五歳 ー 始動する物語④ ー
「それで、まずは五歳まで異物になりえないよう記憶を封じられたんだったね」
「はい。異世界から招いたあなたは、私たちの世界に馴染むまで前世の記憶があれば秩序の乱れを招きかねませんでしたので」
そして今このときまで記憶を失ったまま、優しい両親のもとすくすくと育った。
「それでは、一通りのことは思い出して頂けたようなので、まずは今回の祝福について相談いたしましょう 」
アウローラは笑う。
「本来なら、私たちがランダムに選択し付与しているのですが、リュナンさんにはご迷惑をおかけしている立場です。付与を多くすることは出来ませんが、どれにするかを選んで頂く程度の融通は可能です」
何になさいますか、と問われリュナンはしばし思考する。
そして、尋ねた。
「才能があるのとないのとでは、そんなに違うのか」
「才能と一口に申しましても、精々その才能が伸びるスピードが持たぬものより数倍早くなる程度です。他のものを鍛えようと思えば、努力次第で越えられますよ」
努力は嘘をつかない。しかし、何に努力をすればいいのか、祝福と神託で分かりやすくなっているだけの世界であり、それ以外を求めても何も問題はないのだ。
現に、小説の主人公としてフィリオーネの弟は剣の才を伸ばすだけでなく、血のにじむ努力で兵法を学んで国を滅ぼした。
ゆえに、何を優先して育てたいか、ということに尽きる。
「ならーーー魔道具作りに特化した才能をくれないか?」
「魔道具……ですか?」
「あぁ。努力次第でなんでもできるなら、武術も魔法も自力で学ぶ。なら、残る問題は困ったときに、すぐに解決できるような道具が、あればいいかなって」
何せ前世は、物で溢れていた。記憶を封じられていた5年は何も思わなかったが、取り戻した今、気になる点はいくつかある。
それに、かつては貧乏暮らしで何かが欲しければ、みずから可能なものは作り出していた。ものづくりの才が伸びるのは、リュナンにとってプラスになり得る。
「わかりました。その通りにいたしましょう」
頷き、アウローラはリュナンの額に触れた。彼女の手から光るものが溢れ、リュナンのなかへ流れ込んでいく。
「……はい。これで大丈夫です。最後に、何か聞きたいことはありますか?」
アウローラは世界の管理者だ。この機会を逃がせば、二度と会うことは叶わない。
「なら、ちょっとだけ制限してくれないか。しばらくの間でいい」
「何をでしょう?」
「言葉だよ。五歳の子どもがいきなりぺらぺら話し出したらおかしいだろ?」
「あぁ、そういうことですか。大丈夫です」
にこやかに笑い、アウローラは言う。
「ここでのあなたは精神のみなので前世の意識が勝ちますが、体に戻ればその身体に精神が引き摺られます。多少の考え方は変わっているでしょうが」
「なら……大丈夫かな」
元々リュナンは大人しい気質で口数も少ない。少しずつ自分を出していけば、不審さも軽減出来るだろう。
「なら、魔道具作りの才について聞きたい」
「はい」
「…魔道具作りの際で伸びやすくなっているものは何かな」
せっかくの機会だ。方向性を明確に理解できるのならば、利用したい。
しかしその問いに、アウローラは表情を曇らせた。
「申し訳ありませんが返答は出来ません」
「何故?」
「制約に差し障ります」
アウローラにとって、リュナンを招いたのはかなりの綱渡りである。
幾らかの抜け道を利用して制約を逃れてはいるが、あまりに情報を与えすぎれば過干渉になりかねない。
ゆえに答えられないと、彼女は謝罪した。
「……そうか。なら、最後にもうひとつだけ」
情報の開示は難しいのなら、リュナンにこれ以上のアウローラとの接触は無駄である。
だが、ひとつだけ確認しておきたいことがあった。
「フィリオーネ様だけ記憶を有した状態で時間を繰り返していると言ってたね」
「はい」
「そこに僕みたいな転生前の記憶持ちが関わって結末が変わらなかったら、僕はどうなるのかな」
「……大多数と同じ括りとして記憶を喪います」
世界が設定したのは、あくまでフィリオーネの記憶介入のみだ。
リュナンが世界に組み込まれても、その事実は変わらない。
ゆえに、彼の失敗は彼自身の記憶の喪失に繋がり、やり直しは効かないのだ。
「……難易度の跳ね上がり具合が半端ないね」
リュナンに言えるのは、それだけだった。
前世の知識で言い表すのなら、友人から借りた小説やアニメなどで言う、『一度きりの強くてニューゲーム』とでも言うのだろうか。
リュナンの苦いものを含んだ面持ちに、アウローラも何も言えない。
「それでは、問いが以上でしたら、これであなたの意識との接触は終わらせていただきますが、大丈夫ですか」
「……うん、平気」
「それでは、リュナンさん……あなたに幸多からんことを」
その言葉を最後に、リュナンの意識は暗転した。
久々投稿。
辻褄を考えながら書くのムズイ……