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憤怒の赤、狂い咲く華  作者: 徳川万次固め
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三話 とある上級冒険者の講習会

「ラビリンス、すなわち迷宮とダンジョンは何が違うのか。端的に言えば迷宮はダンジョンの一種であり、ダンジョンの中でも極めて特徴的ないくつかの共通法則を持っているものを指しています」


 辺境の都市ラズマード。その都市内の公共の大広場でとある講習会が開かれていた。

 お題は「ラビリンスとは?」といった内容で、二人の女性冒険者が講師として立っていた。

 講習会と言っても金銭を取ったりするものではなく、聴衆には子供や年配者も大勢いるという状態である。

 冒険者を志す若者やもう実際に活動している新米冒険者も参加しており、まさに老若男女が集まるとはこういう事だと言わんばかりの盛況だった。


「迷宮の持つ共通点はとても人為的だと言えるものです。地上部には冒険者の集会所として機能するような広場が存在する。地下一階から始まりそこから五階分までは同じタイプの環境が続く。全ての階の階段付近には地上部の広場に移動できる転移陣が用意されている。そして同タイプの階を一つの層と見たとき、その層の終わりには極めて強力なボスと称せるモンスターが待ち受けている……などが挙げられますね」


 この手の街頭講習会などは、集まる人が多ければ雑談や場合によっては野次などが飛び交い収拾がつかなくなることがあるものだが、今回はそうはならず意外なほど聴衆は話し手の方を向き、しっかりとその言葉に耳を傾けていた。


 理由はいくつか考えられるがそのうちで最も大きなこととして、話している人物がとても人の目を惹く存在であることが挙げられるだろう。

 長い金髪に青い瞳、整った顔立ち、そしてメリハリの利いたボディに落ち着いた雰囲気が加わり皆が声をそろえて満場一致で美人だと認めるであろう女性だった。

 彼女は白いドレスのような服装の上から胸当てなど局所に防具をまとっていた。

 鎧の下から出た深いスリット入りのロングスカートという下半身などはなんだか冗談のような格好だが、不思議とアンバランスとも言えず実に絵になる人物だと見物人たちには感じられ、その目を惹きつけることに成功しているのであった。


 彼女はトワコ・ファンドリオン。

 戦闘や魔法の才にあふれ、聖女と称されることもある女性だった。

 貴族の家に生まれた身だが幼少期のいくつかの経験を通して貴族としての嫁入りを固辞し、現在は迷宮攻略の最前線で活躍する名の知られた冒険者として身を立てている。

 トワコの家は貴族としてなかなか大きな力を有しており、この辺境伯領の当主ともつながりがあった。

 今回はその関係で、この民衆向けの講習会を依頼されているのだった。


 なお、トワコより年上に見えるもう一人の講師であるはずの女性は、腕を組み特に口を開くことなくトワコの傍に立っていた。

 こちらも十分魅力的な容姿をした人物であった。

 トワコのバトル・ドレスに比べると大分煽情的で人によっては眉をひそめるかもしれない姿ではあったが、それでも本人の着こなしもあってか観衆にはギリギリ下品とは映らず、セクシーと表現していい見た目だったと言えるだろう。

 しかしそんな見た目とは裏腹に腕の立ちそうな雰囲気をまとっており、騒ぎを起こせば腰のサーベルでとっちめてやると言わんばかりの印象を与える彼女の存在は、トワコの容貌とはまた別に聴衆に行儀の良さを強要するものだった。


 ある程度話が進みそろそろ一区切りという段階になる頃、トワコは一方的にこちらから話しているだけというのはあまり良くはないなと感じ始めていた。

 頭の中であらかじめ考えていた予定表を思い浮かべる。

 丁度喉を一旦休めるための休憩を入れる算段だったのを思い出した彼女は、それに移行する前に軽い質問タイムでも取ろうと考えた。


「そろそろ一旦休憩を取りたいと思いますが、その前に何か聞きたいことはありませんか? 特に内容は問いませんけれど、あまり公共風俗に反するようなものは止めてくださいね。困っちゃいますから」


 如何にも「真面目でございます」といった風情のトワコが軽く茶化すように言うので場の空気が柔らかくなる。

 質問しやすい状況が出来た中で、最前列にいたまだ小さな少女が大きく手を挙げた。


「そちらのお嬢さん、どうぞ」


「は、はいっ! あ、あの、私もっ、聖女さまみたいになれますか!?」


 何ともアバウトな質問だ。

 トワコのようにと言っても、彼女を評する言葉は「実績ある冒険者」や「魅力的な女性」など複数存在する。

 また貴族である彼女とおそらく一般市民であろう少女とでは、目指す到達点を同じに見据えたとしても、その難易度には大きな差が生じることだろう。

 しかしトワコはそうした細かいことを指摘するようなつまらない人間性をしておらず、大雑把な言葉から相手の聞きたいことを判断して返すことのできるしっかりとした人物でもあった。


