のびしろ15 炊き出し
ノビシロが異世界にきて一ヵ月が経とうとしていた頃。
ノビシロは炊き出しに出かけるのだが、そこで目にした光景は衝撃的なモノだった…。
僕が異世界に転生してから一ヵ月が経とうとしていた。その時間は僕が異世界に適応するには十分な時間で、しかし町のこととなると全く分からないままというのが現状だった。
僕の一日の始まりは朝のシジュウとの訓練から始まる。例えどんな天気であろうとシジュウは必ず朝の六時に僕を起こしに来たのだ。
「相棒! 特訓だ! 特訓! 」
そうワンワン言いながら、僕は家の前に引きずり出される。そしてそれは雨の日でも変わらない。変わるとすれば場所ぐらいだ。
シジュウは外の天気を確認して、小雨ぐらいなら僕を外に引っ張りだしたけど、ザーザー降りの時は地下室で特訓をした。内容はほとんど、筋トレと殴り合いに勝つ方法についてだった。
「ケンカキックは金的のちょっと上狙うんだぜ。相手も動いてるから上手くズレさえすれば金的に当たる」
シジュウ曰く一体一なら勝てるけど、一体二なら絶対負ける戦闘法らしい。
その後は朝食を済ませると、大体三つの行動に分かれた。例の酒場で働いたり、教会の手伝いをしたり、後はフォーリンに人間族の文字を教えて貰ったりだ。
文字を教えて貰うと言っても、まだ英語で言うところの5W1Hを教えて貰ったぐらいで、コハギア・ジャーナルを読んだところで見出しが疑問形、というのが分かるようになった程度だ。しかし幸いなことに中国語やベトナム語のような声調言語でないので、『マー』一つに苦しめられることも少なく、少しずつ習得して行っている実感があった。
「教える人がいいのねー…」
僕の肩に乗っている妖精が何か言っているけど、こういう時は無視でいい。そういう扱い方もこの一ヵ月で学んだ。
そして今日は教会に顔を出す日だった。
一週間に一度僕が主催で炊き出しを行っており、教会にはそれを手伝って貰っている。炊き出しを支援してくれているのは前に寄付をした例の教会だ。
城下町ということもあり、多くの教会が点在しているせいか、貧民地区の教会にはあまりお金が周ってこないらしい。
孤児院もあるのに、わずかな寄付で賄っているというのだから大変な話だ。もちろん、ここで神父なんてやってないで働けというのはお門違いな話だ。思っても口にしてはいけない。
そんな教会なので当然炊き出しなども出来ないらしく、いくらかお布施をしたところ快く教会の大きな鍋を貸してくれたのだった。
「炊き出しを始めます。列に並んでください! 」
声を張り上げて、遠くにいる人にも聞こえるように言う。
当然、そんな話を受け入れる教育を彼らは受けていない。
ただ、彼らはいい匂いがしている場所に向かってきているに過ぎない。言葉が通じるなどと思わないことだ。
始めのうちは炊き出しを始めて三十分の間に、料理の奪い合いが起こり死傷者も出て驚いたりしたけど、今では日常茶飯事として受け入れ、殴り合いの喧嘩が起こればそれを笑って静観するぐらいには慣れてしまい、無心で皿に豚汁を注いだ。
多数の種族が入り混じる貧困地区なので、お互い言語も違うし文化も違うため、簡単に殺人が起き命は消えていく。目の前で大人の浮浪者に孤児が殴殺される現場にも出くわした。
そうして手に入れた豚汁をスプーンも無しに犬食いする様などを見ていると、貧困地区はまさに文明の欠片も感じられない獣と修羅の住む世界で、異世界おもしろーと思う瞬間なのだった。
「おい、もっとよこせ! 」
とうぜん、そんなことをいう人間もいた。種族を問わず老若男女どんな人でもそれに近いニュアンスのことを僕に要求する。そしてそんな人間に優しくすると僕のステータスは伸びた。神様は本当に最低だと思う。
そうして朝から初めて夕方まで続く炊き出しが終わると、教会に戻って神父とシスターと紅茶で一服するまでがセットだった。
「今日も喜んで頂けたようで何よりでした」
僕はそう言って机に置かれた欠けたカップで紅茶を飲んだ。対面にはリーンダート神父とシスターが座っている。
「えぇ! 今日も多くの人々が助かりましたね。今日の行いは必ずやセラヌス神とルミナス神の目に届いていることでしょう」
相変わらず半分死んでいそうな、ガリガリに細ったリーンダート神父はカラカラと笑う。しかし対照的に横に座るシスターは少し悲しそうな顔をしていた。
「どうかした? 」
「すいません…頭を殴られて亡くなった子のことを思い出してしまって」
シスターは殴殺事件が少しトラウマになっているようだった。
神父はそんなシスターを「そんな時こそ信仰の力だよ」と言って慰めている。しかし、そんな言葉でも実際に血を流して倒れている子供の衝撃が忘れられないようで、彼女は信仰自体を疑い始めているようだったけど、リーンダート神父はそんな彼女に、「さらによりセラヌス様とルミナス様に献身するべき」と言うしか出来ないようだった。
「ノビシロ殿はどうすれば良いと思いますか? 」
シスターの言葉に僕は普段彼らがしている無駄な行為について振り返った。
聖典を読んだり(朝の朗読会)、人を助け(懺悔室で相談にのる)、神の愛を説いて回ったり(しつこい宗教勧誘)していた気がする。
よくよく考えたら本当に無駄なことしかしていなくて笑えたけど顔にはださずに、そういう無駄なことにより一層時間を掛けてみてはどうかと提案してみた。
すると二人ともいたく感動したようだった。
「目に見えないモノを信じるというのは大変なことだと思います。でも…なんて言ったらいいかわかりませんけど、僕は炊き出しにまた来ます。それは信じて下さい」
当たり前のことをさも大切なこと風に言ってみると、さらに彼らは感動したようでシスターはハンカチが手から離れないようだ。
カリスマの値が上昇したからか、何でもない言葉が彼らには大層素晴らしく聞こえているようだった。
そしてリーンダート神父は、決心したかのように懐から一枚の封筒を僕の前に置いた。
「…なんです? これは」
「ぜひ、司祭にお会いして頂きたい」
封筒の中身を見ると、読めたのは日時と寄付がどうのという文言だけ。大方、高額納税者には面会しておこうという宗教幹部のやり口だろう。合ったところでステータスが上がるワケでもないし、断るに越したことはなさそうだ。
「…大変恐悦至極ではあるのですが」
「また来週末にここに炊き出しに来て下さるだけで良いんです。そこでお会いできますから」
リーンダート神父はそう言って微笑んだ。彼は善かれと思ってやっているに違いない。僕は喉まで出かかったため息を飲み込むと笑って承諾した。
「良かった、ではまた来週にお願いします! 」
その後も孤児院に寄ったりして、帰るのは日が沈んでからだった。
「お帰りなさーい」
フォーリンが出迎えてくれた。彼女は一番初めの炊き出しの時に食料と間違えられて食べられかけたのがキッカケで、それ以来手伝いに来なくなっていた。
「ただいま」
「あんた今日ステータス一緒に見るの忘れてたでしょ」
毎日ステータスを調べるのはお互い面倒で無理という話になり、週末に定期的に見ることにしたのだった。
「…忘れてた」
「ほらほら、リビングに行って。ステータスの魔法かけるわよ」
一ヵ月を過ぎ、ステータスが大幅に上がったノビシロに新たな試練が訪れるようだ…。




