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神様ってクソだな

「はぁ……仕事って本当にクソだな」


 夜中、人気の無い暗い道を歩きながら本日の業務を振り返る。

 僕が流された先の『八扇寺コールセンター』はパートやら契約社員がひしめく魔窟だった。

 しかも本社とは違ってコールセンターの七割を女性が占めている。これでも他よりも男性の比率は多い方らしいが本社よりは確実に少なく、居心地悪い。

 その上、特に印象が悪かったのはパートから叩き上げで正規社員になった人はいても僕みたく左遷された人は他にいなかったと言う事実だ。お陰でいきなりコーチに嫌味を言われて朝から最悪な気分だった。


「叩き上げ、ねぇ……粋がっちゃってさ。何だよ、ドクターZの見過ぎかよ。見ててムカつくんだよ……!」


 叩き上げと聞くと最近流行りのジュブナイル小説みたいで腹立たしくて堪らなかった。修行積んで、覚醒して有能になって。ジャンプの主人公キャラか何かのつもりなのだろうか。

 それが僕よりも上から目線で話しかけてくる訳だ。

 それは本当に、本当に……。


「気持ち悪ぅ……皆んな腹の中では僕の事を見下してんのが見え見えなんだよ! はっ、そうさ僕は左遷された凡人! 君タチは才能ある叩き上げ! 僕を下に見るのは当然だろうさ!」


 ここでも『才能』だ。神様から愛されたヤツ特有のチート。栄転へ繋がる一本道。

 ガリ勉と努力しか能が無い僕には無いものだ。


 大股で歩道を闊歩しながらひとしきり愚痴を吐くと段々と喉が渇いてきたのでコンビニで缶ビールを一本購入して駐車場で飲んだ。

 生温い夜に冷えたビール。世の中はクソだがこれだけは中々悪くない。


「夜は買い置きしたカップ麺かなぁ」


 家に帰っても、僕の帰りを待ってる人なんていないし、暖かい飯も無い。

 つくづくつまらない男だと自分でも思う。


「もっと刺激的で楽しい世界とか無いかなぁ。こんなクソみたいな世界じゃ無ければ僕は活躍出来るのにさぁ。僕、努力家だし」


『刺激が欲しいのかい?』


 ビールを飲んで早速酔ってしまったのかそんな幻聴が聞こえた。

 やれやれ、日々の密かな楽しみすら出来ない身体になってしまったかと舌打ちしたが尚も幻聴は続いた。


『こっちにおいでよ。一緒に楽しい事をしよう?』


 ーー楽しい事。

 そう聞いて少しだけ心が弾むような感覚がした。

 馬鹿らしいと思いながらも辺りを見回すと、いつのまにかコンビニの真向かいに神社が現れていた。


「おいおい、これって……」


 間違いない。僕が何よりも嫌悪した神様仏様の住処だった。

 だがおかしい。ここら辺の地理はそこそこ詳しいのだがこんな場所に神社なんて無かった筈なのだ。


『おいでよ。君は選ばれたんだ。君にこの世界を楽しむ為の究極の力をあげるよ』


 好奇心故かは不明だが身体がジワジワとその神社へと引き寄せられていく。

 神社に近付くにつれてその異様さがハッキリと認識出来た。

 ここら辺では全く見られない不気味な黒い鳥居。

 祷京に現存する鳥居は朱、白のたった二種類だけで黒い鳥居があるなど聞いた事が無かった。

 それに、朱も白も退魔や境界の役割を担う色とされている。それを禍々しい黒に染め上げるなんてとても真っ当な神様が住んでいるようには思えない。


『そのまたこっちにおいでよ』


 だけど、僕は神社の方へとどんどん歩いていった。

 呪われても最悪自殺すれば良いし、この世に対する不満はあれど未練なんてものは微塵もない。

 戯れに寄るのも悪くは無いと思っていたのだ。

 そして僕は真っ黒な鳥居をくぐった。


『ようこそ、僕の住処『鳴海神社』へ。歓迎するよ金切太一君』


 黒い鳥居をくぐった先にいたのは一人の小さな少年だった。

 ただその服装は南アジア……いや、アフリカ系だろうか。日本ではあまり馴染みのない格好をしている。


『僕は鳴羅門火手怖なるらとほてふ。笑いを司る神様だよ』


「笑いの神様……?」


『そう。そして、今から君にとっても面白くて楽しい力を与える神様でもある。ああ、勿論お代は要らないよ。これは僕の無償の善意だから』


 笑いの神様は楽しそうに目を細めているが、その実僕には獲物を逃さないように一挙一動を観察しているように思えてならなかった。


「それで?僕はどんな能力を貰えるんですかね?」


 その言葉を待っていたとでも言うかのように笑いの神様は唇の両端を釣り上げた。


『君が得るのは笑いの力。いつ如何なる場合も君は笑う事が許され、誰も君の笑いを咎めず、誰も君を裁かなくなる。そんな力だよ』


 ……思ったよりも大した事のなさそうな力だった。

 確かに笑えば楽しいだろうが、そもそも社畜が日中に大笑いするような場面に遭遇する訳が無い。夜中でも笑うような場面には出くわさないだろう。

 僕みたいな社畜には無用の長物ってヤツだ。


「まぁ、ありがとうございます」


『きっと君にピッタリな力だ。使う使わないは別にして覚えておいてよ。因みに使用期限とかも無いから安心してね』


 笑いの神様が僕の方に手を向けると何かが僕の中に入ってくる感覚があった。


『それじゃあ金切太一、何もかもを思う存分、嘲笑わらうと良い。それが君にだけ存在する新しい権利なんだから』



♪ ♪ ♪



「うっ……んぅ」


 目を覚ますと見慣れた何時もの天井だった。

 鈍い頭で周囲を見回すとビールの空き缶が散乱していた。どうやら今日も仕事なのに随分と飲んでしまったらしい。そのくせカップ麺の空き容器が無いから飯も食わずに酒浸りしたようだ。胃の荒れ具合が心配になる。


「……にしてもまた妙な夢を見たもんだなぁ」


 腹をさすりながら夢の内容を思い出す。

 黒い鳥居の先にいた少年の姿の神様。

 そして笑う力。

 左遷したばかりでストレスフルなせいかおかしな夢を見たものだ。


「はっ、クソだな。あー、おっかし」


 我ながらおかしな夢を見たものだと、そう鼻で笑ったその時だった。


「ッ!!」


 身体の奥がジンワリと痺れて、息が荒くなって、鼓動がドクドクと脈打ち、脳が幸福物質をドバドバと生成し始めるのが分かった。


「何だよ、今の」


 それは刹那の出来事だった。

 にも関わらずその衝撃ははっきりと認識出来た。

 それは今まで感じた快感よりももっと刺激的な快感ーーいや、愉悦感!!


「凄い……ははっ! 凄いじゃないか!!」


 こんなの気持ち良すぎる!!

 絶頂なんて話じゃない、絶頂と比べる事すらおこがましい程の……これは、そう。『快楽』の概念そのもの!!

 他のどんな悦びもこの快楽に比べれば褪せて見える。


「あぁ、ヤバイよ。こんなの知っちゃったらヤバいよ。癖になりそうだぁ……」


 笑いたい。

 嘲笑したい。

 冷笑したい。

 この世の理不尽を嘲笑し尽くしたいッ!!


 そんな焼け付くような欲望が自分に生まれた。


「くくっ、……そうだ、僕は毎日毎日飽きもせず笑う事にしよう」


 今日ばかりは神様に感謝しよう。

 これで、僕は毎日幸せになれるのだから。

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