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支配するもの、魔女シンデレラ

「噂は聞いてるぜ。つまりアイツの腐れ頭をブッ飛ばせばいいんだな、王子?」

「婚約解消したんですの? ああ、さまざまなことに合点がいきました! 王子様があたくしのために……! わかりましたわ! そういうことでしたらあたくしもハラをくくるのですわ!」


 にわかに燃え上がる娘たち。

 人里離れた森の奥深くを走り回る赤ずきんや高い塔に籠っていたはずのラプンツェルにまで届く噂なのですから、王子とシンデレラの婚約というニュースは国内広く広まっていたのでしょう。有名人のゴシップはいつだって庶民の関心の的ですからね。


「いや、待ってくれ」


 いきり立つ二人を両手で押しとどめるようにして語りかけます。


「戦いたくはない。彼女は今でも私の婚約者だ。魔女となった今でもだ。……状況から私はやむなく彼女の前からいったん逃げ出さざるを得なかった。一度は逃げた。だが、今はできるならば彼女が魔女となってしまった原因を探りたいと思っている。危険は伴うが」


 いまさらという感もありますが、でも王子としては精一杯の告白でした。

 しかしそんな王子の言葉も、もはや二人の娘には届きません。 


「うふふふふ。もう、水くさいですわ、王子様。夫婦の契りを果たしたあたくしたちはもはや一心同体ですの。地獄の釜の向こうまで、このラプンツェルお供いたす所存ですわ」

「つまりヤツの首を獲ったモンが王子の花嫁ってことでいいか? ひゃっはーっ! たまらねぇ! 魔女は血祭りだあああぁっ! 会ったこともねぇが、いきなり婚約者だとか抜かしてあのアマどうにも胸糞悪かったんだ! へへへ、シンデレラの血でこの森を朱く染めてやるぜぇ!!」


 夢と妄想がすでに二人の現実を侵食してしまったのでしょうか。いつの間にか契りだの花嫁だのという単語が入り込んでいるようです。

 思い込みと妄想のブーストを受けて闘争本能と繁殖本能……いえ、恋に燃える乙女心に火が付いた二人は、もはやこの場に神が降臨せねば押しとどめることは不可能なのではないかというほどの勢いになっておりました。


「落ち着くんだ。いいかね、今の彼女は魔女だ。容赦がない。関わればおそらく生命に危険が及ぶ。私が……何とかする」


 王子は一生懸命説得を試みます。


「容赦がない? 好きだねぇ、気が合いそうだ。何しろ後腐れがない。恨みっこなしってワケだ」

「王子様、わかりましたわ。あたくしたちの間に芽生えた新しい生命の為にもあの女完全にぶち殺してやるのですわ。うふふふ」

「き、聞いてくれ」


 無理でした。


「それによう王子」


 空を見上げ、赤ずきんが口元の笑みを深めます。


「さっきからあの高い所で廻ってるデカい鳥、アイツもどうせヤツの手下なんだろ? もう近くまできてるんじゃねえかシンデレラ」


 ぎくり、とした王子が空を見上げます。

 道の上まで伸びる枝々の向こう、高く青い空には何か大型の鳥のようなものが大きく輪を描いていました。


「ちょっと高すぎるなあ……あたいの銃でも撃ち落とすのは難しいぜ。おいラの字」

「……ラプンツェルですわ」


 ラプンツェルも同じように見上げています。


「そうですわね。あたくしも少々遠距離は苦手ですの」

「逃げるのは無理だな。……王子、この先に小さい丘がある。そこで対決といこうか」


 





 そこは赤ずきんが言った通り、傾斜も緩やかな小さな丘でした。

 さほど高くもない丘でしたが、かつて小規模な山火事でもあったのか、その周辺には高い木が生えていません。つまり見晴らしがよく、射手である赤ずきんが選ぶのも納得です。少なくとも茂みの中から接近されての奇襲を受けることはなさそうです。頂きには一本の樫の木が残っていたので、その根元に荷馬車を横倒しにしてとりあえずの盾としました。 