「ええ、貴方が勉強や訓練を諦めず続けられる意志を持っているならば、きっと心に思い描く素敵な女性に成れますよ。私も自分がある程度の才を持っていることは認めますが、今の立場が積み重ねた努力の先にあるということは誰にも否定はさせません」


 質問に対して返ってきた言葉に少女は大きく頷く。


「だからと言って、将来の為だと思ってただ一人で頑張り続けるようなことはしないでくださいね。冒険者だって決して一人でやっていけるものではないのですから。こちらの言うことをちゃんと分かってくれる信頼できる人が周りにいるということは、どんな道を歩むうえでも絶対に損にはなりませんよ」


「えっと……」


「お友達としっかり遊んで、その仲を大切にするということを忘れないで欲しいのです。うふふ、ちょっと説教臭くなってしまったわね。ごめんなさい」


「え、ぁ、いえっ! そんなことないです、ありがとうございますっ!」


 よくよく考えると当たり障りのない普通のことを言っているように聞こえなくもないが、やはり憧れの人物から言われるとその効果は違うようだ。

 少女は満足した顔で礼を述べた。


 二人の会話が終わるとそれに続くようにすぐさま少年が手を挙げる。

 先程の少女よりは幾分か年上だろうか。

 トワコがその少年に発言を促すと、彼は頭に浮かんだであろう疑問を口にした。


「冒険者って強い人でも仲間を作るのが普通なんですよね? だったらいっそのこと十人、二十人って大きな集団になって動けば、ラビリンスの攻略も楽なんじゃないんですか?」


 おそらくトワコと少女の会話から生じた疑問なのだろう。

 落ち着いた口調など年齢の割りになかなか知的な雰囲気を持った少年だった。

 本来は休憩の後に用意していた話題なのだが、丁度いいかなと考えトワコは応えることにした。


「良い着眼点ですね。では冒険者パーティーの人数についての話を少し致しましょうか」


 少年が頷くのを確認してから、彼女は話を続ける。


「冒険者が活動する際、そのパーティーの人数は基本的に四人か五人程度が適正であるとされています。理由はいくつかありますが、それを超えるような人数が長時間固まっているとラビリンス内でのモンスターとの遭遇率が飛躍的に上昇してしまうということが、最も大きな理由として挙げられるでしょう。何故そうなるのかハッキリとしたことは分かりません。これもラビリンスの法則の一つと捉えるしかないと考えられています」


「じゃあ逆にもっと少人数、例えば一人でいればモンスターと出会わずに済んだりするのでしょうか?」


「そういうことは特にはないようですね。目端の利く冒険者がモンスターを見掛けたらすぐに隠れて進むというならば確かに一人で動く理由になるかもしれませんけれど、そうした動きを重視するならラビリンス内での収集物をろくに持って帰ることもできないでしょう。危険に比べメリットがあるとは言えないと思われます。目的次第ではありますが」


 トワコはこの少年ならちゃんと理解してくれるだろうと思い、ラビリンス探索の定石である彼の疑問にしっかりと応えていった。

 少年は彼女の返答に頷き理解したようだったが、それでも何か気になるのかわずかに考え込むように視線を落とす。


「何か気になることでも?」


「いえ、大丈夫です……。ありがとうございました」


 歯切れの悪さが少し気になるところだが、質問をした少年の方から会話を終わらせたならこれ以上続けようもない。


 他には特に質問が無いようだったので休憩をとる旨を告げると、トワコともう一人の女性は休憩用に用意されていたテントに向かおうとした。

 すると先程の少年が小走りで近付いてきて、彼女たちに頭を下げた。


「あのっ、す、すみませんっ。本当はまだ聞きたいことがあって、それで、あの……」


 恐らくはあまり他人には聞かれたくない話なのだろう。

 何となくこうなるではないかと予見していたトワコは、休憩を邪魔されたなどという素振りは微塵も見せず、少年に落ち着くように言ってから会話を促した。


「……友達の知り合いの冒険者さんがいつも一人でやってるって聞いて、それで僕はそんなの嘘だって言って……ぇと、友達とケンカしちゃって、でもその冒険者さんは本当にいたのが分かって」


