二十三話 子供たちの成長
「ああ、そうかい。テメーは狂ってるよ。もうこれ以上のやり取りはいらねぇな。さっさと終わらせてやるから、テメーはここで死んどけや」
省略した部分はあるが、アグゼは嘘偽りなく己の心の内を伝えた。
それに対し、細身の男は気圧されたところと癇に障った部分の両方があったらしく、こめかみに青筋を立ててもうこの問答を終えようとまくし立ててくる。
改めて装備を構え、しっかりとした攻めの姿勢を見せた。
(啖呵を切ったのはいいが、さすがに辛い)
迎え撃つアグゼの状態はなかなかに酷いものだった。
利き手の右手はまともに機能せず、スタミナと魔力の消耗も楽観できたものではない。
芯に残るようなダメージは負っておらずレッドコム・ベアの時ほどの切羽詰まったような感覚はなかったが、だからと言ってまともな勝ち筋が見えないのは大問題である。
(……じゃあ、やっぱりこのプランでやるしかないか)
アグゼは足りない攻撃力を他で補おうと考えていた。
彼の言う他とはズバリ、先程まで釣りをしていた川である。
今も近くにあるこの川は川辺で釣りをする程度なら何も問題はないが、川中は意外と流れが速く水深もそれなりにあった。
掴んで諸共飛び込めば、装備一式を身に着けた奴らなら溺れる可能性は決して低くはないと言えただろう。
自身は特に防具など着てはいないので、敵を流した後に何とか陸地に戻れるという目算も一応とはいえ……ある。
ただ体に疲労やダメージがあること、右手がまともに水をかける状態ではないこと、どう考えても一人にしか仕掛けられず再上陸の際の大きな隙が致命傷になりかねないこと、そもそも敵の必殺の一撃を避けると同時にタックルで担ぎ上げてそのまま川にダイブするプラン自体が……と色々無茶が過ぎる。
(失敗はもちろん、成功してもわりと地獄だな)
だが逃げるという選択肢はなく、これ以上の作戦もない。
このためにわざわざ追い詰められたフリをして(実際追い詰められていたが)、防御側に有利な森を抜けだし川辺まで意図を気付かれないよう誘導して来たぐらいなのだ。
「本気で行くぞ、ギャズ。しくじるなよ」
男たちの攻撃の気配を感じ取り、アグゼも覚悟を決める。
上手くカウンターになるよう相手の動きを待つが――しかしどうしたことだろうか。
凄みのある顔でこちらを襲おうとしていた男の顔が、急に戸惑いに満ちたものに変わっているではないか。
彼らの戸惑いの理由、視線の向かうその先は彼らの足元だった。
彼らの脚に泥がまとわりついて、その動きを止めていたのだ。
「っっんな、なんだ、っよ?! こいつは!」
「ア゛、ア゛ニギィっ!!」
明らかに自然のものではない。
何かが、誰かが明確な意思をもってこの戦いに介入していた。
一体誰が、と周囲を見渡すと――まさかの存在がいた。
「お兄ちゃんから、離れろっ!」
一度は森の中の小屋に走っていったはずのフィルティが木々の間から姿を見せて、魔法を使っていたのだ。
術としての魔法をちゃんと修めていない彼女が行っていたのは、魔力を持つものなら誰でも行える適性ある属性の最も単純な事象を、無理矢理に引き起こすという極めて単純な業だった。
水と土に適性があるフィルティがそれを複合して行うとどうなるのか。
そう、泥が出来上がるのだ
しかも単純とは言ったが、精霊と会話ができるほどの彼女が全力で行うそれは、なかなか侮れない効力を見せていた。
土が盛り上がり泥となり、それがさらに触手のような形を作って敵である男たち二人の脚にしっかりと絡みついている。
彼らはそれを必死に取り除こうとしているが、フィルティは地面に手を置き普段からは想像もできないような険しい顔をしてそれを抑え込んでいた。
「うぅ……」
だがちゃんと系統立てて作られたわけではないモノを無理に発動しているせいだろうか。
魔力の消耗も大きいようで、フィルティは苦し気な声を漏らしていた。
大丈夫か、すごいぞ、何で戻ってきた。
掛けてやりたい言葉がいくつも湧き上がってくるが、今はそれよりも優先すべきことがあった。
「フィルティ、そのまま奴らを川の方に動かせるかっ!?」
「……やって、みる」
返事と同時に男たちがゆっくりと泥の上を移動させられていく。
負担が増えたのだろう、フィルティの様子はより厳しいものとなっていく。
心配はある、しかしこれは紛れもないチャンスであった。
アグゼは一旦男たちに背を向けると川から離れるように距離を取った。
そして素早く自身のコンディションをチェックしてイケると判断すると、今度は男たちの位置を確認する。
特に狙うべき細身の男の方は、川まであと人の身長で二人分といったところ。
十分だ。
アグゼは駆け出した。
当初は自爆覚悟の道連れタックルを敢行するつもりだったが、フィルティの助力のある今なら別の選択肢が狙える!
