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― 冥淵君 ―

 その日、空はどんよりとして、小雨がぱらついていた。

 湖面を穿つ、雨粒の音にも飽きて、

「、、、、、」

 蓉亜は一人、草履に足を突っ込んだ。

 山野草が植えられた、大池の脇に在る、木立ち。

 その小路に入って、

「、、、、、」

 蓉亜は、赤々と染まった楓の木々を見上げた。

 日に何度も、こうして見上げた事だろう?

 梢には、銅鐸や鈴、目にも美しい羽根らが結ばれ、風に揺れては、聞き手不在の演奏を続けている。

 小路を抜ければ、玉砂利が敷き詰められた門前だ。

 やや小走りで、潜り抜けた。

 帝都の大動脈とも言える、大通りの一つ。

 行き交う人馬によって、一層ぬかるんだ大地に足を取られまい気をつけながら、先の辻へ。

 菰を掛けた荷車が行くのを伺って、

「伯、、、」

 ここ数日の間、姿を見せない【その名】を呟いた。

 琲瑠や汪果に尋ねても、曖昧に誤魔化され、蒼奘に至っては、『寂しいのかい?』と面白がって、からかう始末。

 蓉亜の強気な一面をよく知っているようで、はぐらかされた。

 剣術の稽古に出向いた先では、『あいつなら、心配無いよ』と、燕倪の太鼓判とともに、『蓉亜、あなたのお兄さまだもの』と、羽琶の一声。

 かくなるうえは、勝間の地仙である檎葉の元へ、と帝都は南西、黒王門まで独りで出向いてみたものの、彼方に遠く、霞に煙るその山を目の前にすれば、とぼとぼと引き返す他無くて…

