爆葬「アクラシア・ボマー」 カウントダウン3
エンデンバンデスの都市中央付近にありながら、その喧噪から取り残された都庁第二庁舎。
その二階奥に葬儀支援課の部屋は割り当てられている。
「レオンさん、聞きましたか。フラングストリートで二件目が起きたらしいですよ」
「……やはりそうか」
ポエナの話題に、興味なさげに大男が返事をした。
大男の手には、今週末に行われる魔力競艇の記事が書かれている。
「ああ、今週末はアクラシア記念杯でしたね」
金髪の青年が、思い出したように口に出した。
年に四回おこなわれる魔力競艇の大レース「アクラシア記念杯」が今週末に開催される。
このレースがファンにとってどれほど重要かは、普段仕事関係の活字しか目にしない大男が、必死に紙面の文字を追いかけていることでわかる。
「魔具販売店が爆破されたらしいです。それも二日続けてですよ!」
「スタートからの爆発的加速。そのまま逃げ切れるセバニスを軸にすべきだな。ガセランとの二軸でもいけるか」
部屋の奥では、髪の長い女が黙々と資料に判子を押している。マリーである。
その反対側の席で金髪の青年が、資料の空欄を次々と埋めていく。こちらはキュレルだ。
金髪の隣の席に座る、とりわけ特徴のない、それこそが特徴だと言わんばかりのポエナが資料とにらめっこをしている。
「その店がなんと、アインスール社の販売店! 二件ともアインスール社です! 三件目はガンドロストリートの店舗がやられるんじゃないかって話です」
「最新店舗から徐々に遡っていくわけですか」
「そうなんです! 五、四と来てるから次は三が来るだろうって!」
「馬鹿。五-四-三なんて絶対こない。大人しく八番のセバニスで単勝を狙え」
「魔力ボートの話じゃないですよ……。そっちには興味有りません」
レオンは嘆息する。
ポエナは無趣味のつまらない男である。
ゴシップのネタを語るのが好きという寂しい人間だ。
彼は一人で頷いた。
何の取り柄もないが、後輩には違いない。
「よしよし。週末は、頼れる先輩が、大人の知的ゲームってのを教えてやる。もちろん現地でな。ちゃんと空けとけよ。まぁ、どうせ予定なんかないだろうがな」
「……ものすごい失礼なこと考えてませんでしたか」
少なくともポエナには、レオンの瞳が憐れみの目にしか見えなかった。
先輩らしさは、職場でこそ見せて欲しい、とは口に出さない。
「アインスール社と言えば、アクラシア会長が先日亡くなられましたね」
「あっ、僕も見ました。休み前だから……、三日前ですか」
魔具業界大手のアインスール社と言えば、エンデンバンデスでは子供でも知っている。
元は魔動エンジンの開発で名を馳せたのだが、その後、「製造から販売まで」の方針で多くの魔具を世に出していった。
アインスール生みの親であるアクラシアは、商業世界に深く名を刻んだ。
現に、魔力競艇四大レースの「アクラシア記念杯」はそのまま彼の名前である。
もっと言うなら、アクラシア記念杯の行われる競艇場も、アクラシア競艇場であった。
ただ、彼の全盛期を知るものは、彼をエンジニアともマネージャーとも言わないだろう。
きっと彼らは口を揃えてこう言うはずだ。
――エンターテイナーと。
彼はその発明と経営方法で世間を手玉にとった。
常に世間は彼の行動に注目をせざるをえなかったのだ。
もっともそれは病気になる前の話であり、数十年のことになる。
「おやおや? そうするとまずいことになるのでは?」
「何がですか?」
キュレルの疑問をポエナが質す。
「アインスール社の一号店は、アクラシア競艇場の隣です。このまま連続で爆破されていけば、週末の記念杯にも影響が出るのではないでしょうか」
レオンがソファから一気に立ち上がった。
脛がぶつかりソファが大きく場所を移動する。
「なんだと! あってはならんことだ! なんとかせねば!」
本当にそうなれば大事件だが、そもそもここは葬儀支援課であって警察ではない。
できることはといえば、故アクラシア会長の葬儀がどうなるか気にすることくらいである。
「犯人をとっ捕まえてくる!」
レオンはそのまま部屋から出て行った。彼を追う者はいない。
開けっ放しになった扉を、ポエナはそっと閉めて自分の席につく。
「キュレルさん。ここなんですけど、どう書けばいいんでしょうか?」
「……これでしたら、空欄のままで大丈夫です。遺族から特に要請があったときのみ記述します」
ポエナは礼を言って、作業に戻る。
葬儀支援課の時は穏やかに過ぎていった。
ぬるま湯のような穏やかさは、一人の訪問者によって破られた。
「失礼する」
上下に紺色のスーツを着こなして、髪型もばっちり七対三で分けられていた。
