったのか準備中に戦いを挑んでくるものはいなくなった。
「配給を始めます。列に並んでくださいねー」
そう言うと、餌を目の前に用意された獣たちはまたいつものように我先にと順番を争った。
そしてしばらく獣たちにミートソースパスタ風の餌を撒いていると、身なりのいい集団が馬車に乗って教会にやって来た。
教会内は食事を求めてやってきた人々で溢れていたけど、そんなのはお構いなしに身なりいい集団は他の者たちを押しのけて僕の方へとやってきている。
そうして人々を押しのけて作られた道を、一際豪奢な見た目の男が人の手を借りてやってきた。あの男が例のセラルミナ教会の司祭だろう。
獣人族には豚のナザリスがいるのかと思わせるその見た目は、顔を見るまで人間族とは気づくことが出来ないほど醜い。
「ム…!? こ奴らなんだかとっても臭いゾ……。ニョはなぜこんなところに来なければならなかったゾ? 」
「今日は多額の寄付に配給をしている者に会いに来たんですよ。しっかりして下さい」
隣にいる中肉中背の丸眼鏡の男が豚の司祭に丁寧に説明している。
「お? …というかこいつら臭いゾ…どうにかしてほしいゾ」
司祭はどういう状況なのかと部下に確認を取らせると、部下の男達は手元の不思議なアクセサリーを光らせ、他の労働者達を不思議な力で吹き飛ばした。
宝根だ。一つだけで銀貨百枚以上が必要そうな宝根があの部下達だけで三つもある。金はあるところにはあるということだろう。こうみると、セラルミナ教会も随分と腐敗が進んでいるように思われた。
食べるのに困っていてわざわざ朝早くから並んでいた人々を吹き飛ばしてまで、道を開ける必要があったのかは議論の余地もないけど、そこまでしてココに来たのなら少しは建設的な話が出来るのだろうかと僕は期待した。
「貴様他より身なりが良いな。さては貴様が沢山寄付をした者ゾ? 」
鼻水でもついているのか、指先からネットリした不思議な粘液をつけた手が差し出される。
僕はニッコリ笑って、
「いえ、違います。僕はただの炊き出しのお手伝いです」と平然とウソをついた。
「んじゃあ貴様もどけるゾ」
「はい」
司祭は手で僕を追い払うと、首を傾げながら教会内にいるリーンダート神父に会いにいった。
リーンダート神父には畜生の相手をさせて申し訳ないけど、僕には炊き出しという重要な仕事がある。彼には立派な勤めを果たして貰おう。
そう思いながら僕は司祭とその集団を見送った。
司祭は重たいからだを左右に揺らしながら、ノシノシと歩いていく。その姿を見て教会にいた全ての労働者達が声を殺して笑っていた。
「さて。あの遅さじゃしばらく帰ってこないでしょう。怪我をした人に優先して配ってあげて下さい」
普段はそんな話は聞いてくれない労働者達だったけど、今回は司祭という共通の敵が出来たことで団結したのか、快く僕の提案に協力してくれた。
それからしばらくして脂汗を拭かれながら、怒りの表情を浮かべた司祭とリーンダート神父と共に戻ってきたのは言うまでもない。
そしていつも笑みを絶やさないリーンダート神父が今日に限ってなぜか渋い顔だ。何か脅されでもしたのだろうか。
リーンダート神父は渋い顔だ。
ノビシロは改めて司祭と対面する…。