爆葬「アクラシア・ボマー」 カウントゼロ
アクラシア会長の葬儀は無事に終わった。
前々日にアクラシア大講堂で展示物が爆破され、その前日には葬儀会場であるアクラシア記念会館でも爆破があった。
前日になって葬儀を中止とすることはできず、厳戒態勢の中で執り行われたのである。
特にポエナの横に立つ男は異常だった。
頭からつま先まで、黒鎧を喪服代わりに着込み、槍まで担いでいたのだ。
葬儀で何も起きなかったのは、この鎧の戦士のおかげだと、後に冗談交じりで語られたほどである。
もちろんそんな戦士と一緒に見回ることになった相方の心労といったらない。
「何も起きねぇじゃねぇか!」
葬儀終了後に、兜を地面に叩きつけるレオンから距離を取り、ポエナは他人のふりをした。
「このたびはありがとうございます」
手持ちぶさたのポエナが、声のした方を見れば、喪主であるアクライン社長がいた。
律儀にスタッフの一人一人にお礼を言って回っているようだ。
「おや、君は……このたびは本当に世話になった。無事に父の望むとおりに送ることができたよ。ありがとう。残りの二人は姿が見えないが、くれぐれもよろしく伝えておいてくれ」
アクライン社長は、その精悍な手で、ポエナの手をとって礼を述べる。
もちろんポエナは社長を知っているが、どうして社長がポエナを知っているのかわからなかった。
「ん? ああ、そうか。あのときは姿を変えていたからね。二週間ほど前になるな……。髭をもじゃもじゃさせて、変な眼鏡をかけた二人組が爆葬について訪ねたことを覚えていないかな? その片方が私だ」
「…………あ、あぁ」
思わず呻き声が上がる。
このときようやくポエナは全てを理解した。
それなら、一つだけ彼に伝えておかねばおかなければいけない。
「アクラシア記念杯は、名前を変えてでも必ずおこなって下さい。そうしないと、あそこの男に殺されますよ」
ポエナは、遠くで兜を蹴っている鎧の男に目を向けた。
勘が鋭いというべきか、男は二人を睨み付けてくる。
ポエラが、何でも無いと手を振り男の気を逸らす。
「……どうやら君に命を助けられたようだ。記念杯――いや、忌念杯は必ず開催されるよう働きかけておこう」
最後にもう一度だけ礼を述べてアクラシア社長は去って行った。
翌日に休みを挟み、葬儀を終えた二日後からポエナ達の仕事は再開された。
「アクラシア忌念杯が開催されるぞ! 週末は空けておけよ!」
レオンの機嫌はここ最近で見ないほどに良かった。
鼻歌まで出てきており、一昨日まで殺意をばらまいていた人物とは思えない。
競艇新聞を買ってくると残し、部屋から意気揚々と出て行った。
今日はもう帰ってこないな、ポエナはそう感じた。
午前中に相談者が二人来て、キュレルの支援を受けながら対応をしていった。
「失礼する」
もはや定型句とも呼べる言葉で、その男は入ってきた。
その手には、いつもの袋がぶら下げられていた。
「爆破事件の担当をおろされた」
勧められたソファに座った男の、開口一番がこれだった。
「そうですか」
彼のために何かをしてあげたいという思いは確かにある。
しかし、ポエナは何も語らない。
「記念会館の爆破を最後に、もう事件は起きていない。アインスール社からの被害届も取り下げられた。直に対策本部も解体だ」
ポエナが口を閉ざす理由の一つに守秘義務がある。
相談者から受けた話を、第三者に漏らすことは禁止されている。
加えて、その内容が内容だ。知らないとはいえ、犯罪に荷担していることになる。
後者の方が口をより重くしているのだろう。つまるところ保身であった。
こうやって少しずつ組織の色に、馴染んでいってしまうのだろう。
それが良いことなのか今のポエナには判断がつかない。
「最後に話をさせて欲しい」
ここでザナドは伝家の宝刀――ケーキを取りだした。
ポエナが受け取り、キュレルに預けられ、全員にケーキとお茶が配られる。
「セオニア・カレンスキーは、確かにホテルに泊まった。だが、事件が始まる前には、すでに街から出ていたんだな」
容疑者とされ、必死に捜索がされていたセオニア・カレンスキーは、二週間前に喪主のアクラシア社長と一緒に葬儀支援課を訪れた。
彼らは爆葬に関して話をしていた。途中からポエナは席を外れていたが、そのときに犯行方法を検討したのだろう。
三番街のクレイズホテルは、カレンスキーが滞在すると話していたホテルだ。
「セオニア・カレンスキーはただのアドバイザーだった。犯行の実行者は、被害者だと思っていたアインスール社だ」
喪主のアクラシア社長が、主導して爆破を行なっていた。
その際に、けが人が出ないよう最大限配慮し実行した――プロの爆破魔と葬儀支援課の魔法専門家のアドバイスを受けながら。
手口がわかったところで止められる訳がない。
事件前から仕掛が存在し、さらに被害者側が積極的に工作していたのだから。
「動機は、前回話したとおり爆葬のためだな。魂とやらが残らないように、跡形も無く彼の遺品を消していった」
「それは違うと思います」
ポエナは口を出してしまった。
最後まで沈黙を貫けなかったのは若さゆえであろう。
ザナドがポエナを何も言わずに見る。ただ見ただけだ。
前回まで平気だった彼の視線を、今のポエナは正面から受け止められない。
「この結論を出したのは君ではなかったか?」
ザナドが言うとおりポエナ自身が出した結論ではある。
だが、喪主の話を聞いて気づいてしまったのだ。
「この一連の事件、いや演劇の発案者はアクラシア会長だと思うんです」
「演劇だと? それにアクラシア会長が?」
「はい。僕はあまり詳しくないのですが、会長は発明家でも経営者でもなく、エンターテイナーだと聞いています」
ザナドは頷く。
彼もあまり詳しくはないが、その話は聞いたことがあった。
「会長は自らの死を、最後のショーに利用したのではないでしょうか?
別に葬儀式は何でも良くて、一番話題になりそうだったのが爆葬だった。爆葬自体が手段でしかなかったと思います。
自分の店や発明品、――死すらショーの一部に利用したんです。
彼が死んでからの十日間。誰もがアクラシア・ボマーの一挙手一投足に注目をしました」
アクラシア・ボマーは犯人の名前であり、被害者の名前であり、演目でもあった。
ポメラはそう締め括った。
「…………何が爆葬だ。何が魂だ」
ザナドのこの負け惜しみは、ポエナの発言を認めるものであった。
ただ、巻き込まれた方としては本当に迷惑でしかない。
「爆葬本来の意義について、アクラシア会長が理解していたかはわかりません。しかし、会長は魂の存在は信じていたと思います」
「なぜだ?」
ポエナは頼りなく笑う。
「魂にでもなって残らないと、自分のショーの反応がわからないじゃないですか。きっと今ごろどこかで大笑いしていますよ」
普段のザナドなら一笑にふしていたであろう。
しかし、今は笑う気になれなかった。
「違いない。ただ……少し疲れた」
無表情、無感動にそれだけ言って、席をたった。
アクラシア・ボマー最大の被害者であろう男は、葬儀支援室から立ち去った。
アインスール本社前に建てられたアクラシアの墓碑には、こう刻まれている。
『アクラシア・ヨハンヒルト 希代のエンターテイナー』――と。
四日後、この墓碑が爆破され、一連の舞台は真に終幕を迎えた。