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闘葬「ウングイス・ウーは二度死ぬ」 その2

 騙されたとわかっていてもお金を払って、歩いて都庁まで来たのはファイナの律儀さであろう。

 あるいは、他に行き場がなかったからだろう。……おそらくこっちだ。


「都庁ならきっと相談にのってくれる」


 ことさら声に出したのは「騙されたのでない」と彼女自身に言い聞かせるためである。


 ――長くなってしまったが、ここでようやく物語の冒頭に戻る訳である。


 都庁のフロントは多くの人でごったがえしている。

 人間はもちろんとして、鳥人、犬人といった亜人、ハーピーやスライムといった魔族の姿も見える。

 一階の総合受付はこれらの人たちが、自分がどこに行けば良いのか案内をもらう。


 ただ、今は昼休憩中だった。

 案内人は公務員であり、社会のよき模範としてしっかり休憩を取る。

 整理券を取ればいいのだが、初めて来たファイナはどうしていいのかわからない。

 席も埋まっており、どうにも落ち着かずふらふらと右に左にとさまよい歩いてしまう。


「どうかされましたか?」


 ぱっとしない声というのがファイナの抱いた第一印象だった。

 声のした方を彼女が向くと、彼女よりもやや背の高い男が立っている。

 見た目は人間で、少年から青年になったばかりの年頃、中肉中背、髪は焦げ茶で耳にかかる程度の長さ。

 要するに、これといって特徴のない青年である。


「あの……、えっと、あたし、ここに来たのは初めてで……」


 普段は快活なファイナであったが、さすがに未知の場所で、初対面の相手ではハキハキと喋ることができない。

 こう書くと、ラブホに初めて入った学生のようだがそんなことはない。


「ああ、休憩中ですからね。よろしければ、うかがいますよ」


 彼は、首にかかった名札を彼女に見せてくる。

 青年は都庁の職員だった。


「どのようなご用向きですか?」


 青年の声は、ファイナが今日聞いた声の中で一番頼りないものだ。

 しかし、どれよりも誠実で優しげな声でもある。


 彼女は、いま彼女に生じている問題の要点をかいつまんで説明した。

 すなわち――父が死んで、その葬儀を闘葬で行いたいが、葬儀社が見つからないという話だ。


 話を聞いていた職員は、軽く口を開け、とぼけた表情をしている。

 ファイナはこの職員の頭は大丈夫かと心配になった。

 職員も彼女の様子を見て、彼自身の表情を察して口を閉じた。


「すみません。あまりにも偶然……いや、タイムリー、これも違うか。ドンピシャだったので……」

「……それは、どういうことでしょうか?」


 ファイナが軽く首をかしげる。


「申し遅れました。私は、防衛管理部葬儀支援課のポエラと申します。お話の案件に関しまして、当課で詳しくお話を伺いたいと思います。ついてきてください」


 ファイナも先ほどの職員と同じ顔を浮かべていた。

 下の三つの要素が複雑に混ざっていたからであるが、特に最後の一つが大きかったからだろう。

 一つ目は、葬儀支援課などというものものがあること。

 二つ目は、そこに所属する人物が彼女に偶然にも話しかけてきたこと。

 三つ目は、ローブを纏った怪しい人物の話が見事に当たってしまったということ。


 とにかくファイナは一縷の望みが見つかったことに安堵したのであった。




 ポエラは案内すると言って、都庁を出た。


「ごめんね。うちの課って本庁にないんだ」


 じゃあ、なんでさっきあそこ(本庁)にいたんだろうとファイナは思う。

 どうにも思いを隠すことはできなかったようで、顔に出てしまった。素直なのだ。


「旧庁舎の食堂、高くてまずいんだよ」


 都庁には、本庁舎と旧庁舎がある。

 職員のいた旧庁舎は、いわば日陰部署の集まりだった。

 利用者があまりいない部署が九割。極めて緊急を要し、休日でも開かれて然るべき部署の一割で占められている。

 葬儀支援課がどちらに属するかは明言されていない。

 各自の判断に委ねられるところである。


 かくしてファイナは旧庁舎に案内された。

 横の長さや高さは、本庁舎の半分以下に彼女は見えた。

 外見や内装にも点数をつけたら、本庁の半分以下だっただろう。

 働いている人間に関しては、本庁の人間を見ていないので彼女に点数をつけることはできない。


 やや暗めの階段を上がり、節約のためか明かりが半分もついてない廊下を二人は歩いて行く。


