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『プロローグ』

 

 気が付くと、俺こと神薙かみなぎ悠人はるとは真っ白い世界の住人になっていた。

 いや、正確にいうとこれは正しくない。社会構成員ソーシャルメンバーの一員として、社会の歯車となるべく高等教育と言う名の退屈で凡庸なプログラムを受けに行く途中も途中。重苦しい空気で支配される我が家の玄関をでた瞬間、この白い空間に居たのだ。


 よってまだ数分しか経っていない。これは無論、論理的推測の時間だ。

 ざっと数十通りの結論に得るに至り、もっとも現実的なのがこれが『夢である』ということ、詰まり白昼夢の可能性だ。

 白昼夢は夢に似た意識状態が覚醒時に現れるもので、単なる空想より現実性を帯びている。

 問題なのが、その内容は概して願望充足的ということなのだ。ようするに、このどこまでも広大な白き世界――真っ白すぎてどのくらいか定かではない――が俺の願望によって形成されているというわけ。


 自分の願望を完全に理解出来る人間は少ないとはいえ、俺はそれなりに内に潜む欲望について充分知暁しているつもりだった。のだが、現実はかくも愉快なもので唐突に障害をぶん投げてくる。

 確かに、教育と名を変えた調教をかれこれ10年受け続けることで結構な欲求不満フラストレーションが溜まってしまっているのだけど、それでも何だかんだ言ってそんな生活を俺は文句一つ言わず享受している。勿論、心の中では罵倒しまくりなのだが。



 そうやって積もりに積もった負の感情があるとはいえ、俺はサイコパスでもソシオパスでもない。一般的な社会的動物として健気に生きているただの高校生だ。


 押し付けがましい慈善をよくもまぁ雁首揃えてベラベラと口喧しくはやし立てているな、とは内心常々思っているけど。

 そんな俺は世間様でいうところ、出来のよすぎる兄とその兄には劣るが一般的には秀才と呼ばれる部類に入る弟に挟まれた、哀れな出来損ないらしい。


 そういう辛辣な評価は全くもって事実なので今更反論するかはないし、小さい頃から言われ続けたせいで普通に慣れた。 いやはや人間とは凄い生き物で、どんなに劣悪な環境だろうと時間が経てば順応してしまう。そしてそんな能力は幸運なことに出来損ないの俺にもちゃあんと備わっていた。


 けれどストレスを全く感じないのか、と問われれば答えはNOだ。棘に刺される程度の苛立ちはあるっちゃある。

 自己顕示欲はゼロに近いと自負しているわけだけど、それでも俺の中にも兄弟たちに対する劣等感は少なからず存在している。別段、努力しようと欠片も思わないので自業自得といってしまえばそれまでなのだが、ちょっとくらい日の当たるところに居る自分を想像してしまう。

 何故かというと当然両親の愛情は出来の良い方に全て注がれてしまって、俺に残されたのは『親の責務』という残滓だけ。育児放棄ネグレクトまでいかないものの、俺には親に関する“いい”思い出とやらは皆無だ。


 物心ついたときには既に住み込みの家政婦に俺の世話は任されていた。というのも神童と呼ばれた兄は幼少期にはもう、尋常ならざる頭脳を存分に発揮しまくって両親は狂喜していた、らしい。詳しいことは不明なのだ。何分小さかった故。


 と言うわけで、家政婦の叔母さん――トヨ婆ちゃんに俺は育てられた。その頃は俺の短い人生の中では結構『幸福』だった。それから直ぐにトヨ婆ちゃんは死んじゃったわけだけど、人間の光の部分を教えてくれたのは紛れもなくトヨ婆ちゃんだ。因みに、人間の闇の部分を余すところなく全力で俺にたたき込んでくれたのは肉親たち。感謝してるよ、父さん母さん。嘘だけど。


 と、長らく語りまくった訳だけど俺の複雑な家庭状況は理解してもらえたと思う。そして冒頭に戻るというわけ。


 白い空間が何を表しているのか。それが目下最大の悩みだ。


 俺の深層心理のさらに奥底に眠る願望がこうして表れたのはそれなりの理由があるはず。


 白から連想するものは何だろうか。どこまでも完全な純粋、乙女の代名詞清楚、混じり気のない美しさ無垢、エロティック代表百合。最後は関係なかった、テヘぺろ。

 結局、白について語るとなると専門家を大勢引き連れてこなければならなくなる。


 こんなことなら暇つぶしに心理学を勉強したとき色彩心理学まで手を伸ばせばよかった。色とか黒大好きだから他はほんとにどうでもよかったんだ、反省。


 まぁ、読書好きな俺は文部科学省から強制される勉強をほっぽりだして自分勝手な知識をジャンルを問わず収集してきたから、この現象についていくつかロジカルに説明することができる