全力で走り、目標までもう三歩というところで彼は飛び上がると、そのまま膝を曲げて砲弾となり下半身から突っ込んでいった。
――攻撃において、技をヒットさせてもその勢いで相手を後ろに下がらせないことが「良い打撃」の条件であると言われることがある。
それは攻撃を当てられた対象が移動するということは、発生した運動エネルギーが「破壊」以外の無駄として表れているのだ、という話だった。
さほど強烈ではないパンチを打ち込んで相手がその場に崩れ落ちたときに、それは攻撃が生んだエネルギーが効率よく目的に使われたおかげだと考察する、というのも同じ理屈だと言えるだろう。
ここで想像してほしいことは、どんな攻撃だとそのエネルギーの伝導が難しいか、ということだ。
ポンっと思い浮かぶのは、体当たりなど接触面積の大きい技だろう。
これらはブチ当てても力が浅く広く伝わるので、殺傷力というエネルギーの一点集中作業が求められることには使い辛さが見える代物だった。
なら、そういった技は端的に言って弱い攻撃なのか?
いや、ちがう、そうではない。
視点を変えるのだ。
例えば壊すのではなく、動かすことの方を主眼に置いたなら?
そう、条件を整えさえすれば、そういった攻撃も主役に躍り出る可能性は十分にあった。
ドロップキックはまさにそういったブッ飛ばし攻撃の代表的なものの一つだった。
全身を使った派手な空中殺法だが、当てるのは揃えた両足の裏というそれなりに大きな面であり、殺傷力という点で特筆すべきことはない。
しかしそのぶつかり方のおかげで体当たりなどに比べればエネルギーにまとまった指向性があり、またうまく繰り出せば背骨という人体最大の筋力機関をガッツリ活用できる大きな特徴を持っていた。
後ろに吹き飛ばすという一点において、これは相当なポテンシャルを誇っていることは間違いがない立派なアーツなのである。
狙われた細身の男は焦っていた。
武装している己に対して、多少の横やりが入った程度では怪我をしたあの男が有効打を打てるとは考えにくいが、それでもその闇雲ではない意志を持った前進はこちらの不安を煽って来る。
動けない、マズい、迎撃、ダメだ、槍も掴まれている、ならせめて盾を両手で……。
刹那の瞬間に、様々な思考が男の頭の中を駆け巡る。
だがダッシュからの跳躍、そこから両足でのキックという相手の珍妙な攻撃を確認し、彼はわずかに安堵した。
(へっ、防具越しにそんな蹴りでまともなダメージが――)
バガンッッ
人同士がぶつかったとは思えないような音が響き渡る。
バルディアン・バスター・ドロップ・キック、本家のバルディアの戦士の中にはこの洗練されたダブルキックを試合のフィニッシュムーブに繰り出す者も多かった。
荒々しさと軽やかさの両面を併せ持つこの技は、そのファイターの強さを如実に映す鏡だという。
インパクトの瞬間、蹴るのではなく曲げていた脚をエビ反りの要領で「押し出す」ことを意識していたアグゼのそれは、初めて放ったにしてはなかなかに見れるものになっていた。
かつてアグゼに教えを授けたバルディアの戦士がもしこの場にいたならば、きっととても良い笑顔でサムズアップしてくれたに違いない。
タイミングよく泥の触手が離れたこともあり、細身の男は構えた盾ごと後ろに吹き飛んだ。
元々アグゼの肉体は冒険者稼業メインで鍛えられた実践向きのナチュラルなものだったが、それでいてキログラム換算で三桁に突入しかけているという身長から考えるとかなり密度に恵まれた代物だったのだ。
加えて迷宮探索で高められたレベルのおかげで三割ほどのプラス補正が得られている。
そんな彼が背骨というまさに全身の力を導入して放った一撃は、敵をまるで人形であるかのように扱うのであった。
「ほぇ」
フィルティの口から可愛らしくも間抜けな声が漏れた。
大の男が地面と水平に跳ね飛ぶという異様な光景に目を丸くして驚いていたのだ。
そして跳ね飛ばされた当人も、それと同じように驚愕に包まれていた。
(ありえんっ! こんな、バカなっ!?)
