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③フレディの悪夢

1899年12月24日 午後9時

フレディは、三日月のような細長い顔と、蛇のような切れ長の目を持つ青年だ。冷血な表情の裏に、何者かへの恐怖を隠している。どこか手負いの狼のような、血の匂いがした。


フレディ「俺の哀れな一族の話を始めるかァ・・・俺は、ここから遥か彼方、城塞都市アヴァロンの領主の庭師と、ジプシー女の間に産まれたァ・・・」


それを聞くと小説家フランクの目が輝いた。


フランク「なに!それならば、君が、あの・・・、聖地アヴァロンの盾と呼ばれた、庭師の末裔か。


君の一族の、人狼退治への貢献はすばらしい。一介の庭師でありながら、領民を守るために、屋敷の開放を領主に進言した。また、庭園に置く石像や噴水に仕掛ける人狼撃退用の罠を、石工ギルドの職人連中と、幾通りも開発して、百年にわたり、人狼による犠牲者を出さなかった。


ジプシーの占星術すら、西洋の伝統技術に組み込んで、女神の噴水に降り注ぐ星の光は、人狼を穿つ矢に変え、咲き誇る薔薇の下には、毒蛇を潜ませた。


人狼でない限りは、どんなならず者だろうと、百年安寧の城塞都市、血で汚れることのない麗しの聖地アヴァロンの、通行許可を得るためには、人間らしくなると言う。」


ショーン「ふん、噂は私も聞いている。聖水で育てたすみれの花が、人狼の五感を撹乱することを発見したのが、君のお父君だったな。ご立派なことだ。まったく、それで金儲けをする前に、あっという間にどこもかしこも、すみれの花だらけになったもんで、僕ぁ、嫌気がさしたんだがねぇ!いやというほど入念に手入れされた、美しいアヴァロンの花咲き誇る庭園は、人狼の目で見れば、おぞましい拷問部屋、腐臭のする墓地ということだ。」


ビル「ふん、しかしフレディ、あんたの両親は、幼いあんたの目の前で人狼に殺されたと聞いておるぞ。わしが聞きたいのはその話じゃ。」


クリス「たかが城塞都市の庭師の分際で、聖地アヴァロンの盾とまで呼ばれた男が、ついに人狼に殺された上に、その世継ぎが狼憑きだと?世も末だな・・・」


ニック「フレディ、君の父親の本職は庭師じゃない。庭園に人狼撃退の罠を仕掛ける罠師だ。そして君の母親の本職は、女達を人狼から護衛する狩人だ。

そんな両親を持つ君が、なぜ、狼の呪いで狼憑きになってしまったのか、話してやれよ。」


マリアはフレディのために悲しみ、そっとフレディのために祈った。


フレディ「俺が、7歳の時だった。親父とおふくろが死んだのは・・・」


フレディは震えて取り乱しながらも、なんとか皆に伝わるように、7歳の時の悲惨な経験を話した。それはだいたい次のような話だった・・・


春風が優しい香りを運ぶ五月のこと。正直で哀れな羊飼いが、アヴァロンの館に、尋常でない様子で飛び込んできた。


朝起きたら、羊が数頭殺されていた。生き残ったものもいるが、片目だけつぶされたり、片足だけ食われたり、まるで嬲ることを楽しむためだけに痛めつけられたようだ。これは狼ではない、人狼の仕業ではないかと。


知らせを受けたアヴァロンの領主は、すぐに領地内の女という女をすべて館の中にかくまった。人狼は女を狙って嬲り殺すからだ。人狼が男を殺す時は、女を嬲り殺す時にどうしても男が邪魔になった時だ。女が生存している村で男が人狼に襲われることは、大変にまれであった。


アヴァロンの館の立派な舞踏場は、人狼から領地内の女達をかくまう施設にもなる。巨大な純銀製のシャンデリアや、黒曜石の床に彫られた特殊な模様や、美しいステンドグラスは、すべて魔除けの役目をしていた。


フレディの母が演奏する狩人のフルートは、舞踏場に避難した女達の不安と緊張を和らげた。館の外ではフレディの父や、領主率いる自警団の男達が警備をしている。彼らはフルートの音色で、女達の様子を知ることができた。


本来このような緊急時には、女しか入ることの出来ない舞踏場だが、まだ7歳のフレディは、特別に舞踏場に避難できた。


百年間、人狼の犠牲者を出していない聖地アヴァロンであるが、この十年ほどは、人狼に襲撃されることも無かった。そしてその十年間、フレディの父も母も、念入りに武器を磨き、作戦を練り、人狼の襲撃に備えてきた。


極度の不安と緊張で一睡もできず、女達は疲弊していたが、もうすぐ、夜明けが訪れる・・・。月光を朝日が隠して、人狼の力は消し去られる・・・そう思い始めていた時だった。


領主に化けた人狼が、正面から堂々と舞踏場の扉を開け、実に説得力のある見事な語り口で、フレディの父の死を告げた。女達は領主に化けた人狼の言うことをすっかり信じ切ってしまい、大半の女は泣き崩れて半狂乱になり始めた。


しかし、フレディの母は、希望を捨てなかった。特別仕立の結婚指輪を、ホイッスルのように高らかに吹き鳴らし、外にいる男達に緊急事態を知らせた。

そのなんとも耳障りな音!