 だがそんなのはこじつけに過ぎない。理屈はあっても理解できなければ意味はないわけで。 

 俺は人間の中でも学者層、とりわけ研究職たちのような好奇心の塊だ。何か分からなければ骨の髄にいたるまで調べ尽くす。そんなこんなで雑学というには乱雑しすぎ、勉学というには纏まりはない知識の山積が脳内に溜まっている。

 そして、叫ぶのだ。『気になります!』って。だから調べなくてはならない、この現象を。そのためならなんだって――


「おい、お前無視してやがんだ」


 後方より突然投げかけられた言葉を意図的に俺は無視する。聞こえないったら聞こえない。


「だから無視すんなって。聞こえてんだろ」


 どこかで聞いたことあるような声のような気がしないでもないが、ここは白昼夢。俺の世界だ。邪魔者は飛んでいってしまえ。

 再び思索の大海へと意識を沈めようとした俺の肩を、騒がしい闖入者は強く掴むと勢いよく引いた。まさにホラー。


「ったく。こっち向けって」


 強制的に後ろを向かされる。顔前に姿をどアップで晒したのは15~16ぐらいの男だった。

 少々ボサボサの黒髪に一般的には整った容貌。中性的な顔つきながら鋭い目つきはその辺の女子がきゃあきゃあ言いそうな程カッコイイ。

 琥珀色の瞳には肉食獣の獰猛さと指導者的カリスマ性が同居していて、何とも不思議な光景だった。 


 そして更に驚きなのが男の服装だ。中世ヨーロッパを彷彿とさせるプレートメイル。丹念に磨かれている板金は新品同然に煌めいている。コスプレかよ。

 

 説明も面倒なのでサクッといっちゃうと俺のそっくりさんがそこに居た。先述した描写には主観的表現が含まれておりますので悪しからず。


「さっさと振り向けよ、時間の無駄だろうが」


「そぉですねぇ」

 俺は気のない返事をすると軽くため息を吐いた。

 俺のそっくりさんでたまたま白昼夢に出てくる可能性はそれこそ天文学的閾値に突入するだろう。そもそも地球上に同じ顔の人間が三人居るとかいないとか。そんな年伝説を俺は信じていない。

 ようはあれだ。あんまり信じたくない可能性なのだけれど。


「ドッペルゲンガーさんが善良な高校生の俺に何のようですかね?」


「どっぺる?なんだそりゃ、それがお前の名前なのか?」


 平然とそう宣うドッペルゲンガーさんに俺は今度こそ驚いた。あなたのことですよ、ドッペルゲンガーさん。

 ドッペルゲンガー、それは自己の生き写しにして分身だ。そして同時に死神でもある。 

 自分のドッペルゲンガーと接触してしまうと、その人は死ぬ、らしい。都市伝説の類は余り興味がないためよく知らないが、確かそんなようだった気がする。

 そういうことで、最初の長い自分語りは、俺の中に居て下さる防衛規制さんが必要な逃避行動をさせてくれたというわけ。空想万歳、回想万歳。

 だが、俺は都市伝説を信じていなどいない。都市伝説なんて曖昧で人が生み出した妄想の産物に過ぎないから。

 

 そんな俺がどうしてドッペルゲンガーさんに怯えているのかというと、白い空間に飛ばされドッペルゲンガーさんと遭遇した瞬間に、都市伝説は都市伝説でなくなり実態をもつ現実となったからだ。


 眉唾ものの噂話から確定的事実へのランクアップ。流石、現実。どこまでも俺に厳しい。

 齢16にして人生終了とはなかなか泣かせてくれるわけだけれど、当然俺は死にたくない。


 今期のアニメは豊作なのだ。続きを見なければ死んでも死にきれない。 と言うわけでどうにかしてドッペルゲンガーさんにはお帰り願わなければ。


「あ、名前は神薙悠人って言います。平々凡々な特に取り柄もない若干ひねくれた高校生です」


「お、おう。俺の名はクラディウス・ヴァン・ヴィルヘルムだ。宜しく兄弟」


 ドッペルゲンガーさんが差し出した手を両手で丁重に握り締めながら、俺は三度驚いた。


 このドッペルゲンガーさん――もといクラディウス・ヴァン・ヴィルヘルさんにはこんなちゃんとした名前があるらしい。というか俺よく更々言えたな。偉いでしょ、トヨ婆ちゃん。 

