五歳 ー 変革の一歩② ー
一話でリュナン父をアーロンと表記していましたが、ハルシオンに変更しました。
そっちのほうがしっくりくるイメージだったので(・・;)
混乱させ申し訳ありませんっ
風呂に入って汗を流した後、リュナンはプラムに髪の水気を拭われ服を着せられ、部屋で寛いでいた。
風呂上がりに果実水を勧められ、一息ついた後は子ども用に分かりやすくまとめられた本ーーというよりは図鑑ーーを読んでいた。
この本は、貴族の家には当たり前のように置いてあるものらしい。
才能によってどんな人材が育つか、幼い頃から理解するにはこういった絵柄と簡単な説明書きにすることで、神託後の才能伸ばしの際に、自分の才能がどれに符合するかすぐ理解できるという代物らしい。
この本の製作を命じたのは、王家ーーーーライアファードの初代国王、ゼファール。
今なお様々な才能を開花する民たちの情報を神託を降す神官から貰い受け、才能を研究し、本という媒体に落とし込みーー貴族たちに定期的に更新したものを貸与し、才能を育てるための礎となる知識を共有する。
才能を重視したこの世界において、そういった媒体はどこにいっても重宝されるらしい。
その本によると、この世界は才能によって様々な職種が生まれている。
剣士、槍術士、闘士といった近接戦闘職。
魔導師、法術士、方陣士、自然干渉術士といった支援や後衛職。
こういった職種は貴族や商人のお抱えの護衛職に迎えられたり、民の陳情を速やかに解決する町の公共施設の職員になったりする。
歌姫、踊子、道化師、吟遊詩人といった職種。
彼らは己の技量を磨き、その研鑽したものを民に披露したりすることで名声を築き上げる。時には、貴族にその技量を評価されパーティーの出し物として招かれたりする。
しかしリュナンの才能はそのどちらでもない。
裁縫師、鍛治師、細工師、木工師といったものづくりの才能に特化した職。
そのうちの魔道具作りに特化した職ーー本の中では、魔具創作師とでも呼称されていた。
しかし、簡単な説明書きだけで、どのように力を扱うのか、まったく書かれていない。
これではどうしようもないではないか、と嘆息したところで、扉をノックする音が響いた。
「リュナン様、失礼するぜー」
「…………まだへんじ、してないよ、フラム」
苦笑しながらそう言うと、「リュナン様と俺の仲じゃん」と笑うフラムの姿に気が抜ける。
「そういう問題じゃないのよ、フラム」
傍で控えていたプラムが、溜息をつきながらフラムに言葉を投げ掛ける。
「だって神託の結果気になるじゃん。どうだったの?」
「でも、リュナン様も神官がお帰りになられてから身綺麗にして間がないのに」
プラムがここまでしっかりした子なのは、乳兄弟として認められない存在である分までほかの分野で貢献しなければならなかったことに起因する。だが付け加えるのなら、弟である彼の奔放な性格を、忙しい母親に代わって見なければならなかったことも遠因だろう。
この奔放な性格は、前世での友人関係のようでリュナンには心地よい。しかし、乳兄弟とはいえ使用人でしかないフラムを制御できない主人として周囲に侮られるのはリュナンだ。プラムはそれが母親の心労に繋がらないか気にかかるのだろう。
「姉ちゃんとリュナン様だけのときにしか使わないって」
「その油断がいざというときにーー」
「あーあー、きーこーえーなーいー」
姉弟の愉快なやりとりを眺めながらリュナンが笑うと同時、開けた窓から入り込んだ風が双子の赤髪と栗色の髪を揺らしていく。
二卵性である二人は、容色も顔立ちも異なって生まれてきた。
フラムはその快活な性格にぴったりな炎のような明るい赤髪で、ミディアム程度の長さだが、無造作に遊ばせたかのように所々跳ねているので愛嬌が垣間見える。爛々と輝く瞳は生命力に溢れた若葉色。顔立ちははっきりとしているが、将来性抜群の容姿である。
対するプラムは瞳は同じ若葉色だが生来の穏和な性格が透けて見える優しい顔立ちをしている。しかし弟に美貌は負けていても、決して不器量ではない。成長して着飾れば間違いなく化ける。
また、栗色の長い髪をサイドを編み込んで後ろでハーフアップにして纏めている。
本来なら髪をまとめて帽子に入れておくのが使用人のマナーだが、幼い頃リュナンが彼女の髪を気に入ってずっと触って楽しんでいたのを見た母親が、彼女の帽子着用の禁止令を出したらしい。
やりすぎだとは思うが、実は前世の記憶を思い出してからリュナンは髪フェチだということを理解してしまった。
しかも、前世の記憶のなかで、姉に頼まれ髪のヘアアレンジを手伝っていたことも思い出してしまった。いつか絶対試させてもらおう。
変な決心を固めつつ、リュナンは二人に声をかけた。
「はいそこまで、だよ」
「あ……。 ごめんなさい、リュナン様」
「だいじょうぶ」
謝罪するプラムににこっと笑いかけ、リュナンはフラムに向き直る。
「それで? どうしたの?」
「神託の結果聞きたくてさ。神官が帰ったあと、来客をもてなす装い外すまで部屋に行くなーって言われたけどもういいかなって」
後頭部で両腕を組み合わせ、へらりと笑うフラムに、リュナンは苦笑する。
「タイミングは問題無いけど、本来ならフラムの仕事だよ?」
「姉ちゃんの方が上手く出来るんだから、俺は護衛の訓練だけでいーの」
