報告書―① 廃ビルの一件、1
こつ、こつ、
一歩進むごとに音をならしながら、猫叫美夜は、廃ビルの中を歩いていた。
深紅のドレスを纏った彼女は、美しい黒髪やその美貌も相まって、どこか浮世離れした印象を見るものに与えていた。(見るもの、が、もしいたらという仮定の話だが)
『みゃーせんぱい、どうです?現場は』
本部直属後方支援班の支援官の明るく元気な声に、猫叫は眉を寄せた。
「…何度も言うけど私の名前は美夜よ。猫の鳴き声みたいに呼ぶなともう36回は言った気がするのだけれど。現場はまだ調査中よ。」
『やだなぁ、まだ35回ですよ。』
「回数を覚えているのなら、なおしなさいよ。」
『…うふふ、』
はぁ、と猫叫はため息をついた。
全く、この後輩は。
(…まぁ、有能だから許すけれど。)
がっ、
足が何かにぶつかったのに気づいて、ようやく歩くのをやめる。
「…璃榮、終わったわ」
ぶつかったものが自分のボストンバック であることを確認してから、報告する。
『はぁーい。転移装置起動しまーす。』
キィィ
という、独特の起動ノイズに耳をすませながら、
(あー、疲れた。ようやく此処から出られる)
と、猫叫は思った。プライドの高い彼女にしては、心の中であろうとこういうことを思うのは、珍しい思考だった。
もっとも正確には、彼女がそう思考したときには
彼女は転移を終えていたので、廃ビルにはいなかったのだが。
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彼女が消えたあとの廃ビルは、もとの廃ビルに戻っていた。
ただの、逆さまに地面にめり込んだ廃ビルに。