士と士
情景描写の練習用に執筆しました。
桜散る丘に男が二人。
厨子王が見据えるのは一人の嗄れた老人。汚れた布の服に身を包み、骨と皮のみが存在を主張するその躰は弱々しく、血管の浮き出た肌は薄黒く荒んでいる。逆光のせいか顔に刻まれた皺と古傷が邪魔で表情は読み取れない。
老人の佇まいは一見して貧弱そのもの。一太刀の元に切り伏せる事は息を吐くが如く容易い筈。厨子王が気圧されるのには訳があった。
極彩刀 煉獄
皺れた右手が握る得物が他の全てを否定して余りある威圧を放っていた。
桜が、香る。
肌寒い一陣の風が桜の花弁を運び、厨子王の構えた白刃の切っ先に裂けた。
それが合図だった。
七士八兵。その剣閃は流水が如く。突き上げる白刃に相撃つ煉獄。振りかぶる厨子王に払いのける老兵。切り結ぶ両雄は鎬を削り、散った火花は空気に溶けて、舞い落ちる花弁に灼けるような斬鉄を添える。
細身の躰から滔々と繰り出される豪剣。止む事なく繰り出される剣戟。砕かれる白刃。喉元に伸びる一寸先の死。そこには士と刀と花が同居していた。
見切りを付けた厨子王は、乾坤一擲、手にした白刃を投げつけ一歩後退し、脇に刺した伸縮自在の小刀 陽炎に持ち替える。
刹那 。
宙を舞う白刃を躱した老兵に、飛燕の如く延長した陽炎が殺到する。九重の斬撃は対象の胴部を八指一槍に分断した。
「呼……憤ッ……」顔の皺が、歪む。肉を裂く感触。骨を断つ感覚。吹き出した血飛沫は風に乗り、桜の花弁を鮮やかな朱色に染め上げる。
二つに分離した老兵の下半身は、坂を転がり見えなくなった。厨子王は桜の枝を一つ毟ると残った亡骸の胸にそっと添える。
「魏武将見匈奴使。自以形陋、不足雄遠国。
使崔季珪代、帝自捉刀牀頭。
既畢、令間諜問日 」
ぼんやりと空を見上げると、晴天には僅かに雲が見え隠れしている。
一雨来そうだ。そんな気がした。