半狂乱の女達ですら、そのうるささで、一時は我に返り、落ち着いた分別のある行動の価値を思い出した。そしてまたその目覚まし音は、混乱状態のダンスホール内で、狩人ここにありと人狼へ突きつけた挑戦状だった。


狩人の指輪の音を聞いた人狼は、すでにその不快感で逆上し、人外の容貌を露呈しつつあった。


…通常の人狼であれば、この魔除だらけの舞踏場に、変身した状態で入ってくることは不可能だ…しかも、この笛の音を聞いて逃げ出さなかった…これは、人狼の王、大狼だ…


フレディの母は、エンフィールド銃を構え、じりじりと大狼を大きな純銀製のシャンデリアの下におびき寄せた。そして一か八か、シャンデリアを吊るしている金具に、見事に2発の銃弾を命中させた。


いくら大狼と言えど、あの高さからあの重量の銀が落ちてきたら、即死するだろう。しかしシャンデリアは大変に頑丈な金具で吊るされていて、わずかに傾いただけだった。


一か八かの賭けに負けた女狩人は、人狼を即死させることではなく、フレディと女達をここから逃がすことに目的を変えた。


そして、ユラユラと頼りなく揺れるシャンデリアの下で、逆上して本来の姿をあらわしつつある人狼の、利き足の方に、冷静に銃弾を撃ち込んだ。


「フレディ、さぁ、女達を連れて逃げなさい!・・・女達よ、命を守って!自分の足で逃げ切るのよ!」


領主だと思っていたものが、目の前で人狼に変身していく異常事態を見た女達は、いよいよ半狂乱になり、失神し始めた。誰も、逃げ出すことも戦うことも、フレディの母の声を聞いて理解することすらも出来なかった。


そんな時、外から、斧でステンドグラスを叩き割り、割れたガラスの破片で血まみれになりながら、純銀製の巨大なシャンデリアに飛び乗った男がいた…


…その、人狼よりもはるかに恐ろしい顔を、フレディはずっと忘れられない。鬼のような形相をしたフレディの父、聖地アヴァロンの盾と呼ばれた男だった。


シャンデリアに飛び乗った彼は、さらに斧で、シャンデリアを止めている頑丈な金具を叩き壊そうとしていた。


舞踏場にいた全員が呆気に取られていた。ただひとり女狩人だけが、さっきよりもずっと冷静に、落ち着き払って人狼に近寄り、狙いを定めると、次の一弾を人狼の心臓近くにお見舞いした。


逆上した人狼が鋭い爪の一撃で彼女を殺した次の瞬間、フレディの父が純銀製のシャンデリアもろとも人狼の上に落ち、とどめを刺した。


そのほんの数秒後、幼いフレディが父と母の死を理解する前に、本物の領主が自警団を率いて舞踏場に入って来た。


領主は、黒曜石の床に落ちた純銀製のシャンデリアと、その下で死んでいる自分の服を着た人狼、その側で斧を握りしめたまま息絶えた庭師の必死の形相と、エンフィールド銃を構えた格好で、一撃で頭蓋骨を粉砕された狩人の夫婦のなきがらを見て、状況を理解した。


その後、アヴァロンの領主や領民は、こぞってフレディの父と母を丁重に弔い、フレディには父のような庭師、アヴァロンの盾の後継者となることが期待された。


しかしフレディは、父と母が人狼と戦って死ぬ場面を見てしまった心理的要因からか、先祖代々人狼退治をしてきたため人狼に呪われたのか、狼憑き(ライカンスロピー)という珍しい病気を発症してしまう。フレディは、自分が狼に変身して父親に殺されてしまうという幻覚に取りつかれ、毎晩その悪夢を見るのだ。


アヴァロンの領主はフレディが成人するまで、番犬の世話というかたちばかりの仕事をさせながら、あちこちの医者に診させて手厚く面倒を見ていたが、一向に良くならなかった。ついに領主は、スイスの保養地にフレディを一緒に連れて行った。


スイスの保養地でも、領主はフレディに簡単な仕事ばかりをさせて、実際のところフレディ自身を休養させていた。


そんな時に領主は、狼憑きの治療法を研究しているという心霊研究家のニックと知り合いになる。ニックをすっかり信頼した領主は、狼憑きの治療法の研究助手としてフレディをニックに預けるから、治療法がわかればフレディを1番に治してくれと頼み、研究費用の援助まで申し出た。


そうして、ニックは、ジェントルマン・クラブで人狼に傾倒していると評判のビルのところへ、フレディを連れて来たのだった。


話を聞き終わったクリスは、開口一番にこう言った。


クリス「結局、フレディが狼憑きになって、一番得をしたのはあんただな、ニック!聖地から金蔓を引っこ抜いてくるなんて羨ましいよ!」


ニック「治療方法の研究には金と時間がかかる。もう5年間、なんの成果もないが、それでも、聖地の領主様は毎年、多額の寄付をしてくださっていてねえ。」


その後は、アラスカの金採掘者であるクリスが、いかに金の工面で苦労をしてきたか、金を工面するためにどんなことをしてきたかという、嘘のような冒険譚で盛り上がり、夜が更けていった。

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