爆葬「アクラシア・ボマー」 カウントダウン2
翌朝の新聞各紙には、アインスール社の販売店連続爆破事件が一面を飾っていた。
『二号店爆破! 三号店を飛ばす!』
『アインスール社に恨みを持つ者の犯行か!』
『警察、犯行を止められず!』
『アクラシア記念杯、中止を検討!』
『アクライン社長、何も語らず!』
それぞれの紙面が、おのおの好きなことを書いている。
文字の海の中に、今回の事件を特徴付ける事柄が小さく記されていた。
『今回も爆破による負傷者はいなかった』
確かに爆発の規模は大きくない。
それにしても三件続けて、けが人がゼロと言うのはあまりにも出来過ぎている。
「野郎! 俺に怖じけづいて三号店を飛ばしやがった!」
レオンが鼻息荒く、ソファに身を預けながら吠えた。
なんでも昨日は三号店の入口前に立って、怪しい奴に一人一人声をかけていたらしい。
しかも、その後で通報されて警察と一悶着おこしたと聞いた。
「警察の奴らはいったい何をしている! あいつらの仕事は善意の協力者を捕らえ、爆弾魔を取り逃がすことだったのか!」
完全に自分のことを棚に置いた発言だった。
そもそもレオンに割いた人員分、捜査の人員が減ってしまうのであるから、協力ではなく邪魔をしているのではないか。
配慮のない善意の持ち主こそ、一番の厄介ものだ。
ポエナはそう思ったが、当然口にはしない。
「三号店は飛ばされちゃいましたね」
「ふむふむ、『アクラシアの名が刻まれた店舗のみ爆破か』と書かれていますね」
「そうなんですよ。五号店と四号店、それに二号店は、アクラシア会長が直々に作成・刻印した魔具が記念に展示されていたんです」
「『なお三号店には、現社長が刻印した魔動エンジンが置かれているのみで、故アクラシア会長の魔具は置かれていなかった』ですか」
「アクラシア会長の物ばかり狙うから、『アクラシア・ボマー』ってみんな呼んでます。今度こそ順番通り一号店ですよ! 会長の魔動エンジンが展示されてるそうですからね!」
「よし! 一号店だな! 今度こそ、とっ捕まえてやる!」
レオンは勢いよくソファから立ち上がり、そのまま部屋から出て行く。
またしても脛においやられたソファが、ここにいない加害者に無言の抗議をあげていた。
「そう言えば、アクラシア会長の日程が決まったようですね」
ポエナがソファを直していると、キュレルが話を切り出した。
この課で単に「日程」と言えば、葬儀のことを指し、様式と日にち、場所、喪主をセットで話すのが普通である。
日にちは五日後。
もっと延ばしたいだろうが、エンデンバンデスの法で遺体は十日以内に、葬儀式(あるいは火葬による直葬)によって処理しないといけない、と定められているため最大限に延ばした形だろう。
場所は、アクラシア記念会館。
名前のとおりアクラシア会長本人が寄贈した会館である。
並みのホテルよりも立派な会館だ。結婚式から葬式、運動会までなんだってできる。
ホールが三つに、宿泊施設とレストランもあり、庭園からグラウンド、プールまでついている。
会館というより、もはや統合リゾートだろう。
喪主は一人息子であり、アインスール社の現社長であるアクライン。
次期会長と言い換えても良い。
「最後に様式ですが――『爆葬』に決定したようです」
「爆葬ですかぁ~。まだ見たことがないんですよね。見てみたいなぁ」
「おめでとうございます。おそらく見られますよ」
「え?」
「朝一に、課長からマリー室長に連絡が来たようです。葬儀支援課もスタッフとして参列するように、と」
「課長から!」
ポエナは爆葬に参列できることよりも、課長から連絡が来たということに驚いた。
よく勘違いされるが、マリー室長は係長だ。
葬儀支援「課」となのだから、トップは当然課長である。
しかし、ポエナはいまだに課長を見たことがない。
葬儀支援課に配属されたときも、歓迎会のときも、普段の仕事は言わずもがな――課長はいない。声も知らない。
全員に尋ねてみたが、マリー室長は返答なし。
キュレルは話したことはあるが、会えたことはない、と意味のわからないことを話す。
レオンにいたっては、課長とかいてもいなくてもどちらでもいい。
