十七話 勝利の味を噛み締めて
冒険者ギルドに向かう途中、アグゼは今朝の出来事を思い返していた。
目覚めはとても心地よいものだった。
柔らかく暖かいものが傍にあり、もっと近くに引き寄せたくなる。
まどろみの中、心地よさを感じつつその何かに手を伸ばそうとして――彼は背骨に氷柱を打ち込まれたかのような感覚を味わい、目を見開いた。
自分がトワコと同衾しているというその事実。
昨夜はどのようにして就寝したのか、それを思い出そうと必死に頭を捻るアグゼは、朧気ながら己が彼女をベッドに引っ張っていったことを思い出す。
服は二人とも着ていたため最後まで致してはいなかったようだが、重要なことはそこではない。
これは彼女に対しても、そして自分に対しても酷い裏切りだった。
「何かしらの償いはさせる」と以前アグゼはトワコに告げていた。
しかし話し合いの元、謝罪を受け入れて一応の赦しも与えている現状でのこのような強姦まがいの不意打ちは、償いなどとは違う非難されてしかるべき悪行に分類されるものだった。
いや、そもそも酒に酔っての暴行などということ自体が忌むべきものなのだ。
アグゼは他者への悪感情などがあろうとも基本的にはいわゆる「良き人間」でありたいと思っているし、そう行動しているつもりである。
それがこの体たらくでは……。
アグゼは己の行いに愕然としていた。
と、そんな彼の隣でトワコが目を覚ます。
身体を起こして「おはようございます」と極めて自然に話す彼女に対して、ワタワタとアグゼは慌ててしまう。
寄り添って寝ていた状態から上半身を起こしただけなので二人の距離は極めて近い。
具体的に言うとお互いの太ももが接触しているレベルである。
改めて間近で見て「綺麗な顔をしてやがる」などと一瞬思うが、ともかくアグゼは急いでベッドから抜け出した。
このような時、蛮行に及んだ男がどうするべきなのか。
やはりまずは謝罪すべきかと考えるが、トワコの顔を見ると今の状況を嘆くような雰囲気が一切感じられない。
これでは謝ったところで昨日のようにむしろそれを止められかねない。
むぅ、と思案する彼に声が掛けられる。
「今日の予定はどのようになっていますか? 必要であれば、朝食の用意を致しますが」
何の問題もないと言わんばかりにトワコが話題を振ってきた。
ばつの悪さは感じたが、向こうがそう切り出してきたのだからと、それに甘えるようにアグゼは応えた。
「ぁ、いや、ギルドに依頼完了の報告をしないままなのはマズいし、先にそっちに行かないと」
「そうですか。それでは昼食は?」
「えーと、ラグロが世話になってる鍛冶屋一家とか、ちょっと顔を出しておきたいし、まぁ昼も要らない……かな」
「そうですか……」
物凄く気落ちした様子を見せられて、アグゼは困惑してしまう。
そもそもこの家で食事を摂ることが前提で話をされているように思えるのは気のせいだろうか?
とは言え便乗するように自らこの話に乗った手前、流れをぶった切るようなツッコミもしづらく、彼はトワコの心情に配慮したような提案を出した。
「荷物を一度に全部持って帰るのはちょっとダルいから、いくらか置いとかせてもらえないか? 夜になる前にまた取りに来るから、できればまた晩飯を食わせてくれれば――」
「任せてください! 腕によりをかけた料理を用意しておきますから、楽しみにしていてくださいねっ」
「……あぁ」
会話の後、洗面台を借り少し身だしなみを整えたら早々に退散しようとするアグゼ。
そんな彼に玄関まで付き従い送り出すトワコの声が、何となく印象的だった。
「いってらっしゃい、アグゼ」
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己のやらかしに頭を痛めつつもアグゼは先程のトワコの対応、その内にある想いを考えていた。
(まぁ、仕方ないか)
アグゼは一つの答えにたどり着いた。
それは今朝のトワコの積極性などは、こちらの態度が軟化しているゆえに出てきた代物に違いない、というものだった。
こちら側が距離を取ろうとすれば無理に接近してくることはなさそうだが、今のように心に余裕がありトワコを遠ざけようとする姿勢が見えない状態では、それは彼女の目には謝意の示しどころに映ったことだろう、という考えがその根拠であった。
ただアグゼ自身それを悪くないと感じていたし、トワコの心の充足にも良さそうだったので別に構わないと捉えていたが。
