結局、僕が一番クソだった訳だ【下】
僕は仕事を終えるといつものコンビニで缶ビールを飲んでいつものように飲んだ。
今更アルコールを取る意味はないのだが、素面で奴に合うのは何だか憚られた。
コンビニの真向かいに佇むのは黒い鳥居の『鳴海神社』。僕はそこへ向かって歩き出す。
『やぁ、今日は何だか元気そうだね。良い事でもあった?』
例の黒い真っ黒い鳥居の奥。そこで鳴羅門火手怖はケタケタと耳障りな笑い声を上げながら僕を手招きしていた。
僕は黒い鳥居をくぐると大きなため息を吐いた。
「ああ、あったよ。僕のお悩みだったプロジェクトが失敗しちゃってさ、いやぁ困っちゃうよ」
そして僕がそう言うと鳴羅門火手怖はニコニコと笑った。気持ち悪い笑いだよ、クソが。
「……ただ、失敗するように誘導された気がするんだよねぇ。そう、これが嫌いだ。ーー君、心当たりがあるよね?」
『うん? 何のことかな?』
「惚けなくても良いよ。『嘲笑』の神サマ」
思えば妙に思う事は色々あった。
鳴羅門火手怖は自身を笑いの神と名乗っていたが、その本質は『嘲笑』であった事とか。
そして……こいつはこう言っていた。『今から君にとっても面白くて楽しい力を与える神様でもある』と。
僕は『君に、とっても面白くて楽しい力』だと思っていた。だが『君にとっても、面白くて楽しい力』だったらどうだろう。
『も』だ。まるで僕以外にも面白くて、楽しいと思っている奴がいるみたいな言い方になる。
僕以外でこんなモラルブレイカーを喜ぶ性悪。そんな奴、目の前にいるこいつしかあり得ない。
「ーー『OJT』は一見問題児に見える町田君がいた。最初『アスペルガー』とは知らなかったけど要所要所で足を引っ張っていた中村さん。……君なら僕がその言葉を聞いて真っ先に排除する事を予想出来た。その上で君は僕にアドバイスを与えた。そうでしょ?」
そう言うと鳴羅門火手怖は更に笑みを深めた。空に浮かぶ月よりも尚深い、怖気が湧くような醜悪な笑み。その見た目は最早口裂け男だ。
『大正解!!』
ただ少し補足が必要だけど。と鳴羅門火手怖は続けた。
『一応、君が彼らを上手く扱えた場合はノルマ達成出来たし最上の結果になるはずだったかな。尤も、僕は最上の終わりなんて見たくないからこの結果になるように言い方を雑にした節はあるけど。町田は君の思った通りムードメーカー。そして、中村さんはアスペルガーだけど適切な指示さえあれば完璧にこなすだけの下地はあった。それを君は喜んで排除した訳だ』
「あっそ」
ネタバラしと言うには余りにお粗末な後付け設定。露見する整合性の無い事実。
……気持ち悪ぅ。
『ねぇねぇ、将来ある人の生活を奪って楽しかった? 弱い者虐めは楽しかった? 君が無能だと断じた人が実は有能で、無能だったのは君自身だったんだよ。惨めだねぇ、それに君は言っていたじゃないか。『失敗は学生まで。僕たちは社会人だよ? そこのところしっかりしないとねぇ。そう考えると差し詰め中村さんは……そうだねぇ、馬鹿なガキども以下のちっぽけな……ゴミだ』ってさ!! 他にもこうも言ったよね。『ははっ、中々しっくり来るじゃないの。ねぇ、人間のゴミ』だって!! 君が言えるような言葉じゃないのに!!』
ひとしきり笑うと鳴羅門火手怖の身体はウゾウゾと蠢き始め、巨大な異形へと変貌を遂げた。それは肉の柱、いや、違う。それは幾億もの舌の集積物。
『君は仲間を信じるべきだった。努力は認める。けど友情と勝利が決定的に足りてないねぇ。ああ、そうだ君達はそんな時にこう言うんだっけ?』
『ざまぁ』
また僕は負けた訳だ。
「は、ははっ」
思えば敗北しかない人生だった。
生まれてからずっとこうだった。
小学校では良い成績を残さなければと思って必死に勉強して、生まれながらの天才供に足蹴にされた。
中学校でもそれは変わらなかった。今度は運動部の上位層に足蹴にされた。
何故、運動しかしてない様なアホ供が勉強に全力を尽くした僕よりも頭が良い?
