世の中クソだな
日本の政治、文化、信仰の中心地、祷京。
約二千二百平方キロメールの狭い土地面積に一千六百万人を収容する栄光と絶望に彩られた世界だ。
「いだぃよぅ……ままぁ!!」
「もう……だから神社ではあれだけ静かにしてなさいって言ってたのに……」
僕は段差でこけて泣いているガキとその母親とすれ違った。
この『祷京』は信仰の中心。神仏もいれば奇跡だって起きるし、神仏を怒らせれば当然のように罰が当たる。
例えば元寇。
鎌倉時代に起きた元の侵攻の際には風神が日本を侵略しようとする元の群勢に対して大いに怒り、神風を起こした事が確認されている。この世界はかなり神様による影響が大きいのだ。
さっきのガキも神社で何か仕出かしたのだろう。因果応報、ざまぁない。
「……はぁ、にしても。なんで僕がこんな目に遭ってるのかなぁ。ふざけるんじゃないよ全く」
アスファルトの照り返しで三十六度程までに上がった暑い道のりを僕はスーツ姿で歩いていた。情け容赦の無い日射のせいで僕の額はもう既に汗まみれで、栄えある祷京都民らしからぬ惨めさが漂っていた。
僕は金切太一。
年齢は二十七歳。日本には五十とない大手の日系保険会社勤務の平社員。彼女、妻共に無し。勤務態度、健康状態も概ね良し。何から何まで実に模範的なクソつまらない男だ。
そんなクソつまらない男の僕が握っているのはたった一枚の紙切れ。
辞令だ。
僕は本社と栄光ある祿本木から、八扇寺方面へと流されてしまったのだ。要するに左遷だ。尤も地位は元から平社員で変わりないのだが。
しかしーー栄転への道が二十七にして閉ざされたと考えられば陰鬱にもなる。他県に飛ばされなかった分マシと考えれば気が楽になるが、今度は難関大学を卒業した肩書きを持っていながら左遷された現実が迫って来る訳だ。こんなやるせない現状を一体どうしろと言うのか。
「あーあ、世の中本当にクソだな。どいつもこいつもバカばっか、本当、俺何でこんな中で生きていないと行けないんだか……」
世の中はクソだ。
生まれは完全ランダム、ステータスは乱数、『才能』を持っている奴と持ってない奴との差は絶対に埋まらない。
そう言う風に最初から仕組まれてる。
だから僕みたいな人間がステータスを得るには金と地位しか無い。
だけれど、その術は手の中の紙切れ一枚で零れ落ちた。くどいようだが、世の中本当にクソだと思う。
「……会社サボって神頼みでもしてみるかねぇ」
そう口にして「アホくさ」と自嘲する。
僕の両親は随分と神仏頼りな人物でいつも勉学の神様にお祈りばかりするような人物だった。
だから僕が努力して勝ち取った難関大学の合格も勉学の神様のお陰と言う事にされた。僕の血の滲むような努力は、五円玉の課金如きに負けたのだ。
その時から僕は神様と言うものが大嫌いになった。
そんな神様とやらに自分から揉み手で擦り寄る自分の姿を思い描くと吐き気すら覚える。
「はぁ……もう、どうでもいいや」
半ば自棄になって空を見上げる。
地上に灼熱地獄を作り出す太陽はギラギラと光り輝いていて僕を皮肉っているみたいで更に気分が悪くなった。
せめてクソゲーはクソゲーなりに僕を愉しませてくれないものか。
僕はそんな事を考えていた。
♪ ♪ ♪
コンビニの隣にある寂れたビルが僕の新しい仕事場だった。
それを見て僕は愕然とした。
祿本木の本社の清潔さとはまるで正反対だったからだ。
保険屋は「真面目」や「堅実」なイメージが重要だと先輩からは口酸っぱく聞かされてきた。本社でも顧客の信用を勝ち取る意図があるのか自社ビルの清潔感を保つ事に多くのリソースを割いていたように思う。それは本社だからこそなのかもしれないがそれにしたって酷い格差だ。とても同じ祷京とは思えない。
「……はぁ、こりゃダメだなぁ」
これが新しい職場だと思うと尚更気が重くなって困った。