新人君ってクソだな
顧客獲得週間まで今日を除けば残り二日になり、僕は今までになく追い詰められていた。
「クソ……クソッ!!気持ち悪ぅ、全然楽しくないなぁ!!」
八扇寺センター内は顧客獲得週間に向けて慌ただしくなっており当然、僕も巻き込まれていた。
それにコールセンターと言うだけあってクレームが多いのが心労に拍車をかけている。今日なんて僕の取ったやつは奇跡的に全部クレームで本気でキレそうになった。
「しかも……現状でノルマ二倍とか無理だろ」
僕たちに課せられたノルマは通常の二倍。達成出来なければ今はもう懐かしき本社から直々に小うるさい説教要員か送り込まれる事となっている。
……クソとしか思えない。
♪ ♪ ♪
前回缶ビールを買ったコンビニでまた例によって例の如く缶ビールを飲んでいるとこれまた例の如く鳴羅門火手怖の声が聞こえた。
『随分と荒れているね。それもこれも顧客獲得週間のせいかな?』
神様と言うだけあって中々にツボを突いてくる。
僕は愚痴交じりに今起きている事態を説明した。
すると鳴羅門火手怖はクスクスと笑った。
『能力の特性にもう気付いてるんでしょ? だったら簡単じゃない』
簡単じゃないから困っているのだ。
職場には有能な人材だけいる訳じゃない、足を引っ張るようなクソ無能も当然ながらいる。
『分かってるじゃないの。なら解決は簡単。今から二つキーワードを提示するから良く覚えておいて』
「キーワード……?」
『それはねーー』
♪ ♪ ♪
二日でノルマ二倍を達成する方法を僕は考え付いた。いや、そうなるように誘導された、と言うのが正しいか。
僕が向かっているのはいつもの八扇寺センターなのだけれどその要件はいつもと大きく異なっていた。
「無能そうな新入社員だけピンポイントでモラハラして自主退職に追い込んでやる……!」
これが鳴羅門火手怖の提示した一つ目のキーワード『OJT』。
OJTとは上司や先輩が後輩に体良く仕事を押し付ける……もとい、教育、指導を行う活動を指す言葉だ。
今も新入社員君達が健気にせっせと働いているが飲み込みが早い奴と遅い奴の差ははっきりと分かる。
上司と先輩のタスクを減らして、その分のリソースを一歩でも多くの電話を取る事に注げばノルマ達成への道はグッと近付く。
そこで俺の能力だ。
この能力は極論、笑いを絡めればどんな罵詈雑言も許される謂わばハラスメントブレイカーとなる。
顧客獲得週間手前でてんてこ舞いからのブルーになってる新人君を虐めれば直ぐに折れてくれる筈だ。
そして僕にはもう一つこの作戦を優位に進める為の鍵を握っている。
左遷。僕は本社から左遷されてここに来た。その際に仕事の差異修正の名目で新人君達と一緒に指導を受けていた。
つまり顔見知りって事だ。
要するに接触し易いし、潰し易い。
そして新人君の中でも取り分け無能な奴がーー町田健二。
チャラくて仕事も適当、電話に出ない事も多い問題児だ。ここまで御誂え向きの人物がいると少し笑えてくる。
切っても良心がこれっぽっちも痛まないし、そうした方が後々絶対楽しいから。
「ねえ、町田君」
「あ? 何すか?」
あぁ、嫌な臭いがする。青春を謳歌した馬鹿の臭いだ。
軽薄な態度も、無知そうな面構えも何もかもが憎たらしい。
僕は勉強しかさせて貰えなかったのに、その間めちゃくちゃ楽しんでた奴。
気持ち悪ぅ。
「君、さ。仕事やる気ある?」
「あるっすよ、とーぜんじゃないっすか?」
白々しいにも程がある。
だけど、僕にもモラハラを確実に決めるために努力した。それを今から証明してやる。
「あそ。因みにさぁ僕、ツイッターやってるんだよね」
懐から取り出したスマホの電源を入れてツイッターを開くとその画面を町田君に見せつけた。
「君さぁ……ヴァァァァァァカッ!!」
町田君は分かりやすい位動揺していた。
それも当然。僕のスマホに表示されていたのは町田君のツイートだったからだ。
「いやぁ、君は実にユニークだよ。流石流石。実に……おかしいなぁ」
嘲笑する。
ツイッターに載っていたのは、有名コーヒー店の新作やら仕事の愚痴だった。
「な、何の事すかね」
「あぁもう。君さぁ、休憩時間をオーバーしてるって中野コーチに注意されてたよねぇ? その時間帯にコーヒーのツイート……舐めてるの?」
あぁ、すこぶる気分が良い。
自分よりも立場の低い人間を徹底的に甚振るのは堪らない快感だ!!
虐めをする奴らの気持ちがよく分かる。
虐めは悦楽だ。
「あっはっは、ごめんごめん。いや、僕も脅してる訳じゃないんだたださぁ、ちょっとお願いがあって、さぁ」
「な、何すか?」
「就活、もう一回やり直したいてくれない?」
スマホをフラフラと左右に揺らす。
町田君の表情は真っ青だった。
僕はトドメを刺す為に含み笑いをしながら町田君の耳元でこう囁いた。
「まぁ、どちらしにろバラすから。君の、居場所、無くなるけどね」
「あ、ああっ!!」
町田君が、DQNが膝をついた。
その瞬間、体の奥底から途方のない量の興奮が湧き出し倫理観のタガが弾ける音がした。
「そう!! その顔!! 僕は君のその顔が見たかったぁ!! あぁおっかしい!! でも、これに関しては君の自業自得だよ。ざまぁみろ!!」
「……やめて、下さい」
町田君は震えながらそう呟いた。
「はぁ?」
「……娘が生まれるんす。だから、どうかバラさないで下さい」
「え、ヤダよ」
寧ろギルティだ。
人の妬み嫉みやっかみの深さを何だと思ってるのだろうか。
町田君に妻がいて、娘も今年生まれるのは知っていた。ツイッターでも複数回娘さんがどうのこうのと呟いているのを僕は見ている。
けど、考えてみて欲しい。
勉強しかさせて貰えなかった僕。
楽しい青春を過ごした町田君。
婚期を逃すどころか彼女すらいない僕。
結婚して娘が生まれる町田君。
ーー疎まし過ぎる。
「何で、何でそんな事を……」
「僕にはそれが出来て、そうした方が明らかに効率が良いから。当然だろ? それに僕達には顧客獲得週間ってのもあるからねぇ。君みたいな奴に構う時間は無いんだよ。諦めて辞めて欲しいかなーなんつって」