のびしろ11 家の掃除・中
食事を食べる三人は、今後について話をするようだ。
そしておっちょこちょいの妖精が口を滑らすらしい…。
その晩、僕は城下に合った材料でシチューとパンを用意した。
シチューと言っても牛乳じゃなくて何か別の生き物の乳だし、具材も売れ残った魚をぶつ切りにして入れたりで、自分の知るシチューとはずいぶんかけ離れた面子にはなった。けれど二人は美味いと言って食べてくれた。
僕も食べているけど変な味はしない。概ね想定通りに作ることが出来た。
こうして五人前から六人前ほどを目安に作ったシチューがほとんどなくなった頃、話の流れで今後について語ることになった。
「なんかよぉ……スゲェよな。俺達」
シジュウが黒パンを齧りながらはじめにそう言った。
同意見だった。というか、僕は一番初めに助けた相手にここまで逆に助けられるとは思いもしなかったのだ。
ぶらぶらと初めに貰った銀貨三十枚を使って何とか生計を立てていこう思っていた。シジュウと出会って随分予定が前倒しになったのは言うまでもない。
しかし以外だ。まさか同じ意見になるなんて。
「なにが凄い? 」
「だってよぉ、家買ってよ、服も買ってよ、そんで結構美味いもんも食えてんだ。しかもしばらく働かなくてもいいんだぜ? ヤバいだろ」
そんなの当たり前、というのは流石に前世の影響が強すぎるか。そうだ、確かに衣食住あるなんてありがたい話だ。
「確かに。働かなくていいのは大きいか」
「だろっ!? それがスゲェんだよ。俺なんてずっと今日のことだけ考えて生きてきたんだ。明日のことなんて考える余裕もなかった。それがどうだ、今は明日の昼寝はどこでしようか考えてんだぜ。これはスゲェを通り越してヤベェよ」
シジュウの手持ちがいくらあるのか知らないけど、確かにお金があればある程度の自由が許されるのがこの城下町だ。差別は厳しいかも知れないけど、皇帝のお膝元だからか秩序はある。
「これで思い切り指導者としての力を磨くことに専念できそうね」
フォーリンは小さく切り分けてやった魚を食べつつ僕にそう言った。口が緩んだといってもいい。なにせこの場にはシジュウもいるのだから。
「指導者ってなんだ?」
「えっ? 私そんなこと言った? 」
急な暴露のせいで場の空気が変になった。その原因を作って今まさに口笛を吹いているマヌケを横目に僕は考えた。この場合素直に白状した方が楽か、何も話さない方が楽かを。
話すということはつまりシジュウを全面的に信用するということになる。まったく信用していないワケではないけれど、コレについて話すということこちらにも少しばかり心の準備が必要なことだった。
「いったぞ、なぁノビシロも聞いたろ? 」
どう答えるのが正解だろう。このままシジュウに素性を隠しておくのも難しそうだし、そもそもこういう隠し事が尾を引くと、面倒ごとに発展しかねない気もしてくる。だいたい僕は隠し事が苦手だ。
そして色々悩んだ結果……正直に話すことにした。
「あぁ。指導者って言うのは……」
「ちょ、ちょっとノビシロ!? 」
このおっちょこちょい妖精め、少し黙っていなさい。
「良いんだ。シジュウには話しておきたい。僕のことや使命のこともね」
僕はそれから食事をしながら自分が転生者であることや、50年後に現れるという勇者の存在や魔王も現れるということを話した。始めは冗談を言っているのだと彼は思っていたけど、次第に真剣に話を聞いてくれるようになった。
「50年後か……オレぁ生きてんのかな」
よぼよぼのシジュウ、というのは今の彼からは想像できない姿だった。
「ノビシロはそれまでに勇者様を導くための力を見につけないといけないの。分かった? 」
「まぁ何となくな……そんでも俺が手伝えるっつったら、戦いの稽古ぐらいしかなさそうだな」
「あら、意外に協力的じゃない」
「意外ってほどか? ……ノビシロ、お前には感謝してる。それが返せるなら俺も力になっからよ」
僕の五割り増しに大きな手が差し出される。その毛むくじゃらの手を握ると、僕の手は肉球に包まれた。カサカサとプニプニを足したような感触で、不思議な感じがした。
……そしてその握手が交わされたと同時に、フォーリンの体が光始めた!