 言葉の最後は消え去りそうなほどか細くなっていた。

 年齢に見合わない賢さは評価されることだが、それは同年代の友人との軋轢につながる可能性も持っていた。

 理屈先行でものを考えるであろう少年は、そのせいで感情的な友達の考えを否定するような言動をしてしまったのではないだろうか。

 なんだかんだで人付き合いのスキルの未熟さは年相応であり可愛らしいものだ。


 トワコは少年に適切なアドバイスをしてあげたいと思い、自身の考えを口にする。


「冒険者が一人で活動するに足る理由が欲しいのですね。……うーん、そうですね。一人の方が楽だからなど精神的な理由ならいくつか考えられますが、残念ながら私の知識の中には特別それ以外を肯定するようなものはありません」


「そう、ですか……」


 トワコの話を聞き少年は頭と肩を落とす。


「でも、貴方に本当に必要なものはそんな自身を納得させる材料などではないと私は思います」


「え?」


「顔を見れば察することはできます。己に非があると思っている、しかし一度壊れた関係は仕方がないと考え、後は自分が納得できる理屈さえ見つかれば罪悪感はあれどもとりあえずこのことは終わりだと……そう思っているのではありませんか?」


「ぁ、はい。……そうですね、えぇ、多分そんなところです」


 小利口な心の内を見透かされ驚きの表情を浮かべる少年。

 本当は自分が悪いと思っていて謝りたい、でもどうすればいいか分からない。

 揺れる少年の心は続きを求める視線をトワコに見せ、彼女はそれに応えた。


「その時に何を想い、何を考え口に出してしまったのか。それを相手に伝え、そしてごめんなさいをすること。謝罪する時の最良手は素直になることですよ」


 少年が本当に求めるもの、それは真摯な謝罪の仕方。

 恥ずかしさもあるが、それでも彼はトワコの言葉にしっかりと耳を傾ける。


「自身の些細な言動で何かを壊してしまうということの辛さは私も知っています。大丈夫ですよ、勇気があるならばまだ遅くはありません。……諦めないでくださいね」


「……ッ、はいっ」




 ----




「お疲れ、お嬢。どう? 講習会をやってみた感想は?」


「悪くなかったと思います。セネカから見て問題点などはありましたか?」


「いえ、これといって問題は見当たらないわね。まぁアタシもこの手の講習会とかやった経験がそんなに多いわけじゃないし、ほとんど観衆視点での判断だけど」


 トワコと共に講師として立っていながら終始口を開くことのなかった女性、セネカ。

 今回の講習会、どうやら彼女はトワコがどれだけ上手くこうした講師業ができるか確かめるため、あえて手助けせず任せっきりにしていたようである。

 もし本業の講師から意見を貰ったなら改善点なども出てきたのかもしれないが、彼女たちはあくまで冒険者。

「このぐらいできればいい」という具合に想定していたハードルはそこまで高いものではなく、お互い及第点は取れていると判断したようだ。


「正直アタシじゃチビッ子たちにあんなにキレイには答えてあげられそうにないと思ったわ。経験を積めば、お嬢は教師とかも普通にやっていけそうね」


「嬉しい言葉です、ありがとう」


 返礼と共にトワコは上品な笑みを見せる。

 同性かつ彼女を昔から知っているセネカから見ても実に魅力的だと思える表情だった。 

 現在の時刻は夕暮れの少し前といったところ。

 昼頃から始めた講習会も終わり、今彼女たちは自身の家に戻っていた。


 一般的な貴族とはかなり違う道を歩んでいるトワコ。

 とはいえそれは別に家族と喧嘩別れした末のものなどではなく、彼女の両親は娘の生活のために一冒険者には過分と言えるほどの環境を用意していた。

 今の住処である立派な一軒家、冒険に使われる道具や装備、そして専属護衛としてのセネカに加え、キキョウという侍女まで与えられていたのだ。

 トワコ自身がそれに対してどう思っているのかを誰かに明言したことはないのだが、彼女はそれをしっかりと活用し現在は上級冒険者として名を馳せていた。


 トワコは緑茶の入った湯呑みを手に取り口を付ける。


「……ふぅ、キキョウの入れてくれるお茶はいつも美味しいですね。今日のように話し疲れた後だと尚更です」


「ありがとうございます、お嬢様」


 キキョウは表情が乏しいと感じさせる女性だった。

 しかしだからと言って何も感じていないわけではなく、主を満足させられる茶を提供できた喜びを持っていることをトワコは長年の付き合いから感じ取っていた。


「それでは私は夕食の準備に取り掛からせていただきます」


 一礼してからキキョウは退室する。

 部屋に残ったトワコとセネカは今日のことを振り返りつつ会話を続けた。


「今日のはお行儀の良い人達ばっかりで良かったわね」


「ありがたいことです」


「子供受けも良かった点はポイント高いわよ。冒険者は粗野なイメージが強くて一般受けが悪いことが普通なんだから」


「常日頃の努力が認められたようで嬉しい限りですね」