 ガラガラと、賑やかな音を立てて行きかう、牛車や荷車。

 人々の活気を掻き分けて、蓉亜は、青錆が噴いた扉の前に立っていた。

 ― きっと、狐の神様なら、、、 ―

 思い切って、門を、叩いた。

「、、、、、」

 首を傾げて、もう一度、力の限り叩いてみた。

「?」

 いつもなら、すぐに門が開いて見知った顏が現れるのだが、今日は待てど暮らせど、いっこうに現れない。

 開く気配すら、無い。

 ― おかしいなぁ、、、なんで、誰もいないんだろ、、、 ―

 思い返してみれば、一人で訪れた事は無く、伯や蒼奘に、ついてきた程度だ。

 蓉亜は思い切って、扉を押した。

 ― これで開かなければ、また明日来るも、、、ん? ―

 さすがに、子供の力では無理かと思い気や、蓉亜はその両手に、手応えを感じた。

 それでも、渾身の力を入れなくては、開いてはくれず、

「ぐぐぅううう――ッ、、、ん、わっ!?」

 顏を赤くして押し開こうとした、一瞬の出来事だった。

 急に、手応えが消え、蓉亜は、前のめりに転がった。

「んんー、、、イタ、、、ぃ」

 額を、強か打った。

 その鼻先に、むせかえるような草木の香り。

 おでこを押さえながら、辺りを見回せば、

「う、わぁ、、、」

 大地は、青々とした草木や、いろとりどりの花々が雪を割って埋め尽くし、空からは、どこからともなく青紫の羽が、無数に舞い降りてくるのだった。

 ひとひらの羽が、蓉亜の鼻先に舞い寄って、

 ピショ…ン…

 水滴が滴る音を残して、霧散。

 続いて、鼻孔を擽る得も言われぬ良い香りに、とろりと眸が潤んで、

 ギ…ギギ…キキィイイ…

「あっ、、、」

 振り向いたところで、既に扉の姿は、無い。

 ただ、【閉まった音】だけは、耳に余韻として残っていた。

「こ、、、こんにちはぁッ」

 弾かれたように、大きく声を上げた。

 帝都の往来の喧噪は消え、蓉亜の知らない大地が、広がっている。

 見渡す限りの平野は、いろとりどりの花々で埋め尽くされんとして、いつか見た屋敷も四阿屋の姿も無く、ただ、大河がうねって流れているだけだった。

 空には、白い二つの月が輝き、赤い縞の巨星に、薄紅色の星雲が掛かって見えた。

 ― どう、しよう、、、 ―

 見知らぬ土地、見知らぬ空。

 とたんに心細くなって、蓉亜は拳を握りしめていた。

 強い孤独感に、今にも泣きだしてしまいたい ―――、まさに、そんな気持ちだったのかもしれない。

 それでも、

「こんにちはッ」

 その気持ちに負けないように、大きな声を、出した。

 しばしあって、

「?!」

 何かが聞こえた気がして、蓉亜は辺りを見回した。

 耳を澄まして、

「、、、う~」

 その正体に、堪らず呻いた。

 大気を渡って来たものは、自身の【こだま】であった。

 肩を落としつつも、それでも歩みを止めない、蓉亜。

 不安に駆られながらも、気持ちは、進まずにはいられない。

 延々と続く、花野原はなのはら

 いつまでたっても近づいてこない、薄靄に青白く煙る、山脈。

 陽射しに煌めく、大河。

 降り積もる事無く、幻のように掻き消える、青い羽、《霊紫》。

 さわさわと草木が揺れれば、

「青、い、、、」

 大地のどれもが、【青】へ、ゆっくりと染まってゆく ―――、やがて、蓉亜自身も。

 不思議と怖くなかったのは、

 ― 僕も伯みたいに、青い髪の色になるかも、、、 ―

 そう思えたから、なのかもしれない。

 そんな事を考えながら、空を見上げた時であった。

 不意に、風が巻いた。

 青い世界に差し込む、冴えた輝き。

 耳朶を擽った、白銀の風。

 視界の端を横切った【人影】を追って、

「まっ、、、」

 蓉亜は、反射的に振り向いた。

「まっ、、、待って!!」

 その【人影】は、陽炎のように揺らめきながら、遠ざかろうとしていた。

 蓉亜の声など、まるで届いていないように。

「待ってよ!!」

 大地を蹴って ―――、駆け出していた。

 陽炎のように曖昧で、今にも掻き消えてしまいそうな、【白い人影】。

 水干の袖を払って、走る。

「はっ、、、ぁっ、、、はぁッ、、、はぁッ」

 走って ―――、走って―――。

 腕を、いっぱいに伸ばして、

「待ってよッ!!父上―――ッ!!」

 蓉亜は、陽炎を纏った、その【人】の袖を ―――、掴む。

 

 

 

 ― 、、、、、 ―

 多面体を前に、伯は、ぎりりと歯を鳴らす。

 ― 砕いても、砕いても、湧いてでる。花王の強大さが窺える、、、   ―

 膨れ上がらんばかりに成長してゆく、青き結晶。

 その、眩く輝く結晶を見上げつつ、

 ― いつまでもつか。【我が身】が、いよいよ手狭になれば、この身を抉って、吸着するか、【名乗り】を挙げるか、、、 ―

 思案の最中だ。

 時折、均衡を保つように、手にした氷鉄でもって、突出した箇所を砕いている。

 ― 【名乗り】、、、 ―

 神命を受ける身となれば、この世の有様に直結することになる。

 森羅万象の加護を得れば、霊紫を吸着することに、何の支障も無くなるだろう。

 しかし、同時にそれは、伯が、【伯】でなくなる時でもある。

 ― 、、、、、 ―

 正直なところ、【名乗り】による底知れぬ可能性に魅力も感じるが ―――、恐怖もある。

 伯は、氷鉄を握る手に、力を込めた。

 やがて、

 ― 、、、その時が来たら、迷わず、我が身を ―

 その切っ先を、己が胸へと向けるのだった。

 

 

 

