二十一話 正しい義妹との暮らし方、ご存知の方はいらっしゃいませんか?
アグゼとフィルティが家族となってから数日が経った。
フィルティは口数の少なさや表情の乏しさから、まだ性格などに把握し切れないところも多々存在していた。
しかしそういった点も考慮したうえで考えると、互いの距離感は悪くない程度に縮まってきているとアグゼは考えていた。
そしてそのことに彼はいくらかの安心感を覚えていた。
何しろ彼は首、尻、太ももに一切の細さを感じさせないマッチョな体格をしているうえ、服を脱げば濃いというほどではないが褐色の肌が見え、そこには戦闘による結構な数の傷痕なども付いている。
正直に言って内向的な少女を怯えさせかねない要素が満載だと言えたのだ。
何気なく着替えの際にそれを見せてしまったときに多少の驚きは与えたようだが、特に悪い印象などは持たれなかったようで、そのことにアグゼはホッと息を吐くのであった。
いくつかあった出来事の中でも、特に心を開いてくれたと感じられたエピソードが一つあった。
それは安易には他人に教えてはいけない秘密を話してくれたことである。
食事の用意をしていた時のことだ。
川から汲んできていた水が少しばかり足りず、仕方なくそれを補充するため外に出ようと考えたアグゼの目の前に、小さな水の塊がフヨフヨと漂ってきた。
それはフィルティが呼び出した水の玉だったのだ。
「たまげたな、魔力を持っていたとは……」
「危ないことになるから他の人に教えちゃダメだって、お母さんが言ってた」
彼女の言うことはアグゼにもよく理解できる話だった。
魔力の保持は立派な才能だ。
それは人買いなどにも高い商品価値として捉えられる。
親無しになったフィルティがその力を誰かに知られたなら、あっという間にどこかに連れ去られてしまう可能性は十分にあった。
「俺には教えても構わないのか?」
「?、お兄ちゃんは家族だよ?」
「……あぁ、そうか。そうだな、俺たちは家族だもんな」
現状二人は家族という関係であり、少女にとって家族である目の前の男はすでに「内側」の存在なのだ。
彼女がそう認識して一定の信頼感を作り上げていたことにアグゼは気付かされる。
子供らしい危うさはあるが、それに少々の嬉しさを覚えた彼は軽く頬をかき、見せてもらえた秘密に応えるように自身も《パイロ》など分かりやすい魔法を披露する。
「お兄ちゃんも同じだったんだ」
「実は使えるようになったばっかりで、正直下手くそもいいところだけどな」
「ビックリした。ビックリしたけど、お揃いで、嬉しい」
少女の顔にわずかな喜色の笑みが浮かぶ。
フィルティは自分と義兄との間に共通項を見い出したことに喜びを覚えていたようだ。
アグゼのそれはフィルティのように秘密にしなければならない類のものではなかったが、彼女の目にはアグゼの行為が己をさらけ出してくれる行いに映ったようで、より大きな信頼を寄せてくれる切欠の一つになってくれたらしい。
得られたものに報いなきゃな、そう感じてしまう出来事であった。
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時間が過ぎれば当然足りないアレやコレやも出てくるものだ。
毎日減っていく代物の中で特に重要なものはやはり食料であろう。
当初フィルティに「足りないようなら買ってくればいい」と言っていたアグゼだが、実はここから最も近い村までは歩きだと往復で丸一日掛かるぐらいの距離があった。
アグゼの脚とスタミナがあればその行程を半分にすることも可能ではあるが、それを説明するとフィルティはやや沈んだような顔を見せる。
新しい家族と離れるのが嫌だったのかな、などと考えるアグゼ。
実際は半日走り続けてくるからとけっこうな苦行を軽い口調でのたまう男に、申し訳ない気持ちを持ってしまっていたゆえの表情であった。
食料が必要なことは事実であり、動かないわけにはいかないしなぁと考えるアグゼは、ふと倉庫の中にこの状況に適した道具があったことを思い出す。
倉庫へと向かい目当ての道具を二つ引っ張り出してくると、それらを両手に持ったまま彼はフィルティに質問をした。
「フィルティは釣りってやったことあるか?」
「釣り……」
聞かれたことに対して彼女は首を横に振る。
アグゼが倉庫から持ち出してきたものは釣り竿だった。
「なかなか楽しいぞ。経験がないなら俺が教えるよ。やってみないか?」
塩などの調味料は手元に十分あったので、主食さえ用意できるならば当面の食糧問題はクリアできることになる。
半分娯楽にもなる釣りをフィルティとのコミュニケーションツールとしてやってみるかな、そう考えた末の誘いであった。
「……うん、やる」
声は小さいが少女はしっかりとした返事で応えた。
