のびしろ10 家の掃除・前
二階建ての家を購入したノビシロ一行は、荒れ果てた家と戦う準備を始めた。
まずは一階と二階からだ。
フォーリンは気絶したまま眠ってしまったようで、返ったあとも寝息を立てて起きる様子がなかったため、僕たちも酒で体を温めたまま寝ることにした。
翌朝、僕たちの朝はステータス更新から始まる。
【野比 白】
≪武力≫:1
≪見識≫:12 +8アップ
≪優しさ≫:12 +11アップ
≪ビジョン≫:10 +9アップ
≪カリスマ≫:22 +13アップ
「凄い伸び……これならすぐに平均値にはなりそうね、というかカリスマは平均以上みたいだし。順調みたいで何よりだわ」
フォーリンがステータスの書かれた紙を見て唸る。それから何が原因なのかとさらにステータスの魔法を使って、彼女は各ステータスがどのようなことがキッカケで伸びたのかを分析した。
「ふむふむ……商売で銀貨300枚を稼ぐって項目で、カリスマの経験値が+30000加算されてるわね。それに……家を買う? ……どういうこと? 」
フォーリンはステータスが書かれた紙を持ってぷるぷると震えている。どうやら家を買ってステータスが伸びていたらしく、ステータスの魔法でそれがバレたらしい。
「ねぇ……まさか私に無断であの家に決めたの? 」
「……うん」
そう答えると、フォーリンはやっぱり怒って僕の長命族としてのトレードマークである長いピンと伸びた耳を引っ張った。
「『うん』じゃないわよ! どうして私が起きてる時に決めてくれなかったのよ! 」
妖精の力だと侮っていたら普通に痛い。
まぁでも何となく怒る気はしていたから、彼女をなだめる方法を幾つか寝る前に考えてはいた。どうやらそれを使う時が来たようだ。
「ブラックマーケットでアイス売ってる店があったんだ」
「なに? あんた私がアイス程度で釣れると思ってるワケ? 」
アイスごときでは流石につられなかったか。
だいたい僕は交渉事があまり得意じゃなかった。出来れば許して貰える条件を言ってほしかったけど、それを言い出せるような雰囲気じゃなかった。
だから僕は第二の手札を切った。
「職人地区ではクレープ屋さんもあったな……」
「アイスとクレープで釣られると思ってるワケね? 」
耳を引っ張る力が強くなった。コレはまずい。甘いモノはそんなに好きじゃなかったか?
じゃあ、第三の手だ。出来ればコレは切りたくなかったけど、致し方あるまい。
「クレープ屋さんの近くには妖精族の服屋も見つけておいた」
「全部あなた持ち? 」
僕は小刻みに頷いた。
「もちろん、僕が出そう」
「それまでの道は肩に乗ってもいい? 」
肩に乗ったフォーリンは体感二キロぐらいだった。長時間乗せても問題ないが、彼女を下ろした後は肩が浮くような体験が出来る。
「もちろん。勝手に決めてゴメンね」
彼女は両手を差し出したので僕は小指を差し出した、彼女は僕の小指を両手で握るとブンブンと振った。
彼女の優しさのおかげでどうやら交渉は上手くいったようだった。
それからアイスを買ったり服屋で買い物したり……なんやかんやあって、不動産屋のオヤジに貰った鍵を使うことになったのはお昼を過ぎてからになった。
昼間に購入した家を見ると、塗装が剥がれていたり蔦に小さな花が咲いていたりといった小さな変化を見ることは出来たものの、これといって大きな違いというものはなく安心できた。
しかし中は違った。床に散らばっているのは割れた床のタイルだけかと思っていたら、リビングやダイニングは割れた食器や散らばるガラス片で散らかっていて、明らかに空き屋を狙った強盗に何度か襲撃を受けた後だと分かった。
「泥棒対策も必要みてえだな」
シジュウは苦笑して僕の肩を叩いた。
窓が叩き割られるような家だ。一体どんな泥棒対策をすればいいやら。
「二階はどうだった? 」
「あー……まあ、そんな変わんねぇよ。夜より血しぶきが分かりやすくなったぐらいじゃね? 」
シジュウから話を聞いて二階に上がると、僕はあまりの惨状に言葉を失った。