実戦で大道芸染みた技を喰らい、そして冗談のネタになるような吹っ飛ばされ方をしてしまった。
彼の心は大きく乱れていた。
しかし、その乱れもすぐ別のものに取って代わられることになる。
大きく宙を飛んだ男はきれいに川の真ん中辺りに落ちたのだが、盾越しとはいえ強い衝撃を受け肺から酸素が抜け出てしまった彼は、それを取り戻そうと反射的に大きく呼吸をしてしまった――水中なのに。
「う゛ぼっ! ばっ、ぁ゛っっ!」
「ア、゛ア゛、ア゛、アニギイィィッ!!」
もがき続け、ようやく拘束を抜け出した小男が焦りの声を出す。
近くにはドロップキックの後、胸から着地して倒れたままのアグゼや呆けた様子のフィルティもいたのだが、それらには目もくれず溺れて流されていく相方の様子をひたすら気にしているようだ。
川の中の男とそれを追う小男、彼らはあれよあれよという間にアグゼ達の前から遠ざかっていく。
「そのまま海の底に流れ着くことを祈ってるぜ、じゃーな!」
もうほとんど見えなくなってしまった男たちに向けて一声発した後、空を仰いだアグゼは大きく息を吐いた。
「…………はぁ、終わった。終わったか」
「お兄ちゃんっ!」
場の安全を確保できたことで落ち着いた空気が戻ってくる中、フィルティが駆け寄ってくる。
保護者という立場上、危険を顧みず戻ってきた彼女をしかるべきなのかなと思わなくもなかったが、勝利の鍵となるナイスアシストを決めたのも彼女だった。
せっかくの勝利に水を差すこともないと考え、アグゼは立ち上がりながら言葉を選んだ。
「助かったよ、フィルティ。良いガッツだった」
「良くなんか、ない。私が狙われて、お兄ちゃんは巻き込まれただけで……」
彼女は自責の念に囚われているようだった。
無理もない話である。
戦い終えたアグゼの格好は酷いことになっていた。
泥の中に思いっきり倒れ込んだせいで体中泥だらけなうえ、泥が付いてないところは血の染みと思わしき赤色が見えている。
「それに、よく見えなかったけど、右手……」
そして明らかにサイズが小さくなってしまった右手。
これらを見て笑顔をなれる人物はなかなかいないだろう。
「あーこれはなぁ、まぁ、うん」
悲痛な顔を見せるフィルティに対してアグゼの様子は幾分軽い。
痛みはあまり残っていなかった。
そして何となく感じていたのだが、彼女に見せないようにしつつ改めて右手をチェックしてみると、指の付け根、切断されたところが薄い皮膜を張り、さらにそこから小さな突起のようなものが生え始めているのが確認できた。
指の再生が始まっていたのだ。
(ここまでできるのか。すごいな、魔法は)
散らばった指を集めればつなげることぐらいはできるかもと思ってはいた。
しかしそれ以上の効力を見せる魔法というものに、アグゼは驚きと感謝の気持ちを持つしかないのであった。
「一度見せただろ? 俺には回復の魔法があるんだ、問題ないさ」
「……治るの?」
「あぁ、大丈夫」
泥に埋もれてしまったであろう切れた指を探す必要もない。
アグゼは努めて明るい調子で話した。
「でも……」
終わり良ければ総て良し、と言い切れるものでもないというのも事実だろう。
確かに苦労はしたし痛い目にもあった。
ただそれらは全てアグゼが自分の意思で選択したモノなのだ。
そもそも彼女が狙われたこと自体、彼女に責任はないではないか。
少女の気持ちを変えるためにも、アグゼは話の方向を少し変えることにした。
「なぁフィルティ、お前は謝らないといけないって考えてるのかもしれないが、そうじゃないだろう? 誰かの尽力に助けられた、そんな時に一番最初にすべきことは何だと思う?」
「え、えっと……」
