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― 斑馬 ―

 一面の、白銀世界。

 吐息も白く、指先もかじかむ高地に、その一画はあった。

「あれ、見てみろよ。伯」

「、、、、、」

 早朝、屋敷を訪れた燕倪に遠駆けに誘われ、そのまま郊外にある備堂家の荘園に、連れて来られた。

 広大なその原は、燕倪の身の丈はある柵で囲まれており、その指先が指し示す先には、

「馬、、、ただの、馬の群れ、、、」

「そ、そうじゃないだろっ」

 伯が呟いた通り、馬の群れが奔り、白銀の野の下にある若草を食んでいた。

 連銭葦毛の肥馬、千草が、先程から落ち着き無く、低く鳴いていた。

「まったく、お前ってやつは」

「、、、、、」

「ああ、待ってろよ、千草。今、中に入れてやるからな」

 ひらりと背から降りると、手綱を鞍に掛け、燕倪は、柵への閂を外す。

 千草が、駆け出した。

 白銀の雪を跳ね上げ、群れへ。

「ん、、、」

 浮葉に乗る伯もまた、同じように放してやった。

 束の間の自由に戸惑いながら、浮葉も、初めて出会う仲間の元へ。

「ここはな、野生馬を捕まえて、馴らしているんだ」

「ふぅん、、、」

 伯は、傍らの燕倪を見た。

 その、どこか白い眼差しに、

「うっ、、、なんだよ。ひどい事しやがってって、そんな眼で見るな」

「、、、、、」

 燕倪が、眉を寄せる。

 遠く遠く、馬の群れを眺めながら、

「人は、なんでも飼い馴らすのが、好きなようだ、、、」

 伯の、意味深な呟き。

「あのなぁ、伯。優秀な駿馬は、そりゃあ、召し上げられるんだが、どうしても馴れないやつは、もちろん、自然に戻しているさ」

 大して興味も無いのか、馬に背を向け、柵に凭れる。

 見上げた空は、厚い雲に覆われ、夕暮れを待たずに、今にも降りだしそうだった。

 もそもそと、懐の辺りが動き出した。

「出てもいいぞ、蟲姫。他に、誰もいない、、、」

≪ あい ≫

 取りだした、しゃれこうべ。

 その眼窩が赤光を灯せば、媒体を得た蟲姫が、ふわりと雪の上に舞い降りた。

「本当に、たくさんのお馬さん。可愛いっ」

 柵に身を寄せ、はしゃぐ、蟲姫。

「お。蟲姫は、興味を持ってくれたみたいだなぁ」

 俄かに、うれしそうな、燕倪。

 一方、伯は、あくびをひとつ。

 長くなりそうだと、どこか横になれそうなところを探そうとして、

「燕倪様。あのお馬さん、脚が痛そうですわ」

 蟲姫が、指を指す。

 確かに、その馬は、後ろ脚を引きずっていた。

「他にも、何頭か、、、」

「よく気づいた、蟲姫」

 燕倪は、彼方にある大きな厩舎を、指さした。

「狼に襲われて怪我をしたものや、戦で負傷したものも、面倒を見ているのさ。ま、あれだ。父上が午年で、その方針だ」

「馬、、、」

 ぽつりと呟いた、伯。

「ちなみに俺も、午だ」

「午、、、ふ」

 薄く笑った、伯。

 ずいぶんと賑やかな午だと、言いたげだ。

「笑うなよ。そんな事いったら、お前は、、、えっと、確か、あいつが連れて来た年の干支は、、、」

「それはもちろん、辰ではないですの?」

 蟲姫が、どこかうっとりと問えば、燕倪が、にやりとする。

「、、、いや。兎だ」

「うさ、、、ぎ、、、」

 多少はショックだったのか、剣眉を寄せた、伯。

「あ、、、れは、勝手に、俺を陸に引き上げたのだから、俺の場合、それは関係無い、、、」

「でも、主様、うさぎは、とっても愛くるしいですわ」

 伯の腕に身を寄せ、懐く、蟲姫。

 目障りな野狐の姿も無く、終始愉しそうだ。

「、、、、、」

 蟲姫の過去に触れた伯にしては、そんな姿を見るのもまんざらではないのか、特に反論もしなかった。

「ちなみに蟲姫は、何だ?」