「王子、シンデレラの魔法ってのはネズミを兵隊に変えることなのか?」

「あのネズミみたいに配下の動物を兵隊として変身させたり、動物の目を操って自分の目とするということもする。一部の植物を武器などに変化させることまでできる。いくつまで同時に出来るのかはわからないが、城では百体近くの兵を揃えるのを見たことがある」

「ふうん」


 驚いたふうもなく、赤ずきんは腰のベルトに付けた弾薬盒だんやくごうの中の弾数を確認します。


「でしたら、この森の動物たちも利用してくることが考えられますわね」


 長い長い金髪をどこからか取り出した櫛でのんびり梳かしながらラプンツェルがつぶやきます。


「まあな。ただ、どれだけ手下を引き連れていようが操っている魔女本体を潰しちまえばどうってことはねえ。そうだろ?」 

「ですわね。ほほほ、想像するだけで血が滾ります。今日ばかりはあたくしも『紅髪のラプンツェル』になってしまいそうですわ」

「うめえこというじゃねえか。わははは」


 うら若い娘同士のやり取りとしては微妙ですが、なんだか楽しそうです。

 一方王子は一人やきもきしていました。


「ま、待ってくれ。戦闘を始める前に、交渉をさせてくれ。それだけは約束して欲しい」

「いいんですの? 魔女は容赦がないとかおっしゃっていましたのに」

「恐ろしい魔女だが、いきなり婚約者を殺しはしないだろう……たぶん」


 今度は別の弾薬盒に弾を入れながら赤ずきんが尋ねます。


「王子、いまさらだけどよ、なんだって魔女と婚約なんてしたんだ」


 王子は大きなため息をつきます。


「彼女……シンデレラも元は恐ろしい魔女などではなかった」


 それはシンデレラを婚約者として広く世間に発表してから半年も経った頃でしょうか。

 おとぎ話のようなシンデレラ・ストーリー(変な表現ですが)の果てに願いは成就され、二人は幸せの絶頂にいるはずでした。

 ですが、その日のシンデレラは朝から泣いていたのです。

 王子は驚きました。

 公務が続いて、構ってやれなかったからだろうか。それとも王城での生活という変化にストレスを感じてか。

 自分の最愛の婚約者が泣いているのですから、王子も気が気ではありません。いったいどうしたのか、と尋ねるのですが、彼女は涙を流しながら首を振るばかりで何も答えませんでした。

 侍女に何か気づいたことはなかったか、と尋ねますと、あの運命の靴、ガラスの靴を破棄せよと命ぜられたとおそるおそる答えたのです。

 ありえないことでした。

 あれはいわばシンデレラの身分を保証する三つ葉葵の(エンブレム・オブ・)印籠(ショーグン)のようなもの。

 それを破棄せよなどということは、ここでの生活を拒否することに通じます。

 王子は婚約者のもとをふたたび訪れ、涙の理由を明かさない彼女の手をとります。

 何か不満があればいうがよい。実家(もう無人なのですが)に戻りたければいったんそれもいいだろう。私はお前の為に何でもしよう。だから、あのガラスの靴、二人を結ぶあの記念の靴を捨てるなどといってくれるな。


