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憤怒の赤、狂い咲く華  作者: 徳川万次固め
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二十二話 その行動は何の為に

「小屋まで走るんだ、振り返るなよ」


 兄の唐突な言葉にフィルティはビクッと反応することしかできなかった。

 争いごととは無縁の人生を送ってきた彼女でも、これからここで起こるであろうことは容易に想像ができる。

 例え助けになれなくてもアグゼ一人を残していくことに抵抗を覚えた彼女は、震えながらアグゼの顔を見上げた。


「早くっ!」


 彼はそれに視線だけ返すと、再度声を上げる。

 明言こそしなかったが、その目はフィルティがここにいることの方が迷惑であると暗に告げていた。

 

 フィルティは覚悟を決めた。

 逃げることこそが兄の助けになるならば、自分は逃げよう。

 残る兄は危険な状況にまともな武器もなく一人で対処するつもりのようだが、何度か見たその体つきなどは彼が明らかに「強き人」であることを示していた。

 彼ならば、きっと何とかしてくれるに違いない。


 縮み込みそうになる身体に活を入れるために悲観的な視点は捨てて、あえて楽観的な考えを念頭に持ってくる。

 そうしてとりあえず動けるコンディションに自らを調整したフィルティは、男たちに背を向けて小屋がある森の中へと走り出した。


「お嫁ぢゃんっ」


 釣られるようにギャズと呼ばれていた小男も動き出す。

 その視線はフィルティに固定されており、アグゼの動きなど気にした様子もない。


「待てッ。ギャズ、止まれっ!」


 ビクリと脚を止めたギャズの目前を高速の飛翔体が横切った。

 それはいつの間にかアグゼが手にしてブン投げた手の平サイズの石であった。

 その石は破砕音を響かせ太い木の幹にめり込む。

 単なる嫌がらせなどとは比較にならない高い殺傷力を持った強力な攻撃である。


「チィ」


 外したことに軽く舌打ちしながらもアグゼは再び投石の構えを取る。


「ギャズ、甘く見るなよ。喰われるぞ」


 この人買い二人組は兄貴分の男が主導権を持っているのは明白だった。

 小男の方は言動に反して与えられた指示に対しては従順に動くようで、先程までろくに意識もしていなかったアグゼに対して今はハッキリと強い目線を送っている。

 彼らはどちらも盾を持っており、それを前面に構えて投石に備えた。


 対するアグゼは石を握り込んだ右手とそれを抑えるように被せた左手を頭上に掲げて大きく息を吸う。

 そこから軸足となる右足だけを残し、他の両手や左足を全てやや大袈裟なぐらいに右側から背面へと回す。

 そしてその捻じれが生み出すエネルギーを右手、そこから石へと託し、一気に解き放つ。


 歪にして美しい、その投球はまさにトルネード。


 ギャリンッ


 石と金属が激しく接触する嫌な音が発生する。

 石は細身の男の盾にヒットしたが、彼は盾を斜めにして衝撃を真正面から食らわないように受け流したので、大した被害は与えられなかった。


(こっちは見た目通り、それなりにデキるみたいだな)


 防御を気にしなくて済む先制のチャンスで戦果が得られなかった。

 そのことにアグゼはわずかに肩を落とす。


 それに対して防御した側の男の方は愉快気に目を細めた。


「きれいに流したはずなんだがなんつぅ衝撃だ、腕が痺れるぜ。それにその石の投げ方、てめぇおもしれー技術を持ってんなぁ」


「ならそれをモロに喰らうと人体がどうなるかも気になるんじゃないか? 遠慮するな、しっかりその身で味わっていけよ」


 細身の男は盾を構え直し、右手に持っていた槍の先端をこちらに向けてきた。

 どうやら彼の興味を引くことはできたようだ。

 細身の男がフィルティよりアグゼへの対応を重視したことで、小男の方もやや未練はあるようだがここに留まることを選択していた。

 厳しい展開に変わりはないが、とりあえず望んでいた状態に事が運べたアグゼは落としていた肩を戻して体中に気合いを入れ直す。


「その変な投げ方は……確かバルディア、とか言うやつらの技じゃなかったか?」


「……よく知ってるな」


「ビジネスマンは雑事に詳しいのよ」


 バルディア、それは組み技をメインとして、闘いを興行的な見世物に世界を周る戦士たちのことであった。

 バルディアの戦士をただのショーマン・ファイターとして侮る見方もあることは事実であったが、ブック(シナリオ)に沿って技を繰り出し、時に敢えて技を喰らい熱く激しいバトルを繰り広げる彼らが、極めて屈強な戦士であることをアグゼは知っていた。


