闘葬「ウングイス・ウーは二度死ぬ」 その3
支援課を訪れてから二日が経った。
当事者達、とりわけファイナにとっては人生で一番忙しい二日になった。
彼女と母、葬儀支援課のレオン(おまけのポエラ)、それに正式に葬儀を受け持ったカンパネラ社で式の日程と詳細を決めた。
喪主は母なのだが、体調が思わしくないため、主体的に活動を行なったのはファイナである。
葬儀支援課とカンパネラ社の采配は完璧であり、ファイナの負担は最小限で抑えられた。
ついに三日目が訪れ、葬儀が行われることになった。
葬儀会場は、エンデンバンデスの第三市民競技場を借りて行われた。
四時間という短い時間ではあるが、ここが借りられたのは僥倖だったと言わざるを得ない。
葬儀支援課という行政組織が入ることで、かなり割安で借りることができたからだ。
弔問客は五千を超えた。
これは明らかに異常な数字である。
ウー妻子が作ったリストから、実際に連絡をした数はせいぜい三十。
そこから派生して繋がっていくとしても百人を超える程度だったであろう。
それがどうだ。競技場の席が足りず立ち見をしている人間もいる。
一人が香典三千ジェランを出したとして千五百万ジェラン。
香典返しは、原則即日返しにしているため八十パーが残るとして千二百万。
これも遺族への金銭的負担を減らすための支援課の戦略だった。
闘葬という現代における希少葬儀式を広告として利用した。
葬儀関係者は元より、ウングイス・ウーの二つ名を知る軍事関係者、さらに血なまぐさい闘いが見られると聞いた一見さんが殺到した。
もはや一種の見世物と化していた。
それでも遺族は、この参列者もとい観客に満足していた。
病床にあって家族だけで送るよりも、ただただ衆人環視の中で我が父を全力で闘わせてあげたかった。
妻子は、すでに始まる前から目に浮かぶ涙を乾かすことができない。
刻が来た。
競技場の真ん中には、ウングイス・ウーの遺体が支えられて立ち上がっている。
すでに遺体は戦装束。彼が出先から持って帰った数少ない荷物が、彼を語るにおいて外すことのできない矛と鎧であった。
病にやられ、かつての体躯はやせ細り、その鎧も矛も今や似つかわしくない。
「ただ今より、故ウングイス・ウーの葬儀を執り行います」
人数が足りていないため、司会は葬儀支援課のキュレルが行っている。
「式は遺族からの思いを酌み、戦闘種族伝統葬儀式である闘葬にて行います」
この声を改めて司会が述べると、観客の中に緊張が走る。
「なお、導師及び命渡しは、第一級封印術式を利用するにあたり、素性を明かすことがかないません。ご了承いただきますようお願いいたします」
この場合の導師とは、ウングイス・ウーを反魂術で蘇らせる人間をさす。
また、命渡しとは蘇ったウングイス・ウーと闘い、その命を再度貫く者になる。
競技場の端から黒いローブに身をつつんだ人物がウングイス・ウーへと歩み寄る。
人間もしくは亜人ということはわかるが、それ以上のことは見て取れない。
導師は、防音壁を自身の周囲に展開し、詠唱を聴き取れなくしている。
観客は静かに、導師が反魂術を繰り出すのを待ち続ける。
変化があった。
ウングイス・ウーを中心に、幾何学的な模様が浮かび上がった。
白、黒、紫と色を変え、さらに模様は何層にも折り重なり、競技場を埋め尽くす。
何も知らない人間は、すごいとか、かっこいいとか話すのだが、道理をわきまえている人間には恐怖しかない。
「馬鹿な……。どれほどの魔力を注ぎこむというのだ」
エンデンバンデスでも、名が売れている魔法使いの手が震えている。
彼もレザレクションの術式を知っている。若気の至りで一度だけ使用してしまったこともある。
そのときに発生した模様は全力を込めてもただの三層。
この場に、浮かび上がる模様はどう見ても十層はあるだろう。
「おい、今っ」
「ああ。動いた」
「動いたぞっ」
魔法使いの思考をざわめきが邪魔をする。
確かにウングイス・ウーの腕が動いたのを魔法使いは確認した。
「顔つきが、変わってる……」
反魂術は死者を生き返らせるものである。
生き返らせた際の状態は、通常死んだときの状態に準拠する。
すなわち、頬はこけ、身体はやせ細っているままで生き返るはずであった。
「なん、だと……」
魔法使いは呻いた。
ウングイス・ウーの顔立ちは武人のそれに戻っている。
頬の肉付きは戻り、しおれていた髭はピンと伸び、針金のようである。
やせ細っていた身体は、鎧を纏っているにも関わらず、その下にある体躯の張りありありと知らせてくる。
ウングイス・ウーの顔が驚きに満ちて周囲を見渡す。
口が何やら動いているが、声は観衆に聞こえてこない。
防音壁の魔法が張られていた。
ローブの魔法使いと何やら話をしていたようで、話が終わると身体の前に両拳を付き合わせ虎人にある感謝の意を示した。
ウングイス・ウーが振り返った先には、彼の家族がいた。妻と娘である。
妻と娘は、かつての父の姿に我を忘れて駆け寄った。
父は微動だにすることなく二人を受け入れる。
話をしているようであり、観客の中にも涙を誘われるものがあった。
少なくとも家族のひとときを邪魔してはいけないと空気を読んで黙っている者が大半である。
感動の中にあって愕然としている少数派がいる。
先ほどの魔法使い以下数名だ。
「ありえん……」
レザレクションで生き返らせた者に理性はない。
少なくともかつて魔法使いが蘇らせた恋人はすでに理性を失い、彼に襲いかかってきた。
闘葬といういうのは、要するに蘇らせた理性のない獣を駆逐する儀式なのだと彼は考えていたがその常識が打ち砕かれた。
ありえないと言いつつも、現実として目の前で起きていることを、完全に否定するほど狭量な彼でもない。
ただし、目の前の光景は自身の才能と本物とを知らす悪夢に違いなかった。
「悪夢? 悪夢……、千夜の悪夢!」
周囲の人間が迷惑そうに魔法使いを見るが、本人はそんなもの気にしていられない。
エンデンバンデスの西にあるレングレヌ共和国にて、死者が都市を練り歩くという事件が発生した。
三年近くにわたり、各都市で死者が蘇ったことから千夜の悪夢と呼び恐れられた。
この事件には一人の魔女が関連しているという噂はあった。
三つの目を持ち、その全てが魔眼だという。繰り返すようだが、あくまでも噂である。
事件がぴたりとやんだことから魔女が狩られたという話も当然あった。
「間違いない」
目の前で起きたレザレクションの術式は完璧。
反魂術を――生死の仕組みを完全に理解できている者にしか出来ない芸当だ。
魔法使いが納得し終わる頃には、家族の最期の時間も終わった。
いよいよ闘いが始まるのだ。
「良く見ておきなさい。お前たちの父が何者だったのか」
ウングイス・ウーは家族を下がらせる。
命渡し役がすでに彼を待ち構えていた。
上から下まで黒ずくめの鎧に、禍々しいほど黒い槍を手に持っている。
身長は高いウングイスよりもなお頭一つは高かった。
兜も黒に染められその面持ちはわからない。
ウングイス・ウーは彼に対しても、両拳を突き合わせ深く礼をする。
虎人に対して、黒の騎士は槍を構えることで返礼した。
すでに、彼らに言葉はいらなかった。