閑話 ボーイズ(?)トーク
薄桃のレースが可憐なドレスにしわが寄るのも気にすることなくベッドに寝転ぶ幼馴染の姿に、レオンは深々とため息をつく。
一応女性の姿をしているのだから意識して行動してほしいものだが、自分の前では一切取り繕わない素のユリウスが嫌いではない。しかし、やはり目に毒だと視線をさまよわせるユリウスに、ユリアナはにやりと笑う。
「どうしたレオン?ああ、かわいいユリアナちゃんのあられのない格好に興奮したのか」
「お前ってやつは…エレーナ嬢の前でなくなると本当にアレだな」
「エレーナの名前を呼ばないでもらえる?はぁ、お前らさえ来なければ今頃…」
ユリアナだって押されるのを望んでると思うんだよな、などとぼやきながら怪しい笑みを浮かべるユリアナにレオンは顔を引きつらせ、やはり邪魔をしてよかったとしみじみと思った。
イルザから招待状を貰ったと聞いたとき、普通にいけばユリウスから警戒されると踏んでブリュンヒルデから王家に招待状を出すように頼んだのだ。そしてこっそりと忍び込めばユリアナとエレーナの姿はなく、あんなことになっていたというわけだ。
エレーナに対しては弟としてふるまうことで油断を誘っているが、実際のユリウスは全くかわいげのない青年であり、主にその被害者はレオンなのだ。
常識人ぶった反応を見せるレオンをじろりとねめつけ、ユリアナは唇を尖らせる。
「お前だってイルザでメイドさんごっこを楽しむ変態の癖にな」
「…言い方が悪いな。まあ趣味と実益を兼ねていることは否定しないが」
モノトーンのメイド服を着こなしたイルザの姿を脳裏に浮かべ口元を緩めるレオンにユリアナは小さく零す。
「八割趣味だろうに。それで、ここまで来て話はそれだけか?」
レオンははっと視線をユリアナに向け、やはりこの聡い幼馴染は侮れないと再認識した。
こんな姿になったユリウスだが、今でも日中は密かに王宮にやってきて、文官たちも手を焼く案件を裁いているのだ。義姉を傍で感じていたいという理由から滅多に王宮には顔を出さないが、一度仕事を始めればどんな厄介な問題も解決に導いてしまうのだから恐れ入る。
小さく息をつき、レオンはもう一つの用を告げた。
「実はな、隣国の皇太子が近く我が国を訪問するらしいんだ」
「はあ…まあ、皇太子としてはうちの後ろ盾が欲しいところだろうからな」
隣国―――トスタニカ帝国は広大な領土を持つが、その全てを治めるだけの力が現在の皇帝にはない。
そのため、領土を三つに分割し、それぞれを大公に治めさせそれを皇帝が統括するという形をとっており、正直皇帝の力が及ばない管轄があるのだ。
それを利用して近年力をつけた大公の一つであるモルナンド公爵は、娘を皇帝の妾にして外戚としてさらに力をつけている。
違法すれすれのことにまで手を出して権力を伸ばすモルナンドに対して、力を求める者はすり寄りそうでないものはひどい反感を抱いている。
このままではトスタニカはモルナンドにのまれ、混乱が起きるのは言うまでもない。
レオン達から見ても、隣国がそうなってしまえばこちらにまで飛び火する可能性があるためモルナンド公には適度に権力を失って欲しいところだが、ここで皇太子の後ろ盾になれば自分たちはモルナンド公の敵だと認識されてしまう。
皇太子の母が、大公出の有力貴族であればまた話は違ったかもしれないが、生憎と辺境貴族の娘であったため、モルナンドを止める力はなく皇太子の立場は弱い。
そんな微妙な立場の皇太子の来訪はハイデンベルク王国にとっては全く持ってありがくない話である。出来れば来ないでほしいが、皇太子が力を失いモルナンドに全権が行くのも面白くない。そんなレオンの心情をしっかり読んだユリアナは、ふんと鼻で笑った。
「だが、モルナンドの孫に男子はいない。皇太子が生き延びさえすれば後ろ盾になってやる価値はある」
「そこなんだよな…しかも近いうち、がだいぶ近そうな感じで」
「ふぅん。あ、待て、体戻りそう」
気がつけば遠くの空が白み始めている。レオンはかつての初恋の子が憎たらしいが信頼のできる幼馴染に変わる瞬間を目にするのは堪えると顔をそらした。