 振り向いた相手は、幾分、驚いた様子で、袖を掴む蓉亜を、

「、、、、、」

 静かに見つめ返した。

「はぁっ、、、は、あ、、、っ、、、ど、して、、、父、う、、、はぁ、、、」

 肩で息をしながら、蓉亜は、見慣れたその人を、見上げた。

 長く背に流した、白銀の髪。

 やや青みがかった、月白の肌。

 月形の眉に、涼しげな切れ長の双眸。

 高い鼻梁に、血の気無い青い唇、細い顎先。

「はぁ、、、ふっ、、、ふぅ、、、ち、父上」

 気が緩んで、袖を掴んだ手から、力が抜ける。

 幾分、違和感を覚えながら、それでも、

「ど、して、、、ここ、に、、、?」

 問うたところで、手が離れて、

「え、、、」

 ぐんっ、と体が下に引かれる、感覚。

 ― な、何、ここ!? ―

 花畑が、一変。

 上も下も分からない薄闇の中にいることに、ようやく気がついた。

 ― お、落ちるッ ―

 背筋に、悪寒。

 声を上げる間も無く、重力に引かれるまま、体は落下を始めて ―――、

「【ここ】に踏み入るには、人の身では難儀しよう、、、」

「あ、、、」

 ――― 、寸でのところで腕を、掴まれた。

 軽々と、蓉亜の体は引き上げられ、

「ち、父上じゃ、、、な、い?」

蒼奘あやつではないが、まんざら、知らぬ仲でも無い、、、」

 鬱々と響く声音とは裏腹に、腕に座らされた。

 終始、柔和な父の闇色の眸と違い、どこか怜悧な印象を与える双眸は、金色を湛えていた。

「でも、そっくり、、、」

「ああ、そうであろうな、、、」

 蓉亜は、その人の腕に座ったまま、辺りを見回した。

「僕、狐の神様に逢いに来て、、、でも、誰もいなくて、、、野原を歩いていたら、あなたが見えて、、、それで、、、それで、、、」

 ― ここは、どこ、、、? ―

 見回せば、辺りは薄闇の世界。

 その視界の至る所で、いろとりどりの薄靄が、円筒形に伸び、うねり、あるいは絡まり合いながら、四方八方へと伸びていた。

 俄かには信じ難い、世界であった。

 父に良く似た【者】は、一際巨大な薄紅色の靄で構築された円筒形、その外郭に、飄然と立っている。

「天狐は、取り込み中でな。そのせいもあって、眷族一同、大わらわ。そなた一人、入り込んだ事すら、気がついてないのだろう、、、」

「狐の神様、どうかしたの?」

 漆黒に濡れる、蓉亜の眸。

 父に良く似た相手の言葉を待ったところで、白い指先が、蓉亜の黒髪に触れた。

「、、、よく、似ている」

「?」

 金色の眼差しが、穏やかに眇められる。

 その眼差し、そのまま蒼奘が、蓉亜を見つめるものと同じで、

 ― さっき僕を見て、びっくりしてたのって、、、 ―

「似てるって、誰に?」

 まっすぐに、見つめ返せば、青い唇の端が、僅かに吊りあがった。

「幼い頃の、伯に、、、」

「伯?!」

 目を丸くする蓉亜を他所に、蒼奘と同じ姿の男は、歩き出した。

 何も無い、薄闇の先へ。

 陽炎が沸き立つ、その中へ。

 ふわりと、生暖かい風が、頬を撫ぜた。

「うぅ、、、」

 心地悪さに、思わず相手の肩に置いた手に力を込めれば、

「共に在った頃、今のそなたと、背格好が同じくらいだった、、、」

「僕と、同じくらい?あんなに大きいのに?」

「ああ」

 沈黙を破るかのように、父よりずっと低い声音が、【蓉亜も良く知る相手】を語った。

 見上げた、その横顔。

 時折、手の甲をくすぐる、銀糸の髪。

 見慣れた父の者であったが、

「当時は、あまり、言の葉を発しはせなんだが、それでも、伯は、多くを問いかけてきたものだ、、、」

「今だって、そんなに変わんないよ。伯は、あんまり僕とは、喋ってくれないんだ、、、」

 薄笑みを浮かべる口元と、どこかもの憂げな雰囲気は、まるで別人のものであった。

「そうかね、、、」

「そうだよ。だって、燕おじや羽琶おねぇちゃんとは、よく喋ってるもの。狐の神様や、勝間の神様だって、、、」

 そのまま、むくれてしまう蓉亜を、

「いつだったか、燕倪から聞いたことがある。伯の背が、随分と伸びたと。【弟】が、できたのだ、とも、、、、」

「お、弟?!」

 そっと、おろした。

 足元に大地が見えて、あの青い花野原に立っていた。

「あのっ、、、」

 振り返ろうとしたところで、背中を、押された。

 目の前に、青銅の扉が、在った。

 軋みながらゆっくりと開けば、夕暮れの西日が眩く、差し込んでくる。

 ほんの四半刻くらいと思っていたが、そんなにも時が経っていたのか。

 昼前だったことを考えると、何も言わずに出てきた事もあって、汪果と琲瑠が心配している顏が目に浮かんだ。

 往来の喧噪近づく、橙の光の中へと、足を踏み出した蓉亜の耳に、

「伯は、じきに戻るだろう ―――、そなたの元へ、、、」

 どこか懐かしく響く【その声】が、そう告げた。

 

 

 

