第1話
北の大地、北海道も雪解を迎え、五月になって晩い春が訪れていた。
雪解水の清らかな流れの小川に沿って続く遊歩道の桜並木は満開で、見上げると、鮮やかに青い大空に、雄大に咲き誇る桜の花が、まるで浮かんでいるかのように見える。
「パパー、見て見て」
大きな桜の木の下にしゃがんでいる愛娘のさくらが、何かを見つけ、僕に見せようとしている。覗き込むと、緑色の雑草が生茂る桜の木の根元に、黄色い花びらを花火のように広げたタンポポが咲いていた。
「タンポポか、綺麗だね」
「ママに持っていってもいい?」
この小川の上流の、桜並木を見下ろせる小高い丘の上に、妻の墓は建てられている。僕は、七歳になる娘を連れて、七回忌の墓参りに東京から来ていた。
「タンポポさん、とっちゃったらかわいそうだよ」
「そっかー、・・・それもそうだね」
娘は一瞬、残念そうな顔をしたが、タンポポを摘むのを諦めて、無邪気な笑顔で僕の顔を見ると立ち上る。
「ママの所に行こう」
僕はそう言って、開いた左手を差延べると、娘は小さい手をしっかりと絡めて手を繋ぐ。そして、桜並木に包まれた遊歩道を、妻の眠る場所へと歩き出した。
四年振りに訪れた妻の墓は、きちんと手入れが行き届いていた。
僕は、妻の墓前に立ち、手を合わせる。
(春奈、さくらも元気で素直な子に育っているよ)
瞼を閉じると、あの日の記憶が甦る。
10年前、ここから僕達は始まった。