簡単な練り餌を食事の残りから作り、それと釣り竿や桶を持って二人は近くの川にやって来た。
石や岩がゴロゴロ並ぶ河原の中でも特に釣りに向いたポイントを探すと、ちょうどおあつらえ向きに丸太が川と平行に転がっているところが川辺に存在していた。
彼らはそこに腰を下ろし、まずはアグゼが手本になるように餌の取り付けからそれを川に向かって振り入れるところまでを実演して見せた。
フィルティはその一連の動作を見て、ぎこちなさがありながらも同じようにやってみる。
不手際なくポチョンと餌が川に入ったことを確認すると、アグゼは口を開いた。
「やるじゃないか。一回見ただけでそこまでできるなら上出来だ」
「問題なかった?」
「あぁ、以前フィルティぐらいの年の子たちの前で同じように実演して見せたことがあるんだが、そん時に一発でそれを真似できた子はほとんどいなかったよ」
アグゼの言葉を受けてほんの少しだけ少女の顔が得意気になる。
(そんな表情も出すんだな)
少しばかり微笑ましい気持ちになったアグゼは視線を川に戻した。
フィルティにとっては初めての釣り体験なわけだし、一匹でもいいから無事に釣って楽しい思い出にしてほしいものである。
そう思い二人でのんびりしながら待つことしばし――
「――やるじゃないか」
水を張った桶の中では三匹の魚が泳いでいた。
それらは全てフィルティが釣ったものである。
最初の一匹はヒットした時点でアグゼが代わりに引き上げたりもしたが、後の二匹は正真正銘フィルティが独力で釣ったものであった。
それに比べてアグゼは未だ戦果なしの坊主である。
まぁ元々釣りが得意だと豪語するような気持ちを持っていたわけでもない。
フィルティの頭が楽しそうに揺れている様子を見ることができて、男は満足だと一人うなずいていた。
しかし、しかしである。
人生の先輩としてやはりこの圧倒的大差はどうなのであろうか。
妹に対しての兄の威厳、このままではそれが崩れてしまうっ!
何となくこのままではマズいと思った男は一計を案じた。
「なぁフィルティ、どうすればそんなにヒョイヒョイ釣れるんだ? コツとかあるなら俺にも教えてくれよ」
まぁ要は素直に釣れている人に教えを乞うたのである。
何だか余計情けなさが加速しそうな流れであったが、幸い彼のこの行動は二人にとって吉と出た。
少女はここ数日色々な面でアグゼに世話になりっぱなしであり当然そのことに多大な感謝はしていたのだが、その反面大きな彼の背中を見て何一つ自身が勝る点や貢献できることがないという想いができ、少しだけ鬱屈したような気持ちも生まれ掛けていたのだ
そんな義兄が些細なことながら己に教えを乞うてきた。
大したことがないように見えて、それは彼女の自尊心をググっと押し上げるのであった。
「精霊さんにお願いする。そうしたら、お魚を連れてきてくれる」
「精霊に、お願い……」
「そう、お願い」
「なるほど……なるほど」
無茶をおっしゃる。
それなりに上機嫌だと分かる声色で話された内容は、あまり当てにできるものではなかった。
アグゼの知る限り、精霊と対話するということは相当な魔法の素養がなければできないことであった。
ついでに言うとアグゼに水属性魔法の適性はない。
彼はアドバイスに何とも言えず、とりあえずの相槌を打つ。
(しかし、精霊ね)
水の精霊と聞くと何となく魚たちの守護者というイメージがあるが、実際はその魚を人間にくれてやるなど種族を問わず気に入った個体を贔屓する存在のようだ。
術としての魔法は一切修めていないとのことだが、それでいてそんな精霊と対話や助力の要請ができるとなると、その素質は極めて高いことが伺える。
そして彼女は水と土の二種の属性に適性があるのだという。
義妹が水と土、つまり大地のシャーマンとして天性の才能を持つことを彼は十分に理解するのだった。
しばし雑談を交えながら釣りに勤しむ二人。
もう十分釣れたなと判断し、そろそろ戻ろうかと思い始めたアグゼはふと誰かに見られているような感覚を持った。
だが周囲を見回してみれど特に変わったところはない。
拭えぬ違和感がある中、アグゼは何か線のようなモノが背中側の森の方から飛んでくることを奇跡的に察知する。
それは彼の右に座るフィルティを狙っており、反射的に庇うように挙げたアグゼの右腕に突き刺さった。
「ッづ」
それは恐らくショートボウから放たれたであろう小さな矢であった。
彼は無駄口を叩かない。
対処しなければならない事態が起きた、ならば動くまでだ。
痛みに顔をしかめつつも、彼は矢が飛んできた方向を睨みながら素早く立ち上がる。
矢は貫通せず先端が腕に埋まっていた。
適切に処置しなければ厄介な傷になり得る状態だったが、アグゼは構わずそれを左手で掴むと強引に引っこ抜く。
矢尻の返しが歪な傷を作るものの、《リジェネレート》で治ると分かっていれば問題はない。
