狂髪のラプンツェル
追いつかれるまでに大した時間はかかりませんでした。
赤ずきんの言葉通り、駈けて来た影は四つ。
道の途上に止まる荷馬車を囲むようにその四騎が散開します。
四つの馬上には五つの人影が。そのうちの一人が何者であるか理解した瞬間、王子の表情が硬くこわばりました。
騎兵一人の頭部にきっちりと狙いを定める赤ずきんの銃を制止して、王子は前に進み出ます。
「貴様等……その御婦人に何をした」
発せられた王子の声は静かなものでした。しかし、それはまるで北の果ての山から崩れ降りる万年の齢を経た氷のように冷たく、また鋭いものでした。
その問いに騎上の兵たちは答えません。
王子の厳しい目はその「御婦人」に向けられ、続いて騎手たちに向けられました。
四騎のうち、一人の兵の後ろには若い女性が乗せられていたのです。
うつむいて鞍に乗せられている金髪の娘、それは小屋に残してきたラプンツェルでした。
沈黙したまま目を閉じてただうなだれる姿は、己の身に起きた悲劇に絶望して瞑目しているようにも見えます。
「ノ……乗セテ……キタ。案内……ノ、タメダ」
隊長なのでしょうか、黙する他の兵に替わって一人の騎兵がのろのろ答えました。剣呑なサーベルを下げて立派な胸甲を着けている割りに、どうもあまりうまくしゃべれないようです。
「案内だと……ただちに解放してさしあげろ」
「ちょっと待ちな」
緊張した雰囲気の中にずかずかと踏み込んで、すぱあああん、と気持ちよくラプンツェルの後頭部をはたいたのは赤ずきんでした。衝撃で長い金髪が美しく舞い上がります。自分より遥かに高い馬上の頭をはたくとは、さすが巨狼を倒した勇者の跳躍力といえましょう。
「んあ」
とぼけた声をあげてラプンツェルが目を覚ましました。
「こいつは居眠りしてんだよ。だまされちゃいけないよハンサムさん」
「シツレイナコトハ、シテイナイ」
金髪の娘は、後頭部をさすりながらきょろきょろとあたりを見回しています。
「ああっ、みつけましたよ謎の毛皮仲買人さん! ひどいじゃあありませんか、乙女を薬で眠らせ、一晩好き放題になさってからぼろ人形のように置いていくなんて。ああ、あたくし、もうお嫁にいけませんわ」
「おいラの字! おまえもどうせこいつら『追手』の一味なんだろう?」
「はてな? 『追手』とはこの人たちのことですの?」
静かにやり取りを見ていた隊長らしき男が、答えるように右手を上げます。
「彼女ハ、情報提供者デアル。アナタノ、居場所ヲシッテイル、トイッテ協力シテクレタ。オカゲデ、ヤットミツケルコトガデキマシタ、王子」
「「王子ぃ?!」」
赤ずきんとラプンツェル、同時に二人の声が弾けました。
「王子だったのか!」
「王子様でしたのね!」
ラプンツェルは猿の如く飛び降りると、王子にペタリ、とひっつきました。
「ううん。あの小屋で初めて会った時からあたくしは気づいていましたわ。あなた様は王子様だって。だって、あたくし、何年も待っていたんですの。あの高い高い塔の上でたったひとり、そう、何年も、何年も。あなた様を待って、恋焦がれて。それでもあまりに王子様が来て下さらないものですから、こうして探しに出てきたのですわ」
「おいラの字」
出遅れた赤ずきんがその細い肩に手を置いて割り込もうとしても、ラプンツェルはきつく王子に貼りついて離れません。
「ああ、王子様王子様! あなた様の胸に抱かれる日を夢見て日々を過ごしてきたんですの。それなのに王子様の姿はいっこうに見えない。高い塔の中であたくし気が狂いそうでしたわ」
「もう十分に狂ってるじゃねえか」
「気が狂いそうなまで恋焦がれて、それでなお王子様を待つうちに、あたくし自分の伸びたこの髪が自在に扱えるようになっていましたの。それはもうびっくりしましたわ。まさに愛の奇跡でした。それでこの髪をロープのように使って塔を出て、さらに髪の示す方位へと導かれるままに旅をしてきたのですわ。そしてついにあなた様に出会った。恋に焦がれる乙女の清らかな想いが世の冷たい理をねじ伏せて、愛に道を譲った。素晴らしい話です。さあ、結ばれましょう王子」
「ふざけんな。動く髪とかさらっと怖い話してんじゃねぇぞ妖怪触手髪女」
ヤバげな目で身上を語るラプンツェルと、毒づきながらもしっかりと片手に取りつく赤ずきんとに抱き着かれたまま、王子は状況の変化の大きさに呆然としていました。
いったい、何が起きたのか?