 シンデレラが変わったのはその翌日からでした。

 彼女はもう泣きませんでした。

 部屋に閉じこもり、誰も近づけません。

 噂では、夜中にこっそり懇意にしていた魔女を引き入れ、恐ろしい魔術の訓練をしているとか。

 そんなたちの悪い噂をにべもなく否定していた王子もついに見てしまいました。

 ある夜、王城はたどたどしい言葉を話す不気味な兵たちに占領されてしまったのです。

 不意打ちでした。

 なすすべもなく王も王妃も、もちろん王子も、それぞれ塔の独房に幽閉されてしまいました。

 突然のクーデターに混乱する王子。

 そんな王子の前に、冷たい目を持つ魔女となったシンデレラが現れます。

 そしてあのガラスの靴とハンマーを並べて、王子にその手で粉砕せよと迫ります。

 こうなっては仕方がありません。

 あきらめて王子がハンマーを握ると、今度は悲痛な叫び声を上げ、狂乱の態でガラスの靴を奪い、泣きじゃくりながら城の奥へと走り去りました。

 不可解な行動ですが、氷のようなシンデレラの目もまだ涙が枯れたわけではなかったようです。

 王子は婚約者がすっかりおかしくなってしまったのだと思い、たいへん悲しみました。

 いっそこのまま自分も狂死するべきか。

 ですが、哀しみに打ちひしがれて幽閉されるうちにあることに気づいたのです。

 毎夜、おそらく零時ちょうどに兵たちの交替がある。

 零時に解ける魔法と関係があるのでしょう。

 ならば、きっとそこにスキがあるはずです。

 王子は気を取りなおしました。

 見事そのスキをついて、ついには苦労しながらも不気味な兵であふれる王城から脱走することができたのです。

 王も王妃も置いて、身一つで逃げるのが精いっぱいでした。

 手に入れた馬の背にまたがって、逃げに逃げて。

 そうしてこの森にやってきたのでした。


「いやあ悪い女に引っかったもんだなぁ王子」

「ひどい油断ですわね。あたくしなら一度手に入れた殿方を逃がすなんて失態、絶対にありませんもの」


 二人は互いにズレた感想を述べました。


「逃がす……か。私は逃げたのか、逃がされたのか。やはりもう一度話してみるしかないか」

「おっ、ちょうどいいや、王子見なよ。来たみたいだぜ」


 丘と森の境に甲冑を着たずいぶんと大きい戦士が二人立っています。

 その後ろには兵が担ぐ輿が。

 輿に乗る長い黒髪の女性がおそらくくだんの魔女、シンデレラでしょう。

 先頭の大柄な二人を見上げ、何か指示しています。

 やがて、その戦士二人は大きな戦斧を高々と掲げたままこちらに接近してきました。


「いよいよ戦闘開始か。わくわくするぜぇ」


 舌なめずりしながら赤ずきんが銃を構えます。


「待て、まだわからんぞ。使者かもしれない」


 戦士はずんずん、進んできます。


「ん? なんか変だな」


 赤ずきんは戦士が近づいてくるにしたがって、その姿に何か奇妙な印象を受けました。

 シンデレラの趣味か、ピカピカに輝くフルアーマーを着こんで、巨大な戦斧を両手で構えながら丘への道を進んでいます。趣味は悪いかも知れませんが、いったい何がおかしいのか。

 それはさらに近づいてくることによって判明しました。

 奇妙なのは戦士たちの大きさでした。

 普通の戦士の倍はあるでしょうか。

 離れていたから気づかなかったのか、そういえば輿に乗ったシンデレラが見上げながら指示を出していたことを思い出しました。

 