そんな細かいことを気にするからお前は童貞なのだと笑われた。
願いが一つ叶うなら何を願うか、と仮に問われたする。
そのときは、「課長を見てみたい」と言えるほどに、ポエナは課長が気になっていた。
もちろん、こんなことはレオンに言えない。
「葬儀支援課は警備担当ですね」
「えっ? 僕もですか?」
葬儀支援課は、防災管理部の下にある。
都市生活部や経済部、種族統括部の下ではない。
防災管理部直下の他の課は、外周警備課、内部治安維持課、テロ対策課であり、これらの課の横に葬儀支援課の名前が並ぶ。
事情を何も知らない人間が見たら、十人が十人とも何かの間違い、記載ミスだと確信する。
実際に、記載がおかしいとクレームが入ったこともあるらしい。
ポエナも最初は疑問に思っていたが、先輩達に聞くまでもなく理解した。
この人達がいるから葬儀支援課は防災管理部に入れられたのだ、と。
マリー室長の魔法、レオンの馬鹿力、キュレルの情報力と得体の知れない感覚。
この三人がいれば、たいていの物事は力でねじ伏せられてしまう。
ここで唯一とりわけ誇る力を持たないのがポエナであった。
「大丈夫です。二人一組で行いますから。私は室長と、ポエナ君はレオンと一緒です」
ポエナはすぐに返事ができなかった。
どちらかと言えば、キュレルと組みたかったが、マリー室長と組まされても間が持たない。
レオンならまだましだが、それはそれで面倒なことになりそうである。
「……がんばります」
それだけ言って、仕事を始める。
事務仕事に熱中していると、サイレンの音が葬儀支援課の室内に聞こえてきた。
「もしかして」
窓を開けると、サイレンの音がより鮮明に聞こえるようになる。
音から方角はわからないが、頭を出して大きく横を見てみると、ビルの隙間から煙が上がっているのが見えた。
「あっちは――」
「一号店の方角ですね」
ポエナの隣には、気づけばキュレルが立っており言葉を継いだ。
しばらく煙を見ていたが、どうしようもないので窓を閉めて仕事に戻る。
アクラシア・ボマーによる四日連続の爆破事件。
予想通り四件目の爆破場所はアインスール社の一号店だった。
警察はそれを予測できたにもかかわらず、止めることがかなわなかった。
そして何よりもこれを明記すべきだろう。
今回ついに、爆破事件における直接の負傷者が出た。
「あぁぁぁ! クッソ痛ぇ! 俺はもうキレたぞ! 野郎、この俺が引きちぎってやる!」
連続爆破事件、初の負傷者は葬儀支援課で上半身裸になっていた。
「それじゃ先輩が犯罪者になるじゃないですか」
何でも警察が立入を封鎖していた一号店に、レオンが力尽くで乗り込んだところを爆破されたらしい。
「俺の貴重な服がぼろぼろじゃねぇか!」
ビルはワンフロアが消えたというのに、その現場に居合わせた男と言えば火傷と擦り傷だけですんでいる。
それと服がぼろぼろになったくらいだ
「失礼する」
聞き覚えのある声が、部屋の入口から聞こえた。
昨日と同じ服装の男が、昨日よりもやや疲れた様子で立っていた。
「あぁ? 無能な犬っころじゃねぇか。ここに何のようだ。ドッグフードならねぇぞ」
「公務執行妨害の容疑者がここにいると聞いた」
ザナド刑事は、ポエナの前を通り過ぎて、ソファに座っていたレオンの前に立つ。
「見たことを全て話せ。それで、先の罪は見逃してやる」
「何もできねぇ犬風情がよく吠える」
仲が悪そうだなぁとポエナは第三者的に見ていた。
「話して差し上げればいかがでしょうか? 犯人が捕まらなければアクラシア記念杯が中止になるかもしれなません。情報は多い方が良いでしょう」
ようやくキュレルが二人の間に割って入る。
しっかりレオンのメリットを説くあたりが、ポエナにはたいへん参考になった。
「……ふん。フロアに乗り込んでショーケースが並んでるところを歩いてたときだ。一番でかいショーケースが、白くぼんやりした光を発してやがった」
「一番大きなショーケースと言えば、アクラシア会長が作ったという魔動エンジンが飾られていたものでしょう」
「あれ、魔動エンジンだったのか。気になって近づいてみたら、光が徐々に強くなってドカンだ」
「エンジンが光って爆発したのですか」
