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短編集

謳歌する文字

作者: 暮 勇

 今、こうしてパソコンに向かっている間にも、世界は確実に滅びへと向かっている。と思う。

 少なくとも、僕がそう仕向けている。


 発端は3日前、履歴書に頭を抱えながら向き合っている時だった。履歴書内に書かれた訳の分からないお題『世界が滅ぶなら、あなたはどうしますか?』にうんうん唸りながら、それでも就職のために何か捻り出さねばと必死になっていた。

 時間は夜10時。締切まであと2時間といったところだった。一体何を意図したお題なのか。そして何を書けば採用担当者の興味に引っ掛かるのか。全くもって掴み損ねていた。

 そのうち疲弊した頭と睡魔が合わさり、いよいよ1時間を切った瞬間、僕はやけになった。ええいくそ、これでも雇いたいと思うなら思ってみろ!

『世界が滅ぶ前に、僕が世界を滅します』

 まるで悪ふざけの様な文言を書き上げ、そのままの勢いで履歴書を提出した。

 その一言が、全ての始まりだった、と思う。


 気絶するかの様に机に突っ伏していた僕は、メールの着信音で目が覚めた。寝ぼけ眼でスマホを確認すると、昨日履歴書を提出したのとは別の企業から、お祈りメールってやつが届いていた。

 最悪の目覚めだ。これなら本当に、世界滅べばいいのに。

 そんなことを思いながら、昨日書いた履歴書のデータをふと確認しようと思った。頭がぼんやりしてあまり良く覚えてないが、本当に『世界滅します!』なんて書いたのか、自分でも確信が持てなかったからだ。

 データを見た瞬間、僕は仰天した。

 そこには、何も書かれていなかった。

 全くもっての白紙。僕が捻り出した志望動機どころか、1番上に書かれているはずの『履歴書』の文字すらなかった。あるのは線で囲われた空欄のみ。

 まさか、寝ぼけて全部消したのか?送る前に?

 自分のポンコツ具合に、僕は頭を抱えた。

 その時だった。机上に、何かが居ることに気付いたのは。

 正確には開いたノートパソコンの液晶の裏側。

 黒い、線状の何かがくねくね動いている。

 もしかして、蛇?

 そんなバカなと思いながら、恐る恐るノートパソコンの裏側を覗き込んだ。

 そこには“世界”という漢字と“滅ぼす”という文字が、いた。

 いよいよ頭、おかしくなったのか?それとも、目のほうかな?

 僕はいろんな考えが頭を過ぎりながらも、そいつらをじっと見つめていた。

 立体感があり、ちょっと太い艶のある黒色の糸が文字の形をして立っている、といった感じ。しかもそいつらはただ立ってるだけではなく、“滅ぼす”という文字列が“世界”という文字列を叩いてた。いや、“滅”のさんずい部分を“界”の右角にぶつけているので、頭突きをしてる、が正しいのか?

 ともかく、“滅ぼす”のせいで“世界”は小さく縮こまってしまっている。いじめられているのだ、と思う。

 そこまで考えて、僕は顔を平手で叩いた。

 いや、絶対、おかしくなってる。体のどこかは分からないけれども、こんなもの見えるのは、明らかにイカれてる。

 僕はその文字列たちから目を離し、ベッドに向かった。

 寝よう。

 そう思って枕元に視点を落とす。

 そこには“渡”という字が、枕を横断していた。又の部分を足の様に前後に動かしている。

 僕の名前の字だ。

 ここにも、いる。

 僕はやけになって、虫を払う様に手で“渡”を払った。手には糸状の物体が手に絡まり、押し出す感触がしっかりと伝わってきた。モノで例えるなら、有線のイヤホンのコード。

 床に叩き落とされた“渡”は地面でくにゃりとひしゃげたかと思うとまた立ち上がり、フローリング上を動き回っていた。


 その後はって?

 もちろん、寝たさ。

 そして起きたら、やっぱり文字たちが居た。

 “志望動機“が僕の机の上に平積みされた本達の上に登ろうとしてたり、”駅“と”駅”という字の間を“電車”という文字が行き来してたり、“趣味”という文字が“映画”という文字の前で座っていたり。

 全て履歴書に書いた言葉達だった。

 そいつらが画面から飛び出して、部屋中を好き勝手に動き回っている。

 どうやらおかしくなったのは僕の頭ではなく、世界の方らしい。

 僕はベッドの上で、呆然とした。


 それから3日が経ち、今僕は文字を連ねている。

 それまでの間、僕は相談の為に数少ない友人に文字達を見せてみたり、その様を勝手にSNSに上げられて訳の分からない炎上をしたり、それがまた勝手にニュースになってプライバシー皆無に有名になったりした。

 おまけに、重なるお祈りメール。

 いよいよ世界が本気で滅べばいいと、思う様になった。

 こうやって文章作成ソフトに文字を書く端から、文字が画面からするりと出てきては、僕の部屋から溢れて続けている。

 もはや部屋に文字の足の踏み場はなく、開けっぱなしの玄関や窓から文字が飛び出しては、あっちのコンビニで“買う”という字がものを物色したり、こっちの公園では“転ぶ”という字が転がり続けたりしている。

 文字の大きさを変えれば、出てくる文字のサイズを変えることができることも発見した。お陰で今では人間サイズの文字たちが僕のノートパソコンからどんどん世界に飛び出している。

 何ならスマホからだって文字達を生み出すことができる。僕が何かに文字を連ねればいい。紙でも、パソコンでも、スマホでも。

 僕に量産され続ける文字達は好き勝手に世界を謳歌し、文字に追いやられた人類はいずれは滅ぶ。かもしれない。

 あの時やけっぱちで書いた一言が、今では本当になろうとしている。

『世界が滅ぶ前に、僕が世界を滅します』

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