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爆葬「アクラシア・ボマー」 カウントダウン1

 結論から言うと、アクラシア記念杯は無期限の延期になった。

 自粛による中止としないところが開催者の迷いを表しているのだろうか。

 すでに払い戻しが行われており、延期は一年ごしの実質中止になるだろうと誰もが考えた。


 ザナド刑事の奮闘もむなしく、アクラシア・ボマーは一号店の一角を吹き飛ばした。

 一号店がつつがなく(?)爆破され、事件は終わったかに見えた。

 しかし、事件はまだ幕を下ろしていなかったのである。


 一号店爆破から一日経った深夜のことであった。

 アクラシア競艇場に展示されていた魔動エンジンが爆発した。

 これは予測されており、警備員が配置されていたにもかからわずの犯行であった。

 今回、けが人はいなかった。邪魔な存在がなかったとも言える。

 アクラシア記念杯の開催は絶望的になった。


 犯人が一般人を巻き込みたくないという意思をもっていることは推測できていた。

 この傾向を利用し、警察上層部では、エンジンに限りなく近づいての警備プランが提言された。

 しかし、この提言は無事却下された。


 却下理由は、人道的に問題があるからではない。

 仮に巻き込んで爆破された場合、非難の矛先が自分たちに向かうことを恐れてからだった。

 警察もまたそれほど追い込まれていたのである。


 競艇場の爆破は夜遅くだったにもかかわらず朝刊に載り、さらに通勤時に号外が撒かれることで多くの人が知ることになった。

 葬儀支援課のポエナもその一人である。ちなみに彼は朝刊を各紙すべて買い集め、号外も手にしている。


「いやぁ、すごいですよ! 五日連続の爆破! 今度は競艇場!」

「野郎は、もっともやっちゃいけねぇことをしでかした」


 レオンがソファに浅く腰掛け床を睨み付けている。

 彼の脇には歪なほど黒に染まった槍が立てかけられていた。

 怒りは本物であろう。少なくともポエナは、犯人を見つけたときのレオンが新たな犯罪者になることを否定できない。


「次は? 次は、どこだ?」


 レオンの体の底から出た低い声が、楽しげなポエナに届いた。


「次はアインスール本社って言われていますね! ここからも見えますよね。地上三十階の会長室に、魔動エンジンが置かれているとか」


 ポエナが窓を開けて、一際高いビルに指をさす。

 同時に、そのビルの上層で白い光が満ちて、音もなく白い爆炎が吹いた。

 爆発の残滓が音として、ポエナたち葬儀支援課の耳に届く。


「そこかァァアッ!」


 間髪入れず、レオンが槍を片手に窓から飛び降りた。

 窓際には、指をさしたままのポエナが呆然としている。


「大丈夫ですか?」

「…………タ、タイムリーでしたね」


 ようやく出したその声は震えていた。

 もちろん偶然に違いないのだが、自分が爆破させてしまったのではないかという罪悪感が彼にこびりついたのだった。


 会長室爆破事件でもけが人は出なかった。

 会長室が爆破される寸前に、火災報知器がなりビルの内部の人間は避難していた。

 さらに、ビルから出たところで、近くにあったゴミ箱や魔動灯が爆発。

 ビル近くに立入が制限されたことによるものであった。


 警察はけが人が出なかった事を、自らの手柄だと喧伝した。

 実際に、異常が発生してからの警察の動きは、迅速であり淀みがなかった。

 爆破を止めることよりもむしろ、そっちに注力をしたほうが良いんじゃないかという消極的なスタイルだったが、これを責める者は思ったよりも少なかった。

 都民の大部分が「アクラシア・ボマー」の犯行を楽しみにしていたのだ。

 この点に関してはポエナも同様である。


 しかし、その警察組織の中でも、まだ犯人を捕らえることを諦めていない者も当然いる。


「……失礼、する」


 昼過ぎになって、ようやく本日最初の来客だった。


 その声に力はもうなかった。

 やつれた顔に、目の下にある隈が彼の限界を知らせている。

 体を壁に預け、足もふらついており、危なっかしい。


「どうかお掛け下さい。……どうか、どうか」


 ポエナはソファを勧めた。

 ただただ彼の身を案じてのものである。

 これにはザナドも「痛み入る」と素直に礼を述べて、ソファに身を任せた。


「これを」


 その手には、見慣れた袋が握られていた。


「これはいったいなんでしょうか?」


 わざとらしくキュレルが尋ねる。

 どうもキュレルはこの刑事が好きじゃないようだなとポエナは思った。


「これは、そう、手土産だ。世間話が、したくなってな……」


 キュレルがそっと拝領して、箱を開けて中にあるケーキを取り出す。

 ショートケーキが四つ入っていた。イチゴが一つに、プレーンが三つ。

 お茶とケーキの皿が、四人の前に置かれた。おそらくレオンの分は最初からなかった。


「……セオニア・カレンスキーの行方は、ホテルから出た後まるで掴めない。手口も変わってしまって、手の打ちようがない」


 ぽつりぽつりとザナドは漏らしていく。


「動機は考えましたか?」

「動機? 動機なんて――」

「ザナド刑事。貴方はマリー室長から犯人の情報を得ようとしているのでしょう。こんな賄賂まがいのケーキまで送ってです。それなのに、どうして先日の彼女の問いをないがしろになさるのですか?」