その右手には、何やら小荷物が握られている。
男が全身に纏う鋭利な雰囲気を、ポエナは真面目そうと見取った。
「ようこそ葬儀支援課へ。ご相談でしょうか」
「ポエナ君、彼は相談者じゃありません。私が応対します」
席を立ったポエナをキュレルが止めて着席させた。
「馬鹿がいないようだな。それに新しい顔だ」
「彼は今年入庁したばかりのポエナ君です」
馬鹿の方には反応せず、キュレルはポエナの紹介を行なう。
紹介されたポエナも席を立って、「初めまして、よろしくお願いします」と会釈する。
「……………………一般人にしか見えないな。どういう経歴の持ち主だ?」
たっぷり十秒はポエナを観察したのち、降参した様子で男はキュレルに尋ねた。
「いやですね、ザナド刑事。まるで葬儀支援課には、おかしな経歴の人間しかいないような言い草じゃないですか」
キュレルは笑うが、ザナド刑事と呼ばれた男は笑わない。
刑事という単語が気になって、ポエナはキュレル達をちらちら見やる。
「ポエナ君は見たままの新人で、我々の後輩です。それでは不服ですか?」
「前半はともかく、後半がな」
「ふふ、それで本日のご用件は?」
ザナドも忙しい時間の合間を縫って、こんなほこり臭い歴史的建築物にやってきている。
ポエナの経歴という彼にとっての重要案件は、この際は後回しにして本題を済ましてしまうことにした。
「この男についてだ」
ザナドがスーツの内ポケットから、一枚の写真を取りだしてキュレルに手渡す。
写真の中には一人の男が写っていた。
ザナド刑事はその写真をポエナとマリーにも見せる。
ポエナには見覚えがなかった。仮に知っていたとしてもわからなかっただろう。
遠目だし、ピンぼけしている上に、男は帽子を深くかぶり、サングラスにぶ厚い口髭と顔をはっきりと判別できない。
マリーは写真を見ようともしていない。ひたすら書類に判を押している。
「このかたは?」
「名をセオニア・カレンスキーという。レングレヌ共和国での爆破事件実行者として、国際手配が出ている」
都市国家エンデンバンデスは、四つの国家に東西南北を囲まれている。
北のカヌア神聖国、東のゼント帝国、南のコルナゼリア連合国、西のレングレヌ共和国だ。
文化や統治形態、民族がそれぞれ違う国々であり、国交が良くないといったことも当然ある。
特に北と南、西と東は歴史的にもその関係性は最悪であった。
ちなみにエンデンバンデスは隣り合う四カ国全てとそれなりに良い関係を築いていた。そう、それなりに――。
さて、ここで問題になるのが、犯罪者の取り扱いだ。
仮に東のゼント帝国で手配をされた犯人が、南のコルナゼリア連合国に逃げおおせたとする。
ゼント帝国の捜査権はコルナゼリア連合国まで及ばない。他の国も同様である。
しかし、詐欺や快楽殺人の場合は逃げた国の方も被害が出てくる。
そこでエンデンバンデスとその周辺五カ国は犯罪者に対して、捜査協力と引き渡しの協定を結んでいる。
顔と手口、捕まえた際の報酬を記入して、各国の窓口に提出する。
提出すると各国で犯罪者の捜査協力を行ない、捕らえた場合は引き渡す。
ただし、協力義務ではなく協力努力なので、国際手配をしても無駄になることがあるのは否定できない。
「この男が先日、エンデンバンデスで確認された」
「おや、それは怖いですね」
「アインスール社販売店、連続爆破事件の容疑者だ。おそらく協力者もいる」
「そんな捜査状況を、外部の我々に伝えてもいいんですか?」
「なんでもいい。こいつについての情報が知りたい」
「はははっ、ご冗談を。ザナド刑事、部屋を出て上をご覧になってください。そこには、こう書かれています。『葬儀支援課』とね。ここは情報交換所ではありません」
ザナドとキュレルの視線がぶつかった。
先に折れたのはザナドだ。しかし、彼は諦めたわけではない。
ずっと彼の脇に置かれていた小荷物――最終兵器をテーブルへ慎重に捧げる。
「ここにシュピックドーレの先着十名限定、イチゴショート・ファンタスティックスペシャルネオがある」
「三番街のクレイズホテル。二階、五号室」
真鍮で作られた鈴のような声が響いた。
音が完全に消えてから二秒経ち、ようやくザナドはその音を言語として認識する。
ポエナは「そう言えば、マリー室長の声を今日は全然聞いてなかったな」とぼんやり思った。
「協力感謝する」
ザナドはそれだけ残して、足早に立ち去った。
キュレルは取り残されたケーキの箱を、袋から取りだしている。
「あれ? マリー室長が話したホテルって最近どこかで……」
「二つ入ってますね、一個は安いやつですが。ポエナ君はこっちを自分と半分こにしましょう」
「あ、はい」
この日、けっきょくレオンは戻ってこなかった。