「どちらにもプラスなら、問題は無いさ」
本当のところ、トワコの心には謝意と並ぶほどのある感情があり、それこそが一番の原動力だった。
アグゼはその感情に全く気づいてはいなかったが、そのことについて彼が鈍感だと思う人がいたならば……それは少々酷な話だと言わざるを得ないのではないだろうか。
二人の関係を考えれば、トワコが己に恋慕の情を抱いているなど、それこそ彼の常識の埒外の話だったのだから。
そんなことを考えながら歩いていると、程なくして彼は冒険者ギルドにたどり着く。
朝のそれなりに早い時間帯だったのでギルド内には多くの冒険者がいた。
アグゼは依頼完了の報告に来たので依頼が張り出される掲示板に用は無く、事務の方へ向かおうとしていた。
しかし、そんな彼を見つけると素早く近寄ってくる影があった。
「やぁ。やぁやぁ。おはよう、アグゼ。疲れは取れたかい?」
食事をおごられて以来、友人関係となっている吟遊詩人のジェシーだ。
知る人ぞ知る新鋭といった程度だったアグゼにわざわざ接触してきたことを思い返せば、一人と一匹でボスを撃破した今、話を聞きにやって来ることは当然と言えただろう。
待ち構えていたジェシーにアグゼは軽く返事をする。
「酷い消耗戦だったからな。一日経ったぐらいじゃ、全身がビキビキいったままなのは変わらないみたいだ」
「あらら、それは大変だね」
「悪いが、先に依頼の完了報告をしておきたいんだ。構わないか?」
「全然問題ないよ。僕はあっちのテーブル席にいるから、終わったら来てくれるかな?」
「あぁ」
ジェシーと会話してから、アグゼは事務の窓口の方へと向かった。
窓口にいた事務員は昨日アグゼの戦闘を《フィルム》越しに見ていた一人のようで、アグゼが姿を見せるとその無事な様子を喜び、笑顔で対応をしてくれた。
依頼完了報告の手続きなど一通り済んで報酬を渡す段階になると、事務員はギルドマスターが待っているとアグゼに告げ、彼を奥の部屋へと案内する。
そして目的の部屋に通されると、机で書類仕事をしていたギルドマスターもまた笑顔でアグゼを出迎えた。
「よく来たな、アグゼ君。どうだね、体の具合は」
「ラグロ共々、休養は欲しいところですけど大した問題はありませんよ」
「うむ、ならば良し」
「魔具の方はどうです? 上手くいきましたか?」
「様子を見る限り作成は問題なくいったようだったぞ。少し調べたいことがあるらしくてな、今は魔術師ギルドに持っていかれておるが、しばらくしたらこちらに届けられるはずだ」
「そうですか」
言葉を受けてアグゼはホッとする。
そんな彼の様子を見てギルドマスターは笑い声をあげた。
「ハッハッハッ、心配するな。例え目的の品が上手く作れなんだとしても、君は自身がやるべきことを完遂した。報酬は支払われるのが道理だよ」
そう言いながらマスターは机の下から袋を取り出す。
「これが今回の依頼の報酬だ。額が額なだけに窓口で渡すのは少々問題があったのでな、ここで受け取ってもらおう」
机の上に置かれた袋から金貨が擦れる音がする。
軽く頭を下げながらアグゼはその袋を懐にしまい込んだ。
「興味本位で聞きたいのだが、君は今後も今のスタイルで探索を続けるつもりなのかね?」
「えぇ、そのつもりですよ」
「そうか。当たり前だが深層はより危険な場所だ。探索や戦闘もさらに大変なものとなるだろう。……気を付けるのだぞ」
そう言ったギルドマスターは嬉しそうにわずかに目を細める。
「冒険者の安全など口にしておきながら言うのも何だがな、君の戦う姿には心躍るものがあった。あえて困難な道を選んだうえでの挑戦という、久しく考えたこともなかったソレを見せてくれた君が、あっさりと消えてしまうのは実に惜しい。簡単には死んでくれるなよ」
続いて出た言葉はアグゼの心を震わせてくれるような賛辞であった。
アグゼはそれに力強く頷いた。
それからいくつか会話を交わした後、アグゼは部屋を退出する。
ギルドの奥の部屋に続く通路で人が誰もいないことを確認すると、彼は懐に入れた袋を取り出し中のチェックを行った。
入っていたのは大判金貨が25枚。
一枚1000ダラーもの価値を持つそれが、未だかつて見たことないほどに数を揃えて手元にある。
あまり人に見せるべきではないニンマリとした笑顔が一瞬だけ表に出るが、アグゼはそれをすぐに消して袋の口を閉め直した。
ジェシーが待っているはずなのであまりノンビリし過ぎるのは良くないなと思い、袋を再度懐に仕舞い込んだアグゼはギルド酒場へと向かった。
