4話 二人の世界
真っ赤にかがやく特大の火炎が木々を焼き払いながら直進する。火炎がその先の岩壁に激突すると、轟音を響かせて、周囲の岩石と地面を吹き飛ばした。
火炎を放った魔導士は、前方に突き出した杖を降ろして、不敵な笑みを浮かべる。
ああ、なんてできる魔導士なんだ俺は。強いじゃないか、素敵じゃないか。俺はやれる。これなら竜だって倒せる。
「サトシ。あなた立派な魔導士になれたのね。やれば出来る子だと思っていたわ」
ヨネが孫の成長を喜ぶように言った。リナとルークも俺を褒め称える。
「かっこいいです!サトシさん!」「サトシ君たまげたよ!本当に心強いよ」
俺は胸の興奮を抑えながら「みんなのおかげだよ」などと言ってみせる。そして素晴らしいアイデアを思い付いた。
「俺が竜の所まで飛んで行って、倒してくるよ」
俺達がいるのはデンジャラス山の入り口付近。山頂の竜の所まで歩いていくのは時間がかかるが、俺はできる魔導士だから空を飛べる。俺一人で行って倒してくればよいのだ。それに……
「道案内が必要だから、リナと一緒行くよ。俺の力じゃ、一人しか持ち上げられないから」
みんなはしばらくの間、俺の提案を受け入れるか考えていた。初めに口を開いたのはルークだった。
「サトシ君とリナに任せるのは気が引けるが、さっきみたいな罠の中を歩いていくよりは良いかもしれないな」
ルークは申し訳なさそうな表情だが、俺に賛成してくれそうだ。
「サトシさん!私、足手まといかもしれませんが、精一杯お手伝いします」
リナは、気合十分な表情だし、賛成のようだ。美人な上にたくましい人だ。
「ダメよ。サトシだけにそんな危ないマネさせられないわ」
ふん、あなたが反対する事は想定内だ、ヨネ。
「だいたい、空飛んでいくのに道案内も何もないでしょう。それにリナさんだって他人から道を聞いただけでしょ。そんなんじゃ役にたたないわ」
なかなか痛いとこを突く。しかし俺は用意していた反論をする。
「なんにしたって情報は多い方がいいんだ、ヨネ。それにリナは回復師だ、俺の補助として最適だし、いざという時の保険にもなるんだよ。それに……」
俺は、少しためて、真剣な口調で言う。
「それに、俺がヨネに、ニジイロザクラを取ってきてあげたいんだ」
そう言うと、ヨネは押し黙ってしまった。うつむいて、手で口元を押さえている。
「サトシ。あなたの気持ちが本当に嬉しいわ。わかったわ……」
俺の気持ちが伝わってよかった。
「それなら、竜の近くまでサトシには3人を持ち上げて行ってもらいましょう。竜の退治はサトシに任せるわ」
「へ?」
何言ってんだ、このばあちゃん。3人は無理だろ。
「さあ、さっそくやってみましょう。私は背中に乗るから。あなた達2人は足にでもつかまりなさいな」
ヨネは俺の了解も得ずに、俺の背後から首に抱きつきながら「よっ」とジャンプして、俺の背中に乗った。俺は真後ろから香る美人の色香と、背中に伝わる柔らかくて押し付けるような胸の感触に、冷静さを失ってあわあわするだけだった。
リナが右足に、ルークが左足に、それぞれ俺の太ももに腕を回してがっちりつかんでいる。
「リナさん。わざわざ胸を押し付けるようなつかみ方はやめなさい。はしたないわ、まったく。これだから最近の子は」
ヨネに叱責されたリナは「すみません」と言って、腕を伸ばして手だけで俺の太ももをつかみ、膝の関節を俺の足首に絡ませてつかまった。俺は背中に集中しすぎて、リナのその豊かな胸の感触を意識できなかった事を後悔した。
俺のやりたかった事とは大分違う状況になったが、高揚した気分に頭がぼんやりして、ヨネの言いなりになってしまった。
「はい、いいわね。じゃサトシ。飛んでちょうだい」
こんな3人もつかったまま飛べるのかよと思ったが、やってみると以外に飛べた。重みを感じるが体への負担はそれほど無く、しばらく飛び続けても大丈夫そうだ。しかし浮き上がる速度はかなり遅かった。
背中のヨネが「すごいわね、すごいわね、楽しいわね」とはしゃいでいるが、足につかまってる二人は、落ちないように必死な様子だった。
そのまま上空を目指して浮上を続け、周囲を覆っていた木々の高さを超えると、視界が開けた。水色の空に白い雲、緑の森の反対側の遠くには色とりどりの街の建物が見えた。背中のヨネが一段とわーわーはしゃぎだした時だった。
リナとルークが叫ぶように声を上げた。
「サトシさん!後ろです!」「まずい!こっちに来る!」