【それ】は、唐突に訪れた。

 磐座の正面。

 白銀の繭を崇めるように、据えられた祭壇の前。

 浄衣を纏い、祈りを捧げる少年が、ひとり。

「、、、、、」

 烏玖慧那であった。

 植物らの反乱は、すっかりなりを潜め、一見したところ、天狗の里の異変も収まっていると言うのに、連日連夜、この社に入り浸っている。

 社への、一切の立ち入りを、斗々烏の名で禁じているのだ。

 熱を帯びた眸で、淡く発光を繰り返す繭玉を見つめながら、

 ― 美しい、わたしの宝玉、、、 ―

 うっとりと、頬を染める。

 己が手の中で、確かに息づく、【神霊】。

 直接、触れることは叶わないにしても、眺めているだけで愉悦が全身を包み込んでいる。

「ふ、、、」

 歓喜に、たまらずぶるりと、身を震わせた時であった。

「、、、ん?」

 手の中で【宝玉】が身じろぐ ―――、気配。

 そのまま、ゆっくりと双眸が覗くと、

「ふ、ぅ、、、」

 伸びをする。

 続いて、

「、、、どれ程、眠っていたか、蟲姫よ」

 不機嫌この上ない声音が、【その名】を呼んだ。

「む、し、、、?」

 それは、唐突であった。

 すぐ傍らに、揺らめき現れた、気配。

≪ あい、ここに。八日と半日程でございます。お早いお目覚めで、嬉しゅうございます。我が君、、、 ≫

「!!」

 烏玖慧那が、その双眸を見開く。

 ― どこから、現れた、、、?! ―

 すぐ傍らに、臈長けた美姫が、突如として現れ出でたのだから、無理も無い。

 豊かな翡翠の黒髪を流し、露草色の唐衣。

 陶器のような、滑らかな肌には、青白い血管が薄く透け出て、哀愁を帯びた容貌に、翳を落とす。

 ふっくらと蠱惑的な唇と、零れ落ちんばかりに大きな眸だけが、異様な血の色を呈しているのだった。

≪ 主様、御出立は、、、? ≫

 傍らの烏玖慧那には目もくれず、蟲姫は、花がほころぶように、伯を見つめて微笑んだ。

「今、すぐにでも、、、」

 伯が、首を大きく擡げる。

「待、ッ、、う、動いてはいけません!!この糸に触れては、御身に傷がッ」

 そのまま、白銀の繭に触れる、刹那、

≪ カカカカ…カカッカッ… ≫

 ぶ…ぶッ‥ぶちんッ…ぶつッ…ぶ…ちちちッ…

「あッ、、、」

 烏玖慧那は耳を押さえ、蟲姫は、その手から伸びる糸を、

≪ ほほほ、、、結界は、外からの衝撃には弱いもの、、、 ≫

 異形の形相で、噛み切ったところであった。

「くっ、、、」

 繭が、ちぎれてゆく糸屑と化す中、

「行くぞ、蟲姫、、、」

≪ あい ≫

 その巨躯は磐座より、浮上。

 背後の岩戸が独りでに開けば、一陣の風となって、空中回廊から大空へと、吹き抜けていった。

「、、、、、」

 一人、取り残された、烏玖慧那。

「は、、はは、は、、、」

 乾いた笑いが、無意識に喉を、震わせる。

 烏玖慧那を含む、天狗らの前では一切が秘されたままだった、【蟲姫】と言う幽鬼の存在。

 最初から、信用されていなかったと気がついて、

「初めから、、、わたし、なんぞ、、、」

 烏玖慧那は、伯が去った方角を、放心状態で見つめるのだった…

 

 

 