「ありがとうってお礼を言うことだ。謝るよりも、そっちの方がお互い暖かい気持ちになれるしな」
フィルティは口を閉じて、言われた内容をしっかり理解できるよう考えを咀嚼し始める。
そしてそのことに納得がいったのか、わずかに頷きつつアグゼの顔を見た。
「うん…………ありがとう、お兄ちゃん」
『ありがとう、父さん』
かつて言いたかった、かつて言えなかった声が聞こえた。
幻聴だ、でもそれに代わる言葉が、今ここにはあった。
「……っ」
不意に男の目から一筋の涙が零れる。
「お兄ちゃん、やっぱり、本当は痛い?」
「……いや、なんでもない。なんでもないんだ」
ヒグッ
全くそんなつもりはないのに口元が歪みそうになる。
あー、これはダメだ。
アグゼはフィルティに背を向けた。
目頭を押さえて何度か深呼吸をする。
フィルティは心配そうにしつつも何と言っていいか分からず声を掛けられなかった。
ほんの少しだけ時間をおいてから、無理矢理気持ちを抑え込んだアグゼが再びフィルティの方に向き直る。
「すまん、かっこ悪いところを見せた」
「かっこ悪くなんかないっ、お兄ちゃんはカッコイイよっ!」
フォロー、というよりは本当にそう思ってくれていそうな声でフィルティは励ましてくる。
アグゼからすれば心底かっこ悪い姿を一回りは年下の義妹に見せてしまい、何を言われようと恥ずかしいと思う気持ちに変わりはないのであったが。
「本当にっ、お兄ちゃんはカッコイイっ!」
「分かった、分かったから。やめて、本当にやめて、お願い……」
バカなことをやっている場合ではない。
実際、彼らはこれからやらなければならないことがいくつもあったのだ。
そのことを話しフィルティを止めると、アグゼは彼女に小屋に戻るように促した。
元気よく、とまではいかないが、怪我もなくことを終えれたフィルティは釣り竿や魚の入った桶を率先して手にすると、その言葉に従いボロボロのアグゼを先導するようにしっかりとした足取りで小屋へと歩き出した。
重いだろうからと桶の方を受け取りフィルティの少し後ろを歩くアグゼは、庇護対象の無事な後ろ姿を目にしながら思いを馳せる。
父さん、貴方があの時救った命は、他の誰かを助けられるぐらいに強くなりました。
見ていてください。
これからも、貴方のあの選択には意義があったんだって、証明し続けてみせますから。
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考えなければならないことは、事態が完全には終息していない可能性がそれなりにあるということだ。
あの男たちを打ち倒したわけではないし、奴らは人払いの結界のことを把握していた。
結界そのものをどうにかできるのか、あくまでその周りで待ち伏せするしかないのかは分からないが、どちらにせよここに長居していてはそのうち身動きが取れなくなる事態になるだろう。
だから、早めにここを出ていく必要があったのだ。
しかしすぐに動けるかと問われれば、それは難しいと言わざるを得なかった。
疲労がそれなりにあったうえ、右手の状態も万全とは程遠い。
行動は早ければ早いほど良いとはいえ、焦りは禁物である。
プランが必要だった。
アグゼは多少のリスクも考慮しつつ、最終的にフィルティと揃って二人でラズマードまで戻れる計画を考えた。
まずこの小屋での滞在期間。
感覚的に丸一日もあれば右手の使用には問題が無くなると思われた。
無論、疲労の回復やここを離れる準備をする時間も忘れてはならない。
そしてラズマードに向かう手段やルート。
人買いどもと鉢合わせすることは勘弁願いたいが、あまりそれを重視しすぎると本末転倒になりかねない。