俺は後ろを向こうとして体の向きを回転させる。体を回転する動きがかなり鈍い。リナとルークが「はやく!」と叫ぶ。もどかしい。バサッバサッというはばたく翼の音が聞こえてくる。
そいつと目が合った時にはもう逃げられないと直感するほどに近かった。恐ろしい速度で一直線にこちらに向かってくる。巨大なワシ。真っ黒い翼を大きく広げ、白い頭部の先にある黄色いクチバシを一杯に開いて、高い鳴き声を発している。それは俺の上半身を食いちぎれるくらいに大きなクチバシだ。金色にぎらつく眼光は俺達がそいつの餌食である事を知らせる。
俺は杖を強く握り、自分でサトシファイヤーと名付けた火炎の塊を呼びだす。とその時、背中が急に軽くなったのを感じた。
大ワシの体に、一筋の閃光が眩しいほどに走った。また一つ閃光が走った。脳裏に焼き付いたその閃光は見とれるほどに美しい。
大ワシが苦しそうに甲高い鳴き声を上げた。そして急激にその速度を落とし、高度を下げていく。両翼がそれぞれ斜めに割れて、それが本体から離れていった。やつの負けだ。それにしても鮮やかな斬り跡だ。
ワシの背中に立つ女性剣士は金色の長髪をなびかせている。ヨネだ。彼女は冷たい目でワシの頭を見下ろし、脳天から剣を突き刺して貫いた。
最後の残忍さにちょっと引いたが、おかげで助かった。あなたは強い。
あなたが背中にいてくれてよかった。
ヨネを乗せたワシの胴体が高度を下げながら俺達の真下を通り過ぎた。ヨネが戻ってこれるか心配になった俺達は彼女を呼び叫んだ。
ヨネが俺達を視認して、飛び上がる。すごい速度でこちらに向かってくる。改めてその跳躍力に感心する。が、それでも届かなかった。失速に気付いて、まずいっと思った時、ルークが俺のももを手放して、ヨネに向かって身を投げ出した。
「ヨネたん!」
ルークは無我夢中だった。後先考えずに空中に飛び出した。
ルークとヨネの目が合う。
「ルークくん!」
ルークとヨネは必死に手を伸ばす。
時間の経過がスローになった。
二人の世界に入った。
互いの指先が、少しずつ、少しずつ近づく。
「ヨネたん!」「ルークくん!」
さっきまで必死だった二人の表情が緩んでいく。緊迫感がとろけて甘い雰囲気に変わる。バラの花びらが舞い散る。周囲が暗くなって、スポットライトが手を伸ばし合う二人に当たる。ヴァイオリンの演奏が始まる。
「ヨネたん」「ルークくん」
ついにつかんだヨネのその細い手をルークはぐいと引っ張り上げて、がっちり彼女の肩を抱き寄せた。
「もう離さないよ」「私も」
二人の世界に色とりどりの紙吹雪が舞うのだった。
一方そのとき、現実世界ではリナが苦痛の声を上げていた。左手でサトシの杖を握り、右手でルークの足首をつかんで、必死で2人分の重みに両腕がちぎれないよう耐えていた。
俺はリナを励ましながら、地上にゆっくり降りている。リナがかわいそうだが、なんとかみんな無事に切り抜けられそうだ。
地上に降りても、ヨネとルークは二人の世界に入り込んだまま肩を抱き合っている。リナは仰向けに倒れ込んで、はあはあと息を切らしている。
「ちょっと。お二人さん」とヨネとルークの肩を10回叩いてようやく二人はこの世界に戻って来た。
「あら、サトシ。竜は倒せたかしら?」
「いや。まだに決まってるじゃん。大きいワシをヨネが倒して、降りてきたとこだよ」
「そう。そう言えばそんな事もあったわね。じゃあ竜の所に行きましょう」
ヨネは、さっきまでの記憶が飛んでいるようだ。
「待って。リナが疲れてるんだ。少し休んでから行こう。それにリナは上空でヨネとルークを持ち上げてたんだ。ねぎらってあげてよ」
ヨネとルークは初めて知ったように感心して、倒れ込んで荒く息をするリナを見る。
「まあ。そうだったのね。リナさん、ありがとう」「リナ。助けてくれたんだね」
「いえいえ、ヨネさんが大きいワシを倒してくれたおかげです。ありがとうございました。それと、私は回復師なので、休憩は少しで大丈夫ですから」
「なかなか健気な所があるのね。見直したわ。……これ食べて、疲れが取れやすいわ」
ヨネはそう言って、丸い小さな飴玉をリナに差し出した。この人は飴玉をハンカチに包んで持ち歩いていたらしい。リナはちょっと困惑しながら飴玉を受け取り、口に運んだ。ヨネは俺とルークにもどうぞどうぞと飴玉を配った。
みんなで仲良く飴玉をなめながら、しばらく休憩した。
冒険は続く。結局まだほぼ入り口
<つづく>