 星明かりを宿し、青く澄んだ、泉。

 その湖面から、人の手が、生えた。

 満天の星空。

 その冴え冴えとした明かりの中、象牙色の肌の若者が、岸に泳ぎよった。

 口に、鶸色の衣を咥え、

「ふぅ、、、」

 群青の髪から水滴を滴らせつつ、一息ついたところで、

「やぁ」

「!!!!!」

 間延びした声。

 若者 ―――、伯は、弾かれたように貌を上げた。

「おかえり~」

 岸に程近い、橡の木。

 その幹に背を預け、懐手のまま、にこにことしているのは、

「、、、何故、ここにいる ―――、蒼奘」

 銀の髪を編み、肩から長く垂らした【都守】。

 臙脂に染めた狩衣に、透けるように白い肌が、よく映える。

「何故って、檎葉に聞いたんだよ。君は、この【泉】をよく使うってね。箏葉の様子を見に来たついでさ。それと、、、」

「、、、、、」

「天狐がね、『【引き継ぎ】は【完了】した。もうじき君が目覚めるだろう』とさ。いきなり神鏡化したんだって?心配したよ、伯」

「、、、、、」

 言葉も見つからず、伯は憮然とした面持ちのまま、視線を反らした。

 そんな様子にも、慣れたもので、

「鋼雨」

 のほほんと蒼奘が呼べば、巨躯が、落葉を踏みつつ暗がりから、現れた。

 ブル…ルルㇽ…

 伯を見つめ、低く喉を鳴らす。

 一足先に鞍上の人となると、風伯の力か、既に乾いた着物に袖を通す伯へと、手を伸ばした。

「さ、帰ろう。みんな、待ってるよ」

「、、、、、」

 人好きのするその笑顔を、伯は、不思議な想いで見つめた。

 ― こんな貌は、しなかった、、、 ―

 ふと、そんなことを思って、

「ッ」

 払拭するように、首を振った。

 そのまま、

「お、、、」

 蒼奘の手を叩き、ふわりと舞い上がると、その人の前へ。

「霊紫の移り香、良い薫りだ。ここしばらく、霊紫を吸着していたんだよねぇ。つまり、君は今、【二日酔い】のわけだ」

「お前と、一緒にするな、、、」

「ふふ。まぁ、遠慮せずに休むといいよ」

「、、、、、」

 蒼奘の申し出に、口をへの字に引き結ぶ、伯。

 無言で背中を預けると、

「蟲姫」

 伯が、だらりと手を伸ばした。

≪ あい ≫

 赤光放つ、眼窩。

 水面から現れたのは、蟲姫の媒体である【しゃれこうべ】。

 手に収まると、

「屋敷に着いたら、起こせ、、、」

 懐にねじ込んで、目を閉じた。

 しっとりと湿った、森の大気。

 草木を揺する夜風に、

「さて、、、」

 蒼奘は、肩に掛けた薄絹を手に取った。

 顎の下にある、翡翠の角。

 袖から、一枚の符を取り出すと、伯の胸へ。

 うねって流れる群青の髪が、闇を吸って染まり、その角は掻き消える。

 符を隠すように、薄絹を掛けてやって、

「、、、、、」

 手が、止まった。

 漆黒の闇を宿した双眸を眇めると、

「お疲れさま、、、」

 蒼奘は、その頭を優しく撫でたのだった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 帝都。

 都守の屋敷。

 その日は、穏やかな陽気であった。

 大池では、鯉が水面を揺らし、小波が煌めく。

 棲みついたのか庭木には、木の実を口いっぱいに含んだ、栗鼠の姿。

 湖畔に植えられ、彩を添えるのは、秋空に映える紅に橙、黄に白、紫紺といった薔薇そうびの花。

 家主が数年前、大陸の使者より譲り受けたものが根付いて、今年ようやく花をつけたものであった。

「んっ、と、、、、」

 竹を組んだ梯子が架けられたのは、太陽が中天に上った、時分。

 往来の喧噪遠い、母屋の最奥、北の対。

 その屋根であった。

 無造作に手が伸びて、

「うぐっ」

 群青の髪を引かれた若者が、たまらず呻き声を上げた。

「ねぇねぇ」

 縁側に敷かれた、毛氈の上。

 俯せになって、午睡を貪っていたところを、

「遊びに行こうよぉ」

 蓉亜に背中に乗られ、この有様。

 いい天気だからと、伯を起こそうとしている。

「、、、る、せぇ」

「しばらくお仕事で留守にするから、父上が、伯に遊んでもらいなさいって、言ったもの」

 今度は、伯の角を掴んで引っ張るが、こちらはこちらで毛氈にしがみついて、離れない。

 慣れないながらも、龍脈を巡り、体内では、分解吸収が追いつかぬ【霊紫】が、燻っているのだ。

 今日くらいは、休息を兼ねて、ゆっくり過ごしたいところ。