「ネズミより大きな動物を使ったということかしら?」

「よくわからねぇな。とりあえずブチ殺しとこう」

「待て」


 破壊と殺戮の女神に憑りつかれた娘を王子が押さえます。


「良く見てくれ。巨人戦士の肩に何か小さな鳥が止まっている。やはり交渉するんだろう」

「肩に小鳥ってなあ城でだけ通じる符丁か何かかい。おまえらを小鳥ぐらいの大きさになるまでバラバラにしてやるぞ、みたいな」

「いや……あれはオウムだ。遠くにいる者と会話するために使っていたのを見たことがある」


 声が届く程度まで近づいてくると、巨人戦士が立ち止まります。

 そうしておもむろに肩に止まるオウムが人間の声を発しました。王子のいうことは本当だったようです。


「王子、城に戻って下さい」


 若い女性の声でした。


「シンデレラ。今のままで戻るわけにはいかない。なぜ、私や王を幽閉した」


 つまり、この声はシンデレラのもののようです。通信方法は不明ですが、便利な小鳥です。


「もう遅い。遅いの。もう元には戻らないの。だからあたしたちが一緒にいるには、もうその方法しかないのよ」

「説明してくれ。何がなぜ元に戻らないんだ。なぜ一緒にいられなくなるんだ」


 しばし沈黙。


「ガラスの靴……」


 ふたたびの沈黙。


「ガラスの靴が嫌いなら、好きにしていい。靴より君の方が大事だ。だがそれが原因ではないのだろう?」

「あなたと……別れたくないの」


 思いつめた、低い声。

 そこまで語るとオウムは沈黙しました。

 オウムを乗せた巨人戦士はくるりと踵を返し、シンデレラの陣営へと戻っていきます。


「なあ。教えてくれ。私は時々君たち女性の考えていることがわからなくなるときがある。あれはどういう意味なんだ?」


 巨人戦士と同じように王子もくるりと振り返って、背後にいた二人の女性に質問をぶつけました。


「あたいに聞かれてもな。あー、あれだ、王子も王も王妃もとっつかまえて、手っ取り早くこの国のてっぺんに立ちたかったってことじゃねえかな」

「あたくし、ちょっとわかります。ガラスの靴はあの女にとって唯一の己が身分を明かすあかし。ですが、証とするにはガラスはあまりにも脆くて儚いものですわ。つまり、頑丈な鋼鉄の靴をプレゼントして欲しいということではないかしら。ああ、鋼鉄は錆びますから、履いたら二度と抜けなくなるような呪いの靴もいいですわね」


 聞くだけ無駄でした。


「わからん……私はどうしたらいいんだ」

「あんなんじゃさっぱりわからないね。それでも話を続けるってんならあいつをふんづかまえて無理矢理口を割らせるしかないだろう? まあ話の先に頭をカチ割ってもいいんだが」

「ハッ、しおらしいフリして胸糞悪いですわ。こうなると、あの女の本性を暴きたくなってきますわね。そもそもあたくしの王子をたぶらかした罪は深いですもの」


 娘たちはその目に邪悪な光をたたえ、物騒な言葉をこぼし始めます。

 もう戦うしかないのでしょうか。


「やあやあ、何か面倒ごとですかの。この婆に手伝えることがありなさったらひとつお手伝いしましょうかい」


 陽気でのんきな声があがりました。

 木の根元には、いつのまにか一人の老婆が立っています。

 およそこの状況には場違いな笑顔でニコニコしながら王子に手伝いを申し出てきました。


「なにものか?」


 王子の問いにひゃひゃひゃ、と老婆は笑いました。


「この辺りに住む婆ですじゃ」


 赤ずきんが眉をひそめ、ラプンツェルに目で何か合図を送りました。

 小さくうなずくラプンツェルの指が手提げの中にすうっと忍び込みます。


「いやご婦人、今はそれどころではないのだ。これからここは戦場となる。早くここを立ち去って、なるべく遠くまで逃げるがよい」

「ひゃひゃひゃ、そういわずに。何かお困りの様子じゃしのう。さあ、何でも申し付けてくだされ」


 警告を無視してなおもニコニコしています。

 夜には狼や熊まで出るという深い森の奥で、老婆が一人。怪しさがいい感じにあふれ出ていました。


「なんかうさんくさいですわ。魔女の仲間かもしれませんわね」

「だな。やっちまうか、王子」


 二人はそれぞれ致死的破壊を人体に及ぼしそうな恐ろしい武器を所持しているのです。言葉の調子に含まれる、そろそろ洗濯物でも取り込もうかという程度の軽さがむしろ生々しい恐怖を感じさせました。


「君たちはいささか発想が猛獣すぎないか? 少しは年上を敬いたまえ」

 

 かばう王子の背にささっと隠れ、やや敵意を含み、そして軽蔑の光を浮かべた瞳で老婆は二人の娘を見ました。


「はあ、なんじゃ、こりゃまた凶暴そうなイカレポンチ娘どもじゃのう。王子……様じゃったか。ふん、失礼じゃが、ちょいと王子様は女を見る目がないとみえるわい」

「なにい」

「失礼ですわね」


 いきり立つイカレポンチ娘たち(もちろんこの国でもとうの昔に死語でした)を王子はなだめなければなりませんでした。

 それにしても不審、いえ不思議な老婆であることは王子も認めざるを得ません。

 一人で森の奥に住んでいて、赤ずきんも知らない人物……すると王子の心に閃いたものが。


「ご婦人、つかぬことをうかがうが。もしかして、謙遜しておられるが実は高名な魔法使いなのではありませんか?」

「ほう? それは面白い話じゃな、そうかもしれんぞ。違うかもしれんぞ。ひゃひゃひゃ」


 ひどく切迫した怒りをもって娘二人が同時に舌を打つ音が王子の耳にも聞こえます。


「王子。わしが誰かわからんか?」


 さっぱりわかりませんでした。


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