「そうだな。あれは爆弾が仕掛けられたというより、エンジン自体が爆弾になったように見えた」
「ふむふむ、なるほど」
ポエナは爆破方法よりも、爆破距離の方が気になっていた。
レオンが巻き込まれたとは聞いたが、ビルが半壊になっているぐらいだ。
爆弾とレオンの距離はそこそこあったと思っていた。しかし今の話を聞くとまるで……。
「えっと、それって、爆弾が先輩の目の前で爆発したんですか」
「そりゃそうだろ。この有様が見えねぇのか?」
見えている。見えているからこそだ。
驚愕と恐怖を悠々と通り過ぎ、もはや呆れしか出てこない。
「なんで生きてるんですか?」
「おっ。喧嘩うってるな、お前」
ヘッドロックをキメられたポエナに脇目を振ることもなく、ザナド刑事はキュレルと話を続けていた。
「前の三件も同じ手口だ。魔石破裂を利用している」
魔具には、魔力をエネルギーに変換する魔石が使われている。
何のエネルギーに変えるか、どれくらいの変換効率か、また魔力許容量の大きさで魔石の価値が変わってくるわけである。
魔動エンジンに使われている魔石は、魔力を熱エネルギーに変える。
さらにその効率はすさまじく良く、魔力容量も大きい。
この魔石に、魔力を与えても最初は熱への交換が行われない。
ゆっくり適量を与え続けることにより、交換効率が上がっていくのである。
これが俗にいうところの「魔動エンジンの暖機運転」である
さて、もしも急激かつ多量の魔力を魔石に与えるとどうなるか?
通常は何も起こらない。先にも書いたが最初は交換率が悪いからだ。
例外は注ぎ込む魔力が、魔石の許容量を超えた場合になる。
この場合、魔石は蓄えられた魔力を全て光と熱に変えて砕け散る。
これが魔石破裂である。
初期に発する光が月光のように白くか細く、徐々に光が力強く膨張するためこの名が付けられた。
なお市販されているような魔石では、パンと小さな音を立てて弾けるだけで終わる。
これは熱への変換効率の低いことと、魔力の許容量が小さいためだ。
しかし、これがもし大容量かつ高変換率を持つ魔石の場合はどうなるか。
「さすがアクラシア会長のご謹製。ワンフロアが爆発する魔石なんて、そうは存在しないでしょう」
「感心している場合ではない。問題は爆破方法だ。そんな魔石を破裂させる魔力など、どうやって注ぎ込む?」
魔石破裂を引き起こすための魔力量は、変換効率に反比例し、魔力容量の三乗に比例する。
変換効率が上がっても、容量が大きくなるため、要求される魔力量は結果的に増える。
しかも、その魔力を極めて短時間に注ぎ込まないと駄目なのだ。
「それだけではない。実行犯は少なくとも現場の近くにはいなかった」
通常、魔力を注ぎ込むには近くにいないといけない。
距離が離れれば離れるほど、発した人間から伝わる魔力量は大幅に減少するのだ。
「ふむ。魔法の専門家としてはどうお考えですか?」
キュレルが、事務机に向かっているマリーに話を振る。
当の本人は口を開かず、見向きすらしない。
「……先着十名限定ケーキを、明日の午前中に持参」
「指向性魔力増幅器を並列で使用する。ショーウインドウの近くに複数配置して起動。これなら距離があっても可能。爆破後はもう跡形がないからわからない。仮に残っても、魔具取り扱い店だから増幅器はあっても不思議じゃない」
書類から眼を離すことなく淡々とマリーは答えた。
「約束の品は、部下から届けさせる。イチゴのショートも付けておく。他に何か気づいた点があれば、部下に伝えていただきたい」
「動機は?」
出て行こうとしたザナドの背中に、消え入りそうな声が届いた。
彼は危うく聞き逃すところであった。
「動機? アクラシア会長への怨恨だろう? 全て彼の作った魔具が標的にされていることから明らかだ。たとえ違っていようが、そこは私にとって重要ではない。ホシを捕まえてから聞き出せば良いことだからな」
ザナドは言い切る前に、扉から出て行った。
「ふふ、マリー室長もお人が悪い」
キュレルの批評にマリーは答えない。
レオンもまったく興味が無く、アクラシア記念杯の勉強に勤しむ。
唯一反応しそうなポエナは、レオンの腕により意識を失い、夢の世界に入り込んでいた。