1章一 始まり
ふぅ…
なんだかんだ今までは上手く乗り切ってきたが、今回ばかりはそう上手くはいかないようだ…オレは頭を抱え来週までにどうするかを考えなければならないのにも関わらず、今日は一旦忘れようと思い布団に入ろうとした。だがそう全てがうまく行くわけもなく不幸はまたもオレによって来たのである。
時は遡ること二週間前。高校が無事に決まり、全国でも屈指の進学校と呼ばれる一学園の寮へ引っ越す準備をしていた時のことだった。この一学園というのは、有力な資産家が複数支援しできた学園であり、幼稚園から大学までエスカレーター式に上がれる、というまぁよくある金持ちの息子が通うような学校、というイメージで問題ない。ただ、ここは断じてそういう場所ではない。全国から優れた才能を持つ人間を全国に配置された学園職員が見つけ出し学費生活費諸々全て出すといった内容でこの学園の寮に連れて行く。さらに、内部進学の条件が極めて難しく、幼稚園から上がって来た生徒で高校まで一学園に所属できるのは両手の指で数え切れるほどの人数しかいない。それでオレもどうやらそのお目にかけられたようで先日ウチに電話があり、既に決まっていた地元の高校への進学を取りやめ、高校からオレも所属する羽目になったのだ。まぁニノマエを中退や留年を繰り返し、抜け出せなくなった人たちは資産家の企業に配属され、ある程度の地位を保障される、という措置を取られるが、事実八割はそうなっているので子供をニノマエに送る親はその時点である程度の覚悟がいるのである。だが大抵の親は一定の地位が保証される、という部分だけを聞いて喜んで子供を預ける。オレも例外ではなかった。と、これがまぁ一つ目にオレに降りかかった嫌なことである。
そして二つ目が今まさにオレが遭遇している場面である。出発を明後日に控え、色々な手続きなどでクッタクタになったオレに、ニノマエからの『指令』と書かれた封筒が送られてきた。内容はまぁ人によって変わってくるらしいが、ニノマエの教育の一環として『生徒一人一人に役をつけ、それをそれぞれの生徒が完璧に演じられるようにする』というのがあるらしく、その『演じる、信用させる』という行為を割と重要視しているのだとか。そんな中、オレに振りかけられた『架空の人物像』は、
『あからさまな問題児』
まじで絶望した。オレはまぁ明るい方の人間ではあると思うが、こういった類の人間を演じるのはかなり難しいだろう。実際問題児の行動の原理なんてわからない。感情のままに動けばいいのだろうか。まぁその辺はうまくやっていこう、とまぁ現実を飲み込み「流石に問題児って言っても多少問題を起こしても『役割』の都合上救済はあるよな…」と封筒の中にあった「注意事項」と書かれている紙を読むと、
「本校には『役割』による校則違反等も厳正に処理します」と書いてある。つまり、オレが役割を全うしようと何かふざけても役割を隠すのもまたその教育の一環ということか。難しいな。オレの場合役割が問題児だからいいが、これが優等生だったらまぁ大変だなぁなんて思いつつ、オレは絶望していたのだ。
出発の前夜、寝付けなかったので何か他愛もないことを考えていた。ほとんどの人は寝付けない夜に一人でぼんやりと考え事をしたことがあるだろう。小学生の時に、「死んだらどうなるか」なんて考えて、親に「どうしよう怖い」なんて聞いて、そんなのわからないよ。と言われ、腑に落ちないまま考えていたらいつの間に寝ていた、なんて経験を持っている人は俺だけでは無いはずだ。まあ今まさにその寝付けない状態に陥ってるわけだが。何について考えようかなあと頭を巡らせて、パッと出てきたテーマが「小学校の時に女の子だけ昼休みに呼ばれて何かの授業を受けてた、あの内容はなんだったのか」だったので、それについて考えよう。多分後五分もすれば俺は夢の中だ。そう意気込んだが結局、謎は解けないままで、寝付くのにも時間がかかった。俺、何してるんだろう…。これから先は、学校にいる間は心理状態も監視されるようとのことで完全に問題児になりきったオレになるので、オレの本音は一切話せなくなってしまう…
今日から高校生になる。ダブダブな制服を着て、学校に向かう。敷地に入ったら、もうその時からオレの『役割』は始まっている。ささっと会場の体育館に入る。席は指定されて無いが、こういう時に女子の隣に率先して座ろうとすると、後で後悔する未来しか見えないから、とりあえず、女子の後ろに座ることにした。なぜなら、合法的にうなじを見る事ができるからだ。ただし、バレると本当に人権がなくなるから、この偉大な方法を使うときは、まだ席が埋まってない時にしよう。この方法教えてくれた中学の時の先輩は、自らの身を呈してそのことを教えてくれた…。先輩まじリスペクト。数分堪能したら、ボツボツ席も埋まってきたようだし、この光景を目に焼き付け、周りを見渡すことにした。あれ?もしかして俺今めちゃくちゃキモかった?多分、文にするとめちゃくちゃキモいけど、普通の高校生は無意識にしてることだからね?まあいいや。と勝手に自分で自分を正当化していると、マイクのキィーンという音が聞こえた。どうやら話が始まるらしい。安定のつまらない話をずっと聞いていられるほど我慢強くは無いので、みんなが飽き始めるタイミングで隣の奴に話しかけようと思い、取り敢えず、
「どこ中から?」
