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おとぎの国の戦闘開始

 シンデレラのしもべたちによる進軍が始まりました。

 まず最初の横隊が森の中から姿を現します。三十人はいるでしょうか。

 続いて次の横隊。さらに続いて次の横隊。出てくるわ出てくるわ、横隊は十列ほど続きました。

 まとめて三百人ほどの歩兵隊が槍の穂先を揃えて前進してきます。

 先頭や側面には巨人戦士がところどころ配置されていました。弓兵や銃兵がいないのはシンデレラの趣味なのか、何か策があるのか。

 一番後ろにきらびやかな軍楽隊。

 いやその後ろにも、もう一隊がおりました。

 輿に乗ったシンデレラとその護衛です。


「へへっ、なんだよこいつらお行儀よく整列して、ケモノともあろうものがざまあねえな。さあて、王子、見た通り待ったなしだ。おっぱじめるしかねえぜ。本当のあたいの戦いを見せてやる」

「よーし、あの灰かぶりを倒したヤツが勝ちってことなんだな? 紅いお嬢ちゃんよ、恨みっこナシだぜぇ?」

「あら、ダーリンも参戦しますの?」 

 

 隣国の第一王子……面倒くさいので赤ずきんにならって「おっさん」と呼びましょう。

 おっさんの腕にひっついたラプンツェルが意外そうな声を出しました。いつのまにかダーリンに呼称が変更されています。王子的な存在ならなんでもいいのでしょうか。


「金色のお嬢ちゃんよ、俺が王子と結ばれなくちゃ『愛の奇跡』が完成しないんでな。行って来るぜ」


 徒手空拳、武器もないくせに偉そうなことをいっています。


「金色、ではなくって、ラプンツェルですわダーリン。でも、そうですわね……ダーリンと王子様が結婚するってことは、つまり大きな連合王国ができるってことですものね。連合王国……いえ、それはもはや帝国。ああ……ええ、それもいいですわね!」


 邪悪な妄想がラプンツェルの頭の中で形をなしていっているようです。


「あたくしがシンデレラを倒して王子を手に入れたとしても、それは自動的にダーリンも釣れるということ。ふふ、どちらに転んでも一緒。ならば! 行きますわよ!!」


 赤ずきんは右へ、おっさんとラプンツェルは左へ。

 それぞれ矢の如く駆けだします。駆けるというよりはもはや跳躍といっていいでしょう。

 おっさんにまでそんな超人的能力があったのは意外です。

 左右へ走った三人はあっという間に森の中へ消えてしまいました。


「あれ?」


 一瞬でひとりぼっちになってしまった王子は少々狼狽します。

 一人でこの三百人からなる歩兵隊と戦えということでしょうか。

 いえ、きっと何か策があるはずでした。あの三人が策について話を交わしていた記憶はありませんでしたが。

 気を取りなおして、荷馬車のバリケードに取りつき借りた銃を構えます。

 狙うは特に剣呑な感じがする巨人戦士。その頭部です。

 呼吸を整えて……発砲。

 かぁん、と間抜けな音がして、巨人戦士の兜が少しズレました。

 戦士は少しばかり首を傾けてから、ぶるぶるっと振って何事もなかったように前進を続けます。


「うそだろ……」


 距離でしょうか。兜の厚さでしょうか。

 数発続けて撃ってみましたが、まるで効果がありません。

 王子は神に対するたいへん下品かついかがわしい罵りを叫ぶと、さらに次弾を装填します。

 距離があるうちに少しでも倒しておきたいところですがどうも敵わないようでした。

 隊列は滞りなく前進してきます。嫌な汗が湧いてきました。

 歩調を合わせた数百もの足音。

 リズミカルに一歩ずつ近づいてくる槍の穂先が揺らぎながら陽光に輝いています。

 このままいたのでは殺される。シンデレラが放った鋼鉄のスチームローラーにひき殺されてしまう。

 今頃になってようやく王子は状況を理解しました。





 伸びた金色の触手が前方の枝に絡みつき、今度は振り子のように本体を引き寄せます。引き寄せられるうちに先の枝へ次の触手が。

 ラプンツェルはおぞましい方法——ありえないほどに伸長した己の頭髪を使って——悪夢に出てくるあやかしのように宙を進みます。それは森の中を移動しているなどと思えないほどの速度でした。


