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人物渋滞駄目絶対

 華奢な手からは信じられないほどの力強さで手を引かれながら、エレーナはユリアナの後ろを小走りでついていく。


「ねえ、ユリアナ?こっちは…」

「うん。今日は本邸は五月蠅いし、久しぶりにね」


 すっかりユリウスの口調に戻ったユリアナに少し戸惑いながらエレーナは懐かしい場所の前に立った。


 ギィ、と重たい音を立てて木製の両開きの扉が開く。ここは、かつてエレーナが暮らした離れだった。



 エレーナ・クーベルンはクーベルン伯爵が外に作った不義の子。そう誠しとやかに囁かれているが、実際はそんな事実はない。


 ではエレーナは何者か。それを語るには、エレーナの実母の存在から説明しなければならない。


 ミリア・クーベルン。それが、エレーナの母の名だ。現当主の妹だった彼女は、ある日参加した夜会で運命に出会った。

会場の隅で真赤のワインを傾ける黒髪の美丈夫に微笑まれた瞬間、ミリアは恋に落ちた。

男もミリアに思うところがあったのか、その後も密会を重ねるようになり二人の仲は深まっていった。


 二人はとうとう将来の約束をするまでに至ったが、男は見聞を広める旅の途中であったらしく、一度国元に帰ってからミリアを迎えに来ると約束してしばしの別れを悲しんだ。そしてミリアは男が去って二月経つ頃に自らの懐妊を知る。


 父親もわからない子を身ごもったことに怒り狂った父に勘当されたミリアは、兄の援助を受けながら市井で細々と食いつないだ。膨らんでいく腹を撫でながら男を思うものの、男は来ず、ミリアは1人で子を産んだ。それが、エレーナだ。


 生まれた我が子を腕に抱いたときに、ミリアは決意した。

この子を、なにがなんでも育てていこうと。


 もう帰ってこない男を待って泣くのはやめた。男への気持ちを捨てることは出来なかったが、今は思い出のような温かいものに昇華した。兄からの援助も断り、ミリアは読み書きができることを生かして仕事を始め、女手一つでエレーナを養った。


 そうして育てられたエレーナは裕福ではないものの、母親の愛情を受け幸せな日々を送っていた。


 しかし、幸せはいつも長くは続かないものだ。ある年の冬に働き詰めだったミリアは病に倒れ、みるみるうちに衰弱して床から上がることすらできなくなってしまった。


 看病の甲斐なく息を引き取った母の亡骸の前で呆然と立ち尽くすエレーナの前に現れたのが、ミリアの兄、クーベルン伯爵だった。


 ミリアに援助を断られた伯爵は、それでも使用人のいくつかを母子の周りに忍ばせ動向を伺っていた。


 暫く二人の姿を見ないと思っていたら妹はこの世からいなくなっていたのだ。伯爵の悲しみは留まることを知らず、贖罪の念はエレーナへ向けられた。


 ミリアを勘当した父はミリアを追うようにして他界し、彼の行いに口を出すものはいなかった。それゆえに、伯爵は自らの評判を顧みずエレーナを堂々と迎え入れた。


 はじめエレーナは離れに向かい入れられた。いきなり貴族令嬢としてふるまえと言うのは酷だろうとの伯爵の配慮で、少ない使用人と共に生活を始めた。


 日に数時間のマナーや座学。その他は何をしても自由と言われたが、エレーナは母親のいない時間をどう過ごせばいいかわからなかった。


 そこに現れたのがユリウス少年であった。


 メイドに連れ出され強制日向ぼっこをしていたエレーナの前にしゃがみ込み、数本の花を差し出したユリウスはそれは可愛らしかったとは後のエレーナ談であるが、伯爵家に二人きりの子どもたちが親しくなっていくのにそう時間はかからなかった。


 ユリウスに心を開いたエレーナは、ユリウスに連れられるようにして叔父や叔母と過ごす時間を持つようになり、本邸に移る話も出始めた。そんなときに、事件は起きた。


 侵入者の狙いはエレーナだった。離れの自室で半分夢の中だったエレーナの元へ忍び込み、エレーナに魔法をかけようとした。しかし、たまたま遊びに来てエレーナと共に寝落ちしかけていたユリウスがそれに気づき、咄嗟にエレーナを庇ったのだ。


 自らの魔法が失敗したことに気がついた侵入者は一目散に逃げだし、ユリウスの指示で追って来た衛兵に捕まる寸前で自死した。


 結局、魔法の正体も、侵入者の目的もわからないまま。

残されたのは中途半端な少年と罪悪感にとりつかれた少女だけだった。


 その後防犯上の理由からエレーナは本邸に住まいを移し、社交界にも姿を現すようになる。伯爵に連れられぎこちないながらダンスを踊る彼女を人々はクーベルン伯爵が外に作った子だと囁いた。


 エレーナが噂話の矢面に立ったおかげでどこからともなく表れたユリアナの存在に言及する声は少なく、こうしてクーベルン伯爵家には二人の娘が増えた。

これが、事の全てである。


 

 ユリアナは慣れた足取りでかつてのエレーナの自室へ向かう。


 エレーナは、その手を振りほどくことが出来ないまま苦い思い出の場に足を踏み入れた。

あんなことがあったため近寄ることすら避けていたが、記憶と違わない部屋の様子にエレーナは息を呑んだ。


「どうして…」

「俺とエレーナが結婚したら、ここに住もうと思ってね」


 大分陰りの減った月明かりに照らされて薄く笑うユリアナが顔に伸ばす手を咄嗟によけた。しかしエレーナが逃げることなど出来はしないことを知っているユリアナは大して気分を害した様子もなく、ユリアナに囁きかける。


「ねえ、もうあきらめたら?どうやったってエレーナは俺しかいないんだから」

「いやよ、私は家を出ていくわ」

「…そんなの許さないって言っただろう?俺だって無理やりはしたくないんだよ」


 ユリアナの顔で、ユリアナの声なのにそこにはっきりと見えるユリウスにエレーナは勝手に頬が染まっていくのを感じた。

このままでは、いけない。エレーナの瞳が潤み始めた、その時だった。


「はぁいそこまで。レオン、やっちゃって!」

「私、王太子なんだけどな!?はいはいユリウス、婦女子にそんな風に迫るんじゃないよ」


 そう言ってレオンと呼ばれた男―――王太子殿下だ、はユリアナをぽいっと投げ、横でユリアナを睨み殺さんばかりの視線を送るイルザを宥め始めた。


 いきなり現れた珍入者にエレーナは固まり、ユリアナは顔に似合わぬ表情で大きく舌打ちをした。


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