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⑤マリアンヌの祈り

1899年12月25日 夜


ビルの言いつけに従い、執事は、モブ爺の死体を館の地下室に置いて鍵を閉めた。そして、客室と広間以外の部屋すべてに厳重に鍵をかけた。


客人達は、人狼への恐怖から、しばらく部屋に閉じこもっていた。しかし、夜が近付くにつれ孤独に耐えられず、誰からともなしに大広間に集まった。そして、疑惑の目つきで周囲を観察しつつも、めいめい夕食を摂り、気を紛らわすために暖炉の周りで談話をしていた。


フランクは、異様な雰囲気を感じながらも、うわべだけは平静を装い、椅子に腰かけた。そして怯えた様子のマリアに、ブランデーをそっと手渡した。マリアは精いっぱいの笑みを浮かべ、すぐに飲み干した。


クリス「ふん、この女は名の知れた魔女だぜ。人狼を怖がるわけぁ、ないだろう。」


紙巻煙草に火を点けながら、クリスが二人に近づいてきた。


フランク「クリス、君は命知らずの冒険家だが、彼女はスコットランドに着いたばかりでこんな恐ろしい事件に巻き込まれたんだ。可哀そうに、こんなに衰弱しているじゃないか。」


クリス「おっと、アンタの目にはそう見えるのかい。まぁ、俺だってフランスの魔女を敵に回すつもりは無いさ。人狼に襲われて新聞沙汰になった魔女が、人狼かどうか占うやつなんていやしない。」


クリスはマリアに素早くウインクした。マリアはまだ青ざめていたが、少し安堵した表情をした。


クリス「なあ、お人好しの小説家さん、それからべっぴんの魔女さん、聞けよ。


ビルは人狼の言葉を囁く狂人と呼ばれているが、他の連中もとんだ食わせ物だぜ。


特に、ビルとニックとショーンのいるジェントルマン・クラブは、表向きはオカルトを観光や研究のネタにして金儲けする暇人の集まりだ。


しかしそれは単なる隠れ蓑だ。実際、あのクラブは奴隷貿易の親玉の巣窟だ。違法行為も人命もなんとも思っちゃいない悪人どもだ。」


クリスは忌々しげに、談笑しているニックとショーンの方を睨んだ。


フランクとマリアは、沈黙したままクリスの話を聞いていた。彼を信用していいものだろうか。クリスが実際に占い師であるという保証もない。もしかしたらクリスこそ人狼かもしれない。


執事「クリス様は大変に疑心暗鬼になっておいでのようです。今夜は早くお部屋に戻って鍵をかけ、静かに休まれることが最善かと存じます。」


クリス「ふん、俺は一晩寝ずに占いの準備に取り掛かる。屋敷に入る時に、護身用の小型拳銃をあんたに預けただろう。あれを返してくれりゃあ、俺も安心なんだがな。」


執事「お館様の言いつけにより、それは出来かねます。」


クリス「俺の本分は占い師だ。あのニックとかいう気障な野郎も占い師だと名乗っていたが・・・人狼は占い師に正体を知られることを恐れるだろう。明日死体になって転がっているのは、俺か奴のどちらかかもしれないんだ。」


執事「お言葉ですが、人狼は女性を嬲り殺すものでございます。また、我こそは占い師と思い込んでいるだけの、占う能力の無い偽占い師が世の中にごまんとおります。占い師だと公言しただけで人狼に襲われる可能性が高くなるとは言えません。どうぞご安心を。」


クリスはどうにか、執事の蔑む様な冷たい目つきに耐え、怒りを抑えて部屋に戻った。


クリスと執事のやり取りを聞いていたフランクは、すっかり不安になった。占いすら当てにならないのなら、どうやって人狼を見破ればいいのだろう。変幻自在の猛獣と対峙させられる今、アヴァロンの盾が、なぜ、スミレの花や星の光のような、無害でありふれたものばかりを、人狼撃退の武器に変えたのか、理解できた。


フランクは窓の外を見上げた。吹雪の夜だというのに、満月の輪郭ははっきりと見える。月光は何重にも重なった雲の層を突き抜けて、不吉な館を照らしていた。


マリアは青ざめ憔悴し、今にもこの館から逃げ出しそうなほどに怯えていた。フランクに何事か言いたそうなそぶりを何度も見せたが、その度、開きかけた唇はすぐに閉ざされた。怯えながらも、何らかの秘密を隠し通そうとしている意思の強さ。それはマリアの生命力に通じるものかもしれない・・・フランクはそう感じた。彼女の秘密が何であろうと、それは見破らないことにしよう。フランクは決意した。


フランクはマリアを落ち着かせるために、右手を胸に当てて、できるだけ静かに心を込めて語り掛けた。


フランク「美しいマリア、僕はあなたの身代わりになって死ぬ覚悟です。どうか今夜は鍵をしっかりとかけて、外で恐ろしい物音がしても決して扉を開けないでください。」


マリア「ああフランク、まるで純愛者のようなことをおっしゃるのね。それならあたしのために、あなたも寝室の鍵をしっかりとかけて、今夜は何が起きてもどんな物音がしても、部屋から出ないと誓ってくださるわね?」


フランクはマリアのためにうなづいた。


マリアは寝室の扉を閉める時にそっと十字を切って、フランクの幸運と無事を祈った。フランクはマリアが自分の部屋に鍵をかけるのを静かに見届けた。


フランクはその足でビルの書斎をたずね、人狼についての文献を調べさせてもらえないかと丁寧に頼んだ。何かの突破口が見つかるかもしれないという一縷の望みだった。しかしビルは、この中に人狼がいると知ってからずっと興奮状態で、人狼の言葉らしき唸り声をあげては何者かに熱心に祈りを捧げていた。どうやっても、フランクの言葉は通じないようだった。


フランクが自分の部屋へ戻る途中、ひどく怯えた様子のサンドラとすれ違った。美形ではあるものの、覇気がなく貧相で魅力がない。しかし彼女も若い女性だ。今夜人狼に狙われる可能性が最も高い人物のひとりなのだ・・・。フランクは内心、哀れに思い、彼女の無事を神に祈った。

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