④二人の占い師
1899年12月25日 朝6時
何か異様なほど厚く、薄ら黒い雲が、太陽の光を隠していた。冷たい雪が、不吉な赤い屋根の館を、凍らせるかのように降り注いでいた。
朝の気配をいっさい感じることのできない客人達は、泥のように眠っていた。長旅の疲れと、昨夜の深酒で、もう目覚めることを望んでいないようにすら見えた。
暗い冬のような仏頂面のサンドラは、それでも客室のひとつひとつを丁寧にノックしては、いいつけられた通りに、朝食を配っていた。
次はモブ爺の部屋だ。この客人はいつも泥酔しているので、ノックに返事がなくても扉を開けて、朝食を置いていくように言いつけられている。サンドラは、酒と吐しゃ物の気配を感じながら扉を開けた。しかし、その朝は様子が違っていた。
目に飛び込んできたものは、胸を引き裂かれて首を噛み切られた彼の死体だった。老体から流れ出た鮮血が、死を明白に告げていた。
サンドラはモブ爺の変わり果てた姿を見て、青ざめ金切り声を上げた。悲鳴を聞いて駆け付けた執事はサンドラに、ビルを呼んでくるように伝えた。
モブ爺の死体を確認したビルは、これが人狼の殺し方であることに気が付いた。そして、まだ泥のように眠っていたニックとフレディ、マリアに協力を求めて、モブ爺の死体を三人に見せた。
三人とも、これは人狼のやり口だと証言した。
ニック「まず5本の爪で心臓を引き裂いてから、念入りに頸動脈と声帯を牙で噛み切る。自分の正体がばれないように、人狼は二回人を殺すのさ。これは人狼のやり方だよ。」
フレディ「人狼は、まず残虐なやり口で家畜を殺して、恐怖を与えるんだァ・・・そして混乱に乗じて人間社会に溶け込む。その後だァ・・・女を殺すのは。今回の最初の犠牲者は酔っ払いの爺さんだったわけだァ。」
マリア「・・・まちがいないわ。これは、人狼の爪痕・・・アタシが知っている限りでも、人狼が突然パリのど真ん中に現れたなんて話は聞かないわ・・・人里離れた山奥に住む人間や、家畜が犠牲になってから、次の犠牲者が現れるのよ。」
サンドラは、恐ろしさで土気色になり、小刻みに震えていた。朝起きて何か不穏な気配を感じ取ったクリス、ショーン、フランクもモブ爺の部屋に集まり、執事から一通りの説明を聞いた。
執事「今日は12月25日でございます。この吹雪は26日の深夜まで続きます。明後日27日の朝、乗合馬車が皆様を迎えに来る手配でございます。どうか、それまではお待ちください。この激しい吹雪の中、この館を出て20キロ先の村まで歩いて行かれるのは、それこそ自殺行為でございます。」
ビル「おお、なんと、なんと、素晴らしい・・・やはり、儂が招待したこの中に、本物の人狼がいるということだ。人間を完璧に欺いて、命を奪うことの出来る、神のような存在が、この中に実在するのだ。」
若く猛々しい冒険家クリスは、ビルに掴みかからんばかりに食って掛かった。
クリス「ビル、あんた、最初っから、面白半分に俺達を人狼の餌にするつもりでここに呼んだんだろう。あんたが人狼に味方する狂人だってこたぁ前から知っていたが、冗談じゃあない、俺は命が惜しいぜ。金にもならないのに狼の群れに投げ込まれちまった。」
フレディ「ククク・・・アンタ、自分は人狼じゃあないって言いたそうだなァ・・・一ついいことを教えてやるよ。もし人狼が群れで動いていたら、間違いなくモブ爺の死体は原型もとどめていない。俺が見た限りじゃァ、人狼の爪痕も牙の形も一種類だァ・・・」
ニック「つまり、この中に紛れ込んでいる人狼は一匹と見ていい。それが誰なのかは分からんがね。」
フランク「・・・どうやっても?人間と人狼を区別することは、僕たちにはできないのか?」
ショーン「少なくとも、現代の科学では、一般人が閉鎖された空間で人狼か人間かを区別する方法は見つかっていないね。」
重苦しい空気が流れた。人間を騙して殺す方が、この館のどこかに潜んでいる。しかし、人狼の正体を見破ることが、誰にできようか。全員が疑心暗鬼、恐怖と諦めの表情を浮かべていた。
やがてクリスが決意した顔で言葉を発した。
クリス「俺の本職は占い師だ。アラスカの金脈だって占いで見つけ出したんだ。この中に潜んでいる人狼なんぞ、暴き出してみせるぞ、この水晶でな。」
クリスは、内ポケットから小さな水晶を出して見せた。
ニック「やれやれ、ずいぶん古典的手法だな。水晶に一晩、月光を閉じ込めてから朝焼けの光にかざす。すると、水晶越しに見る人間が人狼であれば、水晶が一瞬だけ黒く濁る。そのやり方じゃあ、毎朝一人ずつしか占えない。」
ニックはそう言うと、クリスが持っているのとよく似た水晶を内ポケットから取り出した。
ニック「認めたくはないが、この状況ではこの方法でいくしかない。僕は占いは専門じゃあないが、人狼を探し出すためにできる限りのことはしよう。」
クリス「俺は今夜は一晩中、部屋にこもって月光を水晶に閉じ込める。明日の朝人狼を見つけ出すことができなけりゃあ、俺は人狼に殺されるんだろうぜ。」
ショーン「ふん、君が、明日の朝まで生きながらえるという保証が、どこにあるんだね?」
フレディ「ククク・・・これだけ文明が発達しても、いまだに中世のジプシーのまじない師と同じやり方しかないとはなァ・・・」