部屋の一部はまだまともな状態だったけど、ほとんどの場所に血が飛んでいたのだ。そんな僕を見かねたのか、シジュウが下に続く階段の途中で僕に言った。
「豚の解体でもしてたんじゃねえか? 」
「この辺には人毛の生えた豚がいるのか? 」
「まぁ、ある意味そういうヤツは多いな」
そんな冗談を言っている場合じゃないと思いながら、どうやってこの家を掃除するかを考えた。
「なぁ、相棒」
「どうかした? 」
僕は今、最も効率よく掃除するならどこからがいいかを考え中なんだ。
「競争しようぜ。俺が二階掃除するからお前一階な。羽っこは風呂」
シジュウがまた変なことを言い出した。
「なぁんでアタシだけ罰ゲームなのよ! 一人であのお風呂掃除なんて正気!? 」
確かにフォーリンの言う通り、人の髪の毛が付着した肉片掃除と地面に散らばるガラス片を片付けるんじゃまったく別の話だろう。だから別の仕事をすればいい。
「あぁん? ……じゃあ、羽っこは審判な」
「異議なし。さぁ頑張りなさい、あなた達」
「異議あり。なに一人だけサボろうとしているんだ。フォーリンは天上の埃を落として。僕は台所から始める」
羽があるなら有効活用しない手はない。彼女は不服そうだったけど、渋々といった感じで掃除道具を手に取った。
それから僕たちの戦いは始まった。
殺人現場をそのままにしていた家を綺麗にするには到底半日では足りず、最低限寝られる場所だけを確保して初日の掃除は終わった。
掃除二日目の朝にステータスの確認をするかとフォーリンに聞いたら、「どうせ掃除しかしていないんだし何も変わっていないわよ」と言われた。
二日目の夜にはある程度綺麗にはなったが、まだ前の入居者が置いて行ったソファや椅子などがそのままの状態で残っており、それをどかすと沢山の生き物と対面したため、そいつらの駆除に翻弄された。
三日目の夜には、シジュウが二階を全て綺麗にして降りてきた。彼に招待されて、二階に上がると、そこはもはや別の部屋だった。
部屋中に飛び散っていた血の後は全て雑巾で擦り落とされ白くなっており、壁についていた切り傷跡も綺麗に埋められていた。もうここで誰も人が殺されたなんて思わないだろう。
「完敗だ」
「ヘヘッ、後で一杯奢れよ。ところでそっちはどうだ、進捗のほどは」
「やっとリビングとダイニングが片付いたかな。あとはお風呂場と暖炉を使えるようにするぐらい。そうだ台所も使えるし、今日は何かここで作って食べてみようか」
炊き出しをする前に現地民に味を確かめて貰わないといけないだろう。二人はいい実験台になる。二人なら忌憚のない意見を聞かせてくれるだろう。
「なんか作れんのか? 」
「僕の知ってる料理ならね」
言って後悔した。そう言えばこの世界の料理を僕は何一つ知らない。旅人だから色んな料理を知っていると誤魔化すか?
「それって長命族のか! 」
「おっと思わぬ変化球……ごめんそうじゃない、作るのは僕の創作料理」
そう言うとシジュウは眉をひそめて、小さな声で僕に聞いてきた。
「食っても大丈夫なのか?」
さーて犬が食べちゃダメなのは確かネギと玉ねぎと卵だっけ……。親子丼でも作って与えてみようか。そうしたらしばらくその失礼な口も開かなくなるだろう。
「お口に合うかどうかは分からない。……闇雑炊以上のモノは作ってみせるよ。メニューは……夜の市で安く割引されたもので」
「決まりだな」
僕は買いだしに、シジュウは下水道から残った荷物を持ってくるというので別々の行動になった。
三人で食事をしている中、ノビシロはシジュウに自分が転生者であることと、使命があることを告げる。驚いたシジュウはこれからのコトについてノビシロと話し合う。
お互いのビジョンが明確になったのを見計らうようにして、地下から謎の音が聞こえてくる。この三日一度も聞かなかった何者かの地面を擦るような音に、シジュウは幽霊がいるのだと興奮し、フォーリンは怖がってポケットに隠れた。
地下には一体何がいるのか?幽霊ならばシジュウはどうやって捕まえる気なのか。