闘葬「ウングイス・ウーは二度死ぬ」 その1
都市国家エンデンバンデスは、まだ正午を回ったばかりだというに暗い。
黒のペンキをぶちまけられた分厚い雲が日光を遮っている。
それでいて雨は降らず、乾いた空気が街に淀む。
雲はビル群も、乗り物も、人も、――エンデンバンデス都庁も平等に覆う。
そして、都庁を訪れた虎人の少女、ファイナ・ウーの心境もまた空模様と同様であった。
ファイナが都庁に至る序幕は、一週間前に遡る。
ファイナの父、ウングイス・ウーは傭兵であった。
都市国家の南にあるコルナゼリア連合国へ傭兵として出稼ぎに出ていた。
一方で、彼の妻子はエンデンバンデスに残っていた。
彼女たちは父の仕事を知っていたが、殉職を恐れたことはない。
虎人の男として戦いの中で死ねることは、非常に名誉なことだからだ。
仮に殉職したとしても、彼が所属していたのは大手の軍事会社であり、補償金が出るため彼女たちはお金に困らない。
問題はウングイス・ウーが病死したことである。
一週間前、半年ぶりにエンデンバンデスへと帰ってきた父の顔つきは、妻子の心を驚きと不安に満たした。
娘を軽々と抱き上げていた腕はやせ細り、最低限の荷物を持つのに精一杯。
頬はこけて餌を求める野良猫と変わりない。
――そんな姿だったのだ。
コルナゼリア連合国からエンデンバンデスまでの旅路は、病魔に冒された彼の体をさらに弱らせた。
帰ってすぐに倒れ臥したウングイス・ウーは、最低限の挨拶をして病床に臥した。
翌日に病院のベッドで目を覚まし、彼自らの身体の状況を家族へ説明するとそのまま危篤状態に陥り、その四日後に帰らぬ人となった。
彼の物語はそこで終わりだが、残された人間の物語は続く。
病院は生きている者のためにあり、死んだ者の居場所などはわずかしかない。
すぐに葬儀社が残された妻子に接触しにきた。
遺体の安置場所をひとまず決めたまでは、良かったが葬儀方法で問題になった。
妻子が求めた葬式は闘葬。闘葬の説明はいったん置く。
一方の葬儀社は、土葬あるいは火葬を求めた。
「残念ながら、私どもではご希望に沿えません」
こう答えて葬儀権をそうそうに放棄。
遺体は自宅に安置された。
翌日になり、未亡人となったウングイス夫人は、いくつかの葬儀社を訪問した。
さまざまな種族を抱える都市国家エンデンバンデスには、様々な葬儀方式に応えられる葬儀社がある。
しかし、遺族の求める闘葬に対し頷きを返す業者はいなかった。
朝は過ぎ、昼を回り、日が暮れて何も得ることなく帰ってきたウングイス夫人を待っていたのは十七になる娘と、物言わぬ夫だけだった。
翌朝、ウングイス夫人は体調を崩した。
ふらつきながら葬儀社を探しに行こうとする夫人を、娘のファイナが止めた。
「私が行くからお母さんは横になってて」
ファイナは戦士ウングイスの娘である。
彼女自身がそのことに誇りを持っていた。
「私がなんとかしなきゃ」
こう意気込み彼女は街へと繰り出した。
昨日は、ずっと父の側にいてただ悲しむことしかできなかった。
元々、ジッとしていることが苦手だったこともあり、父のために何かしてあげられる喜びが大きかった。
その喜びは正午を待たずに崩れ去った。
「闘葬? 悪いけどうちじゃ取り扱ってないね」
「火葬が、今は一番人気ですよ。うちなら良い魔法使いが手配できます」
このように出来ない、もしくは別の葬儀法を挙げてくるところはまだ良い。
「闘葬なんて時代遅れだよ」などといった思想の批判。
「できるけど、これくらいかかるよ」と言って莫大な金額を見せつける形での追い払い。
これらの回答は、まだ心が成熟しきっていないファイナの自信を打ち砕いた。
母が作っていた葬儀社リストが次々に横線で消されていき、ついに全ての葬儀社がリストから消えた。
ついでに魔道タクシーの代金も消えていった。
時間はまだ午前を過ぎていない。
ファイナの目には涙が浮かんでいた。
悲しかったからじゃない、なさけなかったからだ。
ファイナのために、また母のために命がけで戦ってくれていた勇猛で頼りになる父。
あまり家で話をするということは少なかったが、父との思い出は確かに彼女の中にあった。
その父に何もしてあげられることができない彼女自身の無力さが、ファイナは悔しくて仕方が無かった。
「ちょいと、そこのお嬢さん。占ってあげよう。…………こら、虎の娘」
虎の娘と言われて、ファイナは自分が呼ばれていると気づいた。
「そう。あんただよ。お嬢さん」
ファイナの視線の先には、ローブを纏って道に布を敷き、そこに座る人物がいた。
黒のローブを身に纏い、虎人の目をしても顔は窺えない。
「おやおやぁ、困ってるねぇ。どこに行けばいいのかわからないの様子だぁ……」
ファイナは足を止めてしまった。
平時なら彼女は無視して歩き去ったに違いない。
ずばり本心を当てられてしまったことに、彼女は驚きに満ちた。
客観的に見て、顔を俯かせて、表情を曇らせ、足を止めている少女である。
それに向かって「困ってる」と言ったらそりゃ当たる。
そんな思考は今の彼女にできなかった。
「こっちにおいでなぁ。みてあげようじゃないかぁ……」
ローブから出た緑色の腕に、三本の細い指が彼女を誘う。
今の彼女は川で溺れている状態であり、そこに紐が垂らされれば掴もうとすることは何も不思議なことではなかった。
問題はその紐の材質と紐の行き着く先、紐を垂らした人物への報酬である。
「どぉれ」
水晶玉がローブから出てきた。
その後は、細長のカードが出てきて水晶玉を囲む。
さらに数珠を水晶玉の上に置いた。
〈フシ・ギ・ナタマ・タロ・ト・カ・アド〉
しゃがれた声でローブの人物が呪文を唱える。
水晶玉を囲んでいたカードがわずかに浮いて玉のまわりを回る。
水晶の色が青から緑へと変わり、載せられていた数珠がカチャカチャと音をたてる。
〈――シャア!〉
赤い光が水晶の中を走り、全ての現象が収まった。
「……なるほどなるほど」
ローブの人物――今さらだが人ではないのだが――は、意味ありげに頷いた。
ファイナは、ローブの回答を待っている。
「都庁に行きな。魔道バスやタクシーは使うんじゃない。走らず、歩いていくことだ。いいね、歩いてだよ」
ファイナはその言葉を信じた。
しっかり頷いて、すぐさま立ち上がる。
彼女の視線の先には都庁のビルがすでに見えていた。
「待ちな」
振り返ったファイナの前に、三本の指に掴まれた缶が差し出されている。
「千ジェラン入れてから行きな。じゃないと何も起きないよ」
ここでようやく、変なものに嵌まったしまったとファイナは気づいた。