「な、何もされていないのか、この兵たちに」
「はっ、この兵たちときたらまるでちょろいものでしたわ。なんだかモゴモゴしゃべっているものですから、最初は何のことだかわからなかったのですけれど、どうやらあなた様を追いかけている様子。便利なあたくしのアシになるまでにさほどの時間は必要としませんでした」
追手たちはこの状況に戸惑っているのか、納得しているのか、それとも王子を発見してしまえばあとはどうでもいいのか、ただ団子状態の三人を黙って見つめています。
「そ、そうか。私はてっきり……」
「てっきりも何も、もう何があってもあたくしは王子様のものですわ。昨夜の契は永遠ですもの」
「何が永遠の契だ。そんなのあたいが盛った薬が見せる淫夢だっての」
いってしまってから赤ずきんはしまった、という顔をします。そうっとラプンツェルのほうを見れば、さきほどの浮かれ方が嘘のような無表情で凝、と見つめる彼女の目がこちらを向いています。
「……盛った? 薬?」
「あ、ああ、疲労回復の薬草みたいなもんだ。あまり気にすんな、あははは」
「そんな……あれは……夢」
すうっ、とラプンツェルも目が細められます。
「あなた……あたくしを騙しましたわね」
「怒んなよ、ちょっとしたボタンの掛け違いだろ。なんだそんなに恥ずかしい夢を見たのか。溜まってんじゃねぇか?」
強烈な殺気を感じた赤ずきんが本能的な反射で脇へ飛びのくと、目の前を金色の何かが突き抜けて行きました。
「うわっ」
それはラプンツエルが提げていた袋の中身。長い塔での生活の間、切り溜めていた彼女の頭髪。その塊、一つかみほどもあるでしょうか。
「気持ち悪っ!」
敵を仕損じた怒りに金色の触手群は、うようよと震えています。その蠢く様子は、この世界の創造主たる神を冒涜するような、なんとも罪深い穢れを感じさせました。
「くそっ、てめえ殺す気かっ」
次の跳躍をたくらんでたわむ黄金色の蠢きに銃が向けられます。
発砲。
ですが、その銃弾が穴を穿ったのは髪が宙へ飛び上がった後の大地でした。
明確に邪悪な意思をもって懐に飛び込もうとする金の穢れを銃床で叩き伏せ、赤ずきんは横へ転がります。一回転して起き上がるまでにはすでに再装填を完了していました。そして発砲。明らかな殺意を見せながら飛び掛かろうとしていた金色の怪異を空中で見事に貫きます。
赤ずきんは髪の悲鳴を聞いた気がしました。
もしやこの飛び回る髪こそが本体。
やったか?
ちらりとラプンツェル本体に目をやれば、残念なことにそしらぬ顔で次の塊をもさもさ袋から取り出そうとしています。
だめなようです。
「ハンサ……いや、王子! 何とかしてくれ!」
銃弾の破壊力にはさしもの髪の塊もかなわぬと見えてあえなく金の華となって散りましたが、あんな気持ち悪いものを次々と繰り出されてはたまりません。
何とかしてくれ、と赤ずきんは叫びます。とはいえ、二人の娘による突然のケンカ、いえ戦闘発生は王子の理解を越えていました。
今、注意を向けねばならない相手は四騎の「追っ手」であるべきです。彼らは恐ろしい魔女の手下。それをおろそかにして眼前でこのような……王子の目に決意の光がともりました。
「両嬢とも、待たれよ! この場はわたしの預かりとする! 双方異議あれども、どうかこの場はいったん納めて頂きたい!」
よく通る声でした。
「王子様……」
「王子……」
華散らす命のやりとりをしていた二人が動きを止めます。
「赤ずきん嬢、銃は余計にあるか」
「お、おう……こいつでよければ」
やや小振りな銃を取り出して渡してきます。幸いなことに王子にも取り扱いがわかる型の銃だったのでしょう。
すみやかに弾倉を確認し、初弾を装填、安全装置を解除して……ぶっぱなしました。
「ちゅー!!」
高音の奇妙な悲鳴をあげて、騎兵の一人が落っこちます。間をおかずに装填された弾が続いて発射され、一瞬のうちに四人の騎兵はすべて奇妙な叫びをあげながら撃ち倒されてしまいました。
「お、王子? いいのかよ……ありゃあなんだこれ」
倒れた騎兵の死体は消え、そこには哀れな四匹のネズミの死骸が転がるのみ。銃声に驚いたのか、馬は皆走り去っていきます。
「魔女の手先だ。そして、こうなった以上もう私は後に退けぬ。いや、退かぬ。魔女はこの顛末をもう知っておろう。遠からず大軍を率いてこの森へ、ここへ現れる」
説明を聞いて、赤ずきんとラプンツェルの顔に残虐そうな笑みが浮かびました。
その表情、その目。王子は前にも見たことがありました。それは捕食者が見せる笑み、血も凍るような凄惨な笑みでした。
「王子を追う魔女か」
つぶやきながら赤ずきんが再び見下ろす先は、悲しく大地に仰臥するネズミ達。
「なるほどな。だいたいわかった。その魔女ってヤツはつまり」
「アイツですわね」
二人の捕食者は声をあわせます。
「「シンデレラ!」」