痛みは気合いでカバーして、抜いた矢を放り捨てながら事態を把握できていないフィルティに声を掛ける。
「……釣り竿は置いていつでも走れるようにしてくれ」
「お兄ちゃん?」
矢は音もなく飛んできたうえ、アグゼはフィルティを護るように背を向けて立ったので、少女は何が起こっているのか分からなかった。
しかし兄の腕から滴り落ちる血と、転がっている血濡れの矢を見て良くないことが起こっていると理解して息を吞む。
怯えが見えるがそれでもフィルティが釣り竿を放して立ったことを確認すると、改めてアグゼは目を凝らして森の中にいるであろう何かを見つけようとした。
とは言え森には遮蔽物が多く、隠れた存在を見つけ出すのは容易なことではない。
(なら炙り出してやるよ)
こういった状況で隠れた者を引っ張り出すときは、こちらから何かしらの変化を与えてやればいい。
そしてアグゼにはまさにそれにうってつけの手段があった。
「我ヲ畏レヨ、《フィアー》」
ザワッ
森には多くの生命が存在する。
広範囲かつ無差別に恐怖を与えることで、それらが一斉に反応してハッキリと耳に届くほどのざわめきが起こった。
そして同時にアグゼはその中に人のものと思われる声があったことを聞き逃さなかった。
ジッと声がした方を睨む。
すると、しばらく間を空けてから草木に紛れて認識できていなかった人影が二つ、アグゼ達の前にゆっくりと姿を現した。
「テメーそのなりで魔法を使えるのかよ。ったくよー、しくったぜ」
「ビ、ビ、ビックリしたんだな」
口の悪い細身の男と、どもりながら頭をかく鼻の大きな小男。
どちらを武装しており、《フィアー》がほとんど効いていないことも含めてただの通りすがりには見えない。
装備の中にはこちらに射掛けたであろうショートボウも見受けられ、どう考えてもことが穏やかに進むとは思えなかったが、それでもアグゼは冷静に問い掛けた。
「一応聞いておいてやる。何の用だ」
想定していた対応とは違ったのか細身の男は少々驚いた顔をしたが、すぐに表情を変えて軽薄な笑みを浮かべた。
「えぇー、聞くぅ? 聞いちゃいますぅ? ハッ、まぁ簡単に言えばよぉ、そこのお嬢ちゃんは間違いなく高値が付く。だから一緒に来てもらうために観察してたところなんだが……」
「こんな辺鄙な場所までわざわざやって来る価値があると? 酔狂だな」
「誤魔化すなよ。その嬢ちゃんが大層な魔力の持ち主だってことは調べがついてんだ。ここら辺はどうも認識阻害かなんかの魔法が掛けられてるみてぇで苦労したが、それももう終わりだ」
入手手段は分からないが、男たちは厄介な情報を持っていた。
人払いの結界のおかげでこれまでは見つからなかったようだが、どうやらそれを乗り越えるほどの労力を注ぎ込む価値をフィルティに見い出しているらしい。
「人に矢をブチ込んでおいて、そのうえさらにやろうってのか。クソみてぇな人買い野郎が」
「アンタにゃ悪いことしたと思ってるさ。けどよ、この世の中、何にでも値段が付く。人だろうが物だろうがな。なら同じだろう? 商品の調達、つまり俺はビジネスの為に汗水流してるだけなのよ。で、相談なんだが……その娘、売ってくんない?」
軽い口調で外道なことを話す男のセリフを聞き、アグゼの後ろにいたフィルティは不安そうに兄の服を強く掴む。
アグゼは少女を安心させるように、前を向いたまま彼女にだけ聞こえる程度の声で大丈夫とつぶやく。
「立って目を開けたままの寝言か、器用だな。だが正直不愉快だ、帰ってクソして寝ろ」
「んー、やっぱそうなる? んじゃしょうがねーよなぁ。ダメってんなら無理矢理連れてくだけさ」
「ね゛ー、アニギー」
それまでずっと黙っていた小男が話に割り込んできた。
「あ、あ、あの子、お嫁ぢゃんに欲じー」
「あぁ? 何言ってんだ、ギャズ。前のヤツはどうしたよ?」
「んとねー、えとねー……動かなくなっちゃった」
彼らの話の内容はあまり深く考えたいものではなかった。
しかし男たちはその会話を当たり前のように続ける。
「しゃーねぇなぁ、壊さねー程度に留めろよ?」
「う、う、う゛んっ。アニギって優じー」
いきなりフィルティを狙って矢を放ったことなども考慮すると、どうやら男たちは「商品」に傷が付こうがお構いなしのようだ。
見事なまでに頭のネジが外れたクソッタレ野郎どもである。
恐らく戦うしかないだろうが……生憎今は防具は一切装備していないうえ、剣も小屋に置いてきてしまっている。
護るべき存在までいる極めて不利なこの状況を、どう凌ぐべきか。
アグゼは軽く腰を落とした。
迷宮もヤンデレも絡んでないタイトル詐欺展開はできるならさっさと進めたいが……。
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