 茶をぼんやりと眺めながら話していたトワコは、ふと何かで思い至ったようで話題を少し変えた。


「そう言えば、一人で活動している冒険者がいるという話でしたね」


「あぁ、うん、その話……」


「低階層での話だとしても見事なものです。ただ、その存在が若手の無謀な振る舞いの誘因とならなければいいのですが」


 トワコ自身はまだ聞いたことのない話だったが、小さな子供たちの間で一応話題に上がる程度には名が知られている存在のようだ。

 独立独歩が基本である冒険者に対して、犯罪を犯したわけでもないのに外部がその在り方に口を出すのは、基本的にはよろしくないことだとされている。

 彼女自身どうこうしようなどと考えたりはしないが、民衆向けの講習会を行うなどこの迷宮都市の冒険者全体のことを少なからず考えざるを得ない経験をしたトワコにとって、その独り者の冒険者というのは少々厄介な存在に感じられるのだった。


「できることならば、迷宮の牙がその身を砕かないうちに方針を変えて頂けるとありがたいですね」


 上級冒険者であるトワコは迷宮の危険性を良く知っていた。

 その冒険者が半端に活躍すれば後追いで同じような無謀な行動を取る者が出て、結果としていらぬ被害が出る可能性は否定しきれなかった。


「うん、まぁ、そうよね……」


 ハッキリとした物言いが特徴のセネカにしては声に力がない。

 彼女の急なトーンダウンにどうしたのかとトワコは首をかしげる。

 目線を下げたセネカは何かを思い詰めているようだった。

 しばらくお互いそのままだったが、意を決したのかセネカは改めて茶を飲み喉を湿らせてから口を開いた。


「お嬢、アタシはね、その独り者の冒険者って奴のこと、ちょっと前から知ってたんだ」


 多少噂になる程度の人物を知っていただけでここまで深刻な口調になるはずがない。

 トワコは黙って話の続きを聞くことにした。


「そいつは……アグゼって名前らしいの」


「へ?」


 トワコの口から彼女らしくない声が出てきた。

 可愛らしいとも間抜けとも取れる声である。


 その名をこんな話で聞くとは思いもよらなかった。

 決して忘れることはない――己が魂に刻み込んだ人物の名前だ。

 聞いてしまった事実が段々と頭の中に拡がっていく。

 視線が定まらない。

 全身が熱くなり、呼吸が早くなる。


「彼、なのですか? 生きて……近くにいると?」


「断言はできない。髪の色も肌の色も違う。でも歳は大体合うし、なんとなくだけど面影はあった。それでお嬢は……トワコ?」


 どう表現すべきか彼女には分からなかった。

 でも決めなければ。

 その名を聞いてしまった以上、動かないという選択肢はあり得ない

 心の奥から出てくる感情は歓喜、希望、悲しみ、絶望、そして恐怖。


「……会いましょう。会わなければ……」




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 冒険者の朝は早い。

 冒険者の仕事には迷宮の探索以外にも、ギルドにて発行される護衛や素材収集などの個別依頼が存在していた。

 新たな依頼は基本的に早朝に張り出されるので、割りの良い依頼を得るために多くの冒険者が朝早くから冒険者ギルドに向かう姿が、この迷宮都市では日常風景となっていた。


 しかし何事にも例外は存在するものである。

 例えば危険度が高いとされる依頼の場合、報酬が高くなるのは当然だが依頼完遂難易度も相応に上昇してしまい、誰にでも受注させていては要らぬ犠牲者が出ることになる。。

 そうした依頼は十分な実力を持った者たちのみが受けることができ、それを知っているその当人は早朝に急いで依頼書を引っぺがす必要が無い立ち場になっていた。


 また他には受注者を指定した指定依頼というものも存在するが、これも結局はほとんどの場合「この人たちだからこそ任せられる、任せたい」という考えのうえで出されるものであり、実力者が受けることが多かった。

 ただしこちらは積み重ねた信頼などから来るものも存在しており初級、中級冒険者にも縁がないというわけではない。

 依頼を遂行するのは粗野で野卑と見なされることも多い冒険者だ。

 依頼者も頼むなら「少しばかり実力が劣ろうとも安心できる人物に任せたい」という考えを持つ者がいるのは当然のことである。

 まぁそんな実力によらない伝手を上手く作ることのできる冒険者も、やはり少数派であることは間違いないのであったが。


 さて、冒険者の依頼受注にはこのようにいくつかのパターン、傾向があるわけだが、ではアグゼはどうなのか。

 実は彼の場合、そもそも受注できる依頼に他の冒険者たちとは違うちょっとした足枷のようなものがものが存在していた。

 彼は迷宮探索や素材収集の面では悪くない実績を持っていたし、依頼人とのやり取りでもこれと言って悪評が出たことはない。

 しかし少人数、というか独り者冒険者であると知られると、特に討伐や護衛など戦闘が想定される依頼では例えさほど難しくはないと思われるものでも、依頼人側が首を縦に振らないケースがそれなりにあったのだ。


