のびしろ14 魔女の部屋
魔女の部屋に招待された三人は、そこで不思議なモノばかりある魔女の部屋に圧倒される。
そしてそんな興奮冷めやらぬ中、フォーリンは簡単なお呪いをリカーに教えて貰うよう二人に言うのだった…。
また地下室にくるとリカーはすでに門を生成した状態で待っていた。昨日から眠っていないのか彼女の目は少し赤くなっている。手には箒と塵取りを持っていて、一仕事終えた顔つきになっていた。
「い…いらっしゃいませ」
コの字の地下室は薄暗いが、それでも灯りはちゃんとある。しかしそこに映る彼女の顔は少し青白いようにみえた。
「具合はいいの? 」
「へ…? あ、はい! いつものことなのでご心配なく」
そう言ってリカーは照れ隠しのように手で顔を隠す。その反応を見て僕は真っ先にシジュウが気になって彼の方を見たら、彼は恋のキューピットに撃ち抜かれたかの如く心臓の辺りを押さえて幸せそうな顔をしていた。単純なやつだ。
「ならお言葉に甘えて。入るわよ~」
フォーリンが初めにそう言って門の中へと入っていった。当然門の裏にはフォーリンの姿はない。別の空間に移動したということだろう。ぼぉーとしている、シジュウを門の中に押し込むと、僕も彼女に一礼して門の奥へと進んだ。
中に入ると、そこには僕の妄想にしかなかった大きな釜が中心にあったり、トカゲのような見た目の不思議生物が干物になって天井に吊り下げられたりしていた。正しく魔女の部屋といった感じだ。
質問するだけで今日が終わりそうなほど、全てが僕にとって新鮮な空間がココにはある。
「ようこそ…酒の魔女の工房へ」
後ろから入ってきたリカーがそう言って僕達の案内を始めた。彼女の家は研究をする大釜が中心に考えられており、そこから蜘蛛の巣を広げるように別の部屋に繋がる扉が設置されてあった。
その一つの扉が僕達の家に繋がっているようで、掛札には地下倉庫と書かれたものがかけられていた。その他の扉の前には『ワイン部屋』、『ビール部屋』などと言った種類に応じて部屋当てがされているようで、流石酒の魔女の家といった感じだった。
「リカーは今どんな研究をしているの? 」
「あ、そのことでフォーリンに少し聞きたいことがあって…。ココの調合についてなんですけど」
「しょうがないわね…ちょっとだけよ」
リカーは本棚から分厚い本を取り出して、フォーリンに質問をし始めたせいで僕達二人は自然と二人の会話を聞く流れになった。
「ココのお呪いを再現するためにココの書いてあるシンボルにルビーを触媒にして合成しようとしているんですけど上手くいかなくて…」
フォーリンはリカーに分厚い本のページをめくって貰いながら、内容に目を通して言っている。そしてその中で気になったことがあるのか質問をした。
「用意するものは合っているみたいだし、環境が悪いみたいね。時間帯や季節なんかは確認した? 」
「はい、それはもちろん」
リカーは真剣に頷き、それにフォーリンも満足げに次の質問に移った。
「月の満ち欠けに…星の位置も問題ないわね? 」
「あ…」
リカーは口を抑えてやってしまったという風な顔になり、フォーリンはその反応をみて呆れたように開かれた本を蹴って閉じてしまった。
「ちょっとリカー? 魔法の再現は環境の再現に等しいなんて魔法使いなら基礎中の基礎よね」
「すいません。抜けてました。トホホ……」
「ケアレスミスね。それじゃあそこでボケーとしてる二人に、ちょっとしたお呪いでも教えてあげてちょうだい。その様子じゃ教員試験の方もまだ受けてなさそうだし。練習よ」
フォーリンの矛先がなぜか我々に向いてきたので、僕たちはフォーリンが厳しい分リカーには優しくしようと誓い合った。
「フ、フォーリン? 私は、一体何を教えれば良いんです? 」
「なんでもいいのよ。楽しそうで簡単なヤツ。私はノビシロのポケットにいるから」
フォーリンはそういうと僕のポケットに入って、「これで少しは見識も広がるでしょ」と言った。
こうしてお呪いをリカーに習うことになったけど、彼女は僕達にどんなお呪いを学びたいかを聞いてきた。しかし、そもそもお呪いがどういうモノかをあまり知らなかったため、分からないことが分からないといった状態だ。
そんな状態に痺れを切らしたのかフォーリンが、「子供が習うようなお呪いでいいのよ」とリカーに言うと、しばらく彼女は悩んだ末に、
「好きな人が分かるお呪い」というのを僕達に教えてくれることになった。
僕はそのお呪いを勉強しても悪用する未来しか思い浮かばなかったけど、僕以上に隣にいる男が悪用しそうだったので、それを予防するという点でも学んでおこうと思った。
「まずは季節のお花を用意します」
「先生、お花がありません! 」