「わたくしは、【寅】ですの」

 にこりと笑って、さらりとそんな事を言う。

 蟲姫が、時に豹変するのを知っている伯にしたら、

 ― 猛虎、、、 ―

 納得するところもあったようだった。

 一行の元に、数頭の馬の蹄の音が、近づいてきた。

「まあ」

「お、きたきた」

 連銭葦毛に続いて、一頭、小柄な馬が駆けてくる。

 まだ、どこかあどけない、その姿。

「仔馬ですのね?」

「そうだ。千草の子だ。去年の冬に、産まれたんだぞ。一歳になる」

 千草の傍らで、落ち着きなげに、首を振っている。

 父馬に逢って、嬉しいのだろう。

 もっと駆けようとばかりに、腹の辺りを突いたりしている。

「、、、、、」

 伯は、黒き双眸で、じっとその仔馬を見つめていた。

 鼻先から、爪先、尾に至るまで。

「燕倪様、まさか、この馬は、、、」

 何かに気づいた、蟲姫。

 燕倪は、ご満悦な様子で、大きく何度も頷いている。

 そうでなければ、わざわざ連れて来た甲斐が無い、とでも言いたげなその傍らで、

「、、、変な馬」

 伯の一言が、全てをぶち壊してくれるのだった。




「斑馬ではないですの?!」

 蟲姫が、黒白模様に色分けされた馬体を眺め、興奮した様子で声を上げた。

「昔、絵巻で読んだことがありますわ。もう、絶えてしまったと、、、」

「うんうん。その通りだ」

「燕倪様の千草、連銭葦毛も珍しいのに、斑馬もなんて、、、」

 伯が、ぼんやりと千草を眺めた。

 ― 珍しかったのか、、、 ―

 伯にしてみれば、せっかくの葦毛を台無しにする奇天烈な毛並みに他ならない。

 仔馬に至っては、斑馬と知ったところで、同じく奇天烈な毛並みに違いは無いのだが、二人の会話に水を差すのも気が引けて、黙って聞いていることにした。

「偶然に出たとは思うが、神馬と呼ばれた斑馬だ。父上は、帝に贈ると言いだしたが、俺が知る限り、鳳祥院は、馬が苦手でな」

「まあ、お馬さんが苦手な殿方が、おられるのですか?馬術は男の嗜みと、わたくしのかつての恋人も申しておりましたけれど、、、」

「なんというのか、あれだ。鳳祥院は、花鳥風月をこよなく愛する男だからな。まだ、自由にさせてもらっていた仙洞暮らしの頃、気晴らしに皆で遠駆けに行ったもんだが、あいつ、馬術はからっきしで、清親の馬に、一緒に乗せてもらっていたからな」

 千草にじゃれるように、飛んだり跳ねたりする様を眺めながら、

「目も綺麗なんだよ。光が差し込んで、青にも翠にも視える。大陸じゃ、孔雀藍って言うそうだ」

 燕倪の、熱い溜息だ。

 ふと、蟲姫が、その横顔を覗き込んだ。

「燕倪様のお目も、珍しいですわ」

「あ、、、ああ。これ、か」

 一瞬、翳を帯びて、見開かれた眸。

 引きつった口元は、

「青鈍だ、、、」

 すぐに、苦笑に変わった。

 そのまま、苦い思い出が、脳裏を過っていった。

 蟲姫は、血の色よりも赤い眸で、

「とても素敵、、、」

「‼」

 うっとりと、熱い眼差し。

 面食らった燕倪の傍らで、伯もまた、

「、、、俺も、あんたの眼、綺麗だと思う」

「‼‼」

 肯定した。

「初めて会った時から、ずっと、綺麗だと思っていた、、、」

 今まで、当たり前すぎて、口にこそしなかった言葉であった。

 驚いたように、傍らの伯を振り返った、燕倪。

「を、、、おいおい。ふ、二人とも、おっさんに向かって綺麗はないだろ、、、」

 心なしその声は、寒空の下で、震えているようだった。

 伯は、白い吐息を吐き出した。

 掻き消えんとして漂う、その揺らめきを見つめながら、

「月の光を吸って、星の明かりを宿して、陽射しを受けて、あんたは気づいちゃいないだろうが、業丸を抜いた時が、何故か、一番鮮やかに染まるんだよ、、、」

 何故、自分はこんなことを言っているのだろう?