と聞いたはずなのに、反応がない。伝家の宝刀『Mushi』を発動されてしまったのか、もはや打つ手なし!地蔵タイム突入!と手を組むところまできたら、二秒遅れで「あ、なんの用?」みたいな視線を向けられたので、少し安心し、さっきの質問をしようとしたら、
「あ、どこちゅ…『あ、さっき何か言って…』」
となった。これはしんどい。もしこいつと仲良くなったとしたら、「最初のお前の反応ガチおもろかったわ〜」と言い合いイジり合う未来まで見えた。このままだとマズいので、とりあえず絶妙に気まずい状況の中で最大の効果を発揮する手を打つことにした。といっても単純で、自分と相手のことについて聞こうとして事故りかけたわけだから、事故ったとしても被害の少ない他人について語ればいいという作戦なのだが。何か嫌味を感じさせずにお互いの距離を近づけるための情報はないかと頭を回した。幸い、まだ担任とかがわからない状態だったから、
「担任、どんな感じの人がいいと思う?」
と聞いた。うん、無難なチョイスだ。この返答によって相手のざっくりした性格もわかるはず。
相手の反応はシンプルなものだった。
「特に希望もないけどおばさんとハゲは嫌かな〜。そっちは?」
と当たり障りもない内容だ。
…。ガチでやらかした。オレが「悩み事を相談した時、飛びっきりの笑顔で『大丈夫』と励ましてくれる女教師」と答えた時、本気で引かれるわ、その後のホームルーム的なやつで配られたプリントを後ろに回すのを忘れた上、指摘されても二回くらいなんのことかわからなくて恥をかくわで地獄だった。しまいには下駄箱の前で後ろ姿だけで名前を呼んで人違いをして超気まずい状況に陥った。新しい環境になったら自分が勝手に変わるなんてことはないわけで、関係性がリセットされた状態になるだけだ、ということを改めて実感した。まあ、今のところはそこまで問題ないだろう。ヤバい。もう学校行きたくないっす自分…
挨拶は大事だ。挨拶されて嫌に思う人なんてそんなにいないはずだし、自分にも相手にとっても気分の良いもののはずだ。俺は小中九年間朝教室に入るたびに「おっはよ〜」と大声で言っているのだが、なぜか今日は反応が渋い。一瞬みんなこっちに視線を向けたが、特に興味を持っている感じでもなく、そのまま本を読んだり、スマホをいじったりしている。確かに、知り合いいないとやることないからなぁ、と俺も思い、大人しく自分の席で本を読む。親父の部屋からかっぱらった「脱税のススメ」とかいう本を読もうと思ったが、変なやつと思われそうなので、本を読むのをやめ、なんとなく窓際を見た。今日は天気がいいから教室の窓を開けて日光を直に浴びながら制服を布団がわりに羽織り、寝るという天国を味わいたかったが、生憎苗字があ行の俺は窓際ではなかったので、諦めるしかなかった。イヤホンつけながら適当に頬杖をついて気怠げですアピールかましながら中学校の時のクラスにいたブスな女子のあだ名をもう一度考えることにした。なんだろう。すげぇ最低なことしてるんだなって事だけ分かったわ。てか、この状態いつまで続くんだろう…
今日も授業を受け終わり、帰りに一人でサーティーワンでも食おうかと放課後ライフを考えていると、背後に気配を感じた。「ヤバい!臓器を取られる!」と思い腎臓を庇うよう腰に手を添えたが時はすでに遅く、オレは体に触れられーーー普通に肩をトントンと叩かれた。何の用かと思い振り返ると爽やか系の男子が二人オレの前に立ち、何か言おうとしていた。喧嘩なら負けなしのオレだがこう言った連中に逆らうと後で精神的に攻撃される可能性があるためここは大人しく従うしかないと割り切り『DOGEZA』を一丁かまそうとしたが相手はそんなつもりなどないらしく普通に連絡先を聞いてきた。まぁ今時はそういうもんだろう。普通にQRコードを見せ完了。いけてるスタンプでも送ってやるかとオレはうさぎのキャラが思いっきりキス口をしてるスタンプを送った。返事が来ることは無かった。
とりあえず寮に戻り、自分の部屋に入った。この量は凄くて、1人部屋はあるし、一通りの店なども揃っている。ただ原則寮から出ることはないし基本学校にしか行かないので服屋とか釣具屋などはないが、男のオレは全くそんなことは気にしない。それよりも31があったことに驚きを隠せなかった。だが、ミスドはなかった。
さぁオレの学校生活はどうなるのか!!とオレ自身も知りたいところだったが、正直、今のところはいい感じだと思う。「問題児」というよりかは「目立つヤツ」と言った方がいいかもしれないが。
それより今日学校で配られた大事な封筒、というやつがあって、それの中身が知りたくてまずそれを見ることにした。これは教師も絶対に他人に見せないように、と言っていたので大方金関係か『役割』のことかなぁ嫌だなぁと中身を見る。そこには衝撃的な内容が記されていた。
「同じ『役割』を持つ生徒が学年に二人いる。双方が互いの正体を知りたい、と思えばここに行ける日時を書き、明日担任にまで提出するように。公平性を保つため、希望しない者も出すこと。こちらがアポを取るので君たちは希望するかしないかだけを考えてください」
ここまではいいのだ。問題は次の一言、
『二人のうち、片方の『役割』を漏らしたものは即退学、その時点で漏らされた側は次の学年へ進級することが確約される。また、それ以外の場合ではどんな理由があろうと二人のうちどちらかは必ず退学になる。』
正直希望するしかないと思っていたが、その言葉がオレを悩ませた。