何故運動部の彼らは評価されて僕は評価されない?
ーー理不尽だ。
僕は県内でも上位の進学校に進学した。
胸がすく思いだった。これで今まで僕をバカにした連中を見返せると思ったからだ。
でも、彼らが僕を羨む事は無く、寧ろ僕よりも低い偏差値の高校に進学した彼らはどうやら青春を満喫しているようだった。
ーー何故?
僕は、良い高校を卒業し、良い大学に入り、一流企業に就職する。それこそが生きる価値だと教え込まれてきた。
なのに現実、僕は常に勉強に追われていて、かつての旧友たちは楽しくワイワイガヤガヤ。いつも僕だけが満たされない。
大学に入る頃、世の中では学歴社会の崩壊が叫ばれていて、そんな中有名大学を卒業した僕は『つまらない男』やら『凡夫』、『量産機』なんてレッテルを貼られ続けてきた!!
何で僕は馬鹿供に馬鹿にされているんだ?
何故僕だけが爪弾きにされているんだ?
「ははははっ……」
一度として僕の努力は実らず、いつしか努力を止めた。
それが僕だ。それが金切太一だ。
「あははははははッ!!」
僕は嘲笑した。僕自信を、目の前の異形を、この世の理不尽を。
そして、一頻り笑うと異形を睨み付けた。
「興醒めだなぁ。……最初から知ってるんだよ、そんな事」
きっと、両目から垂れてくる温い水はさっき飲んだアルコールのせいに違いない。
「無能。ああそうさ、僕は無能さ。それを誰よりも僕は知ってる。だから誰にも羨まれず、素気無く扱われ、足蹴にされて、見下されて来た。そんな事を今更指摘するんだねぇ」
「バァァァカ」
喉奥から搾り出した声は少し震えていた。
『……哀れだね。人間』
奴はもう僕を金切太一とは呼ばなかった。
僕は無様に鼻水を垂らしながら、踵を返した。
♪ ♪ ♪
ーー二年後。
「はぁ……あいも変わらず世の中クソだな」
僕はビルの屋上で夜風に当たりながら呪詛を吐いた。
あんな事があってからも僕の日常はそうそう変わらなかった。
仕事して、酒を飲んで、飯を食べて、クソして眠る。
相変わらず酒以外に楽しみは無いし、何もかもが灰色に見える。
「……何で僕は生きてたんだ? こんなクソみたいな世界でさ」
金はそこまで使わない。と言うか趣味なんて無いから使いようが無い。
そもそも仕事以外にやる事が見つからない。
それに、何をやるにも面倒だ。
「町田君は転職して三人家族で幸せになって、中村さんはアスペルガーについての体験談を綴ったエッセイが出版されてこれがヒット、今はアスペルガーの認識を改善されるように意欲的に動いてる、と」
最後まで当て馬……道化だったのは僕だけだった訳だ。
「羨ましい限りだよ。クソ供が……」
ビルの屋上から俯瞰した世界は思ったよりもずっと小さく思えた。
僕はあの日、帰ってから気付いてしまった。
この世界を楽しむにはたった一つ。
たった一つだけ必要な鍵があると言う事に。
『才能』。
才能の有無がこの世界を楽しむか否かを決定付ける。それに気付いた。
それに気付いた瞬間は絶望しか無かった。
今までの努力の意味とは?
勉強の意義って一体何?
何故僕には才能が無いのか?
笑えない。全く笑えない。
「まぁ、それも今日で終わり。こんな世界なんてクソ喰らえだ」
手すりの方へと歩いて行く。
これで君タチが一番大嫌いなゴミクズが一人で消える訳さ。
喜んで良いと思う。
「……全く、何処で間違えてのかねぇ。まぁ、今から死ぬし、どうでもいいか」
「ざまぁみろ、クソ世界の住人供。僕はこんな世界、一抜けしてやる。こんなクソな世界で生きる君たちを笑いながら死んでやる」
ざまあみろ。
みんなみんな。
ざまあみろ。
泣いてなどやるものか。今度は、今度こそは笑ってやる。