 ……

 ―――、嗚呼、きっと、先日、あの男の前で、決めたからだ。

 進むべき、これからを。

「馬鹿だな。これは、禍色、凶色と呼ばれる色だ。そんな、綺麗だなんて口にしたら、皆に笑われるぞ」

 面食らった燕倪が、眉を寄せる中、伯は、まっすぐに、その眸を見つめ返した。

「そいつらは、知らないからだ。俺は、そいつらよりも、あんたを知っている。あんたの背中を、ずっと見てきたんだ」

「、、、、、」

「人の世の倣いなんぞ、俺にはよく分からん。ただ純粋に、俺は綺麗だと言っている」

「お、う、、、ぐ」

 とっさのことに狼狽え、照れる燕倪を見つめながら、

「そうですわ。今の世の、それも帝都で凶色とされているだけでしょう?わたくしの生きてきた時代には、そのような色、そもそもありませんでしたわ」

 蟲姫が伯の背中から、顏を覗かせた。

「お、まえら、、、」

 燕倪が、目元を押さえ、柵に置いた腕に顏を押し付けた。

 今度は、微かに肩が震えている。

 伯の手が、蓉亜にするように、燕倪の頭へ。

 固い髪を、伯にされるがまま、くしゃくしゃと撫でられながら、

「泣いているのか、燕倪?」

「うるせぇーっ」

 そう強がってみたところで、

「ソウが、昔、あんたの眼は、星の色だと言っていたぞ、、、」

「―――ッ」

 燕倪は、しばらくの間、顏を上げられずにいたのだった。




 千草と浮葉が、雪を蹴り上げながら、なだらかな山道を下っている。

 白き木々の彼方に、遠く、帝都が見える。

「春になったら、あの仔馬を、蓉亜に贈るつもりだ」

「、、、、、」

 やや腫れぼったい目の、燕倪。

 時折、鼻を啜っている。

「あいつも、一人前の武官を目指すってんなら、自分の馬は必要だ。馬術も教えないとな」

 伯は、傍らで馬を並べる燕倪を見つめた。

 視線に気づいた、燕倪。

「な、なんだよ」

 先程の事が、尾を引いているようで、視線が、よそよそしい。

 伯は、前方を見つめた。

 人気は、無い。

 時折、雪が枝から落ちる音が、聞こえてくる。

 どこか遠くに川があるのか、水の音も混ざったようだ。

 白い野兎が、斜面の雪溜まりの中で、こちらを窺っている。

 帝都の喧噪とは程遠い、静かな世界であった。

「、、、俺には、何もくれなかった」

 ぽつりとつぶやいて、蓉亜がやるように、頬を膨らませてみせた。

「あ?」

 ぽかんとした、燕倪。

 伯をよく知る燕倪にしてみたら、伯が、こんな問いを、そんな仕草でするとは思えなかった。

「、、、俺には、何も」

 追いうちをかけられて、

「、、、、、」

 燕倪は、腕を組んだ。

 ― うーむ。こいつの場合、手の掛からない我が子と言うのか、弟と言うのか、、、どちらも、実際に俺にはいないから、よく分からないが、こんな時、父として、いや、兄として、友?として、どうするべきか、、、 ―

 濃い眉を寄せる、燕倪。

 伯は、白い吐息を吐く。

「、、、冗談だ」

 浮葉に揺られながら、伯は、ばさらの黒髪を背に払った。

 出掛けに、蓉亜に巻かれた白貂の襟巻が意外に小さくて、今更ながら、翡翠輪を付けている首を締め付ける。

 さすがに弛めていると、

「伯」

 燕倪に呼ばれた。

 膝を叩きながら、

「こっち、来いよ」

 などと、言う。

「、、、、、」

 露骨に嫌な顏をした、伯。

「いいから、来いって」

「いい」

「照れるなよ、ほら」

「う」

 その腕を、強引に引っ張る。

「、、、、、」

 そうして、かつて悪戯した時のように、千草の背に乗ることになってしまった。

「本当に昔は、よく、こうして千草に乗ったよな」

「、、、、、」

 腹の辺りから、菫色の眸でもって見上げてきた童は、もういない。

 今は、すぐ鼻先に、広く、立派な背中がある。

 感慨深げに、その背中を見つめ、

「大きくなったな、伯、、、」

「、、、、、」

 そんな言葉が、口をついて出た。

 いつか、同じ言葉を、自分の子供に言う日が来るだろう。

 いつか、この背中を ―――、見送る時が。

「、、、、、」

 燕倪の眼差しを、背中に感じながら、伯は、前方を見つめていた。

 先程まで、燕倪とおしゃべりに興じていた蟲姫は、空気を読んでいるのか、はたまた疲れたのか、しゃれこうべの中から出てこない。

 手綱を握る、燕倪の腕が見える。

 いつかと何も変わらない、逞しい腕であった。

 これから先も、何も変わらないだろう。

「、、、、、」

 言葉はいらず、ただ、重なる時間だけが饒舌で、降り出した粉雪が舞う中、

「ふ、、、」

 燕倪は、一人、微笑んだ。

 望めば、見せてもくれる、水の氣質。

 果たしてそれは、どちらが、望んだ姿だろう?

「、、、、、」

 燕倪の胸に背を預け、無言で目を閉じた無防備な伯は、確かに、水干を纏ったかつての童の姿をしていた、、、


去年、伊勢参りに行き、すぐに書き下ろしたものが、こちらでございます^^;

一年、寝かしたところで特に肉付けも無く~の投稿となります。。。

ゆるゆるだけど、ま、こっちは脱力編なので、ご容赦ご容赦。。。


生きているうちに実際に、見てみたいなぁ、斑馬。。。


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