「な、なに? 声が聞こえてくる……」
フォーリンがいきなりそんな怖いことを言い始めた。そしてしばらくブツブツと独り言を彼女は言い始め、僕たち二人はそのおかしくなった彼女を静観しながらご飯を食べた。
「だ、大丈夫かコイツ……」
「もしかしたら、妖精が食べてはいけない食材が入っていたとか? 困ったな……」
光る妖精を見ながら食事をするという困った状況になりながらしばらく見守っているとやがて発光が収まり、茫然と虚空を見つめていた彼女の目も精気を取り戻した。
「戻った? 」
僕の声に頷きつつ、フォーリンは自分の手を開け閉めしている。一体何があったのだろう。
「え、えぇ……どうやら私パワーアップしたみたい」
「パワーアップだぁ? どういうことだよ」
フォーリンは自身が光っている間、不思議な声と対話していたのだという。そしてその中で新しく手に入れた力の説明を受けていたらしい。
「神様が私に新しい力を与えて下さったのよ。今回与えて下さった力は信頼の置ける者に二回目の【のびしろ】が使えるようになる力みたい。今だとシジュウにだけもう一度【のびしろ】を使えるみたいね」
フォーリンの説明で僕は今初めて知ったのは【のびしろ】が同じ人には一度しか使えないという話だ。彼女のパワーアップよりもそっちの方が驚いた。
「ちょ、ちょっとまて。じゃあなんだ、俺はまだ力が強くなったりするってことか? 」
「そう言うこと。ねえもう一回シジュウに使ってみてよ」
フォーリンは新しく使えるようになった力を試してみたいようだった。食後に使ってみようかと思い腕を前に突き出すと、その腕をシジュウが止めた。
「ちょ、待て! 待ってくれ! 俺にはまだ使うな! 」
「……どうして? 」
強くなれるなら強くなるに越したことはない気がするけど、彼には何か思うところがあるのだろうか。
「いや、なんかよ。お前のそのおんなじ名前の変なスキルあるだろ」
「スキル【のびしろ】ね」
フォーリンが変なスキルじゃないと念押した。僕も一応言っておくべきだろうか、そのスキルは変な名前じゃないと。
「それって受けてみると分かるんだけどよぉ、内に溜まってたモノがブワァー! って溢れてくる感じなんだ。……上手く説明できねえけど! でも今の俺の中にはそんなにブワァー! ってなるほど中に何にも溜まってねぇ気がすんだよ。だから溜まった時にしてくんねぇか」
シジュウは身振り手振りをしながら、今はダメだと僕に伝えてきた。本人が嫌がっているならフォーリンの新しい力は一旦置いておくとして、なんで彼女の体がいきなり光ったりしたんだろう。
「フォーリンが新しい力を手に入れたのってなにかキッカケがあるのかな」
「知らない。でもなんだか心が温かかったのよね……」
「そりゃメシ食ったら温かくなるだろ」
シジュウがそう言うとフォーリンがギロリと睨んだ。真剣な彼女を茶化すのは悪手だったと認めて、シジュウは少し黙った。
「ゲームみたいな世界なんだったら経験値みたいな概念もあるんじゃないかな」
「経験値? 」
シジュウが不思議そうに聞いた。フォーリンが僕のいた世界のことについてどれくらい知っているのかは知らないけど、シジュウにも分かるように僕から説明をした。
「こう、敵を殺害したり人の頼み事を聞いたら手に入る数値で、それが一定量を超えると生物としての身体能力が向上するっていう概念だよ」
「生き物殺して手に入る点数ってことか? 」
「平たく言えばそうだね」
フォーリンは首を振った。そして僕も話していて何かソレは違うような気がした。そもそも僕はまだこの世界にいる生き物を殺していない。
いや、殺したけどそれはソファの下にいた虫とか家に入ってきたネズミとかであって、魔物ってヤツじゃない。
「分からないことが多すぎるわね。もう少し情報を集めることにしましょ」
「だな」
「そうしよう」
話が終わってひと段落して横になっていると、シジュウが床下から変な音がしていると言い始めた。
「なんか聞こえね? 幽霊かも」
「ビビらせようって魂胆が見え見えなんですけど」
ニヤニヤと笑うシジュウに、フォーリンは冷静にツッコミを入れる。しかし音が聞こえるのは冗談ではないらしい。
「ちげーよ。ノビシロも聞こえるだろ? 」
……聞こえるだろうか。耳を床に当ててしばらく聞いていると、ズゥーっという何か袋を地面につけて引っ張るような音は確かに聞こえてくるけど……。
「水の音じゃないか? 」
一度この家にある水道管の音かと思いシジュウに聞いてみたけど、彼は違うと言った。
「足音もすんな……やっぱ誰かいんぞ、コレ」
シジュウの真剣さからして、ネズミやイタチのような動物が走っているというワケでもないらしい。
「ヒィ……」
フォーリンが怖がって僕の服のポケットに入った。食った後だからかいつもより彼女が重い。そんな彼女を入れたまま立ち上がると、確かに地下からなにか振動のようなモノが足の底から伝わってくるのを感じた。
「地下かな? 」
「不法滞在者がいるかもしんねぇなこりゃ」
危機馴染みのない単語が出てきて思わずシジュウに聞いた。
「なにそれ」
「空き家に勝手に住み着くヤツらのことさ。ココもしばらく空き家だったみたいだし、住んでてもおかしくねぇ」
幽霊よりも怖い存在の話が出た。それはつまり人間が相手ってことだ……暴力を振るって追い出しても良いんだろうか。というか普通に衛兵案件なのでは。
「幽霊って線は? 」
「幽霊なら足音しねぇはずだろ。しっかりしろ、相棒」
確かにそうだけど、なんでお前はそんなに冷静なんだよ。
……いや、おかしいのは僕か。男が家を手に入れたのならば、その家を守る責任も同時に受け持ったということ。
今この家を不法滞在者から守れるのは僕達だけだ、それならやるしかない。
「武器は……台所に新品の包丁があったな」
「よし、俺は手持ちのナイフがある。行くぞ相棒」
フォーリンは新たな力を手に入れ、三人のお腹は膨れた。
そして二人は地下室に繋がる扉に手をかける。
三人を待ち受けるものとは?
まさかここで三人の運命が大きく変わるとは、この時まだ誰も知らないのであった。