ゴールは明確である。
ラズマードに入りさえすれば、トワコなどに協力を求めることができフィルティの安全が確保できるのだ。
「よし、これならいけそうだ」
プランはこうだ。
まず、出発は万全の態勢を整えることも考えて明日の夜。
結界付きのこの小屋にこもりっきりでいれば不意を突かれる心配は少ない。
一日ぐらいは留まることも問題ないだろう。
また、この世界で夜の森という全く視界が利かない場所を歩くのは完全に自殺行為だったが、それに対する打開策がアグゼにはあった。
火も使わずに済むそれなら、例え奴らがいても気づかれずに済むはずだ。
逆に向こうはおそらく松明などの明かりが必須だろうということを考えると、夜の闇はアグゼ達の味方だと言えた。
進む道筋としては最寄りの村に陽が高い日中に訪れるようにして、そのままラズマード方面の馬車を確保。
うまく馬車が見つからなかったなら、護衛の冒険者を雇っての歩きの旅でもいい。
とにかく人の目が多い中を進むことが肝要だった。
人さらいにしろ復讐にしろ、衆人環視の中でそれらを行うのは難易度が高い。
こちらが警戒しているならなおさらだ。
それに素手でも何とかしのげた相手である。
防具こそないが、愛用のバスタードソードを手にして立ち向かえば勝機は十分にあるだろう。
心配事があるとすれば、それはフィルティの体力が持つかということだった。
この小屋に来るときは記憶があやふやになるぐらいに大変だったらしい。
アグゼに比べて明らかに体力が少なく旅慣れもしていない少女がどれだけ頑張れるのか、それが読めない点は大きな不安の種であった。
「大丈夫、どこにだって行ける。脚は引っ張らない」
そんな彼の心配に対して、フィルティは妙にやる気に溢れていた。
戦闘で手助けできたことなどで色々と自信が付いたのかもしれない。
何にしろ、動かなければならないことは動かしようのない事実なのである。
今はその彼女の精神状態に期待するとしよう。
予定の時間がやって来た。
想像通り、右手は完全な状態に戻っている。
疲労などもほぼ問題のないレベルにまで下がり、必要な荷物は二人分のバックパックにまとめてある。
後は、この暗闇の中に足を踏み出すだけだ。
「いけるな?」
「うん。外は真っ暗だけど、お兄ちゃんとなら怖くないよ。行こう」
そうして、二人は森の中へと入っていったのだった。
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お母さんが死んでから、私は世界が怖いものだということを知った
心配してくれる友達もいたけれど、それでも彼らの親で引き取ろうと言う人はいなかった。
お母さんがいなくなり私一人だけになると、買い物とかするもの大変だった。
「この金、盗んできたんじゃないだろうな」
そんなことを言う人もいた。
たまに向こうから話しかけてくる人もいたけど、精霊さんが良くないって言うからそんな人からは離れた。
それで食べ物だけ買って、森に入って、お母さんの残した言葉の通りに動いた。
怖かったけど、抱きしめたドゥイーブと、お母さんのブランケットが勇気をくれた。
でも、やっぱり怖かった。
お母さんの言う通りの小屋が見つかって、やっぱりお母さんの言葉を信じればいいんだって思えた。
それなのに、そこには誰もいなくて……。
だから待った。
ずっと、ずっとずっと待って、それで……お兄ちゃんが現れた。
お兄ちゃんはお母さんが言ってた人じゃなかったけど、あったかいご飯を作ってくれて、ベッドで寝ていいよって言ってくれて、お風呂を用意してくれて、それで……兄妹になろうって言ってくれた。
