のびしろ12 家の掃除・後
地下に住んでいるものに着々と近づいていく三人。
コの字の地下に潜む意外な相手とは…?
二階建ての我が家には台所から地下に繋がる隠し階段が床下にある。普段は木の戸で封をしているけど、ひとたびそれを開けると下から温い風が上がってきた。
「相棒、よく考えたら敵が一人とは限らねぇよな。もし二人以上だったら撤退で大丈夫か? 」
確かに何かを引きずる音は一つだけど、今は夜だ。他に誰かいてソイツが寝ているという可能性もある。僕は頷いてシジュウと共に地下に繋がる道に足を踏み入れた。
二十段ある石造りの階段は暗く、外よりも少し肌寒い。
そもそもこのコハギアの町周辺が、草木の生えない砂漠だという話だから夜は寒くて当然なんだけど、家の地下にくるとそれを露骨に感じとることが出来る。皇帝は何が目的でこんな砂漠のど真ん中に城を構えたのやら。
「ここが一番下みたいだな」
少し湿り気のあるレンガ造りの空洞に僕たちは入ると、地下はコの字型に設計されているようで、奥から光と上で聞いた物音が聞こえてくる。
「俺達に気づいてないみたいだぜ。もし、背後を取れたら俺がまず一撃入れる。それで相棒は様子を見てくれ」
「わかった」
シジュウに言われて、光の指す方へと向かう。
そして壁伝いに体を寄せて、コの字のカーブを周りこむように進むとシジュウが初めに首だけ出して敵の姿を見た。
そして…。
「あー………と、相棒―――判断頼む」と、言ってきた。
どういうことかと僕も首を出して相手の姿を確認すると、確かに僕も眉間に皺を寄せて首を戻した。
部屋の端にいる相手の容姿を端的に表すならばエレガントなお姉さんだった。しかも巨乳で、白い猫耳の。猫耳はきっと自前のモノで獣人族だろう。
背は百九十ほどあるシジュウから頭二つ分小さいと考えたら、百五十センチほどだろうか。
しかしシジュウと違って全身に毛が生えているようには見えない。むしろ彼女は人間に耳と尻尾が生えただけのような見た目だ。
「なんで顔に毛が生えてないのか分かる? 」
「なに言ってんだ? 獣人族は多様性が一番のウリじゃねえか。俺みたいに毛深いヤツもいれば彼女みたいに人間族に近い見た目のヤツもいる。けど……なんかあの人は半分って感じがするな」
耳と尻尾さえあれば獣人族と言っていいらしい。なんて自由な奴らなんだ。しかし半分とはどういうことだろうか。
彼女はコチラに気づくことなく、せっせと何か木箱を持って運んでいる。そんな彼女の何よりの特徴と言っていいのは魔女が被るような三角のとんがり帽子に、魔女が着るような紫色のローブだ。怪しさで言えば最上級だ。
なるほどなるほど。これならシジュウが僕に判断を仰ぐ理由も分かる。彼は何も言わないが、両手で胸のサイズをジェスチャーしてしまうほど今の事態に困惑しているようだった。
「相棒……! すっごいぞ…」
言わなくても分かってる。もはや君に戦意の欠片もないことも十分にな。しかし僕は家主として不法滞在者には話をつけなければならない。君のように興奮もしていられないのだ。
「僕から先に出る。シジュウは後に続いてくれ」
僕はナイフをいつでも取り出せるように準備してから彼女の前に姿を現した。
「誰? 」
「こちらのセリフだ」
「え、えっと…私は酒の魔女。あなた達は空き巣泥棒さん? 」
「最近家主になったノビシロだ。酒の魔女、貴女はどうしてここにいるの? 」
「私の家……だから? 」
ここで違うと言っても話が前に進みそうになかったので、別の視点で話を続けてみる。
「家賃を払ってないみたいだけど? 」
「前の家の人はお酒で許してくれたんだけど、それで許して貰えませんか? 」
前の住人と言えば確か小人族のモロトフとかっていう荒くれ者か。彼が彼女をココに住まわせることを許していたということだろうか。
「それはモロトフさん? 」
「名前は…ごめんなさい、憶えてないけど」
借りにも君に部屋を貸してくれていた人じゃないのか、というツッコミも今はしない。話が前に進みそうにないから。
「分かった。今君には二つの選択肢がある。ココを出て行くか、僕と交渉するかだ」
「あ、相棒…!」
どうしたんだと、シジュウに聞くと彼は申し訳なさそうに「住んでて良いんじゃねえか? ナザリス族みたいだし」と耳打ちしてきた。
馬鹿を言うんじゃない。どんなに君好みだと言っても不法滞在者だぞ。僕は少しの間酒の魔女に待機してもらい彼女から少し離れてシジュウと話をした。
「おっぱいに騙されるな」
「相棒も男なら分かるだろ。今が男の上げ時だ。まぁ任せとけ」