 一番奥の扉でポエラの足が止まった。

 葬儀支援課と書かれた木の板が扉の上あたりにかけられていた。


 ポエラが扉に手を掛けて引く。

 ギィと悲鳴をあげながら、扉は外側に開いた。

 ちなみに、本庁では全て内開きで統一されている。

 時代のなごりなのだが、今はどうでもいいことである。


「ただいま戻りました」


 部屋にはパンツ一丁の大男が立っていた。

 ファイナと男の目が合った。大男はにこりと笑った。自信の溢れた笑みであった。


 ポエラはすぐさま扉を閉めて、ファイナと大男の視線でのファーストコンタクトは終わった。


「レオンさん! 相談者が来てます! 服を着て下さい!」

「パンツを履いてるだろう」

「ウエアとズボンもお願いします!」


 やれやれと声がして、衣が擦れる音がした。

 ポエラがファイナに「失礼しました」とひたすら謝っている。


 ポエラが思っているほど、ファイナは失礼をされた気分にはなっていない。

 彼女自身、いつでも戦いの場に立てるよう身体を鍛えている。

 その彼女の脳裏から、先ほどの大男の身体が焼き付いて離れない。

 あれはただの大男ではない。


 ――鍛え上げられている。


 筋肉の隆起は、通常のトレーニングで得られる箇所になかった。

 腕、胸、背中の肉の付き方を見るに、得物はおそらく槍だろうか。

 ところどころに刻まれた傷跡が、戦場をくぐりぬけたことを伝える。


 ファイナが気づいたのはここまでである。

 身体に気をとられて、大男の頭に生えていた角に気づかなかった。

 また、彼の身体のいたる所にあった黒の紋様を、ただのタトゥーとしてしか見なかった点もまだ彼女の洞察が浅いことを示している。


「いいぞ」


 大男の低い声が入室を許可する。

 灰色のタンクトップに、黒のデニムと非常にラフな格好で大男が奥のソファに掛けていた。


 ポエラにうながされ、部屋の手前に置かれていた来客用の椅子に座る。

 ファイナはポエラと大男以外にも、奥の事務机に誰か座っていることに気づいた。

 黒い髪を前後左右に垂ら流し、顔の様子はわからないがおそらく女だ。

 ファイナ興味がないようで、机に置かれた資料と対峙している。


「こちら失礼致します」


 穏やかな声とともに、ファイナの前にあるテーブルにカップが置かれた。

 大男は奥のソファに座り、ポエラはファイナの対面に控えている。

 髪の長い女は相変わらずファイナを見向きもしない。

 カップを置いたのは新たな人物である。


 ところで虎人であるファイナの五感は、人間よりもはるかに上だ。

 眼を閉じたとしても、臭いと音、それに空気の流れで町中を歩くことも容易である。

 その彼女をもってしても、カップを置いた人物の気配をまるで察することができなかった。


 驚愕と警戒をブレンドした視線の先にいたのは、細い眼をした優男だった。

 上下に黒のスーツを着て、今から葬式に行くと言われても納得する出で立ちだ。


「すみません、キュレルさん。やっていただいて」

「いえいえ、お気になさらないでください」


 キュレルと呼ばれた男は、黄金の髪を軽く揺らして髪長女の向かい側の席に座った。


「それでは改めて、話を詳しくお聞かせ願えますでしょうか」


 異質な部屋で、一人だけ異常に平凡な男がポエラに話をうながした。




「――というわけなんです」


 ところどころ躓きながらも、ファイナは事情を話していった。

 話が終わると、ファイナは四人の職員に囲まれていた。


「……闘葬」


 ポエラから真っ先に席を奪った髪長女が呟いた。


「迅雷ウングイスか」


 レオンが髪長女の横に立ち、どこか遠くをみて呟いた。


「このリストに挙げられている業者では無理でしょうね」


 途中でファイナから、葬儀社のリストを受け取ったキュレルが頷いている。


「闘葬で、しかも迅雷ウングイス! どこの業者もできるとは言わねぇだろうよ! 翌日に看板を畳むことになるってわかりきってる!」


 レオンが豪快に笑う。


「あの、今さらなんですが……闘葬ってなんですか?」


 ポエラが恥ずかしげに誰ともなく尋ねる。


「コルナゼリア連合国の南東部に伝わる葬儀です」


 キュレルがすぐに答えた。


「あの一帯は今もですが戦闘種族が多く生活しています。男は戦いの中で命を落とすのが当然だと受け入れられているのです。しかし、当然ではありますが、必ずしも戦いの場で死ねるとは限りません。事故、毒、今回のような病気で命を落とすこともあります」


