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⑧汝は人狼なりや?

1899年12月28日 朝6時

吹雪は収まり、凍てつく夜が明けた。


マリアは、喪服のような黒いガウンをまとい、潤んだ瞳で、パチパチと爆ぜる暖炉の薪を見つめていた。押し寄せてくる悲哀の海に沈まないように、ブランデーの瓶を頼りに、必死に漂っていた。


フランクは気遣うようにマリアに優しく話しかけた。


フランク「マリア、もうすぐみんなが揃うよ。準備はいいかい。」


マリアは茫然自失の表情のままでうなづいた。緊張した面持ちでニックとクリスが現れた。ふたりとも小さな水晶玉を携えている。クリスはソファに重く沈んでいるマリアとフランクを素早く観察した。


クリス「生き残りはお前さんらか。となると…」


ニック「フレディは?」


フランクはニックの目を見て、ゆっくりと首を振った。


フランク「彼は死んだよ。人狼に殺された。」


一同は沈痛な面持ちで押し黙った。マリアの目から涙が溢れ、悲しくすすり泣く声だけがあった。


ニック「なぜマリアじゃなくて彼が…」


フランク「彼はマリアの盾になった。立派にマリアを護衛して死んだんだ…」


クリス「あの男、最期は酔いから覚めて、正気で旅立ったか。」


マリアは、微かにうなづいた。


フランク「彼は、アヴァロンの盾の名に恥じぬ、立派な最期を遂げたよ。僕が証人だ。」


ニック「フランク、君は何を見たんだ?」


フランクは慎重に話し始めた。


フランク「僕は、昨夜マリアを部屋まで送ってから、自分の部屋に戻った。真夜中に不穏な物音がするたびに気が気じゃなかった。マリアの叫び声が聞こえたら飛び出していくつもりだった。」


マリアは気遣うようにフランクを見ながら、緊迫した表情でブランデーを飲んだ。


フランク「深夜、吹雪がやみかけたころだ。マリアがフレディと叫ぶのが聞こえた。僕は一心不乱に彼女のもとへ駆けつけた。扉を開けて燭台で部屋を照らすと、ベッドの脇に立ち尽くす人狼と、扉の影に隠れて弾丸を一発、人狼に命中させたフレディが対峙していた。僕はフレディに加勢しようとしたが、フレディは僕とマリアをかばって部屋から押し出し、扉を閉めてしまった。その隙に人狼は、フレディの命を奪い、窓を割って逃げたんだ…。」


クリス「マリア、あんたは人狼の格好の標的なのに、今回もかすり傷一つ無く人狼の襲撃を免れたのか。」


クリスはマリアに目を向けた。マリアは見るからに恐怖で震えあがった。


ニック「そういう君は、昨夜どこにいたんだ?クリス」


クリス「は!それを聞く必要があるのか?占い師さんよ。俺は今朝の為に、一晩中、寝ずに月光を水晶に閉じ込めていたんだ。あんたも同じだろう?」


ニック「もちろん。僕と君は似通ったやり方で占いをするようだ。」


クリス「ところで俺は、自分以外の占い師はまったく信用しない主義なんだ。」


ニック「言い忘れていたが、僕もだよ。」


クリスは水晶からニックを覗きながら言った。


クリス「俺はあんたを占うぜ、ニック…出たな、黒だ。」


ニック「僕の占いでは、君が人狼と出たよ。クリス。」


ニックも同じように小さな水晶ごしにクリスを見ながら言った。


フランクはとっさにマリアを守るように引き寄せ、フレディの形見の愛しのローラを懐の中で握りしめた。愛しのローラは、人間にとっては何てことない小さな銃だ。しかし美しい魔除けの彫られた純銀製の銃は、人狼には触れることすらできない神聖なものらしい。フレディの亡骸から人狼によって愛しのローラが奪われることは無かった。

 

二人の占師のうち、どちらかが、モブ爺、ビル、サンドラ、そしてフレディを殺した人狼なのだ。うまく正体を見破れば、男二人がかりでなら、人狼を倒せるかもしれない。


(あと一発だけだ。この最後の弾丸で人狼を仕留めなければ…)


フランクは、純銀製の銃を突き出し、クリスとニックを威嚇しながらマリアを引き寄せた。


フランク「二人とも、近付くな!」

 

クリスはたしなめるように言った。


クリス「フランク、冷静になれ…その銀の銃はフレディの形見か…純銀製の銃は柔らかくて、実戦向きじゃあ無い…察するに、あと一発しか撃てないんだろう。」


ニック「フランク、君の銃の腕前はなかなかのようだが、誰を撃つのが正解か、まちがうなよ。」


フランク「二人とも下がれ!」


クリス「いいかフランク、この状況は、俺たちにとってチャンスなんだ。人狼はニック一匹ということが証明されている。もしもその女が人狼の一味なら、既に君の喉笛を噛み切っているからな…俺たちにそのフレディの銃があれば、人狼に勝てる。落ち着いて考えるんだ…」


ニック「フランク、丸め込まれるなよ。その女が狂人で、人狼クリスの号令を待っている可能性はまだ十分にある。フレディのことも黒魔術で操ったのかもしれない。油断するな。」