 最近のドッペルゲンガーさんたちは固有名称があるようだ。なんてナウなんだろうか。流行に全くついていけない俺としてはその応用力に憧れる。


「あのー。クラディウス・ヴァン・ヴィルヘルさんは俺に何のご用がおありで?」


「そう畏まるなって、俺とお前の仲だろ?」


 いや、知りませんけど。

 何はともあれ、クラディウスさんがそう言うのであれば、態度を崩すのも吝かでないわけで。

 正直にいうと俺は尊敬する人間以外、敬語を使いたくない。それが死神であったとしても。


 と言うわけで俺はいきなり砕けた態度にトランスフォームする。


「で、結局何のようだよ。俺あんまし暇じゃないんだけど」


 ちょっとやりすぎたかと思ったけれど、俺の不躾なことばにクラディウスは快活に笑った。


「ハハハハハハハハ。男はそんくらいがちょうど良い。俺が今日お前のところにきたのはちょっとした頼みごとがあるからだ」


「頼みごと?」


「そうだ、お前にとっては受け入れがたいことかもしれねぇが……聞いてくれるか」


「聞くだけなら」


 真剣な眼差しのクラディウスに俺はこくりと頷いた。聞くだけならかまわない、それで頼みごとを受けるか受けないかはまた別のことだけれど。

 クラディウスは覚悟の意志を琥珀色の瞳にたぎらせ、徐に口を開いた。


「お前に異世界へ来て欲しい」


「――喜んで」 

 

 即答だった。クラディウスも呆気にとられたように口をぽっかりあけている。間抜け面でもなかなかカッコイイ。

 

「…………いいのか? いや、俺がいうのも何だがな。もうこっちの世界には戻れねぇんだぞ。お前にだって家族はいるんだろ?」


 暫くして口を開いたクラディウスの言葉によって、俺はマイファミリーのことを考える。


 室町時代から続く名家の出で選民思想の塊であるが、しゃくなことに大変妖艶な母、神薙深妃。

 

 精悍な美貌の持ち主で、ずば抜けた頭脳を駆使し自ら起業した会社を三年で一流企業に育て上げた父、神薙暁。


 幼少期より神童と呼ばれ父を超える逸材になると専らの噂だったが、身体と心が弱く期待と言う名の重圧に耐えきれなくて自殺しちまった兄、神薙聡司。


 兄貴の死後、増えまくった両親の期待を一心に背負う、優秀だけれど面白みもなんもなく育ってしまった弟、神薙愁哉。


 うん、至極どうでもいい。


 死んじまった兄貴はともかく、残る三人の戸籍上家族とはここ五年くらい喋ってない。

 

 母さんや父さんは兄の死の理由が自分だとはつゆ知らない――遺書がないため――わけだけど、ドロドロの愛情の中で一心不乱に溺れていた兄貴を傍観者として見ていた俺だから分かる。

 兄貴の死は間違いなくあの二人のせいだ。そしてあの人たちは同じ過ちを二度繰り返そうとしている。


 まぁでも、当事者である愚弟は何故か兄貴の代わりになったことをいたく喜んでいた。確かに今まで兄貴にかかりっきりだったあの人たちは、その大きすぎる愛情を今度は弟に注ぎ始めた。その受け手である愚弟は構って貰えて嬉しいのだろうが、俺は可愛い愚弟が兄貴と同じ末路を辿らないか心配でならない。嘘だけど。


 で、結論だけどあの人たちにとって俺はスペアの価値すらなくて居なくたってかまわない存在なわけ。ここで失踪しても騒がず慌てず、義務的に捜索願いを出して終わるだろう。もしかしたら俺が居なくなったことに気付きすらしないかもしれない。


 あとは可もなく不可もない高校生活か。


 文部科学省が定める教育内容には反吐がでる思いだけれど、俺としては学校そのものは別に嫌いではない。

 幼い頃からペルソナを幾つものかぶっている俺は、ハリウッド女優顔負けに自分を偽ることが出来る。多分。そのお陰で学校では浮くことも目立つこともなく、パブリック・エネミーを目指す犯罪者予備軍である俺は平然と生きていけた。犯罪者になる気はさらさらないけれど。


 と言うわけで、俺は学校という魂の牢獄を形成する構成員――旧友たちに何の思い入れもないし、あっちもそうだろう。


 無論心残りはある。読書マニアである俺は純文学代表ともいえる泉鏡花の『白雪』から、サブカルチャー所謂オタク文化の最先端であるライトノベルの葵せきなの『生徒会シリーズ』までこよなく愛している。ともすれば、俺は活字に恋しているのかもしれない。


 アニメや漫画も大好きだし、映画は古典から流行りまで何でも嗜む。俺自身、相当なシネフィルである。   

 

