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3/7

コーチってクソだな

「ふいー、こりゃあ中々良い傾向なんじゃぁないのかな?」


 昼休憩中、僕はニヤニヤと笑っていた。

 左遷から早一週間が経過しており大分僕も新しい職場に適応し始めていた。

 因みに今の僕はいつもニコニコしてて話しやすそうとか、いつも楽しそうとか、凡そ好意的に受け入れられている。


 それもそうだ。

 僕は周りの馬鹿さ加減を嘲笑して心の底からザマミロ&スカッとサワヤカな気分になっているのだから。

 だからいつも余裕を持って優雅たれが実現出来ているという訳だ。


「粋がっても所詮は叩き上げ。スキルがどうのとかよく自慢してるけど地頭じゃぁ僕には勝てない。なのに僕にマウント取ろうと躍起になってて……あぁ、あぁ、クソ滑稽なんだよぅ!! こんなの、僕が気持ち良くなっちゃうじゃないか!! 馬鹿みたいだ!!」


 そう言うと僕は腹を抱えて大笑いした。

 文字通りの抱腹絶倒だ。普通ならば誰でもドン引きするだろう。そう、普通ならば。

 しかし、周りの奴らは僕になんの違和感も感じてはいない。それはまるで雲が時と共に流れるように、血が血管を巡るのと同じように。至極自然な事柄として受け入れられている。

 それもこれも鳴羅門火手怖の与えた能力のお陰だった。


 この一週間、空いた時間は全て鳴羅門火手怖とこの能力についての考察に充てていた。

そしてその結果判明した事がいくつかある。


 まず鳴羅門火手怖についてだが、どうやら予想通り南アフリカーーアラブ世界がルーツの神であるらしい。

 日本に伝来したのはごく最近で、本場ではニャルラトホテプやナイアーラトテップと呼ばれているようだ。

 本人も言っていたが笑いを司る神であり、不思議な悦びを齎らす者とされている。

 ルーツが遠くてエキゾチックではあるが面白い特性の神様というのが僕の感想だ。

 神様が嫌いな僕だけどこの神様だけは実利があるだけに中々好感が持てる。


 そして、鳴羅門火手怖の与えたこの能力についてだが、思った以上に面白い能力だった。


 鳴羅門火手怖の口にした特徴は大きく分けて三つ。

 『許される能力』、『咎めない能力』『裁かない能力』。

 これを検証すべく実験を行う事にした。

 実験内容は会社の帰りにターゲットとなるコンビニに立ち寄って何も買わず、ただ店員に「夜間勤務ご苦労様でありまーす」と煽りながら笑ってやるというものだった。

 勿論、実験なのだし多くのデータを得る為に場所を変えて複数回試行した。


 結果だが……意外な事に僕はなんの不利益も被らず気分良く笑う事が出来た。

 厳つい店員にも同じようにした時には殴られまいかと心配したけど結局は杞憂に終わった。

 この結果から見える特性は二つ。

 一つ目は時、場合、人物に関係なく笑う事が可能な事。

 二つ目は笑う為に吐いた煽りまでもが上記の三つの効果が及んでいると言う事。


 この事から僕は少し考えた。

 一つ目の結果は笑いを司る神として納得出来るが、二つ目の結果は単純なバカ笑いをするだけならば能力が適応されないのが正しい形となる。

 だが、僕は許された。

 それはつまり『笑いの過程も笑いの神によって許容されている』と言う事に他ならない。


「笑いの神様ねぇ……成る程、確かに笑いの神様には違いないや」


 鳴羅門火手怖は笑いは笑いでも、『嘲笑』を司る神……なのかもしれない。

 ただそうなると神様の言っていた『僕にピッタリな力』と言うのも納得いく。


「はっ、最高じゃないか。この力を使えば毎日楽しくーー」


「楽しそうだなぁ、金切」


 嫌な声がした。

 その声は異動していの一番に嫌味を言ってきたガマガエルみたいな見た目のコーチ。中野栄一。


「い、いいやぁ、別にそんな事ないですよ。普通ですって、普通」


「リラックス出来ているようだしもう休憩なんて要らないだろう?」


 チッと気付かれないように舌打ちする。

 この男は僕にとっての最悪の障害物だった。

笑えないし、徹頭徹尾クソ。

 パソコンを新しくしてはどうかとそれとなく進言してみたがその度に棄却してくるのだ。

 お陰でパソコンや諸々の周辺機器を起動するのに十分は掛かる。こんな事態は本社ではまず考えられない事だ。

 そして僕の学歴に対して劣等感を抱いているのか僕にだけ妙にネチネチと嫌味を言うのだ。

 バカや無能は笑えるが本気で苛つく奴は笑えない。笑いようがないのだと思い知った。


「本社からとあるプロジェクトの要項が届いててねぇ。だからさっさと仕事してもらわないと困っちゃうんだよなぁ?」


 そう言うと中野は鞄から一つのファイルを取り出した。


「……顧客獲得週間?」


 見たことのない名前に顔を顰める。

 どうにも嫌な予感がした。


「そう。これから一週間、私たちは大枚叩いて有名タレントを起用したCMをゴールデンタイムにバンバン放送するんだ」


「なっ!?」


「それに合わせてノルマが設定されていてねぇ。達成出来なかった場合本社の人がこっちに来て小煩くピーチクパーチク口を挟んでくる訳だ」


「そ、そのノルマって……」


「倍」



「来週から一週間、私たちに科せられるノルマは何時もの倍だからそこんところ宜しく」


 僕は、表情すら失った。

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