フランク「フレディがマリアを護衛したのは彼の良心からだ!」


クリス「黒魔術だと?魔女裁判の話を聞いた時、マリアは魔女じゃないと言ったのはお前だろう、ニック。フランク、人狼の破綻をよく聞いておけよ。」


ニック「話をすり替えるなよ、クリス。俺は、マリアが魔女だと言ってるんじゃない。人狼に加担する狂人かもしれないと言っているんだ。なんたって、マリアの昔の恋人は人狼だっただろう?それを最初に見抜いたのは俺だぜ。」


クリス「この際、マリアが人外かどうかは関係ない。人狼はお前だ、ニック!」


ニック「いいか、フランク、考えてみろ。クリスとマリアがグルだとしたら?フレディが覚醒したら、罠師だろうと狩人だろうと、どちらにしても人狼にとっては目障りだ。クリスがマリアを使ってフレディを操った可能性は充分にある。」


クリス「マリアと俺がグルなもんか。それに、俺は、フレディが銀の銃を隠し持っていることすら、今さっきまで知らなかったんだ。」


ニック「人狼の目線で考えてみろ。もしも、フレディが罠師として覚醒していたら?人狼は、罠師の陣地には入らないものだ。どんな罠が仕掛けられているかわかりゃあしない。罠師の領地には入らないのが勝ち筋だ…」


フランクは銃を構え、全身を緊張させながら、静かにニックの話を聞いていた。


ニック「…だからフレディを襲うために、フレディと部屋を交換させたんだ…マリアとね。クリス、君の標的はマリアじゃなくて、アヴァロンの盾の後継ぎ、フレディだったんだ。」


ニックが話し終わると、部屋の空気が一変した。


クリス「…部屋の交換だと?なんのことだ?」


マリアは青ざめたまま、低い声で、話し始めた。


マリア「…昨夜の晩餐の後、フレディがアタシに話しかけてきたの。今夜、人狼はアタシを狙ってくるから、フレディと部屋を交換しようって。彼はアタシに彼の部屋の鍵を渡してくれたわ。…アタシ、その時のフレディがあんまりにも立派で頼れる様子だったもんで、思わず部屋の鍵を渡してしまったの。その後でフランクが、アタシをフレディの部屋まで送ってくれたわ。そしてフレディはアタシの部屋を使っていたのよ。」


マリアは震えながらも続けた。


マリア「人狼が、アタシの部屋にいるフレディに向かって、フランクの声真似をするのが聞こえたわ。人狼に襲われたからここを開けてくれ…って。だけどフレディは扉を開けずに、扉の影に隠れて人狼を待ち構えていた。人狼が扉を壊す音が聞こえたんで、アタシ、思わずフレディって叫びながら廊下に出たのよ。そうしたらフランクがすぐに駆けつけてくれて…あとは、フランクが話した通りよ。」


フランク「そうだ…その通りだ。」


フランクは威嚇ではなく、決意したように銃を構えなおした。


フランク「君は正しいよ、ニック。確かにフレディとマリアは、部屋を交換していた。そして、フレディとマリアの部屋の交換を知っていたのは、フレディとマリアと僕と、人狼だけだ。」


フランクはマリアを出口の方へ背中で押しやりながら、ニックに向けて銃を構えた。


ニックは、黄金色の目を光らせながら、いつも通りの薄ら笑いを見せた。


ニック「そうだったな、しまった。俺は少しばかり喋り過ぎたようだ。フランク、君は良い小説家になれたことだろう。長生き出来ていたらの話だがな。」


ニックは人狼に変身した。彼こそが、狼憑きの治療を切望するアヴァロンの領主の心につけ込み、フレディを5年間利用した饒舌な人狼だった。


フランクは、ニックに銃の狙いを定めた。しかしフランクが引き金を引く前に、ニックの鋭い爪がフランクの上腕から胸を切り裂いた。ほぼ致命傷でフランクは膝からガックリと倒れてしまったが、純銀製の銃を手から離さずに済んだ。


このままでは三人ともこの人狼に殺されてしまう。クリスはやぶれかぶれでニックを後ろから羽交締めにして、フランクに人狼を撃てと叫んだ。クリスはもう、瀕死のフランクの狙撃の腕前を信頼するしか無かった。クリスは渾身の力で、ニックを取り押さえていたが、凶暴な本性を表したニックに猛烈な勢いで吹っ飛ばされ、あっけなく気絶してしまった。


ニックは、クリスには目もくれず、瀕死の状態でなお、純銀製の銃を構えるフランクを、憎しみを込めて睨んだ。そしてフランクにとどめを刺すために、首を噛み切ろうと飛びかかった。フランクは、意識が遠のきながらもその動きを先読みして、ニックの頭にカウンターパンチをかました。そのまま、手に持っていた愛しのローラをニックの口に入れて、引き金を引いた。


ニックはフランクに重なるように絶命した。


多量の出血で意識朦朧とする中、フランクはマリアの姿を探した。重い扉を体当たりで開き、吹雪の止んだ、朝焼けの眩しい銀世界に向かって駆け出す、マリアの後ろ姿が見えた。フランクは、彼女が魔女と呼ばれることになった由縁…かつて、人狼から彼女を守って、全滅した一座の男たちの話を、思い出していた。

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