「それは……そうだが、しかし、動機と言ったって」

「彼の葬儀は?」


 ザナドの疲れきった頭に、マリーの雪解けのような声がしみこんでいく。


「葬儀?」


 ザナドは思い出す。

 葬儀の日程と場所、喪主は覚えているが、様式は果たして何だったか?


「…………あっ」


 ポエナが口をぽかんと開く。


「えっ……、えっ? まさかそういうことなんですか?」


 驚き尋ねる彼の腕には鳥肌が立っていた。


「どういうことだ?」

「アクラシア会長の葬儀は、『爆葬』なんです」

「爆葬? 爆葬といえば、遺体を爆発して粉々にするってやつだろう」


 それがいったい何の関係があるのか?、とザナドはポエナを見返す。

 ポエナは首を横に振って、ザナドの解答を否定する。


「それは単に、手段と結果をなぞっているだけです」

「遺体を爆発させて粉微塵にすることが、手段と結果? 目的は別にあるというのか?」

「はい」


 ポエナは爆葬について彼が知っていることを話していく。


 生物の活動は、突き詰めると電気信号の集合だ。

 道を歩くのも、階段をのぼるのも、椅子に座って考えごととすることも、電気信号のやり取りの結果に過ぎない。

 ひるがえって、死とは電気信号交信の終了を意味する。


 しかし、多くの種族の間でその結論は受け入れられていない。

 彼らは「私」という存在が、曖昧だが確かにあり、死んだとしても残り続けるという。

 死は肉体の終わりに過ぎず、「私」は新たな肉体に宿るか、虚空を彷徨い続けるのだとも語る。

 彼らはそれを「魂」と呼ぶ。


 魂のなじんだ体や物が残り続ければ、いつまで経っても魂が体から離れられない。

 一刻も早く魂が、新たな肉体を得るため、体や物に未練が残らないよう跡形もなく粉々にしてしまおうという思想である。


「つまり、爆葬の目的は魂の解放なんです」


 ポエナにとっても最近知ったばかりなので、記憶に新しくきちんと説明することができた。


 ザナドは現実主義者である。

 魂などと単語が出るだけ眉を顰めるほどだ。

 しかし、一般的な人間の思想をとやかく言う趣味もない。

 肝心なことは爆葬の目的ではない。

 その先にある事象だ。


 爆葬の目的が魂の解放にあることは、納得しないが理解はした。

 そうだとすれば今回の事件とどう関係するのか?


「今回の事件は、アクラシア会長の作った物ばかりが狙われています。これは爆葬の一部と受け取れませんか? 魂が肉体から離れたときに、その物に入らないようにするため、と」


 ザナド刑事は青年の言わんとするところを理解した。

 一連の犯行は、怨恨によるものでなく、アクラシア会長への弔いなのだ。


「セオニア・カレンスキーとアクラシアには親交があったということか……」


 疲れもあったのだろう。

 ザナドは考えるべき方向性を大きく間違えた。

 もしもここに彼の憎むべき大男がいたなら、悪口の一つでも飛ばされて気づけただろう。


「探ってみるとしよう」

「休んでからの方が、いいんじゃないでしょうか」


 ポエナの助言も彼には届かず、足をふらせつつ部屋から出て行った。


 彼が得られたものは、動機が怨恨ではなく、容疑者が故人の知り合いだったらしいということだけだ。

 十分な休養を取ることができれば、情報に実がないことにすぐさま気づくであろう。

 ただ、そうして気づく頃には全てが終わっているかもしれない。


「室長、おめでとうございます」


 空になったケーキの皿をよけて、仕事に戻っていたマリーにキュレルが祝詞を送る。


「彼は数日後、またケーキを持ってくることになるでしょう」

「どういうことですか?」

「ポエナ君。爆葬の説明は(・・・・・・)良かったですよ。ちゃんと勉強していますね」

「ありがとうございます。でも、二週間ほど前でしたか? 爆葬についての相談者があったのが幸いでした。本当、タイムリーでしたよ」

「ええ、ただ――もしも、そこから説明をしていたら、彼はもう来ずに済んだでしょうがね」

「よくやった」


 ポエナは、このとき初めてマリーから褒め言葉を授かったのだ!

 しかし、彼は混乱のさなかにあり、その貴重な経験をきちんと受け入れることができなかった。

 よくわからないまま仕事に戻る。


 今はただ、アクラシア・ボマーの活躍に目を輝かせるだけであった。

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