「なかなかやるな! 金色のお嬢さん」

「ラプンツェルですわ。ダーリンも頑張りますわね」


 負けじと走るおっさん。趣味が悪いとしかいえない色合わせの服(隣国での正式衣装でした)の下に隠された筋肉をみなぎらせて……気持ち悪いのであまり詳しくは語りませんが、とにかく二人は森の中を左に大きく迂回しておりました。

 狙うは後方に控えていたシンデレラ。

 急旋回して後方から襲撃する作戦のようです。


「見えました」


 木々の隙間に護衛隊と担がれた輿がちらちら見えました。

 一気に先行するラプンツェル。

 抱えていた手提げから金色の房を一つかみ取り出して……投射。


「うへえ……すげえな」


 頭髪で通臂猿猴つうひえんこうが如き跳躍を続けるラプンツェルには驚きもしなかったおっさんでしたが、さすがに空飛ぶ髪の毛には衝撃を受けたようです。

 投げつけた、などとはおよそ信じられない速度に達した毛髪たちは金色の針となって目標に襲い掛かりました。


「ギャッ」


 鎧の隙間に撃ち込まれた護衛兵数名が吹っ飛ばされ、地面に転がります。

 突然上がった味方の悲鳴に皆が撃たれたように、一斉に振り返りました。


「フッ」

「グゥッ」


 しかし振り返った兵の喉に長く伸びた金髪が次々と巻き付き、おもちゃの人形で遊ぶ子供のようにどこかへと放り投げます。


「……安心なさい。峰打ちですわ」


 さいわい峰打ちだったようです。


「敵」

「敵ダ」

「囲ンデシマエ」


 生き残った護衛兵は攻撃に臆することなく金色の襲撃者を取り囲もうと集まってきました。進撃していた隊の後列からもわらわらと助太刀に流れてきます。


「おっと! こっちにもいるぜぇ」


 抜刀していた兵に遅れてやってきたおっさんが飛び掛かり、掴んだ頭を兜ごと力まかせに変な方向へ捻じ曲げました。


「峰打ちだ。安心しろ」


 そういった攻撃に峰打ちがあるのかは知りませんが、とにかくくず折れた哀れな兵にそう声をかけると、持っていた武器を奪いました。


「ダーリン、危ないですからかがんでいてくださいまし」


 せっかく加勢に来てくれたおっさんに冷たい言葉を放ち、輪になって迫る兵達の真ん中でくるりとひと回り。

 回って広がった金髪の先が鋭く鎧を切り裂き、次のひと回りで囲んでいた兵たちを吹き飛ばしました。


「……金色のお嬢さんはアレかい、悪魔かなんかと契約でもしたのかい」

「まあ、ちょっと失礼じゃありません? ……そうですわね。これは、すべての乙女が持つ『I miss you』の気持ちが奇跡によって形を成しただけですわ」


 意味がよくわかりません。そしておっさんに名前を覚えさせることはいったん休止するようでした。

 いっぽう戦闘中に楽しく会話する二人の背後で大きな影がのそり、と蠢きます。


「よいっと」

「あら」


 間髪、二人のいた地面に巨大な戦斧が振り下ろされました。

 巨人戦士。先に進んでいた隊から戻ってきたのでしょう。


「あぶねえあぶねえ」


 ラプンツェルの細い腰を抱えて飛びのいたおっさんが、返す刀で巨人戦士の鎧でおおわれた足の甲に剣を突き立てます。

ですが、その剣先はがちん、という音と共に弾き返されてしまいました。


「ありゃ、効かねえ」


 頭上で戦斧を振り上げた太腕に金色の髪が巻き付き、その動きを止めます。


「こちらはあたくしが。後ろからもう一体来ますわ」

「助かるぜ、お嬢ちゃん。よっしゃ、後ろのは俺が止める」


 ラプンツェルのいう通り、一人目の巨人の後ろからもう一体巨人戦士が現れました。

 ゆらり、と巨人は両手で戦斧を振り上げ、眼下のおっさんをにらみます。

 