お兄ちゃん。
私のお兄ちゃん、名前はアグゼ。
すごく筋肉いっぱいで、強い人。
優しくて、一緒にいると安心できる人。
何故かわからないけど、私を大切にしてくれる人。
お母さんはこうなるって分かってたんだ、やっぱりお母さんはすごい。
でも……怖い人たちが来て、私を連れて行こうとした。
お兄ちゃんは一人だけ残って、その人たちから私を逃がしてくれた。
怖かった、新しい家族も、お母さんみたいにいなくなっちゃうんじゃないかって。
だから戻った。
お兄ちゃんたちが争っているところに戻った。
そうしたら、お兄ちゃんの手が切られるところを見た。
すごく痛そう。
それなのにお兄ちゃんは降参しなくて、私のために……命を懸けるって言ってくれた。
これまで同い年ぐらいの女の子から人気があるっていう男の子を見ても、私は特に何も思わなかった。
その男の子はカッコイイらしい。
けど、やっぱりそれも分からなかった。
昨日、初めてカッコイイってどういうことか分かった。
お兄ちゃんみたいな人のことを言うんだ。
お兄ちゃんはカッコイイ、カッコイイのはお兄ちゃん。
二人で一緒に怖い人たちを追い払った。
私のせいで怪我しちゃったことをお兄ちゃんに謝りたいと思った。
けど、そういうときは謝るんじゃなくて、ありがとうを言うんだって教えてくれた。
お兄ちゃん。
私のお兄ちゃん、今も私の手を引いて一緒に歩いてくれる人。
フィルティ、知ってるよ。
こういう人を王子様って言うんだよ。
困ってる女の子の元にやってきて、幸せへの道を示してくれる人。
最初はお母さんの言った人の代わりだった人。
その次は家族になったから一緒にいた人。
でも今は……一緒にいたいから一緒にいる人。
お兄ちゃんは王子様で、強くて優しくてカッコイイ人。
でもそんなお兄ちゃんでも、やっぱり泣いちゃうときはあるみたい。
私もお母さんが死んでから何度も泣いた。
泣くのは痛くて寂しくて辛いから。
お兄ちゃんでもそう思っちゃう時があるんだ。
……強くなりたい。
強さは一緒にいる人に勇気を与えてくれるもの。
今はドゥイーブも、お母さんのブランケットも背中のリュックに入れてるけど、ちっとも怖くない。
今掴んでるのは、お兄ちゃんの手だけ。
真っ暗な森の中だって、お兄ちゃんが一緒なら勇気が溢れてくるんだよ。
だから、私もお兄ちゃんを泣かせない、勇気を上げられる強さが欲しい。
今日、私は魔法を使えば強さが得られるって知った。
私は強くなれる人なんだって知った。
強くなって、強くなって、強くなって、お兄ちゃんを泣かせる人なんか傍に近寄らせないんだ。
お兄ちゃんのお仕事は冒険者っていう強さがないとやっていけないモノだって聞いた。
じゃあ私が強くなれば、大人になったときにお仕事も一緒にできるの?
王子様と一緒にいることは大事なこと、お話でもいつもそうなんだから。
精霊さんだって、応援してくれてることが分かるんだから。
お母さん。
お母さんが言ってくれた道を進んだら、本当にすごいことがあったよ。
だから心配はいらないよ。
私はこれからも、頑張れるから。
アグゼ。
私のお兄ちゃん。
大好きな、私だけのお兄ちゃん。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと…………イッショだよ。
このぐらい段階を踏めば即落ちなどとは言われまい、とは思うが。
書いてて思ったのは、この子ヒロイン度高ぇなってこと。
プロレスネタは今後も入れたいな。
モチベーション維持のためにも変わらずブクマ・評価・感想は募集中です、どうぞヨロシク。