「俺は、眠る。ハイルに、行ってもらえ、、、」

「伯が、いい」

「俺は、昼寝だ」

「僕は、伯とどっか行きたい」

「、、、、、」

「伯は、ずっと、どっかいってじゃないかっ、、、どっかに連れていってたらッ!!」

「――――ッ」

 伯の袖が、舞った。

「うっ、わっ」

 蓉亜が声を上げた時には、後ろ襟を掴まれ、

「伯?!」

「、、、寝ろ」

 そのまま、伯の腕の中。

 背中は抱かれ、頭には、伯の顎だ。

 がっちりと、羽交い絞めにされている。

「や、だっ、、、離してよっ」

「、、、たまには、付き合え」

「くっ、苦し、いッ、、、うっ」

 伯の腕の力が、強くなった。

 完全に動きを封じられ、

 ― うう、、、大人と子供、、、 ―

 思っていた以上に、伯の力は強く、蓉亜はしぶしぶ、観念。

『もー、分かったから』と、回されている腕に手を置けば、

「、、、、、」

 心得た伯が、力を緩めてくれた。

 蓉亜の頭に額を寄せれば、

 ― ああ、、、歌が、聴こえる、、、 ―

 それは、伯だけに聞こえる、蓉亜が生まれながら持つ、生命波動。

 顕現した、【あの日】。

 深海から浮上した意識に寄り添っていた、水の音に似て、

 ― 本当に、、、不思議な、やつ、、、 ―

 息を、細く吐いた。

 そんな事など露知らず、蓉亜がじっとしていると、

「蓉亜、、、」

「、、、ん?」

 不意に、小さく名を呼ばれた。

 顏を上げようとして、

「ぅう、、、」

 髪を揺らす寝息に、気がついた。

 安らかな、それでいて、

 ― なんか、今日の伯、、、変、、、 ―

 どこか無防備すらある、そんな姿。

 蓉亜の、癖の無い黒髪。

 肩から、毛氈へと流れるそこに、群青が混じった。

 人外なる者の証。

 そっと、指に絡める。

 やや波状にうねっているが、艶やかで良い香りがする髪であった。

 伯の温もりを、背中いっぱいに感じながら、

「ふぁっ、、、ふ」

 あくびが毀れた。

 時折、腕の中にいるのを確かめるようにして、伯に肩を擦られながら、

「ん、、、ぅ、、、」

 蓉亜もまた、同じまどろみへと、落ちてゆく…

 

 

 

 陽炎のように、揺らめき現れたのは、蟲姫。

 今しがたまで、汪果と共に、此度の遠出から戻った伯のための神膳を、思案していたらしく、

≪ 我が君は、アマダイの酒蒸しと鮑粥、今宵は、どちらがお好みかしら。お酒はやはり、多少甘味のあるもののほうが、、、 ≫

 何やら、ぶつぶつと独り言だ。

 結局、当人に聞いてくるのが一番だと、伯を探していたのだが、

≪ まぁまぁ、、、 ≫

 蟲姫、伯と蓉亜の姿に、思わず目を眇めて見せた。

 そう望み、そう見せたのか?

 年の頃、同じくらいの童子が、二人。

 もっとも、一瞬のまばたきの内に、その一人は、若者の姿となってしまったが、、、。

 毛氈の上、寄り添って眠るその姿は、同じ体勢。 

≪ まるで、本当のご兄弟のよう、、、 ≫

 そっと羽織っていた袿を、肩へ。

 規則正しく聞こえてくる、寝息。

 深い眠りに落ちているのは、一目瞭然で、蟲姫は、その傍らで頬杖。

 二人の寝顔を、穏やかな眼差しで、飽きるでもなく見つめながら、

 ― 主様に、このようなお貌をさせることができるのは、若様だけ。妬けてしまいますわ、、、 ―

 蓉亜と共に在る時の伯は、いつになく安らいでいるようだと、蟲姫は一人、そう思うのだった。

≪ 、、、、、 ≫

 蟲姫が舞い上がったのは、それから、程なくの事であった。

 殺気にも似たものを、赤光放つ眸に宿し、門の方へと首を廻らせる。

 リン…リリィ…

 幽かに聞こえてくる、軽快でいて、蟲姫にはひどく耳障りな、鈴の音。

 帰還を聞きつけて早速現れた、【煩わしき隣狐】を退けるべく、揺らめきながら二人の傍を、離れていった。

 雲が、ゆっくりと流れていく。

 そよぐは、季節の花々の香り。

 鼓膜に甘い、水湧きいずる、水の音。

「、、、、、」

「、、、、、」

 優しい風が吹く、昼下がりであった。

 


 

 とりあえず、ここまでが、斗々烏編でござい。。。


 海藍編となっては、あまり顔を出さない本編の主役が、気侭にふらふらと…再登場。。。


 まだ、なんにも骨組み思いつかんが、、、


 次回こそ、本編を更新せんとな。。。


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