 それを差し置いても尚、非常に魅力的なのだ――異世界と言う奴は。詳しくいうと非日常。

 

 なんでそんなものを渇望しているのか、理由は明白だ。尊敬する叔父貴の存在故である。

 

 骨の髄まで腐りきった我が一族だけれど、その中にも素晴らしい人はちゃあんと居るわけで。

 父さんの弟、つまり俺の叔父貴がそうだった。 父さんは一般家庭出身で、その能力を神薙家当主であられるお祖父様に高く評価され婿入りしている。そのときに元の家とは断絶したみたいなんだけれど、叔父貴とはたびたび連絡してたらしい。兄弟の仲は切っても切れないかもしれない、俺たちと違って。

 そんなこんなで偶々家に来ていた叔父貴と俺は出会った。見た瞬間に悟ったんだ。ああ、この人は俺と同じだってね。

 纏う雰囲気が、他人を見つめる眼差しが、俺とそっくりだった。


 多分、叔父貴もそう思ったのだと思う。それからというもの、何かにつけて叔父貴は俺の相手をしてくれるようになった。


 叔父貴は世界中の戦場を飛び回るフリーのジャーナリストで、色々な話しをしてくれた。主に人間の思わず眉をひそめるような所業について。


 戦場で巻き起こる人智を超えた残虐行為の数々。 


 耳を塞ぎたくなる反面、もっと先をと促す自分がいた。多分、その頃だと思う。自分を俺は知ってしまった。 

 何が好きで何が嫌いか、なんて表層的なことではなくてもっと内面的で俺という根幹を形成するモノを。


 今の俺を育てた叔父貴は、残念なことだけど中東での取材中イスラム原理主義者たちによって蜂の巣にされてしまった。

 最後にあったとき、叔父貴は今度の取材は今までより数段危険だ、それでも俺は行かなければならない、と言っていた。 そんな叔父貴にどうしてそこまでこだわるのかと尋ねると、叔父貴は微笑んで俺の頭を撫でて言った。

 

 見たいからだよ、世界がセカイをさらけ出す瞬間をね、と。そうして愛用しているカーキー色の鞄の中から某軍隊で使われているコンバットナイフを取り出し俺にくれた。 

 当時の俺は叔父貴の言った言葉の意味は理解で着なかったけれど、手にの中のずしりと重いコンバットナイフが叔父貴から託された信頼のような気がして無性に誇らしかった。


 そんなこんなで俺は悲しみよりも叔父貴を奪ったセカイとやらに大変興味が湧いた。 

 叔父貴が死んだ今、セカイを観測できるのは俺しか居ないわけで。

 それが異世界となれば尚良し、叔父貴も羨むに違いない。


 しかもネット小説を漁りまくる俺には分かる。此処からはチートで無双な新・神薙悠人が生まれるのだ。


 他者を圧倒するチート能力で可愛い女の子たちを手当たり次第に助けまくってハーレムつくる。そんな下衆な思考も厨二な俺は持っている。だって男の子だもん。


 てなわけで異世界行きにまったく抵抗はない。


「色々なこと大量に考えたけど、特にこのセカイに拘る理由ないし、寧ろ異世界超行きたい」


「ま、お前がいいなら構わんよ俺は」


 クラディウスは肩をすくめ右の籠手ヴァンブレイスを外すと、人差し指にはまっていた指輪を引き抜いた。そして、俺に向かって指で弾いた。


 顔面直撃コースを驀進してきた指輪を俺は片手で難なく受け止める。反射神経は良い方なのだ。

 ひゅー、とクラディウスが口笛を吹いた。


「中々いい動きするじゃないか。眼がいいのか」


「茶化すなよ。てか何だこれ、随分シンプルな指輪だな」


 掌に収まっているのは何の装飾も施されていない、不思議な光沢のある黒い指輪だった。しかしこんな小さなものなのにも関わらず、異様な存在感を放っている。白米の上に乗ってる梅干しみたいに。

 

「お前、あっちの世界にについて何も知らんだろ?保険だよ保険。それ一応“神器”って呼ばれるやつでな、使いこなせれば一国を一人で滅ぼせるんだぜ」

 

 詰まりチートですか。しかも国相手取れるとかどんだけだよ。オラわくわくすっぞ。


「そんなもの貰っていいのか。これあんたが使ってたんだろ?」


「かまわねぇよ。元々完全に使いこなせてたわけじゃねぇしな。それにまだ神器は残ってるんだ」


「なるほどね……あ、聞きたいことがあったんだ」


 いけない、いけない。俺としたことが大きなミスをやらかすところだった。


「……何だ?」


 探るように見つめてくるクラディウスに、俺は口端を釣り上げながらいった。


「何、簡単な話し。この取引に於いてあんたの利益が何なのかってこと」 


 甘い言葉の裏には毒があるとはよく言ったもので、甘言の先には罠があることが多々ある。


 これから始まる愉快な異世界生活を順風満帆に送るためにも、ここらで不確定要素を排除しときたい。

 

