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無能ってクソだな

「ふぃー我ながら良い仕事をしたもんだぁ」


 町田君はあのまま勝手に自壊してくれるだろう。

 僕は許されるし、裁かれないし、咎められない。町田君が逆襲に出たとしても僕に非は一切ない訳だ。

 ここに来て家族の絆がどうのとかほざいて立ち上がるようならそれはそれで感嘆に値するが、それならそれで真面目に働いてくれれば良しとしてやろう。……酷く気持ち悪いが。


「楽しそうだなぁ? 金切」


 鼻歌混じりにトイレから出ると中野が立っていた。トイレ待ちだったのだろうか。何にしろ嫌な人物に会ってしまったものだ。町田君を陥れた高揚感が一気に萎える。


「いいえ、そんな事は無いですよ。考えすぎですってば」


 微苦笑を浮かべながらそう口にする。

 一応笑ってはいるが胸中は苦々しいもので満たされていた。


「二日後から顧客獲得週間に入るからしっかりしてもらわないとぉ。ちゃんと仕事しないと後が面倒だからな」


 そんな事は分かりきっている。今更口を出されなくとも別に良いのに。

 少しだけ苛々とした気分になりながら俺は休憩を終え、仕事を再開する。



♪ ♪ ♪



「これでまず一人排除っと」


 鳴羅門火手怖が示した二つのキーワードの内一つの排除に成功した訳だ。

 あと一日。あと一日でもう一人の方もカタをつけてこのクソみたいな週間を上手く乗り切る事にしよう。


「全く、脅迫にモラハラ……一般的にやっちゃいけない理由がよく分かったよ」


 愉し過ぎて病み付きになるから。

 それは理性と自重に縛られた人間とは真逆の獣の倫理。

 強いものが弱いものを喰らい尽くす。酷くプリミティブな感覚。


「明日も明後日も明々後日も……嘲笑してやるよ。この僕がね」


 仄暗い愉悦を感じながら明日のターゲットに思いを馳せる。

 明日も、刺激的な一日になりそうだ。



♪ ♪ ♪



 翌日、町田君は来なかった。僕の脅しは大成功だったようだ。他の新人君に聞いても、別段変わった様子が無かったのに今日になって急に来なくなったのだと言っていた。

 完全犯罪と言うにはあまりにお粗末だが、事実として誰も知覚出来ないモラハラは成立していたのだ。


「今日のターゲットはーっと、そうそうこの人。中村彩奈さん、か」


 鳴羅門火手怖が示した二つ目のキーワード。

 それは『アスペルガー症候群』だった。

 アスペルガー症候群とは自閉症スペクトラム障害の一種で、主な症状として情緒の不理解がある。

 これに該当する人物を排除すれば更に回転率が良くなるだろう。

 それに、情緒を解さない化物が保険屋と言うのも実に気持ち悪い話だと思う。


 それはさておき、中村さんは言われた事しか出来ない完全指示待ち人間タイプで、急なアクシデントに弱く要所要所で足を引っ張っている。

 昨日の時点でそこに疑問を感じた僕がそれとなくアスペか否か尋ねたところアスペが露見。晴れて本日のターゲットになった訳だ。


 僕は中村さんのデスクに近付くと毒をまぶすように囁いた。


「ねぇ、中村さん。何だか手こずってない?」


 クスクスと笑いながらそう尋ねると中村さんは俯いた。

 彼女は基本的にミス製造機だから適当こいてもヒットする確信があった。


「あれあれぇ、手が止まってるじゃあないですか。こりゃあ大変だぁ」


「あの、わ、私は障害で平時から間違いが多いので……」


「へぇー、障害だから失敗が許される? そりゃあ幸せな世界だ。羨ましい限りだね」


 彼女には僕の心情は分からない。

 表面上浮かべただけの笑みしか認識出来ないし、皮肉も分からない。そんな可愛そうな生き物。

 ああ、滑稽滑稽。


「えぇと……」


「失敗は学生まで。僕たちは社会人だよ? そこのところしっかりしないとねぇ。そう考えると差し詰め中村さんは……そうだねぇ、馬鹿なガキども以下のちっぽけな……ゴミだ」


 アスペルガー症候群は対処を間違えると鬱病を誘発するらしい。

 だから僕は敢えて地雷を踏み抜きに行く。僕にとってメンヘラを潰す程度造作もない事なのだ。


「ははっ、中々しっくり来るじゃないの。ねぇ、人間のゴミ」


「ひっ、人間の……」


 自尊心をすり潰すようにゆっくりと、ゆっくりと。


「そうゴミだよ。ほら反芻してご覧よ。人間のゴミってさ」


「私は……人間の……ゴミ」


 中村さんの瞳からハイライトが消えた。

 真っ黒で、がらんどうになったみたいで、凄く気分がすっとした。

 社会悪を今、一つ駆逐したんだ。ああ、正義面最高だ。

 これが社会に奉仕する僕の正義。能率の為にいくつもの屍を築き上げるんだ。


「君みたいなのは社会悪なんだ。分かるよね。いるだけで迷惑が掛かる。ああ、でも面倒だから死なないでーー退職したらどう?」


「あぁ……あぁ!!」


 中村さんはヨロヨロと席を立った。きっとトイレで泣いてくるのだろう。


「ふっ、くっくっく……あーっはっはっは!!」



「無能は悪なんだよ!! それを理解しないまま社会に出るとかアホらし……バァァァァァァカァァァめぇぇぇぇ!!」


 これで不安材料は消えた。


「さて、これからは社畜の時間だ。僕もそろそろ本気で仕事をしないとねぇ」


さぁ、クソイベントを完全攻略といこうじゃないか。

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