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暴飲暴食駄目絶対

「エレーナ、昨夜は災難だったわね、いや昨夜も、かしら」


 エレーナの友人であるイルザはにやにやとどこか楽しそうにクッキーをつまむ。

彼女とはもうずいぶん長い仲なので、今更気に留めることもないがもう少し労わってくれてもよいのではないのだろうかとエレーナはため息をついた。


「ほんっとうね…!もう何度目?昨日は私本気でユーのことぶちそうになったわ」

「そんなことしたら本当に意地悪な義姉だと悪名高くなってしまうわ」


 それこそあいつの思うつぼじゃない、と仄めかすイルザにエレーナはがっくりと肩を落とした。むしゃくしゃした気持ちに任せてクッキーをぱくついているとイルザが半目で自分の後ろを見ていることに気づく。


 どうしたのだろうと思いながら次の一枚を手に取ったところで、後ろから伸びてきた手に奪われてしまった。


「そんなに食べて豚にでもなるつもり?ああ、そうなったほうが男も寄らなくなって俺は万々歳だけどね」


 油をさし忘れたブリキのおもちゃのようにゆっくり首を回して振り向くと、今朝方部屋から追い出した義弟がクッキーをほおばっていた。


「ユー!お仕事はもういいの」

「今日は午前で上がり。ああこんにちは、イルザ嬢。何、また油売りに来たの」


 早く帰れ、と視線で追い払おうとするユリウスにイルザはにっこりと笑い返す。


「失礼ではなくってユリウス様?あなたそんなことばかり繰り返していたら愛想尽かされるわよ」


 おっとりとした雰囲気のイルザだが、その口からは容赦のない言葉が飛び出す。


「大丈夫エレーナはすぐに忘れるから。ねえエレーナ、折角早く帰って来れたんだし街に出かけようよ。この前言っていたパンケーキのお店とか」


 そう言ってユリウスはエレーナを後ろから抱きしめた。義弟の失礼すぎる言葉を反芻していたエレーナは咄嗟のことに反応できず、固まるしかない。

すっかり蚊帳の外のイルザはゆっくりとティーカップを傾け傍観を決め込んだ。


「い、今お客様とお茶しているのだから無理よ!ちょっと、早く離れて頂戴」


 腕の中でもがくエレーナの耳にリップ音付きで口づけたユリウスは仕方がないと義姉を解放してやり、エレーナの座るソファに腰かけた。

距離の近さは変わらず、むしろ横にユリウスの整った顔があり心臓に悪い。

 

 エレーナはなるだけユリウスの顔を視界に入れないように座りなおした。


「ねえ、いつまで無駄な夜会に行くつもり?気持ち悪い目線にエレーナが晒されるの、俺もう耐えきれない」

「あのね、夜会に行くことは貴族としての義務なの。それに私のことを見ている人なんてほとんどいないわ。ユーのほうがよっぽど、その…」


 もごもごと言葉を続けるエレーナを胡乱げな目で見るユリウスはわかっていないという表情を浮かべる。


「じゃあ百歩譲って俺の傍にいて。ユリアナの時だとあんまり力は出せないけどそこら辺の男なら伸せるし、男の目線もエレーナにいかずに済むし」

「それが嫌なのよ。私はもう17よ、それなのに婚約者の一人もいない…お義父さまに顔向けできないわ」

「いやいやエレーナ、婚約者は一人しかいてはいけないでしょう」


 黙って二人の(痴話)喧嘩を聞いていたイルザがうっかり口を挟んだ。何を言っているんだこの子は、という顔をしているとエレーナがむっとした顔をする。


「ねえ、イルザ。この聞き分けのない義弟をどうにかして頂戴よ、元々あなたの幼馴染じゃない」


 その言葉にイルザはありありと嫌そうな表情を浮かべた。




 イルザ・ベッターレ伯爵令嬢はユリウスの幼馴染兼エレーナの親友だ。

クーベルン侯爵領と隣接する土地を領地に持ち、母親同士仲が良かったこともあり幼いころからイルザとユリウスはしょっちゅう顔を突き合わせていた。それに、途中からエレーナも加わる形となる。


 イルザは根っからの令嬢であるが、エレーナは物心ついて暫くするまで平民として伸び伸びと育ったため出会った当初は令嬢らしさのかけらもなかった。しかし、自分と異なるものを好むイルザはエレーナの貴族なら顔を顰めそうな行儀も気に留めることなく、むしろ面白いと笑い飛ばす豪胆さを持っていた。加えて、早く礼儀作法を学びたいと向上心を持つエレーナはイルザの瞳に好ましく映り二人はあっという間に仲を深めていく。


 幼馴染がトンデモ大変身を遂げてもイルザはけろりとしており、時たま屋敷に遊びに来てはエレーナとユリウスをからかうのを楽しむ始末だ。


 ああ、幼い頃はイルザ、と無邪気に笑っていた美少年が残念臭ただようエレーナ廃になるとは…と内心切ない気持ちになりながら、イルザはティーカップをソーサーに置いた。


「私には出来かねるわ、エレーナ。あなたの義弟、何を言っても聞かないし」

「理解が早くて助かるよイルザ嬢。ほらエレーナ、結婚したいなら俺としよう」

 

 口元に笑みをたえ、どんなお姫様だって頷いてしまいそうな美貌を持つユリウスが差し出した手をエレーナはぺっと払う。

 

「いやよ、口封じのための結婚だなんてごめんだわ。絶対にあなたの体のことは黙ってるから」

「エレーナを疑う訳じゃない。侯爵家に関わる人間を増やしたくないんだ。エレーナの旦那になる人がいつ秘密を暴いて家を乗っ取ろうとするかなんて誰にも分らないだろう」

「そういうことをしなさそうな人を見つけるから大丈夫よ、ねえイルザ」


 急に飛んできた凶器にイルザはあり得ないものを見る目でエレーナを見る。

何故今話を振った…?そう小一時間親友を問い詰めてやりたい気持ちはあるが、流石にエレーナがかわいそうだ。


「そもそもなんでそんなにエレーナの結婚に反対するのかしら。ごちゃごちゃ言い訳を重ねて見苦しいわよ」


 ユリウスは敵に回ったイルザを軽く睨みつけ、足を組みなおした。

その様すらも絵になることにイルザは苛つきを覚えたが、理性をもって表情には出さなかった。


「それは―――」



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