「よお、あんたはなんだい、イノシシさんかいクマさんかい」


 返事の代わりに戦斧が勢いよく振り下ろされました。


「うひょおっ」


 あやうく横に転がって難を逃れます。

 転がりながら巨人の懐に入って、今度は胴鎧の隙間に剣先を滑り込ませました。


「これはどうだ?」


 手ごたえを感じたおっさんがにやりと笑うのと同時に巨人の喉から野生の雄叫びが上がり、今度は戦斧の柄で取りついたわずらわしい敵を突き殺してやろうと叩きつけてくるのでした。


「おおっと。なんだよやけに強いじゃねえか」


 やむなくいったん下がります。

 しかし、負傷して狂乱状態になった巨人戦士がおっさんに突き進み……倒れました。

 続いて、ラプンツェルと組み合っていた巨人の動きが止まり、同じように倒れます。


「来たな」

「遅いですわ」


 倒される直前に響いた轟音がその者の到来を告げていました。


「あんたらが早すぎるんだよ。あたいは普通の娘なんだからね」


 普通、という言葉を用いても、長大な銃を軽々と構えた娘にはあまり説得力がありませんでした。


「やったのか」

「急所は外してある」


 さすがは英雄です。


「それより……おっさん、輿の上のアイツと話してくれないか」

「おお、いいのか、俺に譲っても」

「ちょっと気になることがあってね」


 そういいながら赤ずきんは振り返って丘を眺めます。

 周囲の敵はもう戦闘能力を失っています。指揮官が襲われているというのに、先の隊はもうこちらに戻って来るつもりはないようでした。軍楽隊を後衛に、そのまま丘への進撃を続けています。スタンドアローンというやつですかね。


「そうだ。王子のこと忘れてた」


 赤ずきんは銃を持ったまま器用にポン、と手のひらにコブシを打ち当てました。


「ああ、あいつならなんとか逃げおおせてるだろ。逃げ足の早いところも長所なんだ。さて、邪魔が入る前にちょっくらお話をしてくるか」


 周囲の惨状に動揺もせず、いまだ優雅に輿に鎮座する人物に向かって大音声で呼ばわります。


「ひさしぶりだなあ、灰かぶりの姫! 俺だ。ここで降参すればその首落とさずに許してやろう。さあ、どうする?」


 シンデレラは無表情におっさんを見下ろし……


「だれニャ?」


 心底意外そうな声で返事を返しました。


「誰だと? 忘れたとはいわせんぞ」

「あたいはシンデレラに会ったことがない。なあおっさん、あんたは会ったことあるみたいだからようく見てくれ。こいつ本当にシンデレラなのか。おかしいと思わないか。こいつ魔女なんだろ? なんで魔法で攻撃してこないんだ」

「あのう、なんで語尾の『ニャ』には誰も突っ込まないんですの?」     

 





 丘に留まることは不可能でした。

 もはや一か八か、背後の森の中に逃げ込むしかありません。

 そろりそろりと後退し、最後には脇目も振らずに駆けだします。

 いつ背後から突き殺されるか、そう考えると背筋がぞうっとするのでした。

 ほうほうのていでなんとか森の茂みに駆け込み、はあはあと息を継ぎます。

 三人は無事なのか。

 これからどこへ逃げたらいいのか。

 いや、どこへもなにもとにかくもっと離れないとすぐにつかまります。

 行くしかないのでした。

 いくらも息を整える暇もなく再び進もうとおもてを上げれば、意外なことに王子がよく知った人物がそこに立っています。

 シンデレラでした。


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