リュナンと同じように、フラムにとってもプラムは何者にも代えられない存在だ。だが、貴族の歴史にとっての恥の上塗りにならぬよう、異性の乳兄弟の存在は秘匿される。
フラムはそんな姉の周囲の環境を敏感に感じ取っているからか、姉が少しでも楽できるような居場所を作るために護衛の訓練のみに専念し、リュナンの身の回りの世話をプラムに丸投げしている節がある。
ゆえに、それ以上の追求をリュナンはしない。
「まぁ、すごい予言をもらったよ」
いろんな意味で。
言葉は濁して、それ以上は言いたくないと目を逸らすと、フラムは何かを感じ取ったのか黙りこんだ。
姉の周囲の環境を感じとる彼のことだ。リュナンの態度からおおよその察しはついたのだろう。
双子ゆえに周囲の雰囲気に敏感にならざるを得なかった姉弟にとって、突かれたくない話題を持ち出されることがどれ程苦痛か分かっているのだろう。
隠匿していても、貴族や王族にとって情報は重要性が高い。リュナンは彼らを信用しているが、この家の使用人すべてが信頼できる人間かと言われると首を傾げざるを得ない。
仮にも公爵家であるユンメル家は、王家に次ぐ良家の一つである。そこに他家の息のかかった使用人が行儀見習いなどの口実で入り込み、兄たちにすり寄ったり自分に薄ら寒い笑みを向けて懐柔してこようとする姿を何度も見てきている。
公爵家はそれらの人材を確認次第軒並み捕らえてはいるものの、双子の存在は隠しきれるものではない。結果、情報は漏れ、いろいろと陰で言われているはずだった。
ーーまぁ、父様の権力は忌み子を抱えている程度で揺るぐものでもないし、だいたい父様の身分からして文句つけたら返り討ちに合うの向こうだしね。
ハルシオン・ユンメル公爵。現在そう名乗る父は公爵家の生まれではない。
公爵の血筋は母であるシェイリナ・ユンメル夫人であり、父は公爵家に嫁いだことでその地位を譲り受けた。
父がその地位になるまでに名乗っていたのはーーライアファード。王族である。
現国王は父の兄であり、リュナンは甥にあたる。そんな彼が気に入っている双子を公に連れ出した上で罵れば、最悪王族の逆鱗に触れかねない。
地雷を踏み抜く愚かなことはしないが、それでも忌み子がそんな高貴な身分の子のそばに侍るのは我慢ならないものたちは何かとやらかしてくれている。
その度に双子は空元気を装うが、リュナンはそんな二人の様子に気付き、しばらく一緒にいたりする。
父は仕事が忙しくとも子煩悩な所がある。ゆえに信頼できる人材を育成、雇用したうえでばんばん仕事を割り振っている。その上で可能な限り子どもと触れあう時間を作っているのをリュナンは知っていた。
何故ならば、暫く公爵の決済が必要な書類ばかりのとき、我が子と触れあえないことに業を煮やした父によって執務室へ連れ込まれ、その膝の上で頭を時折撫でられながら彼の人が書類を捌く一部始終を見ていたからである。
あのときはちんぷんかんぷんだったが、今なら分かる。父は家令たちと必死に様々な決済を死に物狂いでやっていた。
こどもにとっては遊び場ではないからつまらない場所だったろうに、父が目や手を休ませる度にリュナンの話し相手になったり、おやつを手ずからくれたりするものだから、多忙な父と触れあえることが嬉しくさほど問題ではなかった。
兄達はもっと活発だったそうで、相手をしてくれない父の膝の上で駄々をこねたり父の髪を引っ張って遊んだりしていたそうだが、父はその都度小休止を挟みつつ仕事していたそうだ。
ただし、その小休止が兄たちを肩車しつつ報告書を読み上げさせ対応策を口頭で指示しつつ、というハイスペックぶりである。
まぁそれも父が『交渉の才能』という頭脳系統の才能持ちであることに起因するそうだ。
あらゆる問題に対して、どのような対応策を行うことでいかに効率よく他者と妥協点を見つけて交渉していくか模索する。その上で、書類の重要点をピックアップして解決策を瞬時に判断することができる。父の才能はめきめきと経験により力をつけていった。
そんな父にとって、双子のことで元気がないリュナンの悩みを解決するのは最優先事項のため、速やかにそういった輩は当家からご退場願っている。
今では国王である伯父も困ったときにお忍びで父のもとにやってくるーーと、考えていたところでリュナンの思考を打ち切るように声がかけられる。
「な、ならさ。才能は? どんなのもらったんだよ?」
フラムが話題替えのために振ってきた言葉に、リュナンは思考の海に沈んでいた意識を引き戻し、答える。
「魔道具作りの才能だよ」
「魔道具? なんか大変そうだな」
「うん。 どんな風に作るのか、よく分かってないからね」
へえ、と相槌を打つフラムに、リュナンは苦笑しつつも言葉を続けた。
「早く師匠を見つけるか、作り方を見つけて実践しないとね」
気にかかることは多分にあるが、ひとつひとつ解決するしかない。
降りかかる難題に頭を悩ませ、リュナンは天を仰いだーー…。
なんか書いてるうちにいろいろ爆走しました。
書きたいこといっぱいあるからまとまんない。読み返して修正すると思います。
世界観を作り上げるってほんと大変。
でも久々に物語書くの楽しいな。
ちなみにリュナンの思考はおとなしめなのはリュナンの意識が勝っており、
前話のような過激なのは前世の流星の意識が勝っている状態です。
漫画とかアニメに出てくる心の内面天使と悪魔の対立を思い浮かべていただけると分かりやすいかと。