 ファイナの拳が無意識のうちにかたく握られた。


「その際、残された者の悔しさといったらなく、死んでいった者にも未練が残ると考え、故人を闘いの中で再び殺す――これが闘葬なのです」


 ポエラは首を傾げた。


「……もう死んでるのに、闘って殺す? 鎧を着せて、糸か何かで操って、殺陣を演じるということでしょうか?」

「違います。実際に故人に闘わせるのです。反魂術――現代の言葉にすればレザレクションを用います」


 ポエラは、今度こそ目を見開いた。


「レザレクションって第一級封印魔法じゃないですか! ここじゃ使えませんよ!」


 エンデンバンデスの街は魔法に満ちており、魔法を使える者も多い。

 ただし、その中でも都市機能に影響を与えるもの、人的被害をもたらすものには厳しく制限がかけられている。

 そのような魔法は危険度が高いものから順に第一級~第三級の規制があった。

 詠唱自体が秘匿されているものにあたる。


 レザレクションの効果は死者の復活。

 エンデンバンデスは言うに及ばず、大抵の社会で禁術の扱いを受けて然るべきものであった。


「ポエラ君、勉強不足ですね。第一級の規制はかかっていますが、きちんと手続きを踏めば使用許可がおります」

「許可はおりるだろうよ。問題はな、ポエ太。そんな禁術の使い手がいないってことだ」


 魔法自体は、詠唱をきちんと唱えれば効果は発動する。

 その効果の程度が問題だ。ただ唱えるだけでは、目を開くのが精一杯。

 ましてや身体を起こして闘わせるなど、そこらの魔法使いにできるはずもない。


「そんなヤバイ魔法使いが葬儀社なんかにいるはずがねぇ。探し出して依頼するだけでも、予算を大幅にオーバーだ」


 レオンが降参といったように両手を挙げる。


「そういうことです。このリストの中ではフューネラティオ社ができるかどうかでしょう」


 その名前にはファイナも覚えがある。

 一番の大手だからと母が相談に行って、断られたという話だ。


「あいつらじゃ、反魂が精一杯だろうさ」


 レオンは鼻で笑った。


「どういうことでしょうか?」

「闘葬はもともと種族の長老やリーダー、英雄といった人物が亡くなったときに執り行われます。反魂を成功させたとして、次の課題が残ります。すなわち、英雄との一騎打ちです」

「生き返らせた者に返り討ちにされたという話が数多く残ってる」


 今までほとんど喋らなかった髪長女が喋った。

 ファイナが思っていたよりも声はずっと澄んでおり、むしろ美しさすら感じた。


「マリー室長の仰るとおりです。反魂術に加えて、死者が生者を殺す様相から闘葬はこうも呼ばれます」

「――呪葬と」


 マリーがキュレルの後を引き継いだ。

 話す内容が、清流のように澄んだ声と裏腹に生々しい。


「やはり……難しいんですか」

「とても」


 黙って聞いていたファイナが床を見つめて漏らした。


「普通の葬儀社じゃ無理だな。万が一にできたとしても予算をオーバーだ」

「そう、ですか……」


 ファイナの声は弱々しい。

 彼女の目から溢れた雫は、重力に従い床に落ちる。


「病気で死んだなんて、お父さんも悲しいよ。きっと無念に思ってる」

「死者に悲しいとか、無念なんて感情はもうない」

「マリー室長! そんな言い方!」


 ポエラが声を荒げて抗議する。


「ポエ太。冷血女の言うとおりだ」


 レオンも静かにマリーの言を肯定する。


「そのとおり、死人に口なしです。しかし、葬儀は死者のためにあらず。まさに生者のために行われるべき儀式でしょう」


 キュレルが厳かに告げた。


「それで――貴方はどうしたい?」


 マリーがファイナに問いかけた。

 長く垂れた前髪の隙間から覗く、色の異なる三つの瞳がファイナを突き刺す。


「お父さん、いつだって私の英雄だった。……最期まで、英雄として送りたい」

「そう」


 マリーは短く返事をして、立ち上がる。


「レオン」

「カンパネラ社がいいだろうな。話をつけてくる」


 レオンは、マリーの返事を待たずに扉から出て行った。


「キュレル」

「本庁まで反魂術の使用許可を取ってきましょう」


 キュレルはいつの間にか自分の席に戻り、スーツケースを手に取っている。


「ポエラ」

「…………えっと」

「キュレルについて、第一級封印術式の使用許可手続きを覚えてきなさい」

「はい!」


 あっという間に、部屋にはマリーとファイナの二人になった。

 話の展開にファイナはついていけていない。


「あなたは一足先に帰って、お母さんと一緒に親類・知人の連絡先をリストアップして。レオンと葬儀社が夕方前には向かう」


 返事をすることもできず、ただ頷くことしかできなかった。


「そっちじゃない、こっち」


 ファイナが慌てて立ち上がり、お礼を言って部屋から出ようとしたところでマリーに呼び止められた。

 踵を返すと、彼女の目前に黒く垂れた前髪があった。

 髪の隙間から三つの異なる色彩が見え、景色が歪む。

 意識が遠のき、立っている感覚も曖昧になった。


 目を閉じてゆっくり目を開けると、そこにマリーはいなかった。

 景色もやや手狭な室内ではなく、見上げれば今にも雨が降りそうな空模様だ。

 そして彼女の前には、十年以上暮らした家の門扉が、主の帰りを黙って迎え入れていた。

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