 アグゼは現在愛用しているバスタードソードを手にする前は、スラム育ちらしく素手戦闘、ナイフ術、そして投石術を自己流で扱っていた。

 しかし本格的な戦闘を体験する前に、一度しっかりとした実践的な戦いの知識などをその手のプロから教わっておきたいと思ったことがあった。

 折よくその頃住んでいた所の近くにバルディアの戦士たちが興行に来ており、色々あって戦士の一人に教えを受けることができたアグゼはその時に簡単な剣術やいくつかの戦闘技術、そして知識をバルディアの戦士の強さと共に知ることができたのであった。


「それで、どうするんだ? 俺があっさりやられるタマじゃないってことは分かってくれてると思うんだが」


「まぁそうだな。けどよぉ……そんなただの空元気なんかじゃねー確固たる自信ってやつを持ってるヤローを潰す方が、むしろイーんだよなぁ」


「……そうかよ」


「何言ってもこっちの方が有利なのは変わらねー。精々がんばりな」


 言葉を終えると同時に、二人組はアグゼを挟み込むような立ち位置を取った。

 かつてアグゼに戦闘の心得を仕込んだ男のセリフを思い出す。


『相手の方が多いならバカ正直に付き合うな。人数の差は技量の差になる』


 アグゼ自身、階層ボスであるレッドコム・ベアに対して同じ状況を作ったものだが、己がやられるとこれが本当に厄介なものだと良く分かる。

 例えば仮に一般人であろうとも、息を合わせることさえできれば前後同時の斬撃という一人で行うなら神業という言葉では済まないような攻撃が可能となるのだ。

 そこを意識できない程度の烏合の衆やモンスターの群れならば、まだ付け入るスキはある。

 しかしこいつら相手では……なかなかに厳しそうだ。


「あ゛ぁ? んだそりゃよぉっ!?」


 だからアグゼは教え通り、相手のやり方を否定する戦法を選んだ。

 走り、転がり、石を拾っては手首のスナップを利かせた素早いモーションの投擲で牽制し、とにかく近接武器の間合いに入ること自体を拒絶する。

 技量の差が生まれるなら、そもそも技量戦を発生させなければいいという考えだった。


 このスタイルで要求されるのはとにかくスタミナと運動量だ。

 そしてそれらはアグゼが自身の長所として挙げられるモノでもある。

 彼はやや無茶とも入れる方法で不利な状況を跳ね除けようとしていた。


 それに対して面食らったのは二人組の方である。

 彼らは自分たちの得意とする必勝パターンに持ち込んで勝ちを確信していた。

 ところが獲物だったはずの男はそんな状態でも怯えを見せず徹底抗戦してくるではないか。

 自分たちが負けるとは思わないが、それでも楽しい狩りが極めて面倒くさい何かに変わってしまっていることは間違いなかった。


「うざってぇ……」


「当だるっ、当だりっ! 終わり゛ぃっ、!」


 段々と引っ掻き回されることに億劫になってきた細身の男は手数が減り、逆に小男の方は苛立ちからかその手に掴んだ斧による攻撃が激しさを増していった。

 結果的に挟撃を受ける状況は避けられていたが、それでアグゼ側が有利になったかと言うとなかなかに微妙であった。

 男たちはどちらも盾を持っていて、投石攻撃では大したダメージを与えることができない。

 線で受ける武器と違い、面で止める盾での防御は飛び道具に対する効果が絶大なのだ。

 最初のような強力な一撃を放つ隙を見つけられなければ、とてもではないが致命打を与えることはできないだろう。


 加えて言うなら、ほぼタイマンになった目前の小男の動きが思った以上に厄介だった。

 開戦してしばらくは驕りからくる遊びが入っていたのだろうが、今はそれが無くなってかなり機敏に動いており、アグゼの機動力に十分に付いてきている。

 斧の斬撃はアグゼの全身に多くの細かい傷を作り、《リジェネレート》の自動修復もフル稼働中だ。

 不可視の攻撃などが来なくても、ヤバいシチュエーションには変わりがないのであった。


「ご、ごっ、ごんど、ごそっ!」


 一切の装備がないアグゼの方がスピードで上回るとはいえ、素手で斧という刃物を捌き切る技術など彼には存在しない。

 連続攻撃で試行回数を重ねれば、その差を埋める瞬間もやって来るものだ。

 そしてついにその時がやって来た。


「ぅぎっ!」


 顔面への一撃を避けようと反射的に上げた利き腕の右手を、斧が容赦なく襲った。

 その結果、親指以外の指四本が切断され地面に散らばる。


 動かせる体の一部が無くなる違和感や喪失感が瞬間的にアグゼの胸中に生まれるが、彼の闘志は衰えない。

 バックステップで大きく距離を取ると、乱れそうになる呼吸を何とか整えようと努めた。


「やっだ、やっだよ! アニギ!」


 努力が実った小男は嬉し気な声を上げるとそのまま追撃を掛けようとする。

