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闘葬「ウングイス・ウーは二度死ぬ」 その4

 まず踏み出したのはウングイスであった。

 全盛期に勝る脚力で蹴られた地面は、陥没を免れない。

 その反作用を推進力として、黒騎士との間合いを一気に詰める。

 握られた矛はしなり、迷わず黒騎士の胴体を斬りつける。


 しかし、その斬撃は受け止められた。

 黒騎士の槍が彼の矛を止めた。ウングイスが両手に対して、黒騎士は片手である。

 槍と矛がぶつかる音は競技場にとどまらず、その外にまで響く。


「まさかこれが本気じゃないだろうな。『迅雷』」


 黒騎士が、ウングイスにのみ聞こえる声で囁く。


「貴殿が、我が迅雷を受けるに値するか試したまでだ」


 ウングイスも黒騎士に囁き返した。


 両者が距離を取る。

 ウングイスが矛を片手に持った。


〈宿れや雷鳴! 轟け――雷ノ雨鉾(かみのうぼこ)!〉


 何本もの折り曲がった白線が彼を囲む。

 それらは全て稲光であった。


 俗にいうエンチャントであり、雷属性を武器に付与している。

 彼の場合は武器だけでなく、鎧にも付与させることで防御力を強化している。

 加えて、自己強化との混合により肉体能力も彼の限界まで高める。

 通常であれば、戦闘後のことも考えて力を抑えるが今日は加減する必要がない。


「参る」


 大多数の観客の目から、ウングイスが消えた。


「……雷だ」


 競技場に白の帯となった残光が描かれる。

 空からの落雷が、そのまま地上を走っているようである。


「迅雷ウングイス」


 この光景が彼の二つ名の由来である。

 その速さにより、姿を捉えられず、ただ稲光が敵を散らしていく。


 観客の中には、彼と肩を並べて戦った者、あるいはその雷と対峙した者の両方がいる。

 その誰もが、かつての彼を思い起こし、胸に沸いた熱い気持ちを隠しきれていない。

 ウングイスは断じて病魔に倒れたのではない。彼は自分と同じ戦士だ。

 戦いの中にこそあり、戦いの中で死ぬ。


 この舞台は闘葬である。

 彼は本来、狩られる役になっているのだが、観客の中に少なくともこの戦いの中で彼が死ぬとは思った者はいない。

 仮に、命渡し役が死んだとして、その後どうなるのか?