ギルド酒場のテーブル席の一つで、ジェシーは朝食をゆったりと摂っていた。
歩いて近付いてくるアグゼを見つけると手を振ってくる。
笑顔でこちらを迎える姿は、相変わらず男だか女だかよく分からない中性的な容姿と相まって、アグゼを妙な気分にさせていた。
まだ食事を摂っていなかったアグゼは、席に着きながらジェシーに合わせて朝食を給仕に注文する。
「待たせたか?」
「見ての通り、ご飯をまだ食べ終わってないぐらいの時間しか経ってないし、問題無いよ」
「そうか。……色々聞きたいって顔をしてるな」
「それは当然だよ。初めて会った時に話した『伝説が生まれる過程を見ているのかもしれない』って言葉が、一つの壁を越えてまだ続いているんだ。しかもその光景を魔法越しとは言え実際に見ちゃったんだから、吟遊詩人としての血が騒ぐってものさ」
二人の会話はジェシーのインタビューにアグゼが答えるという形で行われていった。
インタビューは詩を作るための材料とするようだ。
仮にもしアグゼが伝説へと至ったならば、その功績は幾人もの吟遊詩人に謳われることとなるだろうが、その最初の一歩を知る者が作った詩は、他の詩人が口にするそれらよりもずっと大きな存在として扱われることになるだろう。
要するにこれは、思いっきり打算が絡む事柄だった。
しかしジェシーはアグゼが事を成す以前から気に掛けてくれた唯一の吟遊詩人であり、現在は友人とも言える人物でもある。
そのうえ今のアグゼはあまり自慢げに吹聴する気は無くとも、己の功績について誰かに語りたいような気分だったので、ジェシーのこうした接触はむしろ有難いとすら言えたのだった。
「ぁ、そういえば……ちょっと話題が変わるけどさ、君とトワコ・ファンドリオンさんってどういう関係なのか、聞いちゃっても大丈夫かな?」
会話の中で、アグゼの冒険譚そのものには関係ないが、気になっても仕方ないであろうことをジェシーは聞いてきた。
「……友人だよ。まぁ少しばかり普通とは言い難い関係かもしれないが」
本当は少しどころではないぐらいに奇妙な関係がトワコとの間にはあった。
ついでに言うと、二人の間柄は何と称すべきなのか、正直なところさっぱり分からない。
とはいえそんなこと口にできるはずもなく、アグゼは言葉を濁す。
「そっかぁ。いや、いいんだ。変なこと聞いちゃってごめんね」
「ノープロブレム。その程度、構わんさ」
他人の人間関係なんて聞くものじゃないよね。
そう弁明しているようにアグゼは言葉を受け取ったが、ジェシーは普通とは言い難い関係というセリフから「公爵家のご令嬢と恋人だなんて言い辛いもんね。大丈夫、僕は理解しているよ」などと、深い勘違いをしているのだった。
誤解とは怖いものである。
「えっと、他に聞いておきたいことはあるか?」
気を取り直したアグゼの言葉に対し、ジェシーは顎に手をやって考えた。
「他に……。そうだね、怪我は治ってあとは疲労だけが問題みたいだけど、それも回復したらまたすぐにでも迷宮探索を再開するのかい?」
「そのことか。それについてはちょいと考えていることがあってな」
「へぇ、どんな感じに?」
「実は俺の魔法の力は最近目覚めたもんでね。今回は奇跡的に色々と役立ってくれたが、正直練度はゼロに近いと言ってもいい。だからそのレベルを向上させるために、少しばかり訓練期間を設けてここを離れようと思っている」
「修行するってことか、いいね」
アグゼは一時期住んでいたことがある義父のセーフハウスを思い出す。
あそこには魔法に関する書物がかなり揃っていた。
今手元にあるのは読み物として宿舎に持ち込んでいる数冊だけだが、少し足を運べば金など払わずにさらにいくつもの魔法書を手にできるのだ。
戦力強化に繋がることはもちろん、今なら娯楽としてもより楽しく読むことができるだろう。
行かない手はない。
「君が帰ってくるときには、今日聞いた話から作った詩を一つ披露してあげるよ」
「そいつぁ嬉しいね。楽しみにしておくよ」
アグゼは友人と会話を続けながら、今後の展望を色々と思い描いていた。
主人公は良識があり、そのうえでお金も他者からの称賛も好き、後ついでに特別鈍感と言うわけでもない。
つまり感性は普通の人である、という感じに書きたいのだがなかなか難しい。
(世界観や冒険者稼業ゆえに力で対応することはそれなりにはあるが)
モチベーション維持のためにも変わらず評価・感想は募集中、ヨロシク。