 ぶっちゃけちゃうと、此処までの話が夢で全部俺の空想である可能性も否めないわけで。

 それはそれで一向に構わないのだけれど。「簡単にいうと異世界に俺を送ることであんたにどんなメリットがあるのか、それを知りたいわけ。俺はね」


 黙ってしまったクラディウスに俺は補足説明する。

 ご丁寧に説明したつもりだったわけだけど、どうやら元ドッペルゲンガーさんは理解力が低いようだ。


 低く唸ったまま考え込んでしまった。


「いや、あの……じゃあ動機とかでもいいんだけど……」


 面倒だな、と思いつつクラディウスの肩をポンと叩いて慰めてやろうと近寄る。

 が、いきなりバッと顔を上げると、クラディウスは爆弾発言をぶん投げやがった。


「ないわ」


「は……?」


「いやだからさ、お前をあっちに送るメリットとかねぇって話」


「何それどゆこと」


「まぁ、強いて言うならばお前があっちに行くこと自体が俺の利益だな」


「いやいやいやいや。全然説明になってないんですけど、意味不なんですけど」


「こまけぇこと気にすんなよ。男ならこの程度、どぉんと構えて見せろよ」


 どぉん、と張った胸を叩くクラディウスの姿は結構腹立つな。


「あのな、普通理由とかあるだろ。こう、世界を救って欲しいだとか、あなたの力が必要なんですとかさ」


「そこんところはあっちで聞いてくれや。あ、わりぃ時間だ」


「へ……?」


 出し抜けに、いっそ清々しいほどの笑みを浮かべるクラディウスのにやけ面が透け始めた。



「え、えぇ!?嘘でしょ、ちょっとまだ何にもきいてないよ、俺!?」


「大丈夫だって。人間、本気になれば何だって出来んじゃねぇの?知らんけど」


 知らんのかい!、といくらか私怨を織り交ぜたツッコミの手刀を俺はクラディウスの顔面に放った。が、それは気持ちよく空ぶった。


「って、俺も透けてる!?何で!?」


 幾ら世界を斜に構えているとは言え、俺はただの高校生なわけで。自己と他を明確に区別する肉体の消失という、世にも奇妙な現象を体験したならそりゃ慌てる。た、助けてトヨ婆ちゃん。

 

「あたりめぇだろ。これからお前もあっちに行くんだぞ?いっとくがあっちじゃこんくれぇ日常茶飯事だからな」


 処理落ち寸前の思考回路で、皮肉をありがとよと捨て台詞めいた言葉を吐き出し、俺は自分の両手を見た。 

 両掌の大部分は半透明というより、殆ど消えかかっている。既に透明化の波は身体にまで波及し、恐らく残された時間は余りない。

 なんともファンタスティックで仄かにエモーションを抱くが、そんな余韻に一々浸っている間はないのだ。

 実は最も聞かなきゃならぬことを俺は忘れていた。多分、かなり致命的なことを。


 僅かな時間も惜しい。身体に起こる非常を無視し、俺はクラディウスに問うため顔を上げる。


「聞きたいことがあった……ん……だけ…ど」



 はい、誰も居ませんでした。

 そっくり野郎ないしコスプレ野郎ことクラディウス・ヴァン・ヴィルヘルムさんは、気が付くと普通に消失していた。

 確かにクラディウスも消えかかっていたけれど、これはいささか早すぎのではないだろうか。


 いや、ぶっちゃけ言うとマジふざけんな。まだ聞きたいことあるんですけど。てか、あっちで何処よ、的なわけで。

 

 てっきり異世界とやらに飛ばされた折には、クラディウスが何らかの形で支援してくれるのだと、俺は勝手に思い込んでいた。

 しかし、この状況だと俺は未知の領域にただほっぽり出されるのではないか。流石、俺似。どこまで屑だな。

 このチキンタコス野郎!!次あったらぶっ殺してやる!!、と柄にもなく心の中で口汚い罵倒をしたところで俺の意識までもが消えかかり始めた。


 最後に、自己意識の残滓となった俺が考えたのは深夜放送予定だった『λ--世界を継ぎし者--』という、喜劇的で悲劇的な英雄物語だった。


 此処までお読み頂きありがとうございます。次も読んで頂けることを祈っております。

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