 アグゼとラグロの一人と一匹は、多少経験を積んだ程度の初級冒険者パーティーと比べたならば同等以上の強さを誇るだろう。

 アグゼ自身もそう考えてはいたのだが、かと言ってどんな依頼でも彼ら以上にこなせるかと言われたらそれに頷くことはできなかった。

 理由は簡単、「数は力なり」という言葉が文字通りの意味を示していたからだ。

 例として護衛依頼を挙げると、武器を持った人物が多いとそれだけで周囲への示威行為になるし、いざ襲われたときに護衛対象に張り付くメンバーがいないという事態は、リスクが高めるだけでなく対象の不安を助長させ過大なストレスを与えてしまうなど、護れているとは言い難い状況を作ることになってしまうのだ。

 頭数の少なさはアグゼにとって否定できない弱さの一つだったのである。


 ただ幸いというべきか、元々アグゼは迷宮探索と依頼受注では前者の方に重きを置いていた。

 ラグロという金銭をあまり必要としない採集に強い味方のおかげで、探索だけでもそれなりの稼ぎは出せているし、彼の最終的な目標の為には迷宮探索の方がずっと重要だったから、というのがその理由である。

  

 そんなわけで彼が何か依頼を受けようとする時は、他の冒険者が手に取らなかった稼ぎに繋がり辛い残り物の依頼をあえて受けることで、「困った依頼主に手を貸す良き冒険者である」という立ち位置を確立するという考えによることが多かった。

 誰もが見放した状況で伸ばされた手ならほとんどの人はそれを振り払ったりはしないので、これならば依頼を受けられないということもまず在り得ない。

 やり過ぎると露骨な「気取り屋残飯処理係」のようなネガティブなイメージを持たれかねない可能性もあるので、それ一辺倒にならないように気を付けてもいるのだが……。


 ともかくそんなこんなでこの日は「久々に世間の皆様に貢献しますか」という考えのもと、アグゼは昼過ぎにギルドを訪れていた。




 ----




「貴方、ソードマンのアグゼよね? 今時間空いてるかしら?」


 冒険者ギルドの戸をくぐり、依頼書が貼り出されている掲示板に向かっていたアグゼに声が掛けられる。

 その女性はわざわざ彼を待っていたようで、ギルドに入ったアグゼを見つけると迷いなく彼の元へと歩を進めて来た。


 パッと見た限りだと眼前の女性はおそらく年上だろう。

 落ち着いた格好をしているが、何となくもっと華美な服装の方が似合ってそうだな、などと愚にもつかない感想をアグゼは思い浮かべた。


「えぇ、大丈夫ですよ。依頼と見ていいんでしょうかね?」


 冒険者ギルドにていきなり名指しで話しかけてきたのだ。

 十中八九間違いないだろうと思いながら、彼は自身の考えを述べる。。


「……うん、そうね、これは依頼よ。貴方に、やってもらいたいことがあるの」


 女性の口からは歯切れの悪い言葉が出てくる。


 冒険者として依頼主と商談をするときは、依頼の内容や状況をしっかりと聞き出さなければならない。

 そこを疎かにするようではこの業界で長生きはできないだろう。


 アグゼは眼前の女性の真剣な眼差しから何かしらの強い想いを感じ取っていた。

 女性が少しでも話しやすくなるようテーブルに着こうかと提案するが、しかし彼女はそれをやんわりと拒否し、外で話せないかと頼んできた。


「悪いわね、後で理由はちゃんと話すわ。あっ、不躾なことばかり言ってまだ名乗ってもなかったか、ごめんなさい」


 急に自身の至らぬ点に気付いたのか、彼女は謝罪を口にした。

 そして小声で「緊張してるのか、アタシも」とつぶやくと、改めてアグゼの目を真っ直ぐに見て己の名前を告げた。


「アタシはセネカ。貴方と同じ冒険者で【リム―バーズ】ってパーティーの一員よ、よろしくね」



ある程度ストックが出来たので久しぶりに投稿。

キャラのイメージ元は載せすぎると二次創作っぽくなるので、これ以上は載せないようにします。

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