シジュウは僕の肩をポンと叩いて、彼女の前に戻った。
「俺はシジュウってんだ。酒の魔女さん」
「よろしくお願いいたします」
「あ、あぁ! よろしく。いやぁ、俺もこの家の住人なんですけどね。あのノビシロって言うヤツは良いやつなんですよ。だからきっと貴女のこともこの家に住んでいて良いって言いますよ」
あ、ダメだコイツ。早く何とかしないと。
「ホントに? 嬉しい」
「そうでしょ?」
「馬鹿たれ」
僕は頭を叩いてシジュウをどかした。コイツに任せていたら交渉にならない。
「シジュウは優しいからこう言っただけだ。僕はアンタに優しくない。お金は持っていないんだね? 」
「お酒じゃダメでしょうか? 」
どうやらお金は持っていないらしい。しかし前の住人と同じように、お酒をコチラに渡すと彼女は言ってきた。禁酒法を知らんのかこの町の住人は。
「……一応聞いておくけど種類は? 」
「ウォッカとジン……それにワインとビールです」
ビールがあるのかぁ……! 異世界だからエールとかってふざけた飲み物渡されるかと思ったらちゃんとビールか。ふーん。
「ここが禁酒法のある皇帝のお膝元だということは分かっている? 」
「はい…、私何度もこの町でお酒を売って掴まって火炙りにされました」
抑揚のほとんどない声で淡々と話すので、彼女が冗談を言っているのかどうか判断に困った。おそらく今の話は場を和ませるジョークだろう。シジュウは笑っている。
「嘘を話してほしいワケじゃないんだよ」
「私嘘なんて…」
「火炙りにされるということはつまり死ぬということだけど。君は幽霊か? 」
「私には消火の宝根があるんです。だからセラルミナ教会は私を魔女として火刑に処されても問題ないんです」
問題大ありだろう。教会からすでに目をつけられているだって? 勘弁してくれよ。教会はカリスマのパラメータを上げるのに効率が良いんだ、険悪になりたくない。
「うん、やっぱり考えたけど無理だな」
僕は色々と考えたがやはりこの魔女は危険すぎると判断した。しかしポケットから顔をだしたフォーリンによってその場の空気がガラリと変わる。
「べつに良いんじゃない? 」
「フォーリンさん? 分かってる? よく知らない人が地下に住むんだよ? 」
「これから知って行けばいいじゃない。それに、なんだか悪そうな人には見えないもの。ステータスの魔法を使ってみても良いけど? 」
疑り深い僕は彼女にステータスの魔法を使うように言った。
【リカー・カリスタ】
≪武力≫:23
≪見識≫:45
≪優しさ≫:37
≪ビジョン≫:4
≪カリスマ≫:23
「ほらぁ…って、思った以上に高いわね」
フォーリンがステータスを見て驚いている。彼女は僕と違って色んな人のステータスを見てきた妖精だ。彼女がどういった人間かもステータスを見れば分かるのだろう。僕が知っているのは見識と武力と優しさは20が平均値というぐらいだ。そんな僕から見ても、彼女のステータスは高いことが分かる。
「あの、その紙って…」
「ステータスのこと? これに貴女の情報が書かれているの。悪いけど調べさせて貰ったわ。結果は合格。あなた悪い人じゃなさそうだし。ここにいても問題ないわ」
「そ、そうですか」
酒の魔女のリカーは安心したようにホッとため息をつく。こうして彼女はお酒の提供をするということで地下に住むことが決定した。
「あの、フォーリンさん」
「なぁに? 」
フォーリンを前にリカーは深々と一礼した。
「ありがとうございます。私をココに置いてくださって」
「いいのいいの。何か困ったことがあったら言ってちょうだい」
酒の魔女がフォーリンと握手をしている。ここの家主は一応僕のはず。もっと礼儀正しくコチラに媚びてきてもいい気がしたけど気にはしない。
「そう言えばなんてお呼びしたらいいの? 」
「えっと、私のこと知人はリカーって呼びます。フォーリンさんにもそう呼んで欲しいです」
「分かったわ、リカー。わたしもフォーリンって呼んで」
「はい、よろしくお願いします。フォーリン」
「まだちょっと固い気もするけど、まあいいわ」
見た目的には酒の魔女であるリカーの方が年上な気がしたけど、なんでフォーリンの方が偉そうなんだ?
「フォーリンの方が年下だろ? 」
リカーに聞くと、彼女は首を振った。
「妖精は魔法使いがさらに修練を重ねてなれる存在ですから。歳は関係ありません」
どういうことなのだろう。
リカーという新たな住人が仲間に加わり、四人のシェアハウスとなったノビシロ家。
ノビシロは酒の魔女リカーからさらに酒について話を聞くことになりそうだ。




