五歳 ー 始動する物語③ ー
「ーーー後は、日本で読んだ小説のように、だね」
「はい。彼女の弟君は母親と共に隣国へ逃れて、神託すら無視して授かった剣の才を磨きました」
そして、執念とも呼べる貪欲さで知識を蓄え、隣国の中枢に食い込み、母国を滅ぼすための布石を幾重にも織り成した。
結果、彼の故郷は隣国の手に落ち、後には夥しい屍と血が広がった。
「繁栄と滅亡は、世界では何度も繰り返していることは確かです。ですが、それは管理者たる私たちが危険と判断した文明を滅ぼすために操作している」
「そう言われてしまうと、進みすぎた文明は諸刃の剣なんだね」
リュナンは苦い顔になってしまうのを止められなかった。アウローラはそれでもと言い募る。
「それでも、そのような滅びの後には豊かな大地が息吹けるようにはなっています。けれど、彼女の死がもたらした惨劇は違います」
「何が違うの? 弟くんは小説の中では隣国の王女を妻にして国を造ったけど」
「史実を元に日本で好まれやすいよう物語を紡いだだけなのです。実情はまるで違います」
アウローラいわく、建国された大地は怨嗟や無念、慟哭などの感情が渦巻いて、ひとつの禍々しい『何か』を産んだ。
それは世界を破壊し尽くす、恐ろしいまでの濃密なエネルギー。
これは放置できないと管理者たちは焦った。しかし、それを自浄するシステムは、今まで見守ってきた中では作り上げていなかったのである。
管理者たちは苦肉の末、時を巻き戻して再構築し直そうとした。けれど、それすらも失敗して。
「そして、最後の策として、あなたの世界を含む複数の場所に私たちが管理する世界の史実を小説として創造して頂いたのです」
その世界の者の一人にアイデアという形でもたらして。
「結果、彼女の存在を悲劇の令嬢であると、気の毒に思う人々のなかから、あなたを選びました」
近い未来、人生を閉じる運命を持つ、心優しき青年。
それが、自分だと言われて、流星は苦い顔をした。
「俺は、死ぬ運命にあったのか」
「はい。あなたの運命は決められていました。でも、だから選んだわけではないのです」
「どういうわけだ?」
「あなたは、彼女にはない逆境に立ち向かう強さを持っている」
アウローラは言う。
幼い頃より両親を喪い、年の離れた姉たちと三人、支え合いながら生きていた流星は、様々なバイトや内職をしていた。
ふてくされることなく、愚直に、まっすぐと。
そういった存在は、才を高める努力をしなければならないアウローラの世界に適正が高いのだという。
そして、姉たちに両親の分までたっぷりと愛されていた流星は、懐に入れたものに対して情が深い。
それは、壊れた彼女にとって、安心できる存在となり得るのではないかとアウローラは邪推した。
「壊れた?」
「彼女は、何度も世界を巻き戻ってあの惨劇を繰り返しているのです」
世界を巻き戻すにあたり、彼女の五歳の神託の日まで遡ったが、彼女の記憶のみ介入しなかった。その旨を、神託と同時に彼女へ告げる。
そして、何度でもやり直せるよう彼女の理不尽な死亡とともに、自動で時間を巻き戻すようにしたのだ。
彼女は嘆いたが、それでもなんとかしようと立ち上がった。
一度目は、彼の令嬢と親しくなり、一緒に帝王学を学ぼうとした。
自分のことではないからと、令嬢はあまり真剣になれず結果彼女との不和を呼んだ。
それが呼び水となり、幼い頃無理矢理勉強に巻き込んだ腹いせとして、令嬢は悪意を煽ったという。
結果、彼女は病死でなく屈辱の処刑を受けた。
二度目は、王太子の子を身籠らぬよう、婚約そのものを解消できるよう働きかけた。
結果、神託を拒む者として教会から謗りを受け、国から逆賊として切り捨てられた。
様々なやりかたを行っても変わらない現実に彼女は諦めてしまったらしい。
今ではもう、にこりともしない人形姫と呼ばれるようになってしまった。
彼女のその苦悩を見守っていた管理者たちは、彼女の記憶を消そうとしたが、それは一人を優遇してしまうことだ。制約を破ってしまうのは、自らを産み出した神に逆らう行為。ーーーどうにも、出来ない。
今は、彼女の死が訪れる度、時を戻している状態なのだという。
「だからこそ、お願いいたします」
アウローラは膝をつく。
「彼女を救ってください」
アウローラの懇願に、流星はしばし思考する。
輪廻転生せず、記憶を引き継いだままに第二の人生。少女を救うという大役こそあれど、本来死ぬはずだった自分にとってはボーナスステージではないだろうか。
加えて、あの小説を読んだものとしては、あれがただの物語でなく現実に起こりうるというのは、恐怖としか言いようがない。
しかも、小説は建国されたところで終わっていたが、アウローラいわくあれは日本の読者が気に入るような視点から書かれたものであり、多角的に見ると悲惨と言い表すしかないという。
かといって、自分に彼女を救えるのだろうか。物語でしか知らない彼女を?
無理だと思う。しかし、アウローラの懇願を無視できるほど、流星は非情になりきれなかった。
「…………………善処は、するよ」
「ありがとうございます!」
長考の後の苦い返答に、アウローラは歓喜を露にした。
ややこしいので説明。
フィリオーネの一回目の神託とは別の管理者が世界を巻き戻すと同時に彼女の記憶のみ巻き戻さなかった。
で、混沌が産み出されるきっかけともいうべき彼女の存在の消失と共に世界が巻き戻るよう、管理者たちが世界の時間と空間を設定してしまった。彼女の記憶のみ除外する形で。
結果、一人を優遇しているように見えるが、実際は世界の滅亡回避のため少女に試練を課す形になっているため、優遇とは言えない状態になっている。
そのため過干渉とならず、停滞しているというわけです。
ここに彼女の記憶を改めて消す行為を行えば、彼女を憐れんで手を差しのべたとして不文律に触れる。
そのため手出しが出来ない、という風になっています。
自分で考えたとはいえなんつー意味不明な設定してしまったんだろ……。
ちなみに主人公は異世界から招かれアウローラと二回会ってるから過干渉では? と思うのですが、
一回目はリュナンでなく流星として出会っているので、一応同じ魂を持つ別人として認識され過干渉から逃れているという漠然とした(ふざけた)設定です。まじごめんなさい…(T-T)