 そんなことを気にしている人間ももういない。

 ただただウングイスの勇姿を網膜に焼き付けている。


 ウングイスはまだ黒騎士に矛を向けていない。

 全力のエンチャントを武器と体躯にならすため、競技場を駆け回っていた。

 黒騎士もそれがわかっており、悠然とそれを眺めている。

 眺めていた――すなわち、彼には稲光に等しいウングイスが見えていたのだ。

 ウングイスも彼が自分の姿を追ってきていることに気づいている。


 ようやくウングイスのならしが終わり、一般の観客にもその姿が補足できた。

 彼は矛を構え、対する黒騎士もそれにならう。


 始まりの合図なんて野暮な物はなかった。

 ウングイスが殺せると感じたタイミングで斬りかかっただけである。

 もちろん大多数の観客に彼の姿は見えない。


「あの黒鎧……いったい何者だ?」


 ここに来て賞賛ではなく、疑問が黒騎士に向き始めた。

 ウングイスの四方八方から迫る雷撃と呼ぶにふさわしい攻撃を、黒騎士は全て防いでいる。

 剣戟を追えているごく少数ですら、かろうじて追えているにすぎない。

 もしも実際に対峙したら、すでに地面に倒れていることは疑いなかった。


「あれも、防ぐのか……」


 槍の流儀は、帝国式に近いと言える。

 しかし、あれほどの腕があれば名は各地にとどろいているはずだ。

 名高い帝国十二耀将の中にも、槍の名手はいるだろうが、誰とも一致しない。

 そもそもそんな槍の名手が、帝国を離れてこんなところにいる理由がない。


 剣戟のさなか、ウングイスは焦りを覚えていた。

 自分自身に残されたタイムリミットもわからず、いつ反魂術の効果が切れるのかがわからない。

 さらに、この黒い鎧を纏う騎士だ。

 ウングイスはカヌア神聖国、レングレヌ共和国、コルナゼリア連合国はもちろんとして、ゼント帝国も巡っている。

 その中でも、全力のエンチャントでここまで防がれた相手は、過去に数人しかいない。

 帝国十二耀将の一人の槍術を実際に見たことがある。

 技はあれに及ばぬ。しかし、この力強さよ。


「――ぐぅっ、ぬっ!」


 一撃一撃が恐ろしく重い。

 ウングイスにあった焦燥の隙を、黒騎士は逃さなかった。

 槍の柄が彼の胴体を吹き飛ばした。もしも、さがっていたならばその刃はウングイスを二つに断っていたであろう。


「あなた!」

「お父さん!」


 すぐに立ち上がったが、そこに家族からの声がかかる。

 ウングイスへと進もうとした妻子を、彼は片手を挙げることで止めた。


 ウングイスは恥じた。

 大切な妻子を、自らの病死で悲しませてしまった。

 それに、闘葬という現代社会では滅多に見られない葬式を挙げてもらった。

 彼女たちに背負わせた心労は、考える必要もないほどである。


 ――にもかかわらず、彼は今、また妻子を不安にわずらわせてしまった。

 よく見ておけと言ったにもかかわらず、このていたらく。

 どうしてこれ以上、情けない姿を彼女たちに晒すことができようか。


 幸か不幸か彼女たちに応える術を、ウングイスは持ち合わせていたのであった。


〈我が身は雷炎。この体を焦がすこと恐るることなし――〉


 にわかに詠唱を始めた。

 同時に、彼の周囲に防音術式が張られる。

 当然観客たちは、声がいきなり消えて不審に思った。


 彼が唱え始めたのは、第二級封印術式「雷葬自炎」であった。

 ローブを着た魔法使いが、防音結界を張った理由は機密保守のためである。


 ウングイスは詠唱を続ける。

 黒騎士もその様子を見ている。今度は槍を下ろさない。


 空模様が怪しくなってきていた。

 分厚い雲が競技場の周囲に集まってきている。

 ウングイスの真上に黒々とした雲が渦巻き、白く小さな稲光がいくつも見られた。


〈雷鳴となりて怨敵を滅さん。たとえ――我が身燃え尽きれど〉


 詠唱が終わり、彼は矛を掲げた。

 まばゆい光が満ちて観客は思わず瞳を閉じた。

 彼らが光の中で最後に見たのは、ウングイスの矛と空の暗雲が一本の雷で結ばれた光景であった。


 観客の目が開けば、そこには光の化身がいた。

 曇天で暗い中に、その存在だけは光を放ち競技場の中心に鎮座している。


 第二級封印術式「雷葬自炎」は、端的に言えば自爆だ。

 エンチャントのような自ら発することができる雷を纏うのではなく、許容限度を超えた雷をその身に宿す。

 得られる力はエンチャントの比ではない。空を引き裂く雷が、そのままウングイスの手足となっている。


 比喩抜きで雷と化したウングイスが姿を消した。

 突如として黒騎士の前に現れ、その光り輝く矛を振るう。

 黒騎士は間一髪でその矛を防いだ。しかし、完全に受け止めることはできない。

 宙を飛び、地面を転がり、観客席と競技場との間の衝立にぶつかりその勢いを止めた。


 常に音は光よりも遅く、雷鳴の轟きは稲光の後に続く。

 そして、観客を襲う衝撃の波は音よりもさらに遅かった。


「グオオオオオオォォォォォ!」


 獣の咆哮に対して、黒騎士はゆったりと起き上がる。


「呪印二十%解放」


 黒騎士がぼそりと呟くと、彼の全身にうっすらと黒い靄が覆った。

 白く光るウングイスはかまわず、黒騎士に襲いかかる。


 今度は先ほどとはまったく逆の光景になった。

 襲いかかった雷の獣は、黒騎士の槍をその矛で受け競技場の反対側の衝立まで吹き飛んだ。


 黒騎士は何でもないことかのように、吹き飛んだ獣へと歩を進める。

 獣もすぐに立ち上がり、黒騎士へと歩み寄る。

 両者互いに互いの間合いに入った。


 静寂が会場を包んだ。

 獣が発する雷の弾ける小さな音が、遠くの観客まで聞こえてくる。

 白の獣と黒の騎士というビジュアル的なコントラストが美しい。


 先手は獣。

 振るわれた矛はまさに雷光である。

 受け止める槍は暗黒であり、稲光を全て吸い込んでしまった。

 打ち返される黒騎士の槍はさらに鋭く、さらに力強くなって一撃、また一撃と獣を削っていく。


 ついに、獣の矛は打ち返され、黒騎士の槍が彼の肩を上から強く叩いた。

 獣の口は大きく開かれ、その光景のまま時間が止まったかのように思えた。


 獣の膝は折れ、地面に屈する――誰もがそう確信したが、獣は倒れなかった。

 足をとっさに前に出し、矛で身体を支えた。


 光が収束し、黒焦げになったウングイスが現れる。

 彼はもう何も喋らない。ただ、立ち尽くしたまま、背中で家族に語るのだ。


「ウングイス・ウーはお前達の夫であり、父であり――戦場に身を置く武人なのだ」と。


 命渡しが終了し、黒騎士は退場する。

 勝者への喝采も祝福もない。


 みな、敗者である戦士に黙祷を捧げていた。


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