 しかし、相方の男は何かが気に食わないのか、表情を変えることなく面白くなさそうにアグゼを見ていた。


「ギャズ、待て。そいつに少し聞きたいことがある」


「え゛え゛ーっ!?」


 声でも態度でも不満がアリアリなことは簡単に見て取れた。

 だが二人の力関係はしっかりしていて、命令に反することなく小男の脚はすぐに止まる。


「フゥッ、フゥッ、何が……聞きたいってんだ」


 相手の意図は分からないが、少しでも時間が欲しいアグゼは動ける状態は崩さずに話に応じた。


「テメーの不自然さ、動機が知りたい。調べてもあの嬢ちゃんを護るような存在は見つからなかった。見た目から考えて遠縁の親類という線も薄そうだ。いや、そもそも親類縁者だとしてもその頑張りは納得がいかねぇ。……なんでそんなになってまで俺たちの前に立ち続けてんのか、それを聞かせろよ」


 この男の思想などが何となく見えてくる発言だった。

 おそらくアグゼの奇妙なまでの利他的な行動が気に入らないのだろう。


「なるほどね、俺があの子のためにこうして切り刻まれてるのが気に入らないと」


「ああ、そうだよ」


「……質問に対して質問で返すのは最悪だって聞いたことがあるが、あえて聞くぜ。アンタが『ビジネス』とやらに励む理由、それは何だ?」


「あ゛ぁ? 何言って――」


「その方が話が早いんだ。言えよ」


 いろんな意味でアグゼの頑固さを感じ取ったのか、男は渋々ながら返された質問に応える。


「そりゃオメー、良いもん食って、良い女抱いて、良いとこで寝て、つまり良い暮らしをするため……良い想いをするためだよ」


「なら答えは出てるじゃないか」


「は?」


 予想外の言葉だったのか、男は間の抜けた声を出す。


「あの子を売り渡した後に食う飯はクソマズいだろうし、お前らなんぞに負けたとあっちゃ夜も眠れねぇ。同じだよ、俺も良い想いをするためにこうして体張ってんのさ」


「何言ってやがる。んなもんはっ、全部命あっての物種だろうーがっ!」


「命か。そうだな、そうかもしれない。けどな、あの子を助けることには、命を懸けるだけの価値があるんだ」


 アグゼはかつて、父と慕った人に命を救われている。

 文字通り命を懸けた献身によって。

 あの時、アグゼとヒューベインの間には明言された家族関係など何も無かったのに、だ。


 それに比べて過ごした時間こそ短いが、アグゼとフィルティはお互いに家族になると宣言している関係なのだ。

 だというのに、かつてのそれよりもっと近しい存在であるはずの彼女のために、自分は命を投げ出すことができないというのか?

 尻尾を巻いて逃げることが、賢い生き方だとのたまうつもりなのか?


 あぁ、我が身が大事などとどうして言えようか。

 あの人の姿を思い出せ。

 そう、義父の生き様が示してくれているじゃないか。

 ここが、命の使い時であると。


「それとな――」


 アグゼ自身は気付いていなかったが、それは一種の病気、呪いであった。

 欲の皮を突っ張らかしたとき、人は意外なほどあっさりその身を危険にさらす。

 しかし口で何を言おうと、純粋に他者の為に動こうとするとき、同じようなことができると言えばそうではない。

 生き物は押し並べて自己の保身を重視する、それが基本であるし正道でもある。

 真に覚悟の決まった人や俗物的な欲の欠如した物語の英雄、もしくは精神破綻者と呼ばれる人物でもなければ、実際にその身を削り、それでいてなお己の安全を度外視した行動を選び続けるということは出来やしないだろう。

 そして当然、普段のアグゼにはそんな人物像は当てはまらなかった。


 しかし、今の彼はいつもと違っていた。

 十二年前の悪夢を思い出させる状況に、アグゼは怒り、悪寒を覚え、そして興奮していた。

 彼は憧れていたのだ。

 理不尽な災厄に襲われた子供を助けるために己を投げ出した、まさに英雄と呼べる義父の姿に。

 彼は恐れていたのだ。

 そうして助けられた男の子が、実はそんな価値のない取るに足らない存在である可能性に。


 逃げるんじゃない、乗り越えるんだ、証明するんだ!

 彼はまさに、何かに憑りつかれたように、蛮勇に身を任せ猛っているのであった。


「――俺を、ナメるんじゃねぇっ!!!」

グロの注意喚起とかどの程度までいったら書くべきなのか分からない。

今度の為にも誰か教えて……。


今回は半端なところで終わったので、次回はいつもよりは早めに投稿予定。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の行動に実に説得力があり、アツい!
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