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あさちゅん!

 ちゅんちゅん。ちちち……

 ごとんごとん。

 朝の到来を讃える小鳥たちの騒がしい歌声と、なにやら不快な衝撃で目が覚めました。

 さっきまで何かひどい悪夢の中に居たような気がして……いや、ここは……どこだ?


「ここはどこだっ!」


 跳ね起きると、そこはわらの中。しかしこの藁、なんだかやたらと揺れるようです。


「ああ、おはようハンサムさん。どうだい、良い夢は見れたかい」


 見渡してみれば、屋外、そして森の中のようです。王子は自分が藁を大量に敷き詰めた荷台の中に転がされていたことに気が付きました。

 森の中の道を進む素朴な造りの荷馬車。前では赤ずきんが馬の手綱を操っています。

 どういうことなのか。ゴトゴトと揺れる荷台の中で王子は記憶をさかのぼってみました。

 昨夜。

 食事の途中からおかしな雰囲気になって、金髪の娘が訪ねてきて、狼たちの遠吠えを聞きながら捕食者の眼を持つ二人の娘におびえて。……それからどうなった。


「そうだ、ラプンツェル嬢はどうした」

「あいつは小屋に残るっていうんで留守をまかせた。っていうか、あの女のことはもう忘れていいよ」


 赤ずきんは前を向いたまま、さらりとそんなことを言ってのけます。

 およそ信じられない話でした。

 二匹の野獣の間で何か恐ろしい戦いが繰り広げられたと考える方が普通でしょう。


「あの鍋に何か仕込んだな」


 赤ずきんの背中がぴくん、と震えます。


「人聞き悪いことをいうなよ、ハンサムさんよ。なあ、目が覚めたんならこっちに来たらどうだい。いつまでもそんなところで転がってたら腰を痛めるってもんさ。へへ、二人の方が暖かいぜ」

「睡眠薬か」

「うう……」


 赤ずきんはあまりウソが上手くないようでした。

 たぶん他人に薬を盛ることなど塵ほどにも抵抗がないのでしょうが、ウソがばれることには抵抗があると見えます。


「あの食事に睡眠薬が入っていたんだな? そういえば君は口をつけなかったな」

「も、もういいじゃねぇか。そんなことよりどうする。このまま隣の国まで逃げるかい? それとも森の奥、誰も来ないような大森林の深奥で暮らしてみるかい? あたいはどこでもついていくぜ」


 王子はとりあえずおのれの着衣の状態と体の様子を確認してみました。

 幸いなことに、特に乱された痕跡はありません。してみると、赤ずきんは王子――そしておそらくはラプンツェルも――が眠らされてから、どこかに隠匿されていたこの荷馬車と馬を用意して小屋を抜け出すことに専念したということでしょうか。何か不道徳な行いをいたす時間はおそらくなかったのでしょう。それでも昨夜の食事をとった時間はまだ夜半とはいえない早い時間でしたから、ずいぶんと眠らされていたことになります。


「なんで薬なんか盛ったんだ?」


 赤ずきんは手綱を握ったままうつむいてもじもじしています。


「なんでって……そりゃあアレだ……あたいと出会った若い男は、みんなどういうわけか蒼い顔してスタコラ逃げ出しちまうからだよ。こんな容姿端麗なうら若い乙女に対して失礼ってもんだろう。だから少しでもお近づきになれればと思って……」

「食事に睡眠薬を?」

「あんたには悪かったとは思ってる。金髪のほうは、まあたぶん悪い女だろうから念のためにな」


 恐ろしい話でした。こうなると、あのウィスキーにも何か入っていたのかもしれません。


「で、今はどこに向かっている」

「もう一つのねぐらさ。あたいはこの森にいくつかそういう場所を持ってるのさ」


 どうしたものか。

 いったん小屋に戻るという選択もありましたが、なにしろ逃げている身の上ですからもと来た道を戻るのはあまり気持ち良いものではありません。ではもう一つのねぐらとやらに。それも結論の先送りですが、いやしかしそもそもこの赤ずきんどこまで信用できたものか。

 ……信用できたものか。

 ですが。

 考えてみれば王子自身だっていまだに自分の名も明かしていない上に、追手の話も説明していません。この娘に頼ってこのまま道行みちゆきをつきあわせて、後でとばっちりを受けるのは何も知らない彼女なのです。

 あんまりまともではない赤ずきんですが、それでもこれ以上関わらせてはいけない、そう王子は結論しました。なんだかんだでやっぱりまた薬盛られるのも怖いですしね。とにかく隣国までいってしまえばまだ希望はありました。国境の向こう、隣の国の第二王子は親友だったのです。第一王子は変わり者ということもあり疎遠にしていたのですが、心優しい第二王子ならば王子の申し出も快諾して助けてくれることでしょう。


「ありがとう赤ずきん。これまでいろいろ君の生活を乱してしまっただろうことは謝罪する。そして……すまないが私はここで降ろしてもらうよ。最初に打ち明けたように、私は追われている。これ以上君の好意に甘えるべきではない。さて、この道を進めば隣国なんだな? 隣国には親友がいる。そこまでいってみるよ」

「ええっ? 何をいっているんだハンサムさんよ。国境までどんだけ距離があると思ってるんだ。とぼとぼ歩いて行ったって国境まで今日中にはつかないぜ? 狼か熊の腹の中に納まるのがオチさ」

「ち、近くに村はないのか」


 半日も歩けばつくだろうと甘く考えていた王子は少しばかりあせります。


「ないね。大森林をナメちゃいけない。だいたいハンサムさんは丸腰同然じゃないか。いいかい、あんたが思うほどこの国はのどかじゃないんだ。国境には真昼間から山賊だって出るんだぜ?」


 語るうちに、残忍そうな笑みが赤ずきんの口元に広がっていきました。


「でもあたいがいれば怖いことは何もない。獣だろうが山賊だろうが、あんたがいう『追手』とやらだって、あんたがただ『れ』っていうだけで……」


 唇を舐めながら、するするとあの長い銃を取り出します。何か恐ろしい想像をしているのでしょうか。


「待て。荒事にするとむしろ不利なんだ」

「そうかい。じゃあいったい何者なんだい、その『追手』ってのは」


 その質問に答えるかどうか考えるより前に、王子の耳に何かの音が届きました。


「……騎馬だな。四騎。一騎は二人乗りだ」


 振り返りもせずに赤ずきんがつぶやきます。いつのまにか手綱を握ったまま器用に銃の槓桿こうかんを引いていました。


「あれが追手なのかい?」


 青ざめた王子は後ろをじっと見つめたまま答えました。

 道は曲がりくねり、見通しはあまりよくありません。

 ですが、音は確実に近づいてきているのでした。


「そうだ。……魔女の手先だ」







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