五歳 ー 始動する物語⑤ ー
目を開けた先に、神官の微笑を見つけたリュナンは口を開いた。
「あのーーー」
「お疲れ様でした。神託と祝福は、あなたのもとにも降り注がれ、未来を照らしていくでしょう」
そう言いながら彼の人は、一枚の紙を差し出してくる。
受け取った紙に目を走らせれば、そこには短く『魔道具作りの才』と書かれているだけだった。
「あの、お告げは……?」
「神のお告げは、酷く曖昧なものなのです。ゆえに、一度こちらでわかりやすくまとめたものをお持ち致します」
にこやかに笑う神官に、リュナンは思わず怒号してしまいそうになりーーーしかしどうにか堪えて閉口した。
世界の人々において、神託と祝福は神聖視されている。
ゆえに、その言葉を貰ってから人々はその意味を模索しながら何をすべきか思考し行動している。
しかし、それすらも省略してしまいたいと考える者は多かった。悲劇はそんな道を模索する努力すらも放棄する一部の人間の堕落さが招いたとも言える。
しかしてそんな声に対し、教会の上層部は神託の抽象的な表現を明確化し、わかりやすくまとめたものを渡す『商売』を始めた。
金銭的余裕のある上層階級においては、その商売は成功といっていい。
勿論、民たちも神託こそ受けるが、その意味は模索してこそと信託の場で簡潔にお告げを告げられるだけで以降は自分達で研鑽を積まねばならない。
もし明確化してほしいのなら、相応の金銭が必要となるのだ。
その違いが悲劇を生んだ。
幾万にも及ぶ平等な方法から、選り分けるように特別扱いされる階級者たちの子どもたち。
ヒューマンエラーが起きかねないこの方法は、フィリオーネと令嬢の神託を間違えてしまった。
それは、ほんの些細な偶然。
フィリオーネと令嬢の誕生日が重なったこと。
フィリオーネの父親が人格者であるがゆえ、日々の業務に追われる神官を労り、彼女の神託を他の子どもと受けさせたこと。
令嬢の父親が、なけなしのプライドと令嬢への愛情を持つがゆえに、教会に金銭を寄付し彼の令嬢の神託を明確化するよう依頼したこと。
様々な偶然が重なったことで引き起こされた結果は、彼女と令嬢の未来を入れ換えてしまった。
これが少し違うだけで何かは変わっていたのかもしれない。
だが、それに介入するのは些か難しいのだろう。リュナンがフィリオーネとどれ程年が離れているかによって、彼女の神託前に介入するのは困難を極める。
そこまで思考したところで、リュナンは神官の言葉に意識をふと傾けた。
「お告げは今日中に精査して、明日にでも届けさせて頂きますね」
「……あの、お告げ……は教えてもらえないの、ですか?」
ヒューマンエラーの起きる明確化など、いらない。本音はそれにつきるが、この神官に言ったところでどうにもなるまい。
「…………ですが、曖昧な表現ですから、分かるかどうか……」
「いいです。それでも、知りたい、です」
そう言われ、しばし思考したのち、神官は一枚の紙を差し出してくる。それを受け取り、リュナンは視線を滑らせた。
ーーーー史の黎明の変転を掌理する末に待つは非運か幸運かは吾が限局する先にある。
中々言い回しがくどいが、なんとなく読めた。前世の記憶に符合する言葉があった幸いと言えよう。
史の、はおそらく前世で読んだ小説を指す。
黎明は夜明けの意味ではないと思う。物事の始まりを意味する黎明期を指しているのではないか。
変転と掌理、これは導きかたで変わる、と言いたいのだろう。
限局するーーつまり決断し固定する。
諸々を簡単に言い換えれば『あなたの決断と導きかた次第で未来は、幸福にも災厄にもなりますよ』である。
ーーーーそんなの分かっとるわ!
前世の自分が心のなかでわめいているのを聞いた気がした。だが、それらを飲み込んでリュナンは笑う。
「ありがとうございます。それでは、結果をお待ちしてますね」
紙を返してリュナンは踵を返す。あの信託はどうみてもリュナンにたいする激励の言葉にしか見えなかったが、この世界ではまた違った解釈をされるかもしれない。
まずは、神官たちのお手並み拝見といこう、と思い直しリュナンは父親のもとへと歩みを進めた。
言い回しが回りくどいよう言葉を探すのってめんどい。
信託とか無理矢理過ぎてはずい(T-T)