シジュウが楽しそうに挙手をして返事をした。彼はノリノリだ。彼がノリノリだと周りの空気もなんだかノリノリになるので、僕もソレに合わせて意欲的に話を聞くことにした。
「大丈夫、です。お呪いに使う材料は一通りこの部屋にあるもので出来るので。ちょっとお待ちいただいてもよろしいですか」
そういってリカーは部屋中にある棚から材料をかき集めて、シルバートレイの上に乗せてコチラに提供してくれた。トレイの上には花や、ハチミツ、それに毛のようなものが置かれている。
「この毛は…? 」
「今回は私の髪の毛を使います。本来であれば、お呪いで知りたい相手の髪の毛を使います。…では、お手本としてまず私からやってみるので、見ていて下さい」
彼女は大釜にそれらの材料を加えて、船のオールのようなもので攪拌を開始した。
大釜の中は未知の液体で七分目ほどまで満たされており、材料を加えてリカーがかき混ぜていくと大釜の中の色は初め乳白色だったのに、緑色や青色と様々な色に変わっていった。
なんとそして最終的にはまた元の乳白色の液体に戻ってしまった。この目で見ていたにも関わらず意味不明だ。
そしてその上には鍋の底に沈んでいたのか、黒い水晶のようなものが浮かびあがっていた。
彼女はその黒い水晶をオタマのような道具で掬いあげると、
「お呪いの完成です」
と、言って僕にその黒い水晶を渡した。親指ぐらいの大きさの光をよく通すただの黒い水晶のように見える。
「俺にも早く見せてくれ」
シジュウにそう言われて渡すと、シジュウは光にかざしたり振ったりすると首をかしげた。
「リカーの好きな人がこれで分かるんじゃねえのか? 」
渡されたのはただの黒い水晶だ。お呪いは既に完成していてソレは残りカスなのではと思っていたら、リカーが「床に叩きつけて下さい」と、言った。
シジュウはこんな高そうな物を本当にいいのかと少し戸惑った様子だったけど、覚悟を決めて地面に水晶を叩きつけた。
パァンと音を鳴らして砕け散ると、その水晶からモヤモヤと霧が噴き出始めた。そしてソレは次第に白く長い髭を持った老人の姿となって僕達の前に現れた。大きな錫杖を持ち、顔には無数の皺が入っているしかめ面の男だ。
「爺さん…だな」
「このお方は現魔法学校の校長をされているパラディン・マクスウェル様です。私も少しの間お世話になったのですが、とても尊敬できるお方なんですよ」
そう言ってリカーは少し頬を赤らめた。この場合、性的に見ているというより敬愛している、という表現の方が正しい気がした。
シジュウもなんとも言えない顔になっていて、結局考えることを止めたのかスッキリした顔で「俺達もやってみようぜ」と言ってきた。
そしてシジュウの結果は言うまでもなく、リカーが気まずそうに笑っただけで、僕の番が回ってきた。
「相棒が好きな相手か。どんなヤツだろうな」
「僕も気になる」
「なんだそりゃ」
シジュウは自分が好きな人が分からないなんて変な話だと言ったけど、僕には特に思いつくような人物はいなかったのだ。その場合お呪いは僕の深層心理からどんな相手を引っ張って来るのか興味が湧いた。
同じように花を大釜に巻き、ハチミツを注ぎ入れ最後に自分の髪を抜いて投げ入れた。グルグルと大釜をかき混ぜていくと、成功したのか僕の好きな人が分かる黒の水晶が浮かび上がってきた。
それを掬いあげ、早速叩きつけてみると黒い水晶から出てきた霧は僕の知らない人に変わった。
真ん中分けのショートカットで黒い髪と性格のキツそうな釣り目が特徴の女性で、澄ました顔をしているけど今にも噛みついてきそうな顔だ。僕はこんな女が好きなのか? 正直あまりいい趣味とは思えない。
「おぉ、キレイな人じゃねえか。種族は…人間族か? 」
「まったく覚えがない…」
「なんだそりゃ、ちょっと怖えな。羽っこは知らねえのか? 」
フォーリンはポケットから顔を出すとすぐに顔を引っ込めてポケットの中から、
「見たことないわ。こんな美人」
と、全く興味がないようだった。
「しっかし、こうなんて言うんだ。隙がなさそうな感じだな」
シジュウがそういうのでもう一度霧の彼女を見ると、確かに近づく男は皆ぶっ殺しますって顔をしているように見えて、なぜだか無性に笑えた。
「ぷっ…はははははははは」
「ど、どうした相棒、そんな面白かったか? 」
「なぜだか分からないけど笑えた」
「あー! そういう時あるよな! 」
お呪いを教えて貰った後は、酒を造っているという部屋にお邪魔をして酒をご馳走になったり、他のお呪いについての話を聞いたりして、その日は四人で過ごしたのだった。
4人の共同生活が始まり、一ヵ月が経とうとしていた頃。
周辺の環境も少しずつ変化し、ノビシロのステータスにも大きな変化が現れ始める。